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舛添東京都知事の政治資金流用疑惑はいよいよ都議会解散まで視野に入ってくる最終段階に入りました。アゴラ、BLOGOSといったネットメディアでは、この件に関する記事がアクセス数の上位を独占しています。

今や、資金流用の問題だけではなく、過去の都政に対する政治手腕に対する疑問まで持ち出され、総バッシング状態になっています。引用した写真も、大手メディアが悪意のある「バカ殿アングル」で撮影したものを引用しています。

批判の声に賛同はするものの、批判や憤りといった感情だけでは自分の気持ちを説明できないモヤモヤした状態が続いていました。そんな時に、とあるブログでヨハネの福音書のことを書いている記事を見つけました。クリスチャンの間では有名なようですが、私自身は初めて知る深い出来事が記されています。

罪を犯した女性を石打の刑にしようと集まってきた民衆に、イエスが「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい」といったところ、誰一人として石を投げずにその場を去っていき、罪を犯した女性とイエスだけが、その場に残った。という話です。

この逸話は、人というのは自分の罪や欠点を悟るのには鈍感ですが、他人の罪は敏感に見つけ出し、厳しく断罪するものであることを教えてくれます。

舛添氏の一連の疑惑は、辞職すれば済む話ではなく、これからもしっかりと事実解明される必要があります。それは否定しません。しかし、批判する人たちの姿を見ていると、石打の刑にしようと集まってきた民衆と被って見えるのです。

舛添氏は裁かれる対象ではなく、自分自身が持っている人間の本質を映し出す鏡だと思ったらどうでしょう。人というものの罪深さが見えてくると思います。批判をするのが間違っているとは思いません。でも、その前に自分の胸に手を当てて「罪なき者だけが、まづ石を擲て」と問いかけてみると、今までのモヤモヤ感がスッと消えていくのです。

舛添氏に限らず、ネット上で有名人が断罪されることが最近増えたように思います。公開処刑のような風潮に対して、ずっと感じていた違和感がようやく少し晴れたような気がしました。

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