人が人を裁く
この映画を観てから、通勤時間の満員電車が怖くなりました。立っているときはなるべく空いている車両に移る。そして女性がいないところを目指す。さらに手は吊革より上にあげる。そんなことをいつも意識してしまいます。下手な恐怖映画よりよっぽど、後から怖くなる作品でした。映画館で観るより自宅のDVDで夜観るのがおススメです。
人が人を裁けば、必ず不完全な部分というのは出てくるものです。今までの裁判の中でも、無罪なのに有罪になった冤罪、逆に有罪なのに無罪になっている本当は犯罪者であった人が、きっといるはずです。裁判とは不完全なことを前提に完全を目指して試行錯誤しているシステムです。
さらに突き詰めていくと、そもそも犯罪とは何か、という疑問にも突き当たります。何が犯罪で何が犯罪ではないのかも時代によって変わってくるものだからです。例えばお酒は日本では成人は合法ですが、マリファナは犯罪です。薬物をすすめるわけでは決してありませんが、法律で定める基準とは絶対ではなく相対的なものだと思うのです。
三浦和義氏がサイパンで逮捕されました。私が中学校の頃、週刊文春で毎週のように大きく取り上げられた事件です。ロスアンゼルスという海外が舞台になり、サングラスと彼の独特のキャラクターもあって社会現象にまでなりました。今回の逮捕の理由やその背景はわかりません。三浦氏が事件とどのように関わっていたかも真相はわかりません。私には彼が犯罪を犯しているかいないのか判断する知識も能力もありません。
しかし、日本では時効なのに、カリフォルニア州には時効はない。日本でも最初は無期懲役だったのに、最高裁では無罪になった。殴打事件は有罪なのに銃撃事件は無罪。真実はどこにあるのでしょうか。
そんな中、日本では2009年から陪審員制度が始まるようです。ふと、思いました。もしこの事件が陪審員によって裁かれていたらどうなっていたのだろうか、と。もし私が、この事件を担当する陪審員だったらどうするのだろうか、と。
今回の三浦氏の突然の逮捕は、アメリカが日本の陪審員制度の導入について何らかの意図を持って行ったのではないか、と穿った見方をしている人がいました。それも考えすぎだとは思いますが、今回の逮捕は少なくとも裁判制度に対する日本国民の関心を高める効果があることは事実です。
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私の場合、一番最後に乗車して体をドア側に向けてへばりつきながら本を読んでます。
冤罪で私が思い出すのはこれ。重度の知的障害者が誤認逮捕され、供述を捏造・誘導・強要されたあげく起訴された事件。公判中に真犯人が捕まり冤罪までは至りませんでしたが。
で、この話には続きがあって、この知的障害の男性には年下の養父がいて、この養父は他にも多数の知的障害者と養子縁組を組んで面倒を見ているという。なんという感心な慈善家だろうと思いきや、実はその養子たちから障害者年金を巻き上げていたのでした。下層社会の恐るべき実態。これは累犯障害者という本にも書かれています。障害者関係以外の方にも読んでいただきたい本。
また、この本の著者である山本譲司氏の活動をきっかけに刑務所にはたくさんの知的障害者が暮らしていることが一般社会にも明らかになりました。中には責任能力なり訴訟能力が明らかに欠けている人もいる模様。認知症の受刑者もこんな話がありますから自分に障害がないからと言って他人事ではないですよ。
一方、知的障害者は犯罪被害者にもなりやすいんですが、知的障害者の証言は証拠能力なしとされて泣き寝入りなんて話をしばしば聞きます。
裁判員制度(裁判員は陪審員とはちょっと違うみたいですよ)になると少しはマシになるかというと期待できそうもないですが。