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日記 1997年5月
早くも5月になりました。引き続きお付き合い下さい。ご意見・ご感想是非お聞かせ下さい。
1997.5.31.(SAT)
人口統計
厚生省人口問題研究所が発表した将来人口の予想によれば、2025年に日本全体の人口は今より4%減少し、東京の人口は20%も減ると予想されている。しかも2010年からの5年間はすべての都道府県で人口が減る。
同時に高齢化も進む。2020年までは65歳以上の高齢者が日本各地で増加。秋田は最終的に3人に1人が高齢者となる。
この推計は出生率の仮定がどの程度現実的かわからないし、海外からの人口流入も考慮されていないからあくまでも1つのモデルとして捕らえた方がいい。ただしはっきりしていることは日本人は減るということと、年寄りが今より増えるということである。都心では小学校の廃校が増えているというが都心に住む人が減り土地は余るのだろう。
いまこの国に必要なことは、定年の年齢引き上げ、出生率を上げるためのインセンティブ考案、そして都心の容積率緩和による低価格住宅の供給である。
楽しい会社
月曜日は人事異動が発表される。日本のサラリーマンには大切な日である。同期で誰が課長になったとか評論家気取りで解説をしたり、異動した知合いに一日中電話で挨拶している馬鹿者たちが徘徊する一日になる。
そして夕方彼らは夜の街にくりだす。あいつは仕事ができるのに上司に評価されていないとか、会社はわかっていないなどど居酒屋へ行って会社の悪口を言って憂さをはらす訳である。
でも色々文句を言いながら結構そういう状況を楽しんでいたりする。いじめられて喜ぶマゾヒズムの世界がそこにある。
いよいよ展覧会
樹展が明日から始まる。初日は1時から開場であるが朝から作品搬入で大騒ぎになりそうである。1時から3時までは受付の手伝いもすることになっている。調布文化会館たづくり2階北ギャラリーでやっております。
1997.5.30.(FRI)
ベルデの会
ベルデさんに誘われて第5回ベルデの会に参加した。月島のスペインクラブでスペイン料理を食べるという総勢8人の食べ飲み喋る会であった。伝説の美女、伝説の女性ディーラー、伝説の女子大生と豪華メンバーが勢揃い。11時近くまで盛り上がった後、更に神楽坂で2次会となり世界のビール飲みまくり大会となり家に着いたのは2時になっていた。独り者の最後の夜である。
スペインクラブは倉庫を改造したバブル時代を思わせるような造りで、金曜日ということもあってかほぼ満員。タクシーも最近捕まり難くなっている。日本の鉱工業生産統計がどうであろうと日本の景気回復は確実だと実感した夜であった。大学卒業して入社したころのうきうきムードが街に戻りつつあるような気がするのは幻想だろうか。
1997.5.29.(THU)
ビッグ・バン
会社で日本版ビッグバンと会社の進むべき方向を研究するチームが立ち上がった。といっても部内でのものであるから総勢5人というミニチームである。
日本の金融機関は外資系の草狩り場になるというのが、下馬評である。ペシミスト日経も一面の特集で危機感を煽りまくっている。
確かに日本の金融機関の非効率・低収益性は国際基準から大きく立ち後れている。規制の緩和によりある程度の競争の激化は避けられない。しかし日本人のメンタリティから言って急激に取引先が変わったり、シェアの変動をドラスティックに行うことは考え難い。経済合理性だけで動けないのが人間である。
牛肉がいいお手本かもしれない。輸入自由化で国内畜産農家は減少したが、安全性の問題から国産牛肉を愛用している人は未だに多い。外資系企業が大量進出してきても馴染みがなければ大切なお金は預けないものである。
しかしオージービーフを食べる人は明らかに増えてきている。国産肉も価格競争に巻き込まれたものもある。となれば差別化が生き残りの鍵である。人と何が違うかを自己認識でき、それを伸ばすことが大切だ。日本の教育システムとはまったく逆の生き方である。
うらやましいぞ全日空
社内抗争で名誉会長・会長・社長・こんどなるはずの社長(ハチ公)とみんな辞めてしまった。新しい経営陣の実力はこれからであろうが、長年の膿を一気に吐き出せたのは羨ましい限りである。新しい経営陣には院政と手を切る最大のチャンスである。世論をバックに人事の一新をはかればきっと再生できる。あやかりたいものである。
1997.5.28.(WED)
不思議
最近また色んなことを考える。人間とはつくづく矛盾した動物である。例えば匂いである。ブルーチーズや納豆は独特の菌類の匂いがある。トイレの匂いと言えなくも無い。ところが食通といわれる人たちはこのような匂いを好む。彼らはブルーチーズや納豆からの匂いだから評価する訳でトイレから同じ匂いがしても素晴らしい、などと絶賛はしない。
中華料理の店を通りかかるとニンニクの香ばしい香りがする。思わず食欲が湧いてくる。しかし会社の朝の満員のエレベーターで同じ香りがしたらどうだろう。誰か昨日焼肉でも食べた奴がいるな、と気分が悪くなる。
最近匂いに敏感な人が増えているという。消臭剤や体臭を消す薬など大流行らしい。一方ではエスニック料理など香りの強い料理がどんどん普及してきている。
やめたっち
セガ・バンダイは合併を断念した。山科社長はさぞ落胆のことであろうが、この際たまごっちには新しいキャラクターやめたっちを追加するくらいの茶目っ気が欲しいものである。
全日空では内定していた社長が辞退するというやめたっちである。名誉会長と会長が辞めると一緒に辞めてしまう潔さは子飼い社長の判断としては正しい。今回の辞退で名誉会長への忠誠心を示すことが出来た訳である。忠犬ハチ公も顔負けである。
某首相もN証券にある口座を解約して、やめたっちするらしい。D銀行の首脳が退陣表明したときは辞めるということが責任の取り方かと怒りのコメントを出した立派な方は証券会社の口座解約は別だと考えておられるのであろう。
1997.5.27.(TUE)
花粉症
昨日は帰りがとても遅くなってしまった。寝不足で会社に行く。オフィスの空気がどうも合わないらしく会社に行くと花粉症になって鼻水が止まらない。スギ花粉もピークを超えこの時期花粉症というのも流行遅れのヒット曲のようで間が抜けているのであるが仕方ない。物理的要因と精神的要因のどちらが原因であろうか。
鳥政
寝不足で早く帰ろうと思ったが結局9時前から焼鳥屋で爆発してしまった。といっても器物破損はしていない。表参道の鳥政は本格的な焼鳥でどれも本当にうまかった。最後に鳥雑炊を食べたがこれは絶品であった。味も絶品だが会計も絶品である。閉店まで席が空くことは無かった。人気の店である。
家に帰るまで吠えまくっていたので帰るとぐったりして気が付くと朝になっていた。
1997.5.26.(MON)
たいめいけん
日本橋の東急裏にある「たいめいけん」でお昼を食べた。大好きなメンチカツを注文したら12時前だというのにもう売り切れである。仕方ないのでレバーフライとボルシチ、キャベツコールスローを頼んだ。
ボルシチとコールスローはここの名物である。どちらも50円で殆どの人が注文する。料理は昔と変わらない味だった。雑然とした店内に給仕の人のコスチュームを見ていると日本の高度経済成長期を思い出させる。植木等のサラリーマン映画に出てきそうな情景である。料理は典型的な日本の洋食である。何を食べても懐かしい気分になる。人気の店だけあって行列が続いていた。いつまでも変わらないでいて欲しいと思う。
千代田書店
茅場町にある千代田書店に行ってきた。ここは証券会社の街ということもあり相場関係の専門書店である。金融の専門書からナニワ金融道、ミナミの帝王といったマンガまで幅広い品揃えで見ているだけで面白い。
隣には金券ショップがありここも熱気に包まれている。100度数のテレカが850円で売っていた。つい買ってしまう。
兜町の人たちは朝から熱気ムンムンで喫茶店でもアイスコーヒーを頼む比率が高いと、泉麻人が書いていた。バブルの頃の話だろうから話半分としても、今でもこの街にいるとそんな気持ちになってくる。人間色と欲には弱いものである。
1997.5.25.(SUN)
イサハヤ、あっと驚くムツゴロー
AERAの吊り広告の下に書いてあるキャッチコピーはいつも笑わせられる。最近では「アナ不思議、ワカサなのに老害」というのもあって結構受ける。
諫早湾の件は水門を開けないのが間違っているというマスコミ大合唱の雰囲気が広がってきた。ここまで来ると天邪鬼としては本当に水門開けていいのと逆に聞きたくなる。
一体何人の人が現状を正確に把握した上で水門を開けろといっているのか。単にムツゴローを死滅させるなというセンチメンタルな自然保護団体の声を鵜呑みにしているのなら、時流に流される日和見主義者である。
公共事業の意思決定方法などの問題は当然指摘されるべきである。しかしあの水門が本当に必要か不要かの議論は専門家に任せるべきである。
展覧会の絵
大滝絵画教室に朝から出かけた。来週から調布文化会館で展覧会が行われる。2枚出すうちの1枚が完成せず今日頑張ってやっと完成した。
教室に通いはじめてもうこれでかれこれ3年になるが腕前の方は一向に上達しない。30才で始めたので60才くらいでものになればいいと気楽にやっているが、余り気楽すぎてもいけないのかと最近思いはじめている。
今回も風景画を2枚描いた。8号と10号である。10号は初めて書いたが大きい絵は難しい分完成した時の迫力がある。昨年の東北旅行の写真を元に酢ヶ湯温泉を描いてみた。
展覧会は樹展といい油絵・水彩・デッサンと約80点が展示される。私のようなど素人から個展を開ける超ベテランまでバラエティに富んだ方々の作品である。6月1日の午後から8日の5時まで朝10時から開催している。お暇な方是非見にいらして下さい。
1997.5.24.(SAT)
雨
旅行の翌日は雨だった。大滝絵画教室に行くために朝食後一人で帰ることにしていた。ところが先生に電話をすると日曜日の方が都合がいいという。とはいっても今更予定を変える訳にもいかず石和温泉にもう一度つかり、帰る。途中から雨が激しくなり八王子ではドシャ降りであった。
せっかく八王子に来たので予定を変更し実家に寄っていくことにした。お昼に着いて、弟も急遽合流し家族4人で食事となった。結局夕食まで食べて実家でゆっくり過ごし、一日が終った。雨は夜になりさらに激しさを増した。
運賃値下げ
京王電鉄が運賃値下げを申請した。戦後の鉄道会社で初めてのことらしい。快挙である。値段が下がることではなく初めてやったという事実が、である。
京王とは2番手モノマネ電車だと思っていた。京王アートマンは明らかに東急ハンズのコピーだし、本社が多摩市にあるのは西武の所沢のマネ。地下鉄の乗り入れもマイナーな都営新宿線で後発である。そんな京王がやったこととしては今回はフロントランナーにイメージを変える大事件だ。
でも思えば新宿に初めて高層ホテルを作ったのも京王だし、先進的な気風を持った会社なのかもしれない。運賃値下げは快挙だが本音を言えば運賃初乗り10円位余計に払うから深夜の電車本数を増やして欲しい。
アイルランド
Economistによればアイルランドの一人当たりGDPは96年でイギリスを抜いた。10年前にヨーロッパで最も貧しい国の一つだったのにこの変わりようである。
税制上の優遇措置により外国企業の誘致に成功したこと、国民の教育水準が高く英語が使えることから外国金融機関のバックオフィスとしてシティ、メリル、ABNアムロといった企業が進出し発展した。
この事実は2つのことを示唆する。一つは国として生き残るには他の国と差別化する必要があるということ、もう一つは英語が世界競争の参加条件であることである。
日本人は英語ができないことにより大きなハンディを負っている。国を選ぶ自由を制約されている。英語が使えれば日本を捨てて海外に移住する選択肢が広がる。移住する人が増えれば日本国に対するプレッシャーとなり、国の改革意欲も高まらざるを得ない。
ところが多くの勤労層は仕事の制約から日本に留まらざるを得ない。日本の国語が英語なら日本を逃げ出す日本人はもっと多いはずである。
日本の英語教育は海外に日本人が出て行かないように意図的に使えないようにしているのではないか。優秀であるが英語だけはできない人がいれば、彼らは文句があっても日本国からは出て行かない。日本で不満を持ちながら仕事をこなしていく。海外頭脳流出防止の切り札は英語教育を行わないことである。
1997.5.23.(FRI)
旅行記
夕方からバス2台を連ねて、石和温泉へ部内旅行である。バスの中は見慣れた顔であるが私服になると意外に雰囲気が変わる人がいたりする。最近は男性も所謂ゴルフウエア型のカジュアルを着る人が減り日本のオヤジの未来も少しは明るいかという気分である。「失楽園」に自分を重ねあわせる気持ちも判らないではない。
バスの中ではお決まりの班別対抗クイズ大会である。クイズといってもバスが宿に着くのは何時でしょうかといった他愛もないものである。大の大人が下らないと思うが、意外に皆エキサイトしているので余計に浮いてしまう。ビールとつまみもどんどん配られ車内は次第に盛り上がりの様相である。
夜の9時から宴会である。2時間前に盛り付けられたと思われる美味しい料理に舌鼓をではなく舌打ちする。クイズ大会はその後も続く。宴会は11時に終了した。風呂に入って布団に入ると寝てしまった。
幹事は大変である。急に都合が悪くなって行かなくなった人が当日大量発生。一人が都合悪くなるとドミノ倒しのように皆都合が悪くなりドタキャンの嵐である。宴会場では段取り良く司会を進め、上司の偉い方々を満足させなければならない。旅行といっても人事考課をされているようなものである。本当にお疲れ様である。
1997.5.22.(THU)
100億円
日本企業は相変わらず評判が高い。N証券に、D銀行ときて、今度はN投信である。外貨MMFはどこにしたらいいのだろうか。
さらに今朝は日本でかつて最も高いステイタスを誇っていた銀行のロンドン支店がデリバティヴで100億円損失との記事である。
面白いのは広報部のコメントである。管理上の計算ミスで損失が発見されたが、特定の取引で損失を出したというようなことではない、といった事を言っていた。つまり計算ができなかっただけで誰も悪い人はいません、と言っている訳である。
日本の頭脳と言われたプライドの高い銀行の人達が自分たちは頭が悪いと認めるのを聞くのはさみしいものである。
一方ソニーは重役を10人に減らし、社外重役を増やしていくことで経営能力の向上を目指すという。やはり今一番目が離せない面白い会社である。これはポジショントークではない。
楽しい旅行
金曜日の夜から石和温泉に会社の旅行に行くことになっている。月々4千円積み立ての払い戻しの日である。今年で最後と言われながら毎年続く重要無形文化財みたいなものであるが、本当に今年で最後のような気がする。
1997.5.21.(WED)
日本企業論
大切な用事があり5時10分の終業のベルと共に会社を出る。何人かの人に「体調、悪いの?」と声を掛けられる。ムラ社会は常に住人が何をしているか相互にチェックしなければならない。健康にまで気をつかっていただいて有り難いことである。
アメリカ留学時代のクラスメイトと酒を飲む。彼もまた凋落する、too big to failな主要20行という共通項のある勤務先である。話は自然と日本の企業のあるべき論になってしまった。
堕落した組織を改革するにはどうしたらいいのか、自分たちはなぜ行動しないのか、、、白熱した議論をしてしまった。こんなにエネルギーがあるのに仕事に振り向けられないものかと不思議でもあり虚しくもあった。結論は意外に簡単に出た。銀行も国も同じである。外圧でしか変われない。自浄作用は働かない仕組みになっているのである。そこそこの満足を帰属している人の大半が感じているような集団で「変わらなきゃ」と一人吠えてみたところで、「別に今のままでいいじゃん」という声がこだまとなってはねかえってくる。
余りに盛り上がりすぎて帰りはフラフラになった。新橋から銀座線に乗って眠りに落ち慌てて降りるとなぜか表参道であった。また銀座線に乗って渋谷から家に帰り着く。途中から夕立のような激しい雨。天気予報はやはり良く当たる。
アメリカは例外
日本人は外国が好きである。この場合の外国とはアメリカかヨーロッパのことでアジアは入らない。最近でこそ減ったが昔は外人を見ると子供が「あっ、アメリカ人だ」と叫んだものである。外国人はアメリカ人しかいないと思っていた頃である。
最近また外国をアメリカのことと勘違いしている人たちが増えている。曰く、日本はパソコンによる情報化、ホワイトカラーの生産性向上が外国に比べ10年遅れている。この場合の外国はアメリカのことである。
情報ネットワークについてはアメリカが世界の先端を走っている。その国を目標にするのはいいが、その国をスタンダードにして危機意識を煽るのは考え物である。
1997.5.20.(TUE)
円高
120円割れたら買いと言っていた素人さんはやはり甘かったようだ。今日はほんの一瞬であるが112円が割れてしまった。今回の一連の円高で昔からコツコツと積み上げてきた外貨預金は儲けが殆ど無くなってしまった。
しかし私は自分の考えを変えるつもりはない。テクニカルに見れば今後もう一段の円高の可能性もあるが、この局面で外貨MMFを積み増そうと思っている。一介の小役人に世界の為替マーケットが振り回されている様子は滑稽であるが異常でもある。再び1ドル80円になるとは思わないが、もしそうなったらカリフォルニアにプール付きの家でも買えばいい。
ところで私は1ドル100円で始めたシティバンクの外貨預金を125円で円転していた。素晴らしい相場観である。女の勘は恐ろしい。
総務部長
10数年前私が新入社員だったころ、総務部長という仕事は会社の中枢で密かに重要な意思決定をしている、いぶし銀のような人というイメージであった。経営陣を裏から支える名参謀のような存在に見えたものである。
N証券、D銀行と今や総務部長とは会社の悪いことを全て知って隠している人というイメージに急低下してしまった。うそつきと言われ誰からも尊敬を受けられなくなり会社からもトカゲの尻尾切りをされてしまう損な役回りである。会社ぐるみではなく個人ぐるみとまで言われ会社から埃を払うように叩き落とされてしまう悲しい存在である。
そんな中で世の総務部長は世間の論理と会社の論理、そして自分自身の論理の狭間でいかに自分を納得させて仕事をしているのであろうか。そのマインドコントロールの巧みに対しては、全てに筋を通さないと気が済まない青二才は尊敬をしている。
1997.5.19.(MON)
制限時間10分
今朝は寝坊してしまった。起きるともう6時を回り、メールと師匠三方の日記を見ているともう10分しか時間が無い。果たしてまともな文章ができるのであろうか。
円高が進んだかと思えば、そんなのはかわいいとさえ思える国がある。タイである。株式は半値、為替は急落のあと介入で急騰、金利は急激な引き締めで急騰といった具合。おそらく日本人投資家にも犠牲者が出たことであろう。
タイの場合も日本と同じ不動産バブルと金融不安が原因である。そして為替がドルリンクで過大評価されていたことが今回の混乱を招いた。
タイの株式は当面低迷を続けようが、この国の国民の勤勉さや現在の悲観的すぎる見通しからすれば絶好の買い場が近づいていると思っている。真面目にコツコツやる人はいつかは復活する。株式は未来に投資する宝くじだと思えば、10万円位ドブに捨てたつもりでタイ株の投信でも買うのは悪くない。
さてここまでで8分である。
夕食は寿司であった。自分で食べに行ったのではない。従業員組合が組合員に配給したものである。今年もベースアップはゼロで決まったという報告を組合の方から説明頂き、寿司を食べながら仕方ねえな、と諦めるという図式である。
しかしこの寿司代は自分の組合費から出ているのである。組合とは必要悪と割り切るにはかなり違和感がある。そもそも銀行の標準より明らかに高い給与で、こんなに儲かっていない会社に賃上げを請求する神経も良くわからない。一律に給与を決めるのも「結果の平等、機会の不平等」だと思っている。そう言いながら寿司の魔力には勝てない私は日和見主義者であろうか。
1997.5.18.(SUN)
テレビの愚かさ
テレビ朝日のサンデープロジェクトを見ていたら新人官僚35人が出演してテリー伊藤、田原総一郎らと討論していた。
イエスノー形式の質問をしながら官僚を型にはめていくのがのが番組の企画である。郵政省の新人官僚に郵政3事業はいらないと思わないかと執拗に迫ったり、通産官僚に通産省を無くせば世間から賞賛を浴びると誘導してみたりやりたい放題であった。
まったくマスコミの暴力である。全ての質問にイエスかノーの2者択一でしか解答をさせず、言葉じりを捕らえたあげ足取り議論にうんざりした。あの天才プロデューサーテリー伊藤もこんな企画で官僚が本音を話すと思っていたとしたら甘ちゃんである。
官僚に行革の話を公の場であるテレビでさせたところ面白い回答は得られない。上司の批判や組織の存在意義への疑問を語る非常識な奴がいたら、そんな官僚の方がよっぽど常軌を逸した危ない奴で官僚などやらせてられない。
官僚はサラリーマンの最右翼である。本音を引き出したいなら音声を変えて顔を隠してやる位でないと効果はない。上司や組織の批判は人知れず行われるべきものである。赤提灯で酒を飲みながらやるか、あるいはインターネットでゲリラ的にやったほうがいい。
京王鉄道友の会
14日にメールを送ったら京王鉄道友の会の方から早速返事を頂いた。親切な方で京王HOME PAGEが4月から存在することを教えてくれた。
京王電鉄のページは6月グランドオープンということで今は採用情報のページしかない。ロンドンに駐在員事務所があったりして、ユーロの起債でもやるためにあるのかななどと勝手に想像する。いずれにせよ今後の展開に期待したい。
オー・バカナル
東京にヨーロッパを模倣したカフェができはじめたのはいつ頃からであろうか。表参道や広尾のデ・プレやフローリアンなど良く流行っている。その中でも原宿のパレフランスにあるオー・バカナルはまさにフランスのカフェレストランそのままで楽しめる。
給仕は日本語でオーダーは取ってくれるが、厨房にはフレンチでオーダーを叫んでいる。フランス人が犬を連れて道沿いの椅子に座っていたりしている。食器の触合う音、外国の音楽、英語フランス語日本語の混在、すべてがパリを意識した演出である。
客の大半を占める日本人でさえ、グループ客は日本からのパックツアー客、個人客はフランス在住の中国人と思えば日本人の多さが逆にパリを醸し出す。
カウンターでグラスワインを飲むと250円である。テーブルとカウンターで値段を変えるところも芸が細かい。
料理のワイルドさもパリそっくりである。値段もパリ並みのリーズナブルさで感心する。残された問題は道路の向こう側の風景であろう。ディズニーランドやハウステンボスまでの完成度を目指すなら道路の両サイドに店を作らなければならない。オープンエアのカフェなのに向こう側が居酒屋のネオンではパリ気分が吹っ飛んでしまうからである。完璧主義のオーナーには許せないことだろう。
1997.5.17.(SAT)
不調
体の調子が良くない。どうも花粉症のような症状が続いている。花粉症のブームは先月には終ってしまったのでこの時期に鼻水たらしているのは少し間が抜けている。
パソコンの動きも悪くネットサーフィンできないと思っていたら、サーバーの調子が悪いのが原因らしい。プロバイダーからのメールによると上位のサーバーの調子が悪くその影響を受けているとか。いずれにしても接続に異常に時間がかかり他の人のページになかなかアクセスできない。
という訳で一日中家にいて午後は3時間余り昼寝をしているうちに夜になってしまった。7時頃外ではいきなりの雷と激しい雨。テレビでナイターを見ながらビールと枝豆を食べていると気分は夏である。調子が悪いながらもくつろいだ一日であった。
1997.5.16.(FRI)
時代はナルシズム
プリクラブームは遂にOLにも浸透しつつある。酔っ払ったサラリーマンも酔った勢いに任せて赤ら顔で機械の前に嬉々として立っている。なぜこれほどまでのブームになったのか。
ナルシズムという時代の流れがあるからだろうと言うのが私の推理である。自分を写すという行為は自分が好きでなければできない。プリクラに限らず、原宿辺りにはメイキャップをしてドレスで着飾った写真を撮ってくれる変身ショップがあるというし、レンズ付きカメラで自分の写真を撮る高校生を街で見かけることがある。
ホームページも究極のナルシズムである。
ポジションはSQ
相場にかかわる仕事をしている者として今更こんなことを聞くのは気が引けるが、どうしても判らない素朴な疑問がある。
例えば相場が急伸した後急落したりすると必ず言われるのが「溜まっていたロング(買い)の投げ」である。しかし理屈から言えば、マーケットの売りと買いは合計するとゼロである。なぜなら買いと売りが同金額ないと商いが成立しないからである。ということはロングが溜まっているならショート(売り)も溜まっているではないか、というのは屁理屈だろうか。
実需を除けばマーケットは常にスクエアであるというのが理論的には正しい。なのになぜロングが溜まると表現するか。ポジションに強気と弱気があるからと考えるのだろうか。下落局面ではロングポジションは恐怖のポジションである。逆にショートポジションは欲望のポジションである。欲望が恐怖を叩きのめしている時、マーケットはスクエアでも相場は恐怖のポジションをいじめる方向に動く。これがロングの投げだろうか。
相場は欲望と恐怖のゲームである。
1997.5.15.(THU)
明るい農村
昔、明るい農村というNHKの番組が朝早く放送されていた。農村の現状をレポートする地味な番組であった。なぜかタイトルに「明るい」と付いていた。その理由は農村が実は暗かったからではないかと思う。
「明るい家族計画」というのも暗い雰囲気を感じる。「明るいナショナル」というのもあったがこれは明かりの宣伝であって物理的な明るさの話で本当に明るいのである。
旅行の季節である。「楽しい社内旅行のしおり」などという物が丸の内に本社がある日本のビッグビジネスで配られていることであろう。「楽しい」から社内旅行は毎年続いているのだろうか。若者には休日を潰したくないと忌み嫌われ、管理職からも上司に気を使うだけで面白くないと思われている。ここでも形容詞は反語的に使われる。誰もが反対していることが何故か惰性で続いている様は公共事業の発注を見ているようである。過去の呪縛から逃れられないニュートンの慣性の法則である。
さて、「一流の金融機関というステイタスを維持すること」を目標にしているグローバルバンクがある。本当の一流は自分のことを一流とは言わない。
日記
最近日記を読ませて頂く方が多くなった。師匠は当然として、Stationwagonさんの大磯小磯やベルデさんなど愛読している。朝起きたら自動的に自分の読みたい日記が勝手に集められているソフトがあればと思う。
面白い日記は癖になる。
1997.5.14.(WED)
京王線
☆京王線を変えよう☆にも書いているが、この電鉄会社のサービスは何とかならないものであろうか。
どうも本当のサービスとは何かを理解していないような気がする。電鉄会社に最も大切なサービスは安全であり、次に速くて便利であることが来るのであろうか。快適性や楽しさといった付加価値も必要である。
安全であるためには整備点検も必要だが、通勤電車の場合ホームを広げ多くの人がスムーズに移動できるようにしなければ人がホームから押し出され危険である。
京王線の明大前や調布、井の頭線の下北沢といった駅ではラッシュ時にホームから人が溢れんばかりになる。渋谷駅では車両最後尾に飛び乗る人がいて極めて危険な状況が続いている。
また利便性についても疑問が残る。京王線と井の頭線の接続を考えたダイヤになぜしないのであろうか。夜の11時を過ぎると明大前ではホームを全速で走る人たちがいる。全速力で駆け上がれば乗り換えに間に合うからである。ホームは走るなといっておきながらこんな接続にしていること自体、利用者の馬鹿にしている。
他にも渋谷駅の不便な乗り換え、改札のサービスの悪さ(改札を半分閉めている)など言いたいことは色々ある。
残念ながら京王帝都にはホームページが無い。京王鉄道友の会があることがわかったのでご意見聞いてみることにしようかと思っている。駅ビルやカレー屋の経営に精を出す前に本業の方でも頑張って頂きたいものである。鉄道は基本的には地域独占であるが、利用者は転居という抗議手段を持っている。
ダイエット
この季節になるとTARZANは必ずこの特集を始める。「3ヶ月で腹筋を鍛える」。かく言う私も最近の運動不足とストレス(?)でちょっと気になりはじめた。腹筋はほぼ毎日昔からやっているが余り効果はないようである。
むしろ摂取カロリーを減らす努力をしなければならない。最近朝食を摂らずに会社に行くことが多くなった。アイスコーヒーやジュースを飲むだけで午前中を過ごす。この場合昼と夜の摂取カロリーが変わらなければ朝食べない分カロリーは少ないはずである。
ところがこのやり方は逆効果らしい。朝昼晩と食べる方がいいという意見がある。確かに健康にはその方がいいのかもしれないが、朝食べないと太るというのは極論ではないかと思う。
何よりもいいのは酒をやめる事である。これは健康になり、夜の時間が有効に使え、お金も掛からない。でも酒を飲む楽しみが無くなるという最大の欠点がある。
1997.5.13.(TUE)
大相撲
大相撲の満員御礼が666日でついに連続記録ストップとなった。今までもかなり無理して満員御礼を出し続けたらしいから、まあここ最近は実質的にはもう満員では無かったということだ。
理由は色々ある。スター力士の不在、八百長問題などのスキャンダル、他のスポーツの人気など。人気が無くなったのではなく、今までの人気がバブルだったのである。大相撲が本当に好きで平日の朝から結びの一番までずっと見ているような人にとって今回の人気下落は嬉しいことかもしれない。なぜならチケットが手に入り易くなるからである。
日本相撲協会は安易な方法で人気復活を狙うより本当に相撲好きな人が楽しく相撲を見られるようなサービスに取り組むべきである。
例えば同じ部屋の者は対戦しないことになっている。もともと同じ部屋で対戦しないのなら納得するが、随分前になるが二子山と藤島が合併した結果、二子山部屋は圧倒的に有利になってしまった。これは一種の独占禁止法抵触ではないだろうか。
若貴VSハワイ連合というプロレスのような役割分担にも客は飽きている。客が見たいのは圧倒的な強さを誇る横綱やいぶし銀のような力士である。昔ながらの大相撲を静かに見て見たいものである。
1997.5.12.(MON)
相場
為替も株も最近大きく動いている。為替は一時1ドル117円台と10円円高に振れてしまった。日経も2万円台乗せである。しかも銀行、建設といった今まで下げてきた銘柄が戻す相場になっている。N債銀など昨日の一部値上がり率トップになっている。それでは銀行・建設の危機は去ったのであろうか。私にはそうは思えない。何も変わっていないからである。不良債権問題や株価下落による含み益の減少は相場の回復である程度解決するのかもしれないが本業の改革がまったく進んでいないからである。
銀行は従業員数を減らしコストの削減に努めている。しかし不採算部門からの撤退といった動きはN債銀のような尻に火が付いた所以外ではなかなか決断できない。全体の人数削減だけを行い一人当たりの業務量を増加させている。
必要なのはトップの決断である。今まで3人でやっていた仕事を2人で頑張ってやって下さいと言うだけなら誰でもできる合理化である。同じ仕事をしようとすれば当然仕事の質は低下する。それならば仕事の取捨選択をし、収益性の低い事業から撤退した上で少ない人員で今まで以上のクオリティの仕事を行うべきである。
船体が腐食し沈没しつつある船の乗組員に必要なことは船全体を修理しようとする事ではなく、ゴムボートに乗り移り新しい船を捜すことである。その時全員がボートには乗れない。
わかりやすいのが大切
諫早湾の干拓事業が話題になっている。管直人が視察に行ったことで水門の再開の期待が出てきた。これで水門が本当に開けば拍手喝采となりまたまた管直人の株は上がる。干拓事業や防災事業が必要なのかは素人には分からないが、死滅した牡蠣が腐敗して異臭を放つ所の近くには住みたいとは思わない。死んでいく生物を見ると胸が痛むのは自然保護運動をしている人でなくても自然の感情であろう。
それにしてもスピーディーに現場に行き、マスコミへのパフォーマンスを計算の上、迅速に意思決定する姿は従来の日本の政治家のイメージを変えるものである。次世代を担うリーダーとして日本で最も支持されている弱小野党の2人のうちの一人の党首に対する期待は高まるばかりである。
政治に必要な分かりやすさというものを管直人は持っている。現首相のような一見いろいろやっているようで、結果として何も出てこない政治に選挙民は冷たい。有権者は馬鹿なように見えて結構賢いし、気が長いようにみえて実は短気でせっかちなのである。
1997.5.11.(SUN)
癒し
外出を控え、粗食に戻すことで癒しの一日とした。午後一人でパソコンに向かう。外の天気はとても良い。初夏という感じでTシャツで出かけるのに最高の季節である。
暖かいのも度が過ぎると暑くなる。涼しいのも度が過ぎると寒くなる。寒いのと暑いのでは寒い方がマシである。別に今の季節だからそう思う訳ではない。私は汗っかきで暑さに滅法弱い。寒い方は最近の東京であればたかが知れている。だから東京では寒い冬の方が方夏より過ごしやすい。特に梅雨入りから8月下旬までの気候がスーツの会社生活には最も過酷なシーズンである。
巨人・巨人・巨人
スポーツニュースは巨人の最下位ばかりを取り上げている。日テレ位かと思っていたら、他のテレビ局も似たような特集ばかり。そんなに巨人が最下位になると面白いのか。阪神が最下位で無いことの方がよっぽどニュースだと思うが。
最近サッカー人気が落ち目になり野球が盛り返しているが油断は禁物である。人気に安住していると新しいスポーツにファンを奪われることになる。タイガーウッズ人気のゴルフが中高年だけでなく小中学生にも広がることだってある。プロ野球もセ・リーグの巨人に偏らず幅広い人気を広げる努力をしていくべきであろう。
1997.5.10.(SAT)
中華三昧
午後から立川のルミネに多摩絵画展を見に行った。知り合いの人の絵が出品されているという事で楽しみだった。多摩地区の選りすぐりの絵が多数掲げられていたが、イマイチ理解に苦しむ絵が多かった。まだまだ真の美を追求できるまでのレベルには達していない未熟者であると感じた。
立川にわざわざ出かけていったのでリーセントパークホテル(0425-26-3111)の中華料理を食べることにした。昔dancyuか何かの本で紹介されていたのを、香港帰りの中華料理通に紹介したところ、とても美味しいとのお墨付きを頂いたため機会を見て行ってみたいと思っていた。やっとその機会が訪れたわけである。
リーセントパークホテルは立川駅から歩いて10分ほどにある小規模なホテルであった。周囲の雰囲気も、ロビーの客層もうらびれた感じで正直言って不安を感じる。昨年東北に旅行した時の釜石のビジネスホテルを思い出した。古びたエレベーターに乗って3階に上がると、入口もちっぽけな冴えないレストランがあった。それがレストラン「楼蘭」であった。
しかし中に入って驚いた。内装ではなく客層にである。明らかに遠路はるばるこの店に中華を食べるために来たと思われる客でほぼ満席。千葉や武蔵小杉といった地名が会話に飛び交う。ホテルの中でここだけが別世界に思えてきた。給仕の勧めに従い7千円のコースを頼んだ。
前菜からデザートまで全10品。まずは前菜から度肝を抜かれた。何の変哲もない盛り合わせの皿であるが、食べた後のすがすがしさがある品ばかりである。これはただ者ではないとワクワクしてきた。次の雲南省のハムと烏骨鶏の漢方スープは香りが素晴らしく後味も爽やか。その後も地鶏の揚げ物、車海老、牛ヒレ肉の炒めもの、石持ち、揚げ豆腐の貝柱ソースと圧巻が続く。
全ての料理が上品で、後味が良い。中華料理というよりはあっさりとしたフレンチを食べているような錯覚に陥る。味付けも素材の特性が引き出され薄味であるが物足りなさを感じない。食べるとウーンと唸るような料理ばかりである。
食事はフカヒレ入り酸味辛子麺。HOT&SOURスープに麺が入っているような味。麺が歯ごたえが何ともいえずよかった。
デザートに紅茶のゼリー、マンゴープリンなどを4層にした特製デザートが出される。甘いものが余り好きではない私もこれは言葉を失った。口では表現できない美味さである。麻薬が入っているような味とはこの事であろうか。最後にライチーのお茶をもらってコースは終了。どう考えてもこれはお値打ちメニュである。シェフの才能に感動、と思って帰りに見るとどうやら料理の鉄人に出たこともある有名シェフが料理長であった。ちなみに対決では負けたらしいが。山本益博センセイも贔屓にしているようでどうやらかなりの有名店であるようだ。
ロケーションと料理の意外性という意味では最も驚きの多い料理店といえるであろう。電車賃を払って行く価値のある店である。
1997.5.9.(FRI)
送別会
会社の送別会があった。こう書くと、何だか年中人事異動で送別会をやっている会社のように思えるが、今回は身内での会であった。東麻布の「魚亀」という店に行ってみた。東麻布というとイメージが湧かないが、麻布という名前からは想像できない下町。麻布十番を地味にしたようなのどかな街だった。
店はかなり不便な所に有り探すのに苦労した。店の前に市場で使う発砲スチロールが散乱しており期待を持たせた。店は飾り気もなく、ビールはセルフで自分で冷蔵庫から取ってくる。この方式は気に入った。
料理は魚三昧。お通し、かつおのたたき、カニ足、筍の煮物、刺し身盛り合わせ、いかの煮付け、焼き魚、いわしのつみれスープと豪華であった。材料が全て新鮮で美味しい。無駄なサービスを全て材料費に投入しているというのが良くわかる。これで料理が一人4千円とは驚きである。カニだけでも2千円位の価値はある。ごはん物が無いのにお腹がいっぱいになってしまった。
9時でラストオーダーなので店を出る。家に戻ったのが10時で意外に早い一日だった。
円高再燃
1ドル140円を予想している者としては最近の円高は歯がゆいものがある。120円を割れた今、今後の為替を左右する要因は何か考えてみた。円高の根拠として日米金利差縮小を挙げる人が多い。確かに円金利が上昇すれば金利差縮小にはなる。しかし金利の絶対水準は依然差がある。ドルの短期金利は5%台である。外貨MMFでも金利は4%台だ。日銀の利上げにより日本の金利が上昇したとしても米国の金利には到底及ばない。インフレを加味した実質金利で考えたとしても日米の金利格差は依然残る。
購買力平価で見ても、120円台でようやく衣料品などの内外価格差が均衡しているという実感がある。1ドル100円台となれば日本の消費者は大喜びである。
資本の流れはどうなるか。今回の円安修正で一時的に為替ヘッジの動きが出ている。個人投資家も為替の恐ろしさを再認識したはずだ。しかし彼らの外貨運用資金は大量に残っている。為替リスクをコントロールしながら外貨の運用を増やす動きはこの程度の為替変動では無くならない。
他にも貿易黒字の問題などが残るが、パニック的な円買いが一段落すれば、再びドルは落ち着きを取り戻し上昇するというのが中期的見方である。新外為法も円高よりは円安の方向に作用すると見る。とすれば120円割れは絶好の外貨預金のチャンスかもしれない。個人的には外貨預金を継続するつもりである。
1997.5.8.(THU)
春の嵐
まさに春の嵐という表現がぴったりの一日だった。夕方から風と激しい雨が降ったり止んだり。ラッキーなことに家に帰る頃にはほとんど降っていなかったのでそれほど濡れなかったが。それにしてもジメジメした気候である。電車の中もムシムシして気分が悪い。冷房が効いていないし雨で窓も開けられないと最悪である。ビールが美味しい季節にまた一歩近づいたとポジティブに考えることにする。
ただより高いもの
とみん銀行の住宅ローンの宣伝ではないが、世の中0円というものが結構ある。PHS、写真の同時プリント、そしてスマイル=0円といっているファストフードまで。これらは本当に0円かというと、結局後でお金は掛かる仕組みになっている。要するに撒き餌に群がる魚なのである。
おじさん人気
ついに日経夕刊に出てしまった。「中高年のうんちく武装」である。広い趣味を持ち、OLが知らないようなお店を知っているようなおじさんが日頃から知識を仕入れる努力をすることをうんちく武装というらしい。最近サライおじさんというのも増えている。流行に背を向け自分が好きな世界に没頭する人たちである。小学館の雑誌「サライ」を読んでいるような人である。
会社にはたくさんのおじさんがいるが2通りに分類できる。一緒に仕事をしたいが飲みには行きたくない人と、飲みには行きたいが仕事は一緒にしたくない人である。仕事も飲みにも行きたい人や飲むにも仕事も一緒になりたくない人は余り多くない。
この経験則から行くとサライおじさんやうんちく武装したおじさんとは余り仕事は一緒にしない方がいいということになる。
1997.5.7.(WED)
禁酒成功
忙しい一日だった。10時前に会社を出ると丁度神宮球場からの野球帰りの人波に遭遇してしまった。銀座線は大変な混雑で閉口した。井の頭線も酔っ払いで混雑している。
仕事で遅く帰る時にいつも思うのは、長時間一生懸命に働くものと酒を飲んで遊んでいた者がなぜ同じ電車に乗らなければならないかということである。新幹線に禁煙車両があるように通勤電車には夜8時以降、酔っ払い用とシラフ用の車両を作って欲しい。
家にはビールが無かったので、いっそのことと思い禁酒した。時間があったので青木雄二の「ゼニの人間学」を読みはじめた。余りに現実を見つめすぎた作者の視点に少しばかり暗い気分になった。やはり休みをとっても給料をもらえるサラリーマンとは気楽な稼業だというのが作者の主張である。数々の職業を転々とし、水商売から会社経営まで経験した人の言葉だけに重みがある。
青木大使
今度は青木大使がマスコミのおもちゃになっている。ペルー事件で人質になっている時にはヒーロー扱いされていた青木大使が、一転して厳しい責任追及を受けている。私は事件の本当の原因もマスコミから伝えられる情報でしか知らない。日本大使館の警備に本当に問題があったのかもしれない。しかしあのような手のひらを返したような扱いには違和感を覚える。
「青木大使にペルー隠れ妻」などといった本質とはまったく関係のない記事によってバッシングされないよう、祈るばかりである。
私用電話(2)
私用電話のプライバシーはどうなるのかと考えていたが、良く考えてみるとそもそも私用電話とはかけてはならないというのが原則である。どうも大企業のぬるま湯カルチャーに浸っていると当たり前の感覚が麻痺してしまう。恥ずかしい話である。
会社でHANAKOに紹介されているお店のコピーをとっているOLも、ロンドンの会社の同期と馬鹿話を延々としている責任者も正確に言えば使い込みである。連休中の海外旅行のホテルの予約を国際電話で予約している強者もいるらしい。人間一度甘い汁を吸うと奈落の底まで落ちないと気が済まないらしい。
1997.5.6.(TUE)
初夏
朝から夏を思わせるむしむしした天気。電車も連休明けで妙に混みはじめた。表参道から歩いていると汗ばんでしまう。この季節になると日本がアジアであることを認識する。思わずパフィーのアジアの純真を口ずさむ。傍から見たらいかれた危ないサラリーマンにしか見えないだろう。
仕事を終え、久しぶりに酒を飲みすぎた。電車で帰ることは出来たが、家について夕食を食べ気が付くとテレビの前で朝5時に目を覚ました。酔っ払って無意識になると人間の本性が出るという。私の場合、仕事の後飲みにいってどんなに酔っても次の日見るとスーツがハンガーにきちんと吊るされている。本当は几帳面な性格なのであろうか。
24時間ATM
東京相和銀行がテレホンバンキングに続いて24時間ATMでも先行した。テープカットのセレモニーが放送されていたが、悲しいのは日本初ではなく邦銀初と書いてあったこと。日本の銀行の中で横並びから脱却しようとする意欲は高く評価できるが、24時間ATMなど日本でもシティバンクでは当たり前のことである。アメリカに行けば24時間ATMがコンビニにも置いてある。これがニュースになること自体、日本の金融サービスのレベルの低さを象徴している。
ところでシティバンクは看板がシティバンク銀行となっているが、これはシティ銀行が正しいと思うのですが。シティバンク銀行だと「頭痛が痛い」と同じでリダンダントになる。いつかシティバンク銀行のカウンターで聞いてみようと思っている。
1997.5.5.(MON)
GW
GWが終った。最終日の今日は昼過ぎまで寝た後、夕方大学時代の友人の家に行く。彼らもまた「チャイルドフリー」である。目黒駅近くの焼鳥屋で夕食。店は狭くて汚いが焼鳥は一流であった。つくねが塩焼きで出てきたのは意外。
最近焼鳥づいているので、いっぱしの焼鳥評論家気取りになりつつある。「焼鳥屋はレバーを食べればその店がわかる」というのが最近の結論である。寿司屋がこはだを食べればわかるのと同じである。今日行った店はその点では合格であった。
そして友人宅でケーキを2個も食べてしまい結局この3連休は食べるがテーマになってしまった。帰り道10時過ぎだったが、風が妙に暖かかく蒸していた。もう夏は近い。
4000
ようやくカウンターが4,000件を突破した。5日の朝のようだ。最近は大阪の会社の同期も何名か毎日見てくれているようだし、余り過激にならないようにしながら書いていきたいと思う。
公用語はバッド・イングリッシュ
日経の5日の記事ではABBが目についた。スイスを拠点とする世界的企業のABBの公用語は英語ではなくバッド・イングリッシュだという。真にグローバルな企業ではコニュミケイション言語は各国で話される英語、すなわちバッド・イングリッシュになる。発音は正確でなくても、伝える内容がしっかりしていれば問題はない。英語で仕事をする上で大切なのは文法的に正しいかではなく、正しい意思決定を伝えられるかである。バイリンギャルだからと言って多国籍企業の経営はできない。
1997.5.4.(SUN)
アウトドアライフ
埼玉県の米軍基地の跡地にできた公園に行って、親戚一同で昼から屋外バーベキューをした。天気が心配だったが、午後からは晴れてきて少し暑いくらいの良い天気だった。この公園は広くて芝生が敷き詰めて有り、火を使っても問題無いという。駐車場代も入場料も取られず、意外に空いているので穴場であった。
酒好きが集まったのでビールに始まりワインまでどんどん消費されていった。BBQの火をおこすのに少し苦労したが、何とかうまくいった。肉を焼いた後は残り火でサツマイモをアルミホイルで巻いて焼きいもを作った。これもまた美味。空腹と野外の空気が最高の調味料ということが良くわかった。
食べた後は寝た。恐らく2時間くらいだろうか。すっきりとした気分になって、その後は日暮れまでキャッチボールだのバドミントンなどをやって過ごした。
一番右に写っている友作君はもう3歳になった。そろそろ赤ん坊から子供への転換期らしく、照れ屋のおとなしい子供になってしまった。昔のように無邪気に芸を披露しなくなって少し寂しい。
あるある
「発掘あるある大事典」ホームページはなかなか役に立つ。URLは「発掘あるある大事典」ホームページである。過去の番組で紹介された情報も検索できて便利である。
この手の情報バラエティ番組が増えてきて思うのは、無能なタレントを何とかして欲しいということ。ゲストとして出てきてただの個人的感想を言っているだけの芸NO人をなんとか始末して欲しい。
野球解説者もひどいが、グルメレポーターもそれに劣らずひどい。肉を食べれば「柔か〜い」、トロを食べれば「口の中でとろける」、野菜は「本来の甘みが感じられる」とワンパターンである。自分の味覚を人に伝えるのは難しい。自分で語るだけの語彙が無いのなら素直に「美味しい」と言うだけの方がマシである。
1997.5.3.(SAT)
ヤムチャ
大阪から会社の同期が夫婦で上京してきたので、お昼をJADE GARDENで4人で一緒に食べる。翠園酒家と漢字で書くチャイニーズレストランは有名な店らしく、2時過ぎに到着したにも係わらず、待っている人が結構いた。
ワゴンでサービスされる点心はどれも上品な味で期待を裏切らない。好物の大根餅もワゴンで焼いてから出してくれる。おかゆも香港で食べた時より美味しく感じられたし、豆腐のデザートというのが意外性があって感心した。絹ごし豆腐にシロップがかかっているような味だったが意外にいけた。何より食後にすっきりとした気分で後味が大変良い。中華特有の胃にもたれるという感じがまったく無かった。
大阪の話で面白かったのは、大阪の人は東京の言葉を、関東弁とか東京弁と言うらしい。標準語というのはプライドが許さないのか。また神戸・京都の人はそれぞれにプライドがあるらしく関西という名前でひとくくりにされるのをひどく嫌がるといっていた。横浜の人が千葉や埼玉と一緒にされるのを嫌がるのと似たような感情であろうか。
彼らと会うのは実に1年半ぶりといった感じである。しかし私の日記を読んでいるので先方は私の思っていること最近の行動など把握している。久しぶりに会っても違和感が無いのかもしれない。
焼鳥
同期と別れてから、銀座の街をぶらつく。曇り空だったのが小雨がぱらつきはじめた。数寄屋橋阪急のGAPに行ってみたが、レジに行列で買うのを断念。BEAMSに行って気に入ったスーツがあったので衝動買いしてしまった。サイズが無いと言われ在庫のある原宿のBEAMSまで行く。採寸してもらったついでにネクタイも何本か購入した。GWということもあろうが、どこも大変な混雑。しかも売れている。自分を含めて消費税の影響など無いかのような購買意欲である。
夜は近所の川上に焼鳥を食べに行った。最近ご無沙汰であったが、店主は相変わらず私をファーストネームで呼んでくれる。料金も焼鳥一本で130円と良心的で、豊富な日本酒メニュがある。不思議な暖かみのある名店である。
1997.5.2.(FRI)
ラッキーナンバー
占いや縁起かつぎは余りしない方であるが、自分のラッキーナンバーは39だと思っている。生年月日が邦暦で昭和39年3月9日だというのが理由である。39はサンキューとも読めるので語呂が良くて気に入っている。こんなことを書くとキャッシュカードの暗証番号がバレたりしないか心配である。
そんな訳でずっと待っていた3939を最近アクセスカウンターが突破した。誰がゲットしたのかは知りたい気がする。
究極の選択
物事が決断できないで悩む時は究極を考えてみると解決することが多い。例えばお昼にうどんにするかそばにするか悩んだらどちらかしか一生食べられないとしたらどっちを選ぶかを考えれば、注文が決められる。でも簡単に決められない選択もある。
私にとっての食の究極の選択とは、赤ワインとビール、そばとラーメン、カレーライスと牛丼、パスタとピザ、カンパリオレンジとジントニック、アジの開きとお寿司、味噌汁とご飯、ナタデココとティラミス。これらは一生食べないものをどちら選べと言われたら決断できないものばかりである。好きな物を好きなだけ食べられる日本の食生活には感謝しなければならないといつも思う。
1997.5.1.(THU)
もう5月
新年になり、誕生日を迎え、期末を超えたと思っているうちに今年も3分の1が終ってしまった。気が付けば気候は初夏、スーツも夏物に変わりつつある。寒いと思いながら歩いていた朝の通勤も、表参道から歩くと汗ばむようになってきた。
歳を取るごとに人生は短く感じられるという。自分の今まで生きてきた時間を単位として時を感じるからだという。つまり3歳の時の3年と30歳の時の30年は同じ時間と主観的感じてしまうということ。そうすると人生70年として、時間的には35歳が折り返し点であるが、実感としては20代前半あたりが折り返しということになる。
出身高校
2週間ほど前、郵便小包が来た。配達の人が料金を請求するので、聞いてみると代金と交換で配達する郵便物だという。そのような郵便を頼んだ覚えもないし5千円近くするというので返送してもらった。母校である都立富士高校が差出し人になっていたので悪質な商売かと思ったら、実は本当に高校の同窓会の名簿であった。
しかし、たとえ本当に高校の同窓会の名簿だとしてもいきなり代金引き換えで送ってくるやり方にはちょっと違和感がある。事前になんらかの通知をしたのかもしれないが、送り付けたという感じが気に入らない。同窓会の会費徴収がすすまないなど色々問題はあるのは理解しているが。
翌日、会社で隣の席の後輩が高校の後輩であることが判明した。彼は送られた名簿を素直に購入し私の名前を見つけたらしい。ちゃんと使っている人もいるのである。
私用電話
会社のディーリングルームは電話が録音されるようになっている。電話での口頭取引でトラブルが起きた時の言った言わないをチェックする為である。
私用電話をかける時はRECOFFボタンを押せば録音されないことになっている。でも本当にそうなのか誰も確認はしていない。RECOFFの時だけ録音されたテープなどもしあったら凄い内容が詰まっているかもしれない。
この録音であるがプライバシーの問題はどうなるのであろうか。録音テープを聞くことによって判明した個人の情報は第3者に漏らして良いものなのだろうか。倫理的には当然許されないことであろうが、法的には会社の所有物になってしまうのか。
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