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日記 1996年11月
1996.11.30.(SAT)
朝起きられず、12時近くまで眠ってしまった。絵の先生からせっかく電話を頂いたのに、今日は欠席させてもらうことにした。週末は特にこれといった予定も無い。年賀状の注文とかクリスマスカードを書いたりとか、結構忙しくなる。パソコン雑誌でインターネットでクリスマスカードと年賀状を作る特集をやっている。今年は挑戦したい。
HPを更新しようとしてFTPを立ち上げると、なぜかFTPのディレクトリーが消えてしまった。新しい内容をサーバーに送ることができない。何か余計な事をしてしまったのか。そもそもFTPは洋一師匠から借りたもので、マニュアルも何もない。使い方を何となく教えてもらい、何となく使えるようになった。だからこんな時応用が利かない。アニーインターネットに連絡すると、サーバーに情報は残っているという。ということは、ディレクトリーの名前さえ分かれば、アクセスできるのではと思ったが、色々入力しても結局戻らなかった。復旧は月曜日になりそう。
図書館に行こうと思ったら、急に雨が降ってきたので中止。はまぐりのリゾットとステーキを焼いて早めの夕食。ワインを飲んで9時には寝てしまった。なんとも冴えない一日。
1996.11.29.(FRI)
夕方、会社の人たちと久しぶりに飲みに行った。忘年会シーズンが始まったのか、帰りの京王線は超混雑。しかも酒臭い匂いが車内に充満している。まあ自分もかなり飲んでいたので人のことは言えないが。こんな電車に押し込まれて深夜の帰り道15分揺られていると、インフラの未成熟な日本の社会の貧しさを感じる。東北旅行に行ったとき、東北新幹線は行きも帰りも休日なのに空いていた。そんな新幹線を青森まで延長しようとしている。過密と過疎という問題はあるのだろうが、東北新幹線を青森まで伸ばすのと、東京の通勤地獄を改善するのと、どちらがより多くの人に便益を与えるのだろうか。京王線も複々線にしろとは言わないが、深夜の電車の本数を増やすくらいのことはすべきではないだろうか。
パソコンの進歩には付いていけない。次から次へと新しい技術が現われ、自然淘汰されていく。マニュアルを読んでも良く分からないし、肝心なことは書いていない。何とか使っている人も持っているハード・ソフトを完全に効率よく使いこなしているかというと、意外に無駄な使い方をしていたりする。例えばディレクトリーの作り方やファイルのネーミングなど細かいテクニックがあるような気がする。自分の今使っているパソコンをクリニックしてくれるパソコン巡回員みたいなサービスはかなりの需要があるのではないだろうか。
いとこのインターネットのメイルアドレスを追加するために資料を「ぷらら」というプロバイダーから送ってもらった。申込書類にCDディスクが入っていて、簡単に接続できるはずだったが、エラーメッセージが出て回線が上手くつながらない。とりあえずメイルを事務局に打っておくことにした。
1996.11.28.(THU)
天気は回復した。気温も上がって暖かい。表参道から歩いて会社に行った。今日は米国休日なので仕事は暇なはず。と思ったらセミナーやら来客やらで忙しい一日になってしまった。
夜7時半からベルコモンズの萬珍楼で会社の同期会。男女合わせて40人近く集まった。毎日顔を合わせている奴から、11年目にして始めて話す人まで色々。総合職が全員男性で一般職(入社の時は事務職と呼んでいた)は全員女性。当たり前のようで不思議な気がする。そして男性はほとんどが既婚、女性はほとんどが未婚。これもまた不思議。男女の比率が同じなら、このミスマッチはどこかに転嫁されているはず。
女性と話していて思ったのは、皆結婚願望が強いという事。いい人いたら紹介してと何度も言われた。でも本当に結婚したいのではなく、将来不安だからとか周りが何で結婚しないのとうるさいからといった消極的な理由が多かった。日本では就職→結婚→出産という人生が幸せという一般認識が強い。私もよく子供はまだですかと聞かれるが、余計なお世話というのが本音。世間一般とちょっと違った生き方をするのは楽しいが、周囲との軋轢にも耐えなければならない。
帰り道同期会の奥山君からこのページ見ていますと言われた。密かに読んでいる人がここにも一人いた。彼の感想は「毎日作るのは大変そうだけど、ナルシズムの世界だね」。おっしゃる通りです。
ナニワ金融道の第十六巻を買った。日本の金融システムに対する風刺が利いていて一気に読んでしまった。今回は屑信用組合と表六玉銀行の倒産と取り付け騒ぎが描かれている
1996.11.27.(WED)
朝から小雨が降っていて肌寒い。傘を持っていかなかったので、コンビニで買う羽目になった。1000円で買える安い傘の方が、無くしてもいいので気楽でいいし、軽くて水はけが良く持ち運びに負担がかからない。難点は同じような傘が多いのでお店などで人の傘とすぐに混同されてしまうこと。自分のよりいい傘と交換できたりすることもあるが。
厚生省の官僚腐敗が世間で騒がれている。地方自治体の不正支出も厳しく追及されている。確かにどちらもひどい話だが、日本人でどれだけの人が彼らの行動を批判する資格があるのだろう。民間企業間でも接待はあるし、その見返りに取引が成立したりする。役人の場合は税金が使われているから納税者から抗議されている訳だが、日本では民間企業は株主から批判されることも無く、チェック機能は働かない。その意味では民間企業の方が性質が悪い。結局は程度問題になるが、明確な基準はない。現金はいけないとして、商品券ならいいのか。金額は1万円ならいいのか。このような具体的な基準がないなら、一切お歳暮・接待の類は廃止するしかない。贈答社会の日本ではこれは不可能だろう。
寒くなると電車が暑くなる。暖房を入れるからだ。顧客サービスだと思っているらしいが、大いなる勘違いだ。人は寒いと厚着する。だから寒い日は普段より車内の温度は下げなければいけない。
明日は米国はサンクスギビングデイでお休み。収穫祭ということになるのか。日本でいえば勤労感謝の日になる。どちらかがどちらかを真似したのか、それともどこの国でも収穫の時期になると休むのでたまたま一致したのか。真相は分からない。南半球のオーストラリアでは5月に収穫祭の休日があるのだろうか。
1996.11.26.(TUE)
6時前に起きて日記を書く。随分寒くなったが表参道から歩いて会社に行った。前の日食べ過ぎたので、朝飯を食べる気力なし。ドトールでコーヒーだけ飲んだ。
歩いていると色々なことを考える。いつも思うのはごみをあさるカラスを何とかできないかということ。朝からごみ袋が破られ残飯が道路に散乱しているのは気分が悪い。何よりカラスが集団で電線にとまっているのは、襲われそうで恐い。ごみにカバーを掛けて防御すべきではないかと思う。都が導入した透明ポリ袋はカラスのためにあるのではない。
日経新聞に21世紀まであと1500日を切ったと書いてあった。私は自分の手帳に人生年表というのを作っている。これは山根一真氏が考案したものだと思うが、西暦を縦軸にとり自分の年齢を西暦の右側に書いていき、その年に何をするか(例えば結婚、退職、本出版など)予定や目標を入れていくもの。これを見ていると人生はいかに短いかビジュアルに理解できるというわけ。時間が経つのが加速しているように感じられるので21世紀はすぐ来るのだろう。人生年表も短くなっていく。
人間はなぜ機械と違って創造力があるのか。それは記憶がいい加減だからではないかと思った。正確に記憶することができず、不完全な情報がたくさん脳に集まり、それらを勝手に組み合わせていると時々新しい価値ある発想が生まれてくる。だからといって記憶力がいい人は創造力が無いと言えるのかは分からないが。生物の進化も同じだ。遺伝子のコピーの間違えが病気をもたらすこともあるが、生物の進化を生む原動力だ。自然界というものは根本的な仕組みは皆同じなのかもしれない。
1996.11.25.(MON)
土日に健康的な生活をするせいか、月曜日の朝はいつも快適。なはずだったが、ワインのせいで日曜日の夜8時頃にうとうと眠ってしまい、深夜1時に目を覚ますと寝られなくなった。お陰で朝の目覚めは今一つ。
髪切りにいったら「明日から会社でブルーですね」と言われたが、社会人になって早11年。会社に行きたくないと思ったことは余り無い。何か楽しいことがあるぞとワクワクしながら行ける位にしなければ人生勿体無いと思っている。何しろ起きている時間の半分近くを過ごしている場所なのだから。賃金を得るための労働という割り切りでもいいのかもしれないが、欲張りな私はそれだけでは満足できない。
その会社では今、喫煙ルールをどうするかで議論が沸き起こっている。私自身は煙草を吸わない。というより煙草は嫌い。服に付く匂い、煙草の先から出るツンとくる煙、灰の散乱など書いているだけでも気分が悪い。空想癖にも昔書いたが、分煙というのが正解なのだろうが、スペースの関係でそれもままならないらしい。その場合喫煙タイムを設定するのか、全面禁煙にするのか。前者はいかにも足して2で割る旧来の日本的意思決定の典型だ。喫煙ルールの議論のようなことでもどんな議論がなされ、どんな結論になるかで自分の会社のレベルなのか良く分る。喫煙タイムなどという中途半端なごまかしをしているようでは、仕事上の意思決定も足して2で割っているぞといっているようなもの。時代が求めているのは早く明確に意思決定し、間違えていると分ったらすぐに訂正する勇気だ。中途半端なごまかしはもう通用しない。
谷藤さんからまたメイルを頂いた。どうやら丸元淑生の信奉者らしい。「新家庭料理」と「続新家庭料理」(中公文庫 ビジュアル版 各¥700)を推薦してくれた。続編にはカレーメニューが充実しているらしい。カレーショップ経営を夢見る私としては、これは見逃せない。
1996.11.24.(SUN)
朝からHPのメンテナンスをした。フロントページの構成をコンパクトにまとめ上げてスクロールしなくても見られるように詰め込んだ。見た目は少々カッコ悪いが、機能性重視だ。
また昨日のまいたけを食べた。お昼にパスタを作った。にんにくと玉ねぎを炒め、まいたけと赤ワイン、それにブイヨン、しょうゆを少しいれ、固めに茹でたパスタをからめるだけ。まいたけが新鮮なだけで誰でも美味しい料理ができる。
猿岩石がいよいよ叩かれはじめた。持ち上げておいて落す、マスコミの常套手段だ。これから彼らにとっては今までの信じられない展開より、もっと残酷でつらい現実が待っているだろう。彼らは結局テレビに踊らされ、テレビに食い物にされて終わってしまうのであろう。視聴者もヤラセがあると気が付いていながら、最初はお笑いだった放浪記をいつしかドキュメンタリーとして美化していた。持ち上げられ、利用され、捨てられる方が、まったく売れないで終わるより幸せだと思えるのだろうか。テレビで見るナイーブな彼らから、私はそこまでしたたかな芸能人根性を感じられない。
「ギャンの相場理論」を読んだ。テクニカル分析の方法論が述べられているが、相場「理論」ではない。相場「実践」の本だ。相場とは少ないリスクで大きく儲けられればいいわけで、理論が完璧でなくても、経験的に法則を見つけられ、収益を上げられれば、その考え方が科学的に証明される必要は必ずしも無い。確実にいえることは、テクニカル分析が有効ということは、現在の市場が過去のヒストリーから影響を受けているということ。つまり市場はランダムウオーク仮説に従っていないのである。したがって線形回帰分析を始めとする一定の確率分布を前提とした相場予測は有効では無いということだ。ここに現在の統計学では超えられない高いハードルが存在する。先物トレーダーのラリーハイトも言っている「市場は効率的だと行っている人は皆貧乏だ」
夕方、図書館に行った。最近知人から勧められた赤瀬川原平の「新解さんの謎」という本を探すが貸出し中。予約しておいた。「デジタルジャパネスク」と「大恐慌に学べ」の2冊を借りた。どんな本か楽しみにしている。立花隆によれば、読む価値の無いと思った本は無理に読み通す必要はない。時間の方が勿体無いと言っている。最後まで読み通す価値のある本を探し出すのも能力のうちではある。
年賀状の季節になってきた。Eメイルを持っている人に年賀状を出すべきか。これがもっぱらの悩み。目上の人にメイルで済ませて年賀状を出さないのは失礼なのだろうか。失礼だと感じるような人は時代に柔軟に対応できない人だろうからきっとメイルなんか使えないとは思うが。
久しぶりに髪を切りに行った。お店の人によると、私の髪は人よりかなり早く伸び、部分によって速度が違うらしい。そして生える方向にクセがあるとのこと。だから髪がすぐにぼさぼさにまとまらなくなる。困った髪ではあるが、無いよりはマシといつも思うようにしている。
1996.11.23.(SAT)
高尾山に行って来た。朝7時に起きておにぎりやらお茶やら用意して、9:26の特急高尾山口行きに乗った。めじろ台に私の両親が住んでいるが、今日は2人もジョインして、4人で山頂を目指した。天気は意外に暖かく、ハイキング日和。いつもこの時期は高尾山口の改札は通勤ラッシュ並みの大混雑。人が多い上に、改札で待ち合わせるグループが多く大混乱になっていた。改札から離れたところに待ち合せのシンボルでも作ったらいいのにと京王電鉄にまた文句を言いたくなった。
昨日は表参道ではなく、昔からある旧道を登った。道が細いし人が多く、体力の衰えも有り山頂では結構バテた。約2時間の道程だ。紅葉はもう末期であったが部分的にはそれなりにきれいだった。何といっても空気はいいし、歩くことは気分がいい。お腹も丁度いい具合に空いてくるし。山頂でおでんとやきそば、そしてビールを買って、おにぎり・から揚げ・サラダでお昼。空腹は最大の調味料。あっという間にすべての食事が無くなった。ビールは外で飲むとやはり気分爽快。

昨年来たときは奥高尾に入り、相模湖に抜けて帰ったが、今日は表参道から戻るルートにした。一つは父親の体力を考えたこと、もう一つは表参道で売っているまいたけを買うため。下山途中に早速人だかり。露店でキノコを売っている。まいたけ・なめこ・しめじなどどれも美味しそう。まいたけ1,000円で買って帰る。包んでもらった袋を開けるだけで、キノコの香りがプンプンしてくる。
夕食はまいたけのてんぷら、まいたけうどん。てんぷらは塩をつけて食べるだけ。まいたけそのものの味が楽しめる。そしてうどんの担当は私。日高昆布とこの前八戸で買って来た煮干しでダシを取り、本だしも入れて、みりんと薄口醤油で味を整え、うどんをいれてまいたけを入れ出来上がり。食べるときにまいたけのてんぷらを上に乗せると完璧。簡単にできる割に材料のせいで自画自賛できるほど美味かった。大満足。
丁度1年前にも高尾山に行ったことを思い出したが、その時覚えているのは帰りの電車の中で50歳位のおじさんハイカー同士が、これからはパソコンできないと時代についていけないというような話をしていたこと。丁度ウインドウズ95日本語版発売の直前で盛り上がっていた頃だった。あれから1年たって、パソコンはペンティアムが当たり前で、ウインドウズも当たり前。インターネットが話題の中心になってしまった。来年高尾山に来るときは、どんな状況になっているのか想像もつかない。
湯当たりによる肌荒れは金曜日に顔の皮がぼろぼろとむけはじめ、きれいになった。びっくりしたのは一皮向けて頬の肌がまえよりツルツルになったこと。甦る肌。不老ふ死温泉の効用だろうか。
デジタルカメラを使いこなそうと色々やってみるが、まだまだわからないことが多い。カシオのqv100というのを使っている。操作は簡単で使いやすいし、小型で持ち運びは便利。難点は電池が単三4本ですぐ無くなってしまうこととストロボがないので暗いところで撮影できないこと。画像は普通の写真よりは明らかに劣る。
困っているのは2点。1つは画像の処理。今はqvリンクという付属ソフトでパソコンに呼び出し、一旦jpg形式で保存する。その後ペイントショップを立ち上げ、保存したファイルを開けて、gifのインターレース形式で保存し直している。このプロセスを簡単にできないかということ。何か便利なソフトがもう出ているのだろうか。
もう一つは画像の管理。名前をどう付けるか。今は今月撮った写真は9611を頭に付けて9611a115といった具合にファイル名を付けている。これだと撮影時期が特定できるというメリットがある。しかし何を撮ったのかは開けてみないとわからない。効率的な整理方法はないものか。「超整理法」の野口悠紀雄にメイルでも打ってみるか。それから画像もフロッピーにバックアップ取った方がいいのだろうけど、メモリーを食いすぎて大量のディスクが必要になる。これをどう整理するかも頭が痛い。
1996.11.22.(FRI)
昨日の寝不足が今日も続いている。6時前に目を覚まし、日記をアップデートして会社へ。久しぶりに家でご飯と納豆の真っ当な食事をしてから出かける。
出しておいた旅行の写真の現像が出来上がった。全部で6本。デジカメに比べると画像はずっときれいだが、出してみないとわからないし、時間はかかるし、無駄な現像は多いし、時代遅れのメディアになりつつあるのは否めない。あの写真を取りに行って、見る瞬間までのわくわくする気持ちは楽しいものではあるが、ノスタルジーになる日も遠くない。
最近物忘れがひどい。例えばこの日記に書くために電車で思い付いたネタを降りた瞬間忘れてしまう。雑誌の記事の書いてあった場所が思い出せない。何かがあったことは覚えていてそれを思い出せないから始末が悪い。いっそのことネタを思い付いてことさえ忘れてしまえばイライラすることも無いのだが。
明日は高尾山にハイキングに行くことにした。少し寒いし紅葉には遅いが、体を動かすには丁度いい。高尾山に行く楽しみの一つは山道の露店で売っているキノコ。山で採れた新鮮なものを売っていて、これが実にうまい。去年はまいたけを1,000円で買って来て天婦羅にしたが、お店で買うものとはまったく香りが違った。今年も売っていたら買ってこよう。
1996.11.21.(THU)
仕事の関係で海外から朝の4時に自宅に電話がかかって来て起こされる。これ幸いとそれからHPの作成に2時間かけてから会社へ。しかし週後半の早起きはやはりつらかった。午後になると体がバテた。しかし電話を受けたいとこは「お急ぎですか」と聞いたらしい。朝4時にかけて来て急ぎでないはずは無いと思うのだが。何となく寝ぼけた話だ。
メイルをチェックすると師匠洋一さんからフォーサイトの原稿ドラフトが送られて来た。内容を読んで感想をとのこと。フロッピーに落して会社で読むことにした。メイル送付時間が5:14になっていた。ここにもEARLY BIRDが一人いる。
師匠からは私のHPのフロントページをもっとコンパクトにするように、アドバイス頂いた。要するに画面をスクロールさせないで全体が見られるようにした方が見る人に使い勝手がいいということ。確かにスクロールというのは急いでいるときは、結構面倒。これは暇があれば週末にやってみたい。
名刺に個人用のメイルアドレスやHPアドレスを入れたいと思うことがある。しかしこれはあくまで個人の趣味。会社の名刺に印刷するのは公私混同でおかしい。会社に帰属するようになる気もして気分も良くない。とはいっても仕事は色々な人に会う機会であり、名刺にインターネットのことが書いてあれば話が盛り上がることも有り得る。個人の名刺を別に配るのはちょっとやり過ぎだし。アドレスを書いたハンコでも作って名刺に押すというアイディアもあるがこれも公私混同という観点ではグレーだろう。仕事とプライベートの境界線が今後更に曖昧になると、この手の問題は増えてくるだろう。個人の趣味を会社がどのように評価し使いこなすかが問われている。
1996.11.20.(WED)
今日は早起きした。5時に目を覚ます。ようやく旅行ボケから回復しつつあるらしい。といっても、湯当たりで肌は相変わらずぼろぼろ。でも最悪期より随分よくなった。朝から東北旅行でデジカメで撮った写真(約150枚)をjpegからgifのインターレースに変換して保存するという単純作業を黙々とやった。ペイントショッププロを使って、写真を開き名前を変えて保存を選択、gifのインターレースに設定して保存。これを繰り返す。結構つらい。
できた写真の一枚を「みちのく一人旅」に載せたが、上手く行かなかった。朝はここまでで時間切れ。会社で師匠にFTPの使い方を聞く。ようするにフロントページと違うフォルダーにあるイメージ画面をFTP上でサーバーにアップする方法が間違っていた。明日には写真が上手く載るだろうと期待している。
今日は久しぶりにアフター5も飲みに行かず、まっすぐ家に帰る。まだ8時。ワインとチーズをかじりながら、パソコンにもかじりつく。メイルチェックすると、2通来てました。2人共ニューフェイス。一人は谷藤さんという方。会ったことは無い。私のいとこのご主人の友人とのこと。このメイルはなかなか面白いし私の文章を(お世辞とはいえ)誉めてくれているので、気分がいいから例によって引用させてもらうことにした。
新そばの季節、深大寺蕎麦マップ 利用させていただきました。なかなか鋭い観察眼をお持ちとお見受けいたします。UPDATE 楽しみにしています。
又、空想癖、Magazine clipは大変興味深いご意見、多々拝読しました。もしかして、職業はライターではないですか?
文中より、Mac の Big macが、日本にデビューしたばかりのころの、お話をされておりましたが、価格のところから察するに、貴殿の年齢は20代後半から31〜2才と思います。
私も、当時、Big mac を死ぬほど食べたいと思っておりましたが、金もなく....仕方無しに吉野屋の牛丼 並で我慢したものでした。
ところで、一時期、Macのサンキューセットなるものが販売された時期がありました。仕事の都合で、Swedenに、居りました時期 彼の地にも、現地通貨で39 Skr(クローナ)で、同等のセットが、発売されていたものでした。
現地の友人に、「何で39 Skr(93年当時、¥450)なの?」 聞くと、「こんなもんじゃないか?」との返答。
そこで知ったかぶりをして、「3は日本語でsanと発音し、9はqueって発音するんだ。だから、音の感じは Thank youだろ!客に感謝してるみたいだぜ!」といった記憶があります。
ちなみにFinlandでも現地通貨で 39 Fim でした。不思議なものです。
マクドナルドが豊かさだと思っている世代は30代なのだと納得。書いていることで歳がバレる。
もう一人のメイルは大原さんといういとこの友達。「生きがいの創造」という本を紹介してくれた。今週末にでも本屋でチェックしてみたい。
最近Eメイルを持つ人が増えて来た。持っていないと情報が入らなくなりだせば、皆持つようになるのだろう。来年の年賀状にEメイルのアドレスを入れたり、HPのアドレスを入れたりするのがちょっとしたステイタスになるのだろう。昔ワープロで年賀状を書くと「この年賀状はワープロで作成しました」と自慢気に書いてあったように。
アメリカのコンタクトレンズ店からFEDEXで送ってもらった使い捨てレンズがようやく手元に届いた。注文したのは9月だったので2ヶ月経ってしまった。2日後には成田に航空便で届いたが、そこから大変なことになった。厚生省の規制で2ヶ月分以上の医療品を輸入するときは、認可が必要とFEDEXから連絡。厚生省に必要書類を問い合わせると、医師の診断書の現物が必要とのこと。コピーではだめ、と言われ郵送でボストンの医者に診断書を送ってもらった。書類一式を揃え、11月5日に霞ヶ関に行くと、荷物の送り先が会社宛てになっていたので、個人の輸入であることを会社に証明してもらう書類が必要と差し戻された。最初は証明書には社長のハンコがいるといわれ、思わず絶句したが、最終的にどんな印鑑でもいいといわれ、証明書を作り翌日再度霞ヶ関へ。ようやく認可書をもらいFEDEXに送付。今週ようやく手に入った。近頃流行の官僚批判をするつもりはないが、あまりに意味のないくだらない規制に腹が立ったのは事実。こうしてネタにできるので、今となっては、規制を実感するいい経験ではあったが。
最近は規制緩和も行き過ぎると、競争を阻害するという論調の話をする人が増えて来た。例に持ち出されるのが、アメリカの航空行政。10年前に規制緩和した結果、当初は競争激化で航空運賃が安くなったが、その後大手の寡占化が進み逆に運賃が高くなった例があると聞く。予約システムやマイレージプランによる囲い込みが寡占をもたらしたのだろうが、装置産業では確かに小規模企業で伍していくのは容易ではない。ただだからといって規制緩和の流れを後退させてはならないと思う。議論のすり替えに騙されてはならない。
日経の夕刊を見ていたら「イタリア男と京都のぶぶづけ」という見出しが目に付いた。イタリア男の口説きは京都でぶぶづけを勧めるのと同じで、本当の意味を翻訳する必要があるということ。日本の女性が簡単に陥落してしまうのは口説き文句貧困文化圏の女が口説き文句豊かな文化圏の舌先三寸をまともに受けることが原因だと分析。日本の女性の風紀の乱れを嘆く年配の方々はむしろ日本の男の表現力の貧困さを悲しむべきでありましょう。
夜遂にアクセス件数が1000件になった。年末までにと思っていたので、目標より早いペースに満足。知らない方からもメイルを頂いたり、刺激的な2ヶ月を過ごすことができた。これからも今のペースで続けて行くことにする。1000件目アクセスされた方ご一報下さい。お待ち致しております。
1996.11.19.(TUE)
今朝起きるともう6時半近い。月曜日に飲みすぎたせいか寝過ごしてしまった。したがって18日の日記はお休み。別に記録にこだわる訳でも無し、毎日書くことに執着するのは自分を縛るだけ。余り自分を追いつめるのは止めようと思う。書きたいことを書きたい時に書いて、読みたい人から感想をもらえれば最高だと思っている。
待っていた「DEATH OF INFLATION」を手にいれた。NYにいる中釜君に送ってもらった。これからゆっくり読むことにしたい。最近活字から離れているので、じっくり本を読むのは結構楽しみ。英語もそんなに難解ではなさそうだし、きっと面白い本だと期待している。
フランスに行ったという会社の人と話をした。今年春にフランスに行って思ったのは、フランスで食べるフレンチは日本のより美味しくないという事。それはタイユバンとか三つ星に行けば違うのかもしれないが、一般のフランスのレストランは余り美味しくなかった。逆にイタリアに行ったときは、どんな安いレストランでも必ず美味しい料理に出会えたのだが。この自説にはフランスから帰ったばかりの会社の人も賛成してくれた。イタリアで食べるイタ飯は本当にどれも美味しかった。日本に帰って最初に家で食べたのがパスタだったくらいイタリアンに魅了された。フランスではそうは行かなかった。日本のフレンチの方が美味いと思った。どちらもラテンの国なのに、この違いはどこから来るのだろうか。
仕事とは何なのだろうと、根本的な疑問を一日考えていた。仕事と趣味の区分けがこれからどんどん曖昧になっていく。そうすると時間で従業員を管理する今の方法は機能しなくなる。実績で評価するシステムを構築できない会社は従業員の管理ができなくなるのではないか。
今の会社ではインターネットに会社でアクセスできない。自分のメイルを会社で見ることも送ることもできない。ディーリングルームという最も情報が集中する仕事場で自分のメイルを見られないという滑稽な状況になっている。インテリジェントビルで自分の携帯電話にモデムをつなげて何とか通信をやっている我が師匠の姿は何かが違っているという感じがする。
1996.11.17.(SUN)
また、いつもの生活に戻った。ただしこの日記帳今まで当日分を当日朝書いていたが、一日ずらして前日分を当日朝書くようにすることに変えた。相変わらず湯当たりで皮膚はぼろぼろ。困ったものだ。といってもパっと見にはあまりわからないのだが。
お昼から原宿の中華料理店で浅尾慶一郎さんの選挙残念会。神奈川から立候補していたが、今回惜しくも次点で落選した。スピーチでこれからも政治活動を続ける、というのを聞いて本当に政治がしたい人だなと嬉しくなった。もともとは銀行員で、政治家のギラギラしたイメージからはかけ離れた人だった。昨日も政治家というより学者っぽい雰囲気は相変わらずだったが、スピーチは1年間の実戦練習で格段に上手くなっていた。
そのパーティーで株式会社デジタルプリントの江端社長に会った。彼はデジカメを使ったDPEショップを秋葉原で始めた企業家。彼の予測によれば、後一年でフィルム型と同じレベルの画像が5万円のデジカメで撮れるようになるとのこと。デジカメの画像をインターネットで送付して普通の写真のように現像してもらえるようになるとも言っていた。要するに今のカメラはレコードと同じ運命なのだ。レコードからCDへの移行は2〜3年だった。きっと後3年で今のカメラは無くなるのだろう。マニア向けの機種は別として。
旅行中にメイルを何通か頂いた。その中でアメリカ留学中の斎藤君から「~」についてメイルを貰った。以下その一部コピー。
これは元々インターネットにつながっていたワークステーションの標準OSのUnixに由来しているのだと思います。
Unixでは自分のアカウントのルートディレクトリ(ホームディレクトリ)の別名に"~"が割り当てられています。例えば、cd~を実行すると、どこのディレクトリにいてもホームに戻ることが出来ます。
いまでこそ、Windows95のようなGUIがあたりまえですが、昔はすべてキャラクタベースの端末であったため、いちいち自分のホームディレクトリの絶対アドレス(/usr/local/shinoby等)を入力する手間を省くために、設けられたものだと思います。
なぜ"~"なのかは、Unixの歴史に関するオタク本を見ないと分からないと思いますが、Unixではディレクトリの区切りにスラッシュ"/"を使うなど、アルファベット以外の文字(始めは全部でアスキーコードの127文字しかなかった)に、いろいろな意味をつけています。
もう細かくは忘れてしまいましたが、!, ;, *, ?, <, >,|等にもいろいろな意味があります。早い話"~"くらいしか残っていなかったのではないかと思います。
従ってUnix系のサーバ上のホームページのアドレスにはxxx.yy.zz/~nnnnとTildeが付いていることが多いのだと想像します。
とのこと。こんな話なかなか聞けるものではない。大変勉強になりました。斎藤君ありがとう。
1996.11.16.(SAT)
ようやく旅行から帰ってきた。スーパーやまびこという一番早い奴にだったので約2時間半で東京に着いた。盛岡といえば昔はかなり辺境というイメージだったが、今では大阪より電車では近くなってしまった。東北新幹線は往復とも簡単に座れた。やはり東海道とは利用客の数が違う。今日も土曜日の午前中というのにこの混み具合ではきっと大赤字だろう。
帰りの電車でどうも体がかゆい。前から少し変ではあったが、ひどくなって来た。家に戻り近くの医者へ行く。診察の結果は湯当たり。温泉の入りすぎということ。なんだか情けない。薬をもらって体に塗る。直りかけが一番かゆいのだとか。からだじゅうカサカサして春スキーで雪焼けしたみたいになっている。過ぎたるは及ばざるが如し。
診察してもらって言うのも何だが、貰った、いや処方された薬の種類と量にはびっくりした。塗り薬2種類、ビタミン剤2週間分、それに抗アレルギー剤とかいう飲み薬。医者には近くなのでまたすぐ来られますからといったのだが。ビタミン剤2週間はいくらなんでも多いと思うのですが。これで診察と合わせて800円。安いと喜んでいる場合ではない。制度を見直さないといけないのではないだろうか。
旅行ではデジカメと普通のカメラを持っていった。デジカメの画像の精度が上がればこんなこともいずれ無くなるのであろう。デジカメは150枚の写真が撮れた。実際には200枚以上撮っている。要らない画像をその場で消せるのは便利だった。デジカメは悩んだら撮っておくという、取り敢えず主義で対応できるので、悩んだらまずやってみるというインセンティブをもたらす。
余り新聞も読まず、過ごしていたが別に慣れれば何という事はない。自分が休んでいても会社の業務に何の支障も出ないと、自分の存在価値が否定されたように思うという人がいる。休み中に会社から電話がかかってくると頼りにされていると嬉しくなるらしい。でもそれは引継ぎをきちんとやっていない証明に過ぎない。休みの時くらい日常の業務を忘れ気持ちの入れ替えをキチンとする方が仕事にはプラスだと思う。マニュアルが整備され急に誰かがいなくなっても通常通りの業務をこなせるのがプロの組織だ。
1996.11.7.(THU)
昨日は朝目を覚ますと6時半。間に合わないので日記をサボってしまった。
5日の朝3時に目を覚まし(自然に起きてしまった)3時間かけて大滝絵画美術館を作ったので、5日は会社でバテた。そのしわ寄せが昨日の朝に出た。大滝絵画美術館は慌てて作ったため、各方面から画像が重い、ぼやけている、クリックしても拡大できない、といったご批判を頂いています。時間があるときに直しますのでお許しを。といっても画面はこれ以上鮮明にはできない。デジカメの限界がこの辺にある。
仕事でお付き合いのある、那須川さんと電話で話していたら、「来週連休ですね」と言われて、話した覚えがないので「誰に聞いたのですか」と尋ねると「ホームページで見ました」と。コミュニケイションの糸口になることは確かだ。
エコノミスト(NOV.2-8,1996)は面白い記事が出ている。一つめは為替についての記事は師匠洋一さんにもコピーを渡しておいた。エコノミスト誌は今のドル高は続かないとしている。もう一つはクレジットスワップに関する記事。クレジットリスクをコントロールする方法として、クレジットスワップが広がりつつある。これによって銀行のクレジットリスクの管理方法が個別から全体のリスク管理へ変わっていく。またリスクリターンで考えるとクレジットスワップは収益性の高い事業なのでヘッジファンドが積極的に参加している。
銀行のローンも証券投資のポートフォリオ理論のように管理していく時代になっていくのであろう。個別の案件に時間をかけてスプレッドを審査していく時代はもう終わりに近い。もう一つ思ったのは、こういった新しい商品は出来立てが儲かるということ。市場でポピュラーになって日本の金融機関が参入する頃にはリスクリターンは今のようには高くないだろう。ここでもエコノミー・オブ・スピードが働いている。
今日・明日と家には帰らないので、ページの更新ができない。土曜日朝に戻り、午後からは旅行に出かける予定にしているのでそれから1週間もお休み。10月1日に始めて以来かなり睡眠時間を削って書いて来たので少しのんびりすることも必要だと思っている。
(ここからは11.17.に追加しました。)
いとこが仕事で新高輪プリンスホテルに泊っているので、仕事が終わってから駆けつける。もう9時近い。いとこは父親のやっている雑貨の輸入の仕事を手伝っている。義理の弟も社員という家族経営の会社。週末にホテルでイベントがあるという事で、今回は2泊3日の泊り込みで仕事。私も付き合うことになった。私たち4人でホテル内のレストランでスペイン料理を食べた。飲み放題食べ放題でつい食べ過ぎてしまった。私以外は皆展示会場の設営の後で疲れている様子。夕食は義父に奢ってもらった。
1996.11.5.(TUE)
今週は4日でまたお休み。一層早く感じられる1週間になりそうだ。昨日はお昼に母親が遊びにやってきた。展覧会を見に行く。自分の絵を見せるのは恥ずかしい。大滝先生が会場を案内してくれた。自分のはさて置き、140点近い作品は素人とは思えない作品も多い。明らかに素人というのもあったが。デジカメで写真撮ると大滝先生大いに興味を示し、撮影を手伝ってくれた。先生にはこの写真が全世界に発信されることになります、と言っておいたが信じていないだろう。その後「いしもり」でそばを食べ、「スリジェ」でケーキを買って家でお茶。ミルフィーユはうまかった。
夕方久しぶりにスポーツクラブへ。体重は着実に増えている。2時間みっちり汗をかく。6時半にいとこと下北沢で待ち合わせ。フォコラーレというジャックポット系のビストロに入る。ワインをまた飲んでチーズとパスタ食べる。ここはサービスもよく味も満足。その割にリーズナブルで気楽に行けるいい店。特にわたりがにのトマトソースパスタとペンネゴルゴンゾーラは美味かった。
家に帰りまたワイン。何かこれだけ読んでいるとアル中のような生活だが、それぞれの量は大した事はない。赤ワインは血圧を下げるなどと言い訳しながら飲み続けた。ゆっくりと風呂に入ってから寝た。
ロンドン支店の金沢君から電話。ロンドンは休日ではない。来年1月に一時帰国で日本に帰るらしい。彼は会社の同期で付き合っている数少ない友人の一人。会社のこと、仕事のこと話してから切る。エマージングマーケットの担当で結構充実した仕事とプライベートを楽しんでいるようだ。羨ましい。
カウンターは796件。11月に1000件という目標は達成できそう。とはいっても今週末から1週間旅行に行くが、今の機材では旅行中は内容更新できないことが判明したので画面変更は無し。その間きっと誰も見てくれないだろう。
1996.11.4.(MON)
3連休というのにどこにも出かけない。きっとどこに行っても混んでいることだろうからこんな時は家が一番。旅行の計画を立てたり、パソコンを触ったりしているうちに時間はどんどん過ぎていってしまった。9日から東北に一人で旅行することにした。少し寒い季節なので温泉巡りをする予定。面白そうな温泉がたくさんある。例えば乳頭温泉。名前も面白いが雰囲気も鄙びていて最高らしい。黄金崎不老不死温泉というすごいのもある。これは日本海に面した脱衣所さえない混浴温泉らしい。夕日を見ながら入ると最高と書いてある。竜飛崎も時間があれば見るつもり。夕食を一緒に食べていた人が翌朝いなかったりする恐い旅館もあると聞く。いずれにせよリラックスするつもり。
昨日のNHK特集で「ベル友」の話を取り上げていた。ベル友とはポケベルでつながっている友達のこと。じゃまーるのような情報誌に自分のポケベルの番号を載せて友達を作る。でも話したことも会ったことも無い。文字入力できる12字で自分の気持ちを交換する人をベル友として付き合うのが高校生で結構流行っているらしい。びっくりしたのは相手の学校名を聞き出すと受験雑誌で偏差値を調べて自分と比較しているのを見たとき。偏差値が違うと話も合わないと悟っている様に見えた。テレビではベル友を傷つきたくない若者の行動と捉えていたがそうだろうか。ベル友は一つにはゲーム感覚だと思う。知らない人からメッセージが来るのは変な内容でなければ厭なことではない。もう一つは友達付き合いの変化。友達を状況に応じてデジタルに使い分ける世代になって来たのではないか。本当の気持ちを言えるのは誰、遊びに行くのは誰、というように部品のように自分に都合よく組み合わせているのだと思う。傍目には異常な行動に見えるが、行動としては合理的だ。若者の動きは時代を最も敏感に反映する。
猿岩石は大ブームになってしまった。若者の心を捉えたのはなぜか。夢と笑いと涙が上手くミックスされていたからだろう。しかし彼らはこれからどうするのであろう。余計なお世話だが本当に心配だ。マスコミの常としてまずブームを持ち上げる→あら捜しを始めて水を差す→ブームが去って本物だけが淘汰されずに残る。というプロセスになるはずだ。来年初めにはネガティブキャンペーンがきっと始まり、それに耐えることができるのだろうか。
女性週刊誌はあまり読んだことはないが、電車の吊り広告だけでほとんど内容がわかる。あの好き嫌いの激しさには呆れる。最近では野村監督夫人。握手をしたら指輪が痛かったとか書きたい放題。嫌いな気持ちは理解できるが、ちょっとやりすぎ。面白いのは華原朋美。最初はネガティブキャンペーンされていたのに、いつしか「朋ちゃんカワイー」などとOLにまで言われてる。誰が決めるのか知らないが、こういった世論は女性誌に操作されている。このプロセスは結構不気味である。
1996.11.3.(SUN)
昨夜は結局林夫妻と焼肉の高麗亭に行くことになった。川上は連休で休みらしく電話がつながらなかったので断念。食事の後は我が家でインターネットで遊んでいった。
今日は展覧会当日。10時に絵を会場まで運ぶ。雨もようやく上がり午後には晴れてきた。くじを引いて場所が決まる。北ギャラリーの入り口近くに決まった。たくさんの人が作品を持ってやってくる。高校の頃の文化祭の時と同じようなワクワクする気分に浸れた。明日デジカメで撮影して大滝絵画美術館のページ作成を進めることにしよう。
プロフィールのページを作ろうと思った。前は自分の紹介といっても人に言うほどのものではないから敢えて書くこともないと思っていた。でも会ったことのない人からメイルをもらったり、他にもアクセスしてくれる人もいると思えば書いてみるのもいいかもしれないかと考えが少し変わった。でも何を書けばいいのであろう。年齢・職業・家族・趣味はいいとして他に何があるのか。デジカメの写真は入れた方がいいのだろうか。もう少し時間をかけてゆっくり作ることにする。
文化の日で勲章の授与をやっている。国がくれる勲章に毎年あんなに大騒ぎ。歳を取ると誰でも欲しくなるものなのだろうか。中山素平や大江健三郎のようにまったく受け取らない人もいる。表彰するのはまだ許せるとしても、せめて等級を付けるのだけはやめた方がいいのではないかと思う。国が人間のして来たことに階級を付ける行為自体にアレルギー反応がある。裏で行われる陳情活動もエネルギーの無駄だ。そうは言っても自分の親が叙勲したら毅然とした態度を取れるかといえば自信はない。
1996.11.2.(SAT)
昨日は仕事で遅くなった。外国証券の運用をするのが仕事なので、アメリカの経済統計が発表される毎月第一金曜日には遅くまで残っていることが多い。今週からは夏時間が終わったのでアメリカ東部時間の朝8時半に発表される時、日本は夜10時半。結局家に帰ったのは2時半でもうくたくた。まあここでは仕事の話はなるべくしないようにしよう。という訳で朝起きるともう10時。大滝絵画教室に顔だけ出す。明日から調布市民文化祭で絵の展示をするので、ほとんどの人は完成してお互いに批評し合っている。この教室から20人以上が出展することになっている。新しくてきれいな文化会館で初めてやる展覧会なので楽しみ。これを機に大滝絵画美術館を一気に完成させるようにしたい。調布市民会館(調布駅から歩いて3分)で6日まで10時〜5時までやっていますので、お暇な方はどうぞ。私の絵のタイトルは「浦安・天安」。佃島の佃煮屋さんを描いた水彩画です。
昨夜の夕食は会社のチームの面々とメキシコ料理へ。タコスデルアミーゴという表参道のお店。カジュアルだけど美味しいメキシカン。値段もリーズナブル。8時過ぎると満席状態。タコスやらナチョスやら軽く食べる。その後、九州じゃんがらラーメンへ。原宿駅近くの超有名店。初めて食べてみたが、こってりしているけどすっきりしている不思議なスープと細くて腰のある麺がよかった。ここも超満員。それにしてもスーツ姿の6人が表参道を歩くと浮いてしまう。何となく肩身が狭いのは気のせいだろうか。雑貨屋やお洒落なカフェの前を歩く自分たちが、一瞬若者のトレンドスポットを観察しに来ている、ビジネスマンの視察団のように思えた。
加藤さんのホームページに遂にアクセスした。きれいな仕上がりにびっくり。フロントページはプロがデザインしたような出来上がり。それぞれのページも見やすく、丁寧に作ってある。実は加藤さんとはどんな方でどこに住んでいるかも知らない。たまたまメイルを貰ったのがご縁で時々やりとりをさせていただく関係。加藤さんも書いていたがこういうさりげないコミュニケイションというのは結構楽しいものだ。例によって自分に都合の良いところだけ勝手に引用。以下加藤さんの「ホームページ開設日記」より
「どうしようか」と思っているときに、内藤さんのホームページの「ホームページ作成日記」を見た。40日間でほとんど何も知らないところからついに9月30日に完成するプロセスには、感動した。これに習い、私も短期集中で作ることにしよう。
夕方から林夫妻が家に来ることになった。インターネットをゆっくりみてみたいとのこと。メイルのやりとりはけっこうしているが、2人ともインターネットはあまりやらないらしい。ホームページ作りでも勧めてみよう。今夜は4人で近くの川上にでも行って焼鳥を食べることになりそう。
11月に入ると年賀状が発売されいよいよ師走が近いのを実感する。テレビのCMもお餅とかクリスマスものとか増えてきて、季節はどんどん移っていく。今日は朝から雨。気温が上がらず、すっかり寒くなってきた。好物の茶碗蒸しが食べたい時期である。
1996.11.1.(FRI)
日は夜急に雨が降ってきてびっくりした。相変わらず暖かい日が続いている。10月に入って急に寒くなったので、今年の冬は寒いか、と思っていたがもしかしたら暖冬なのかも知れない。
10時過ぎに家に戻る。酔っ払いながらパソコンを開けて、メイルを見る。大学時代の友人林君とその奥さん(それぞれ会社にEメイルがある)、高野沢さんから私宛てにも来ている。林夫妻には返事を打っておいた。奥さんの会社は外資系で英語しか対応していない。おまけにサーバーの調子が悪いらしくなかなかうまく送信できないことが多い。昨日も返送されて結局送れない事態になった。他のメイルは送れている訳だからこちらからはいかんともし難い。
自治省が選挙活動にインターネットを使うのは公職選挙法違反だとさきがけに今週回答した、と日経に出ていた。中身はともかく、投票日前に質問したのに選挙後こんなに時間が経って回答していることが間抜けっぽい。法律の世界にはエコノミーオブスピードは求められないのだろうか。
限界がブレークスルーを生み出すということを考えた。最近読んだ本では立花隆が原稿の締め切りが迫ると急に料理など関係ないことを始めると書いている。わざと自分を追い込んでいって、何かをアウトプットさせないといけない極限に持っていくとアイディアが沸いてくるらしい。「オタク学入門」によると日本のアニメは予算がなくて一秒間のコマ数を3分の1にして撮っていたため不思議なコマ送りの方法が発達したと紹介している。どちらも限界が可能性を引き出した例といえる。
何か無理難題を解決しなければならないとき、従来の改善の延長上ではなくまったく新しいアプローチを考え出すには、当然知識の蓄積と柔軟な発想力、そしてやってみようと思う気力が必要だ。
人間歳を取るとこの気力が失せるようだ。最近のパソコンブーム、インターネットブームにもまったく拒否反応を示している人がいる。役に立たないとか金が無いとか時間がないとか理由をつけて触ろうとしない。わからないことを恥じることは無いと思う。今や年齢とか肩書きは人と付き合うには余り意味を持たなくなってきている。小学生に中年のおじさんがパソコンの使い方を習う時代なのだ。わからないことはつまらないからと拒否するのと、わからないことだからこそ知りたいと好奇心を持つのでは人生大きな違いがある。自分はできる限り後者でいたいと思っている。
今日から11月。先月メイル送っていただいた方、このページを読んで頂いた方、ありがとうございました。今月もよろしくお願いいたします。是非一行でも感想なりご意見なり頂ければ有り難く思います。
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