相対的と絶対的
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ある出来事から、幸せとは何だろうと週末に何となく考えていました。
何一つ不自由ない生活をしていても不幸な人もいれば、決して恵まれた環境ではなくても幸せに生きている人もいます。その違いはどこから来るのでしょうか。幸せには相対的なものと絶対的なものがあるように思うのです。比較することで感じる幸せと絶対的に感じる幸せの2種類です。
例えば、他の国の人はどうなのか知りませんが、人と比べて自分を評価するのが日本人の悪い癖のように思います。隣の芝生を見て自分の相対的な幸福度を測っているうちは終わりの無い世界に入ってしまい本当の満足は得られません。競争で上を目指すというのは仕事では必要なことかもしれませんが、幸せの尺度としては適していないのです。
自分だけの絶対的な価値があれば、人と比較することはなくなります。ペットのワンちゃんと戯れているのが最高の幸せという人にとっては、会社で出世した人も、ビジネスで成功して大金持ちになった人もうらやましいとは思いません。人と同じ価値観で差異を比較する競争から抜け出すだけで新しい価値観の世界に入ることができるのです。
一方で想定していた自分と実際の自分との相対的な比較は幸福感に影響します。常に理想ばかり追い求めているプライドの高い人は、実際の自分と理想の自分のギャップに常に不満を持っています。一方で周囲の人に感謝の心を忘れず、ありのままの自分を素直に受け入れる価値観を持っている人は同じ状況にあっても、相対的に満足感が高く幸せを感じるようになります。自分の心の持ち方次第で相対的な幸福感を感じることができるのです。
つまり人との比較は絶対的に、自分の理想との比較は相対的に考えれば幸福感は高まるのではないでしょうか。逆に不幸な人とは、人との相対的な比較と自分の中での絶対的な比較をしている人です。
幸福になりたいという人はたくさんいますが、そんな相対的と絶対的をコントロールするだけで意外に簡単に手に入るものだと思うのです。
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