SHINOBY'S WORLD SHINCE: SEPTEMBER 30, 1996




エッセイ

日記 1996年11月「みちのく一人旅」


96.11.9.〜11.16.に行った東北旅行一人旅の日記帳です。写真を少しずつ追加していきますのでお待ち下さい。

出発・釜石で磯料理を堪能の夜。

1996.11.9.(SAT)
東京→(東北新幹線)→新花巻→(釜石線)→釜石(ベイシティーホテル泊)

いよいよ出発だ。旅は出かける時が一番楽しいのかもしれない。11時半すぎに家を出て、12:48東京駅発やまびこ45号盛岡行きに乗る。東北周遊券と新幹線特急券を買う。電車は土曜の昼なのに自由席に簡単に座れた。東海道新幹線とは混み具合が随分違う。みちのく一人旅の哀愁はない。新幹線は早くて便利だけど旅の情緒はない。無駄をすることが旅の醍醐味であり、効率第一ではつまらない。今日は釜石を目的地に決めた。海の幸が目的。時刻表を調べると4時前に新花巻に着きそこから各駅で2時間位かかるらしい。6時すぎに到着予定。空は曇っているが思ったほど寒くはない。そうはいってもコートとマフラー、セーターなど冬仕度は鞄にいれてある。

新花巻に16時前に到着。宮沢賢治弁当とビールを買って釜石線に乗り込む。16:13新花巻発。釜石線は予想した鄙びたローカル線とは違い、結構新しいディーゼル車だった。宮沢賢治弁当も期待を裏切る出来の悪い幕の内弁当でがっかり。列車は高校生や地元の人で満席。仕方がないので立って缶ビールを飲みはじめる。単線なので対向電車待ちで止まったりもしたが、18:16に釜石駅に着く。観光案内で民宿を探してもらうがいい所はどこも満室。安いホテルに泊って、外食で海の幸を堪能することを薦められ素直に従う。紹介されたのは釜石ベイシティホテル。去年出来たばかりの新しいビジネスホテル。料金は7千円程度と言われ予約した。

釜石の街は土曜日の夕方だというのに人が少ない。商店街の明かりがさみしげだ。歩いて10分程でホテルを発見。チェックインする時にフロントで「暮六つ」という料理屋を紹介してもらう。ホテルのすぐ裏にある逸品料理の店らしい。お腹を少しすかせて9時前に出かける。予算五千円位でと頼むと美味しい料理が次から次へと運ばれてきた。先ずはインドマグロの赤身とはらわた(酒盗)のあえもの。塩辛のような珍味。そしてまんぼうの腸のあえもの。貝のようなくせののない歯ごたえがたまらない。それからまんぼうの身の酢味噌かけ、たらの精子、きんきの煮付け。たらの精子はポン酢に精子をかけただけというが白子のような、ちょっとねっとりした味。こくがある。きんきは身が本当にぷりぷりしている。どれも新鮮、そしてうまい。

続いて刺し身盛り合わせ。ほっき貝、アワビ、インドマグロ、加治木マグロ、など皿に刺し身だけが飾り気無く盛ってある。マグロはトロのようなまろやかさ。ここまででほぼ満腹。腹固めにいくらご飯と磯汁が出てきた。いくらをごはんにのせただけの素朴な料理。磯汁はしゅうり貝というムール貝に似た貝でだしをとり、ふのり、まつもをいれた逸品だった。いくらもテンコ盛り。これでビールとお酒を入れて6千円ちょっとは安い。つい酒を飲みすぎた。店を出るのが11時近かった。初日から少し出費が多い。1日1万円ペースを目標にしているが予算オーバー。妙に暖かい気候。シャツ1枚で外出できる。雨が降りはじめた。どうも東京で予想した東北の気候とは違う。明日は朝市を覗いて早くでる予定なので早く寝た。

(本日小使い帳)
周遊券 (22,650円)
新幹線特急券 (5,230円)
弁当・ビール(新花巻)(1350円)
夕食(暮六つ)(6250円)


宮古で弁当の朝食、山田線で紅葉を楽しみ、秘湯「乳頭温泉・鶴の湯」へ

1996.11.10.(SUN)
釜石→(山田線)→(宮古乗り換え)盛岡→(JR代行バス)→田沢湖→(羽後交通バス)→高原温泉→(迎えの車)→乳頭温泉(鶴の湯泊)

6時にモーニングコールで起きる。雨はほぼあがったようだ。7:45の電車で三陸をまわって盛岡に出るのが今日の予定。その前に世界でフィレンツェと釜石にしかない橋上市場を覗いて行くことにする。
橋上市場はフィレンツエとは随分違った。海産物から日用雑貨まで扱うごくごく普通の市場だった。しかし売っている海産物はさすがにうまそう。

7:45の宮古行きの山田線に乗る。リアス式海岸に沿って走るので、海が見えたり見えなくなったり。宮古には9:02に到着。途中吉里吉里にも止まった。井上ひさしの小説の舞台になったとは思えない静かな村だった。宮古で盛岡行き快速リアス出発までしばらく待ち時間。海の幸弁当(1,200円)を買う。9:41に電車が動きはじめると早速食べる。ミニたらばかに、蒸しうに、いくらが酢飯の上にのっている。さすがに鮮度が違う。駅弁とは思えないうまさ。日本酒が飲みたくなってきた。もう一つ買ったのはうにおにぎり(160円)。珍しいので買ってみた。普通のうにが入っていた。宮古から盛岡まで約2時間。途中紅葉が真っ盛りで見事。特に宮古を出てからの最初の一時間は特に美しかった。線香花火みたいな紅葉があって、紅葉が打ち上げ花火のように見えてきた。ディーゼル電車は快速なので快適に進んで行く。あっという間に盛岡に11:37到着。今日の目的地はここから更に3時間の乳頭温泉。鶴の湯に向かう。盛岡から田沢湖までは秋田新幹線工事のためバスによる代替輸送。12:38に盛岡を出て、13:48に田沢湖に到着。更に羽後交通の乳頭温泉行き13:55で14:33田沢高原温泉で下車。宿に電話をして迎えに来てもらう。マイクロバスは更に奥地に入って行く。

鶴の湯は予想通りの鄙びた宿。5時までは入浴だけの客もいて混んでいたが、5時すぎにはすいてきた。早速露天風呂に入る。混浴だが当然男しかいない。湯加減も丁度よく何時間でも入れる感じ。他にも内風呂があって24時間入れるということですっかり気に入った。ただし部屋はとても古くて所謂バンガロー風。湯治の自炊宿と行った風情。ただ古いが清掃は行き届いており清潔。新館というのがあってこれは新しくてきれいな旅館風らしいがなかなか予約が取れないらしい。一人旅なので安いのが一番と納得する。料理と風呂は何処に泊っても同じなのだ。夕食が始まる前にビール缶飲んで酔っ払った。客室の内装はすべてが昔にタイムスリップ。カーテンには隙間をとめるための洗濯ばさみ。蛍光燈には布団から直接消せるようにひも。マッチで芯につける石油ストーブ。20年前に自分が体験していたことばかり。鍵のかからない6畳の部屋。引き戸を閉めても明かりが漏れてくる。しかも自家発電でコンセントがない。これは困った。なぜならパソコンの充電が出来ない。ここではすべてが自己申告制。ビールも勝手に缶を取ってフロントに申告する。みんなのんびりしている。のどかでいい情景だ。

夕食は本陣といわれる別棟で食べる。囲炉裏を囲んでみんなで座る。昔の田舎の夕食風景だ。料理も素朴。いわなの囲炉裏焼き、山の芋鍋、わらびの玉子閉じ、いしカレイの煮付け、キノコのおろししょうがあえ、キノコとお餅のホイル焼き。工夫された味で素朴だがどれも美味しい。山菜類の種類の多さと新鮮さは東京にはない。芋鍋は暖まる。カレイはブリのように脂が乗っている。わらびはやわらかい。いわなはみそを付けて焼いてあり頭から全部食べてしまった。日本酒飲んでいい気分になった。昨日からの電車の疲れもあって、10時前には寝てしまった。

(本日小使い帳)
ベイシティホテル(7,364円)
海の幸弁当(1,200円)
ウーロン茶(110円)
コーヒー(412円)
羽後交通バス(570円)

角館で紅葉を楽しみ、マタギの里で鹿と熊の料理を楽しむ

1996.11.11.(MON)
乳頭温泉→(宿の車)→高原温泉→(羽後交通バス)→田沢湖→(JR代行バス)→角館→(秋田内陸縦貫鉄道)→比立内→(宿の車)→松橋旅館泊

目を覚ますと4時。暗い中露天風呂に入りに行く。気温は思ったよりもずっと暖かい。通り雨があったらしく、地面は濡れていた。山形から来たという温泉好きのおじいちゃんに話し掛けられた。ずっとストロボで写真を撮っていたので珍しがられたらしい。行って来た温泉の話をしているらしいが、なまりがひどくてほとんど言っていることは理解できなかった。唯一秋田の泥湯というのはいいらしいということだけ理解出来た。7時の朝食の前にもう一度入る。

朝食は納豆、魚の甘露煮、温泉卵、切干し大根、梅干し、漬け物、ナメコの菊花添え、ご飯、お味噌汁。ご飯も木のおひつに入ってとっても美味しい。秘湯の古くてよい部分と近代的なサービスがうまくミックスされたよくできた宿であった。

宿の人に8時すぎに送ってもらう。親切な人と、美味しい料理、素晴らしい温泉と言うことなしの宿であった。8:30の田沢湖行きバスで下山する。JRバスに乗り換え角館へ。JRの代行バスで30分ほどで角館へ到着。秋田新幹線の工事の最中で駅前はうるさい。観光案内所に荷物を預け、武家屋敷方向へ歩く。武家屋敷は民家になっているところが多いが、紅葉と黒塗りの塀がコントラストで美しい。写真を撮りまくる。本来桜の季節が最高で有名らしいが、紅葉でも十分楽しめる。街は狭いので2時間もあれば大方歩き尽くした。お昼は稲庭うどんを食べる(800円)。2時52分の秋田内陸縦貫鉄道に乗るまで観光案内所で時刻表等を調べて時間をつぶす。

秋田内陸縦貫鉄道は第3セクターなのでJRの周遊券は使えないといわれ、1,030円で立比内までの切符を買う。30分前には電車はホームに入っていた。ワンマンの一両のディーゼル車。お客さんは10人ほど。途中山をトンネルをくぐりながらどんどん内陸へ入って行く。人が段々降りていき途中駅でついに客は自分だけになった。比立内駅で電話。すぐに松橋旅館の人が迎えに来てくれた。5時前に宿に着く。予想とは少し違う、山菜料理の宿ということで少しがっかり。旅館というよりは民宿という方が正しい。田舎の大きな家を開放した造りで、一階にある部屋は立派。熊の毛皮が置いてある。あちこちに剥製もあって夜は結構恐い。宿の人が近くにあるせせらぎ温泉という有料温泉まで車で連れていってくれた。入浴券は宿の人がくれたので無料。普通の田舎にある健康ランドの小さいやつみたいな変哲のない温泉であった。一風呂浴びて6時前には宿に戻る。一緒に送迎してもらったカップルの男性は渋谷のデパートに勤めているとか。1週間でやはり東北旅行をしているといっていた。乳頭温泉の硫黄が体に染み付いておりまだ硫黄臭い。シャツにも匂いが染み付いている。

山菜とマタギ料理ということでかなりのボリューム。山菜は昨日も味噌汁に入っていた茄子のようなキノコ。ナメタケ、とび茸、わらびの炒め物、キノコの天ぷら。鹿肉の焼き豚風の料理。1500円で追加した熊鍋。熊はあまりくせも無くみそ味のスープに大根、わらび、ねぎが入って暖まる。鹿肉はえぞ鹿を北海道で正月に獲った物を冷凍保存しておいたもの。、酸味のある鹿独特のくせが特徴。美味しい。料理は山菜・肉共気に入った。ビール飲んで食べ過ぎてしまった。せせらぎ温泉に一緒に行ったカップルが隣のテーブルにいて少し話す。昨日艫作に泊まり南下して来たとのこと。私と丁度反対のコース。黄金崎不老不死温泉に泊ったという。いい温泉だといっていた。取り敢えず温泉は明日に期待。今日は早くねることにする。7時半には夕食終り、部屋に戻るとうとうと寝てしまう。食べ過ぎた。気が付くと10時半。缶ビールを買ってワープロ打ちながら旅の疲れを癒す。

(本日小使い帳)
鶴の湯(9,500円)
秘湯の本(750円)
羽後交通バス(570円)
角館荷物預かり(200円)
稲庭うどん(800円)
カメラ用電池(1800円+980円?)
秋田内陸縦貫鉄道(1030円)


秋田から青森へ、日本海を眺めながら不老不死の露天風呂に入る。

1996.11.12.(TUE)
松橋旅館→(宿の車)→比立内→(秋田内陸縦貫鉄道)→鷹の巣→(JR東能代・能代経由・JR五能線)→艫作(へなしと読む)→(宿の車)→黄金崎不老不死温泉泊

目を覚ますと6時。角館で歩きすぎたらしく体が重い。トタン屋根に雨が当たって音がする。今日の天気はどうなのだろうか。時間があるうちに次の予約をいれることにする。14日の宿が決まっていないのでコースをいろいろ考える。金木の斜陽館は旅館として経営しているらしいが、温泉を探すことにした。15日には酸ケ湯か蔦温泉に泊ろうと思っているのでその途中というとなかなかいいのがない。結局湯の沢山荘に予約をいれる。応対してくれたおじさんの素朴な雰囲気が心を和ませた。

松橋旅館に送ってもらい9:08の鷹の巣行きに乗る。山菜料理が気に入ったのでキノコの種類をいろいろ聞いていたら運転手の息子さんに「今回はお一人で山菜料理を食べにいらしたのですか」と真顔で質問された。何をしにといわれても特に目的があるわけではない。強いていえば温泉とうまい物を食べることか。雪が舞いはじめる中、列車に乗る。ワンマンカーだ。座席の向かいに座ったおばさんがサイダー飴4つくれた。ほのぼのとした列車は森の中をゆっくりと進んで行く。途中阿仁合で車両交換のため乗り換え、鷹の巣には10:25に到着。

東能代へは快速の3ドアの電車。JRに戻ると都会に出たと思う。東能代は木材の集積場のような駅だったが、駅前にはほとんど何もない。五能線の能代行きがあったので取り敢えず乗る。東能代能代間は利用者が多いらしく、1時間に1本程度の電車が走っている。といってもディーゼルのワンマン。能代で艫作方面行きを約1時間半連絡待ち。艫作行きは一日3本しかない。駅待合室にはお年寄りが大勢待っている。皆能代で買い物をして五能線で帰りの列車待ちらしい。天気は冴えない。雨が降ったりやんだり。日本海側のせいか空がどんよりと曇っている。駅前に近畿ツーリストの案内所があったので情報を得ようと入る。お昼にじゃん軒というラーメン屋を紹介してもらう。名前と外観からは駅前の一見冴えないラーメン屋。そうはいっても次に何処で食べられるかわからないので取り敢えず入ってタンメンを食べる。期待しなかったせいか、本当に美味しかったのか満足できる味だった。500円はリーズナブル。食べおわってもまだ時間がある。日経新聞キヨスクで買って立って読む。ここで日経を買う所が自分で情けない。大した事件も起こっておらず買わなければよかったと後悔。

12:40五能線にのる。2両編成のディーゼル車。途中の駅でどんどん人は減って行く。艫作の前の駅でついに1両に1人になった。艫作駅15:58到着。降りると雹が降ってきた。いよいよ冬の東北路の雰囲気だ。駅前には公衆電話さえない。本当に何もない無人駅。さびれた商店が一軒だけあったので店のおばさんに電話してもらう。すぐに迎えに来た。黄金崎不老不死温泉は駅前の雰囲気とはまったく違い小奇麗で宴会場もある大きな温泉。新館を予約しておいた。松橋旅館で会った人に新館に大浴場の露天風呂があると聞いていたからだ。フロントもホテルのよう。部屋は10畳の畳の部屋で暖房・冷蔵庫・テレビ・トイレ・セフティボックスまで付いている。一人には贅沢すぎる。部屋からは壮大な日本海のパノラマ。恐い位に迫ってくる。ホテル仕様で二食付き1万円は施設からすると大変安いが日本海のはずれの宿だからであろう。 早速海岸縁の露天風呂に行ってみるが雹が降っていて日本海の強風が吹き付け、寒くて立ってさえいられない。写真だけ何とか撮影して入浴は断念して室内大浴場から行ける方の露天風呂に入る。こちらは崖の上に作った露天風呂で大浴場から直接いける。それでも外は寒い。そのうちに雹が止んで少し風が収まったようなので、再度海岸へ。3人が風呂に入っていた。内1人は若い女性が大胆にも入っていた。お湯は塩分が強く、赤錆のような色で濁っており、温度はそれ程高くない。外が風で寒いので一旦入ると外に出られない。更衣室も何もないので外に出たら裸で風にさらされながら、着替えなければならない。着替えも岩影に工夫して置かないと風で吹き飛ばされる。まさに究極の露天風呂。真冬はどうするのだろうか。1時間近くつかっても少しも暖かいが外に出るほど暑くはならない。最後に決心して着替える。地獄の寒さ。温泉に入ったのに帰りはほんとに寒かった。
食事は6時半にしてもらったのでしばらくゆっくりする。5時近くになると外は真っ暗。相変わらず雹が窓に打ちつける音がする。夕食前に再び大浴場に行く。Tシャツを洗って部屋に干す。

6時半から食事。食堂は人もまばらで空いている。食事は海産物だらけ。まぐろ・ぶり・いかの刺し身、天ぷら、つぶ貝、茶碗蒸し、鱈鍋、いか飯、もずく酢、からすカレイ焼き物、そして吸い物。料理は決して不味くはないが、味付けがピンぼけ。茶碗蒸しは甘すぎ、天ぷらも素材が今いち。その他の料理もインパクトがない。要するにファミレスの味といえばいいのか。しかし接客は親切で心がこもっていた。女中さんと話していたら、ここは宴会もかなり入り、年末年始や新年度はかなりの混雑だとか。艫作の駅と随分雰囲気が違いますねといったら、過疎の街ですからと寂しそうだった。電車が少なくなるとさらに利用者が減りそれが電車を減らすという悪循環になっているといっていた。

食事を終えて部屋に戻る。少し体がむずむずする。湯あたりしたか少し心配。夜海の波の音が激しい。厳しい気候の地域だ。

(本日小使い帳)
松橋旅館(9,500円)
秋田内陸縦貫鉄道(970円)
タンメン(500円)
日経新聞(130円)


ついに本格的な雪。日本海の荒波を見て、津軽鉄道太宰のふるさとへ。夜はランプの宿・青荷温泉

1996.11.13.(WED)
不老不死温泉→(宿の車)→艫作→(JR五能線)→五所川原→(津軽鉄道)→金木→(津軽鉄道)→五所川原→(JR五能線)→川部→(弘南鉄道)→黒石→(宿の車)→青荷温泉泊

6時起きまた風呂に入り、7時から朝食。普通の朝食のり・味噌汁・漬け物・目玉焼き・山菜・鮭こんにゃくイカの和え物。味噌汁のだしがラーメンのスープのような味。こくがあった。津軽地方大雪注意報が出ている。吹雪いているので電車運休しないか心配。昔突風事故があって以来風が強いとすぐ運休するらしい。もう一日ここにいるのは悪くないがスケジュールが立たないのは困ってしまう。フロントにJRに問い合わせてもらうと、何とか動いているらしい。艫作まで車で送ってもらい、9:32に艫作を出発。艫作駅は無人駅で夏の間野宿する人がいるらしく落書きが面白い。「海岸沿いの露天風呂で夕日が沈むときは隣の酔っ払いのおじさんまでが美しい」と書いてあった。あいにく夕日は見られなかった。吹雪である。

海岸線は昨日にもましてすごい迫力。厳しい気候を観光客としてたまに来るなら喜んでいられるが、住むとなるとしんどい場所だ。電車には子供と年寄りが多い。どこの地方線もそうだ。風と雪、そして曇り空は人間の性格を変えるだろう。途中強風のため海岸沿いの鯵ヶ沢駅まで徐行したが、内陸に入るとスピードを上げ、五所川原駅には10分遅れで到着。

津軽鉄道に乗り金木へ。津軽鉄道は昭和36年に作られた超レトロな一両編成。車両の真ん中に文庫本が置いてあって自由に読める。この車内もまたタイムスリップしたような気分が味わえる。太宰の故郷、金木に11時半頃着いた。金木駅の構内がまたレトロ。時刻表の字体・売店の造り・広告看板の字・建物など20年前の風情。吹雪が強まってきたが荷物を担いで斜陽館へ。きちんと調べていかない自分が悪いが、斜陽館は改装中で閉館。旅館としての営業は終了し今後は改装して記念館として営業するらしい。仕方ない。吹雪の中外から写真だけとって駅へ戻る。ここでスケジュールを考える。ストーブ列車は金木発3:12。これを待って乗ってから湯の沢山荘に行くか。それとも早く戻ってランプの宿・青荷温泉にするか。ストーブ列車は諦めることにした。鉄道マニアでもないし、普通の津軽鉄道だけでも十分ノスタルジーに浸ることができた。それにもしかすると五所川原に止まっているかもしれない。取り敢えず弘前まで戻ることにし、そこで最終決定することにした。金木13:12発五所川原行きに乗る。駅の売店でけの汁(150円)を食べた。けの汁は野菜・高野豆腐などが入った味噌汁のこと。要するに野菜の入った味噌汁。体が暖まる。五所川原に出ると期待通りストーブ列車が入線してきた。車内に入って写真を取る。ドアは手動、床もいすも木で出来ている。おじさんに「鉄道マニアの人?」と聞かれる。古い電車を見てノスタルジーに浸っているだけだ。慌ただしく撮影し、あわてて13:50の弘前行きに乗り込む。黒石に出るのに川部で降りるか弘前まで行くか車内で悩む。川部で15分停車と聞いて、公衆電話に走る。吹雪の中青荷温泉に再度電話。ここから黒石に出れば間に合うことがわかり青荷温泉を予約。弘南鉄道に乗り換える。湯の沢温泉には申し訳ないがキャンセルの電話。

黒石駅で待つこと50分、4時に迎えのバンがやって来た。一時間時間潰し。フィルム買った後駅前の生協で立ち読みなどして過ごす。お昼は金木駅で食べたけの汁150円だけ。黒石で待つ間スーパーの横にある食堂でチーズバーガー食べた。150円で昔のパン屋のハンバーグパンの味がした。懐かしい。青荷温泉迎えの車で8人が乗って、約50分で宿に着く。車が雪で宿まで行けない。手前から荷物を持って暗闇の雪の下り道を歩くことになった。

早速風呂へ。もう日が暮れて真っ暗。ランプしかないのですべてがよく見えない。部屋もランプとストーブだけ。6畳一間の清潔な部屋。ランプしかないのも幻想的でいい感じ。食事前に内湯と露天に入る。露天はつり橋を渡って行くが、雪道をサンダルで行かなければならない。とにかく暗くて寒い。内湯もランプだけでよく見えない。

夕食は6時からと決まっている。天ぷら、キノコのあえもの、いわな塩焼き、鍋みそ味、鯉の洗い、ふき椎茸の前菜、漬け物ご飯。料理は値段から考えてあまり期待していなかった。ほぼ予想通りの味。ご飯が美味しくないのが残念。他は普通。鶴の湯に比べるとやはり少し落ちる。デジカメで写真撮ろうと思ったが、ランプでは暗くて断念。ビールと地酒ランプの宿で酔っ払う。

部屋に戻って内風呂で体を温めてから8時半には寝る。とにかく冷えこんで寒い。掛け布団2枚重ねて寝た。ここも布団は自分で敷くことになっている。7時すぎにビール買って部屋へ戻る。ワープロを懐中電灯でキーボードを照らしながら打つ。ストーブつけないと凍えそうな寒さ。風呂が近いのでまた入りに行くことにする。初雪で冷える。暗いのでワープロ打つにも一苦労。まだ8時前だが早めに寝るか。明日は青森の市場覗いて、酢ヵ湯温泉だ。少しのんびり出来そう。

(本日小使い帳)
不老不死温泉(10,450円)
津軽鉄道(520円X2)
けの汁(150円)
弘南鉄道(290円)
ハンバーガー(150円)
フィルム(980円)


青荷温泉を出て弘前青森経由で酸ケ湯温泉へ。久しぶりに人との交流があった。

1996.11.14.(THU)
青荷温泉→(宿の車)→黒石→(弘南鉄道)→弘前→(JR)→青森→(JRバス)→酸ケ湯温泉泊

ぐっすり寝て起きると6時前。強烈な冷えこみ。布団からしばらく出られない。ストーブをつけてランプに火を灯す。6時すぎようやく外も明るくなりはじめた。露天はさすがにいく気がしない。内風呂に入って暖まる。今日の予定を立てる。弘前でラーメン→青森の市場→酢ヶ湯温泉。そんなにタイトなスケジュールではない。弘南鉄道で弘前に出られる時間があるか。

朝食前に露天風呂へ誰もいない。写真撮りながらゆっくりつかる。雪があると冬の温泉の気分が出る。食事は7時半からと決まっている。少し遅れて食べる。8時すぎにフロントにバスの送迎の時間を聞きに行く。8時半に一本あると聞いていたのでその次の時間を聞く。すると何と次は午後3時。それまではここから出られない。これはまずいとあわてて出かける準備をする。まず内湯にもう一度入る。体と頭を洗う。10分で上がって、荷物をまとめ、歯を磨いてチェックアウトして丁度8:25。何とか間に合った。一番最後まで粘っていたねと宿のおじさんに冷やかされる。バス乗り場まで雪道の登り坂を、荷物を持って登って行く。汗だく。宿のバスに乗ること約50分で黒石駅に到着。

青荷温泉は商売っ気のある宿だった。宿泊も電話では7500円と言っておきながら暖房費1,000円を撮られる。だったら8500円と最初から言うほうがフェアじゃないかなとちょっと悲しかった。室内案内も全部津軽弁で書いてあってなかなかの商売上手。電気のない宿といいながら宿の人だけ大相撲のテレビを見ているのもちょっと興ざめ。宿がいいだけに残念だ。

黒石から弘南鉄道で弘前に出ることにする。宿のバスで一緒だった年寄りカップルが五能線に乗って不老不死温泉に行くらしく、接続を探していたので時刻表で教えてあげた。弘前まで皆で行くことにする。列車の中で2組の老夫婦と青森から来た風流なおじいさんそして私で話し込んだ。もう一組の夫婦は青荷温泉に2泊して今日帰るらしい。青森のおじいさんは友達の家に行くという。弘前で記念撮影して別れた。年寄りの話も旅先ではおもしろい。盛んに旅行でも何でも若いうちにやっていることはいつか役に立つといっていた。デジカメはここでも大人気。すぐ画像を見られるので、皆面白がってくれた。

弘前でラーメンを食べることにする。「おいしい東北」という本で何軒か紹介されていたので、歩いていける来々軒にトライ。歩くこと20分。月に2度の定休日で休み。アンラッキー。銀水食堂というのが紹介されていたのを思い出し探し当てたが、店構えから判断するにどう考えてもこれは外れ。パスして青森でお昼にすることに変更。12:36の青森行きを待つ。

駅前のミスドに入ってコーヒーを飲む。店の女の子が暇そうだったので、弘前の美味しいラーメン屋さん知ってますかと聞いたら、奥にいるマネージャーにまで聞きにいってくれて、特に有名なのは知りませんがとの答え。弘前がラーメンで有名というのは雑誌が作った幻想か。話し込んでいると一人の方が青森出身というので青森のラーメン屋でいい店知らないかと聞くと、「マル海ラーメン」というのが煮干し味で有名とのこと。駅の近くのアスパムという建物の近くらしい。行ってみることにした。ミスドの店員もラーメン屋の話をすると一生懸命お店を探してくれる。何で地方に行くだけで純朴な人が増えてくるのだろう。皆親切だ。

特急たざわ12:36に乗って1:00少し前に青森駅到着。時間は1時間半しかない。コインロッカーに荷物を入れ。マル海ラーメンを探す。ミスドの女の子の言うとおりアスパムという三角形の建物の近くにあった。外から見るとやっているのか休みなのかわからない。客がいるようなので入ってみると中は結構人がいる。メニューは中(450円)か大(500円)だけ。あとはおにぎり。このメニューは自信の表れ。きっとうまいに違いない。中(450円)を頼む。5分程待つ。麺はちゃんぽんのようなうどんに近い感覚。一瞬伸びているのかと思ったが、食べているうちに違和感がなくなった。のどごしがいいのでそばのようにどんどん食べれられる。スープは魚のだし。そして塩分が強い。しかし一口飲むとまた飲みたくなる、癖になる味。店に貼ってある新聞記事によると、煮干しと焼き干しで作り香川の醤油で味を整えたという。麺はかんすいを使っていないので独特のものになっているとか。スープは飲めば飲むほど旨味が増してくるような気がする。思わずウーンと唸ってしまった。最後の一滴まで飲み干す。後味が爽快。これはかなり上質なラーメンだ。もう一杯食べられそう。後を引く味とはこのことを言うのだろう。マッチ箱には資本金600万円、従業員4人で年商1億円以上と書いてある。社長は高額の寄付を学校にする地元の有名人。サラリーマンを突然辞めてラーメン屋で修行して暖簾分けで店をだしたらしい。

食後は駅前の市場を覗く。魚貝類は豊富にそろっている。北国によくある風景だ。リンゴを買うことにしていたのでリンゴセンターというのに行ってみた。川村りんごという店で北斗というのを10玉東京に送る。送料込みで4500円。店の写真を撮らせてもらう。デジカメを見てここでも大騒ぎ。周りの店からも人が寄って来た。「原始人にカメラみせているみたい」と店の奥さんは面白いことを言っていた。デジカメでおじさんとすっかり仲良くなったらリンゴを2個お土産にくれた。東北の人はすれていない。デジカメはコミュニケイションの道具としていい働きをする。

青森発酸ケ湯温泉行きは2:40。これが酸ケ湯行き冬場の最終便。周遊券プラス210円の座席指定券が必要。所要時間約1時間で4時前には着いた。ジャケットをきたフロントマンがいて、大きなホテルのよう。雪は相変わらず降っている。中は昔ながらの温泉場の雰囲気。部屋に女中さんがご案内。お茶を入れてくれる。食事は部屋でと言われる。まだ4時すぎ。明日のスケジュールを調べる。明日は追良瀬から三沢にバスで抜け八戸に泊る予定。バスは何とか接続しそう。雪で通行止めにならなければいいが。

風呂に行く。千人風呂はさすがにでかい。混浴だが境界線が設定してあり越えないのがルール。舐めてみるとお湯は確かに酸っぱい。硫黄の匂いが部屋から感じられる。人も少なく快適なお風呂だ。写真撮影は厳禁と書いてある。どっちにしても湯煙で撮影しても何も見えない。一風呂浴びて6時半前に戻るとすでに夕食の準備が部屋にしてあった。

食事は刺し身・山菜・湯豆腐・つけもの・焼き魚・味噌汁・ご飯。ご飯はよく炊けていて美味しい。自家製という高野豆腐が繊細な味で気に入った。味付けはまずまずといった所。ビール大ビン飲んだ。雪は相変わらずしんしんと降っている。お客さんが少ないらしくどこにも人は少ない。また食後にうとうと眠ってしまった。起きると夜中の12時すぎ。また千人風呂に行ってみることにする。結局寝付くのは深夜2時すぎになってしまった。寝過ぎで脳が退屈しているようだ。

(本日小使い帳)
青荷温泉(9900円)
弘南鉄道(290円)
ミスドコーヒー(250円)
リンゴ(4,530円)
マル海ラーメン(450円)
コインロッカー(300円)
座席券(JRバス)(210円)
缶ジュース(130円)
缶ビール(280円)


酸ケ湯温泉からおいらせ渓流を歩き、八戸に抜ける。海沿いの民宿で最後の夜

1996.11.15.(FRI)
酸ケ湯温泉→(JRバス)→石ケ戸→(徒歩)→子の口→(十和田観光電鉄バス)→三沢→(JR奥羽本線)→八戸→(JR八戸線)→種差の民宿(宝海荘泊)

6時半隣の部屋の物音で目を覚ます。早速一風呂浴びる。3〜4人しかいない。もともと宿泊者数が少ないのでいつも空いているのだ。7時半に2階の食堂で朝飯。質素。シャケ・ほうれん草おひたし・野菜の煮付け・温泉卵・のり・貝の佃煮・漬け物・味噌汁・ご飯。ご飯は美味しいが、後の味付けは自分にはイマイチ合わなかった。宿泊客が女中さんにでは又来年お会いしましょうと言っている。常連で毎年来る人が結構いるらしい。特にこの時期は所謂観光シーズンが終わり湯治客が増えつつある時期。何年来ても変わらない良さがあるのだろう。

朝から雪が降り続いている。フロントに聞くとバスは平常運行しているとのことで一安心。また風呂に入ることにする。10:08の十和田湖行きに乗る。蔦温泉など通りおいらせへ。焼山という停留所で荷物を子の口まで送るサービスがあり、400円で頼んだ。石ケ戸で降りて子の口までおいらせを徒歩で行く。途中雪が降ったり、道がぬかっていたりと大変なこともあったが、自然の中を歩くのは気持ちがいい。シーズンオフなので歩いている人は私しかいない。おいらせを独り占めした快感はある。ただし紅葉はほとんど終わって雪景色だ。行きのバスの運転手とすれ違う。バスからこちらを指差して笑っている。こっちも手を振って応える。十和田湖は休憩所もほとんどクローズ。遊覧船も走っていない。何より人がいない。風が強い。吸い込まれるような無気味な湖だった。荷物を受け取り、三沢行きのバスを待つ。荷物の輸送サービスは今年は私が最後といっていた。観光シーズンはとっくに終わっているのだ。とにかく寒い。お昼を食べる場所もない。仕方ないのででん六とミルクティーを買って車内で食べる。

三沢には15:47に着いた。雪はみぞれに変わっていた。十和田観光電鉄の構内に入る。地方電鉄の構内はタイムスリップできるので面白い。ここも20年前にタイムスリップしていた。寒いのと、お腹が空いたのと、レトロな雰囲気につい山菜そばを食べる。薄味でそばもなかなかよかった。そばの味は気温がかなり関係するのではないかと思った。ここから特急で八戸に。はつかり22号は14分遅れで到着。八戸で隣の八戸線に乗り換える。特急が遅れたが丁度良く接続して16:52に出発。種差に17:22に到着。無人駅。駅前に今日泊る宝海荘を発見。民家の2階が部屋になっている。
今日は客は私だけ。忘年会シーズンまでは暇だとか。年末になると東北の農家の人が魚を食べにやってくるらしい。

風呂に入って6時から早速食事。食事は刺し身の追加1500円で頼んでおいた。
刺し身は鮭・きんき・帆立・つぶ貝・いか・たこ・エビ・いくらと豪華極まりない。どれも新鮮でうまい。ほやは珍味。くろカレイの焼き物やかにの爪、いかの煮付け、めかぶも付いてきた。キムチ、ビール大ビン1本。サービスでイワシ汁を追加してくれた。これは地元の料理。イワシと大根・ねぎを白味噌仕立てにしたもの。イワシが新鮮らしく臭みがなくて美味しい。
9時に寝る。

明日は7時台の電車で取り敢えず盛岡まで出ることにする。

(本日小使い帳)
酸ケ湯温泉(11,016円)
缶コーヒー(130円)
おいらせ荷物輸送(400円)
でん六・ミルクティー(300円)
十和田観光鉄道バス(1800円)
山菜そば(280円)
電話(30円)


八戸の朝市で煮干しを買い、盛岡から新幹線で東京へ。旅行終了

1996.11.16.(SAT)
種差→(八戸線)→陸奥湊→(八戸線)→八戸→(東北本線)→盛岡→(東北新幹線)→東京

6時起き。6時半朝食にしてもらう。赤魚という焼き魚がうまい。塩かけて焼いただけといっていた。7:26の種差発八戸行きに乗る。列車は通学の高校生で一杯。鮫という面白い名前の駅でかなり降りる。鮫高校というのがあるのであろうか。八戸の手前の陸奥湊という駅で降りる。民宿のおばさんに市が立っているので海産物が安く帰ると聞いていたからだ。駅前からお店がたくさん並んでいる。露天もたくさん。行商のおばさんもいる。煮干し700グラム入り袋を1,000円で購入。一回り見て20分程後に来た8:11の八戸行きに乗り込む。八戸では10分の待ち合わせで8:38盛岡行き特急はつかりに接続。9:50に盛岡に着いた。ここでお土産をかって東京に戻ることにした。

一番速いスーパーやまびこで10:52に盛岡出発。銀河弁当を買い込んで車内で食べる。いくら・とび子・カニなどが玉子焼きと酢飯の上にのっている。うまい。弁当食べるとすぐに仙台。この電車は東京にはなんと13:20には着いてしまう。とにかく速い。新幹線が盛岡を出た時点で旅が終わった気がした。やっぱりローカル線でのんびり走る電車の旅が一番だ。今度はどこにいつ行けるのだろうか。

(本日小使い帳)
にぼし(1,000円)
お土産(南部煎餅)(1,699円)
お土産(くるみ餅)(720円)
銀河弁当(1030円)
お茶(120円)
コーヒー(300円)
新幹線特急券(5,540円)


この旅行記はここでおしまい。また今日から普通の日記に戻ることにする。


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