SHINOBY'S WORLD SHINCE: SEPTEMBER 30, 1996




エッセイ

日記 1997年10月

 

1997.10.31.(FRI)
<今日の一言>

2日連続で酒を抜いたら禁断症状でしょうか、寝坊してしまいました。

悪いこと

げんをかつぐ、漢字でどうかくのかは知らないが、マーケット関係者にはこれを大切にしている人が多い。破魔矢をディーリングルームに飾ったりしているところもある。私自身は迷信や占いといったものはまったく信じていない、つもりであった。

しかし今朝、着替えていたらスーツの裏地が破けてしまった。気分が悪いなと思いつつ会社に行った。会社でコーヒーを飲もうとしたら今度はYシャツにコーヒーをかけてしまった。悪いことが重なったのでふと今日はついていない日かも知れないな、と思った。普段合理主義者と自負している自分が感情的な人間だと感じてしまった瞬間である。

幸いその後不幸なことは起こっていない。とはいえ不幸とは自分が思っているレベルと現実のレベルのギャップである。多分に主観的で曖昧な概念である。

デフレなら

デフレデフレと騒いでいるが正確な定義をして使っているわけではなく、いい加減なことを書いているとシラー教授に叱られてしまいそうである。

ものの本によればデフレとは経済の縮小を伴う価格の下落であり、低成長とはいえ成長しながらであればインフレが無いだけではデフレとは言わないそうである。正確にはデフレ基調とかデフレバイアスなどと言うらしい。しかも東京地区の消費者物価は年率で2%程度は上昇している。だからデフレではないという人がいる。

しかし2%のうち消費税の引き上げ分と健康保険の自己負担引き上げを除けば実質的に物価は下落である。さらにデパートなどで導入された割引カードなどの要因は統計に入っているのだろうか。

デフレの定義から言えばこの状況からさらに経済成長率がマイナス転じるような事態になれば胸を張ってデフレと呼ぶことができる。

寝坊

今週は2日続けて寝坊してしまった。といっても夜更かししていたわけではない。むしろ寝る時間は早かったくらいである。ただ2日とも前夜酒を一滴も飲まず寝た。そのせいで寝過ごしてしまったのだろう。酒を飲んで寝ないと眠りが浅くなり睡眠時間が多い割りに朝すっきりと目を覚ますことができない。

これはアル中の一歩手前の症状であろうか。体内からアルコールが抜けるまでの禁断症状か。いずれにせよ酒を飲みたいと思わなくなったのには自分でも驚いている。

こんな事ばかり書いていると「たった2日くらい酒抜いたくらいで威張ってんじゃねーよ」という声が聞えてきそうである。

 

1997.10.30.(THU)
<今日の一言>

「夕立が降る」という表現はおかしな表現だと指摘がありました。頭痛が痛いと言うのと同じ間違いです。

デフレ

群馬のバス会社が1キロ以内に限って料金を190円から100円に値下げするという。公的機関の補助などを受けないバス料金としては最低だという。いとこが買ってきたカセットテープは1本80円だった。カセットテープと言えば私が大学生のころは300円位はしたと思うが随分安くなったものである。

会社の同僚がしているネクタイは1000円だという。別に普通のネクタイである。
ガソリンは80円台で売っている地域もある。パソコンプリンターは1万円台で買える。携帯電話は加入料無料の呼び込みの声が街にこだまする。

このような低価格化がすべての分野で進んでいるとは思わないが、普通の生活をしている人にとっては実質的な購買力は随分増加している。低金利で年金生活者をいじめるのは止めろとヒステリックになっている女性経済評論家がいたりするが、実質金利は低くない。貯蓄の残高が増えないので心理的な生活圧迫感はあっても実際はそんなに悪化していない。

実物資産の価格低下で困るのは年金生活者ではない。実物資産を持って金融資産の借り入れと両建にしている人である。逆に恩恵を受けるのは金融資産を持っている人、要するに消費しないで貯蓄している人である。マイホームを買うことが消費なのか投資なのかは別として今日の消費を明日に延ばしてきた人がアリとキリギリスのアリになれるのである。

キリギリスの破産者はこれから増えるであろう。マーケットは人が嫌がる方向に進むものである。イソップ同様、キリギリスが飢えに耐え切れずアリに助けを乞うまでこの状況は続く。つまりローン破産者が資産を投げ売りし不動産に買手がつかなくなった後で市場は回復する。これはポジショントークであろうか。

昭和第一高校

昭和第一高校をご存知だろうか。もし知っているならかなりの若者通である。

女子高校生の間で昭和第一高校が大人気だという。学校のイニシャル(SDH)の入ったバッグは高値(一説には10万円)で取引され、昭和の生徒というだけでつきあいたい女の子がたくさんいるらしい。高校生のステータスなわけである。余りの騒ぎにパニックを恐れ文化祭が中止になった。渋谷を歩いていると他の学校の男子生徒に因縁をつけられていじめられるといった弊害まででているらしい。

慶応や早大学院といった高偏差値のエスカレーター学校でなく普通の私立に人気が出ているところが面白い。ポイントは制服がかっこいい、渋谷新宿と言った繁華街に近いといったことらしい。

流行現象というものには理解できないものが多い。安室某が記者会見ではいていたバーバリーのスカートは品切れだと言う。

理解できないと言っている私の世代もフィンガーファイブのめがねを買い、アディダスのスポーツバッグを買い、フィラのテニスウエアを買い、DCブランドを求め、バブルの溺れたわけである。流行とは当時はまっていた本人以外には理解し難いものなのだ。

 

1997.10.29.(WED)
<今日の一言>

急に夕立が降ってきてびっくりしました。

新北海園

飯倉の中華料理の店に行った。純北京料理という海鮮をふんだんに使った料理はどれも気が気いていて良い味だった。西麻布に北海園という似た名前の中華料理店があるが雰囲気といい味といい随分な違いである。

メンバーの中に香港から来たゲストがいたが、彼女に言わせると本当の北京料理ではないとのことだった。一番の違いは日本の中華は砂糖の甘みが強いということ。日本人には口当たりの良いものも香港人には甘すぎると感じるらしい。

想像力と論理的思考

今回の株式市場の混乱の発端はタイの通貨危機であった。それがアジア全体に広がり、香港の株式に及び、週末のアメリカの株安へと連鎖した。さすがに昨日は調整も一段落であるがまだ予断は許さない。

債券の運用担当者として思うのは、想像力と論理的思考の重要性である。下がった後でいろいろと講釈するのは簡単である。そしてそれはマスコミと評論家の仕事である。運用は実際にポジションを取らなければ何もならない。

人が考える当たり前のことを人より先に考え出せる能力であろうか。タイバーツ危機のころから、米国株式さらには米国金利為替に目を向けられる。そんな自在な発想は天性のものなのかあるいは努力によって得られるものなのか。

それにしてもアメリカの個人投資家はたくましい。NYダウが急落した翌日、ディスカウントブローカーに朝から行列ができたという。解約するためではない。押し目で株を買うためにである。急落した時を買いの好機と捉える個人投資家の発想。経済のファンダメンタルズがちがいすぎるとはいえ日本とは投資家の裾野とスタンスの違いを見せつけられる。

 

1997.10.28.(TUE)
<今日の一言>

急に寒くなりました。いよいよ鍋の季節です。

官僚の給料

官僚の給料は同じ能力を持っている民間企業の人より明らかに低い。それでも役人を目指す人がいるのは、仕事に対するやりがいであろう。その一方で民間企業のような激しい社外の競争はないし(内部の出世競争は激しいが)、退職後の恩給やら天下りを考えれば生涯賃金では悪くない仕事だというのも選択の理由の一つなのかもしれない。

しかしこの構造は少しいびつである。最近の官僚の不祥事は今まで何とか成り立っていたこのような損得勘定が成り立たなくなったことに起因するのではないだろうか。(もちろん損得で仕事をしているわけではないという人もいらっしゃるでしょうが) 官僚の賃金を上げられないのは官僚が多すぎるからである。なぜ多いかといえば無駄な仕事が多いからである。不必要な規制や縦割りでだぶっている仕事、そして国会の質問取りといった非効率な業務が多すぎる。

これらを効率化し役人の数半分、給与2倍でどうだろう。その代り不祥事については官界永久追放という厳罰で対応する。こんな考えは机上の空論だろうか。

無視の恐怖

子供の世界のいじめは最近殴ったりするようなものから、皆で無視するといった陰湿なものに変わってきていると言う。この方がよっぽどいじめとしては嫌なものである。

HPにもの書いていても反論されるより無視されるほうがよっぽど怖い。朝メールをチェックして入ってなかったりするともしかしてネットワーク社会からいじめにあっているのではという被害妄想に取り付かれることがある。

 

1997.10.27.(MON)
<今日の一言>

秋刀魚を焼いて食べました。

転職

前の会社の後輩からいきなり電話が掛かってきた。夕方会った。いきなり会社辞めますという。人事ローテーションと責任感のない仕事が嫌になったという。いつ上司に言うかタイミングをはかっているのだという。最近こんな人からよく電話が掛かってくる。

彼は日本の会社は人が多すぎると言う。無駄な仕事をたくさんの人でやっていることが馬鹿馬鹿しいと思ったらしい。自分のやっていることが会社に直接影響するような組識で働きたいのだという。大企業の年功序列ではまだ10年はかかる。

労働市場の流動化は人的資源の効率的配置をもたらし、究極的には双方にメリットがある。辞められた会社も従業員に選ばれるよう人事制度を改革したり、給与体系を見直したりするインセンティブとなる。ミクロではともかくマクロで見ればこのような動きは社会にとって良いことである。

びっくり仰天

行天さんである。日経の夕刊にコラムを担当されている。さすが元役人、頭のいい人だなと感心して毎回愛読していたら今日は仰天した。

マハティールとソロスの話である。ヘッジファンドをこう言っている。「投機家の行動原理は利益であり、途上国の発展を支援することではない。」このフレーズどうも引っかかる。確かに投機家(こんな言い方が適当かは別にして)は利益を目標にしている。しかしその行動は途上国の経済の力に相応した発展は阻止しない。むしろ金融市場の効率的な活用の監視役となる。

投機家は意図するとせざるとに関わらず最終的に資本を効率化する。非効率な無理をしている市場から効率的で市場から評価されていない市場に資金を動かす。非効率な市場から見れば確かに酷なのかもしれないが、経済全体で見れば付加価値を産み出している。

行天氏は当然判っているのだろう。しかし神の見えざる手が社会に中長期的に貢献していることをもう少し書いて欲しかった。

今の世の中弱い者が強い者より威張っている変な時代である。アジアの小国をいじめる悪いヘッジファンド、というステレオタイプな誤解は解かなければならない。

 

1997.10.26.(SUN)
<今日の一言>

ようやく風邪が治り普通の生活が出来るようになりました。

原動力

最近日記に書くことが湧き出すように出なくなった。かつては会社に行き、人と話し、酒を飲みその都度書きたいことがメモしきれないくらい出てきたものだが、そんなことも無くなった。

私の場合自己表現のパワーの源泉は怒りである。自分の周りで怒っていることで許せないこと、矛盾していると思うことがあると一言いいたくなる。書くことが見付からなくなってきたというのは怒りの対象が減ったということである。

厳しいながらも充実した仕事をし、休日は気ままに過ごす。プライベートには何の不満もない。新聞を読んでいても怒るのも馬鹿らしいようなしょうもない事件ばかり。総会屋事件にしろ、消費税引き上げにしろ、公共工事削減にしろ、不良債権にしろ要するにすべては今までが異常だったものが普通に戻っていくだけの話である。当たり前のことが起こっているだけなのに大騒ぎしている。それらの事件自体にはもはや興味はない。

辞めた理由

ある人になぜ会社を辞めたのかと聞かれた。経営方針に納得できなかったから、そして自分の会社が社会に効率的に貢献していると思えなかったから、と言ったらそんな理由で辞めたとは信じられないと言われた。

社会に貢献している無くなったら困るような付加価値を創造している企業が世の中にどの位あるのか、と問いかえされた。転職先の会社がそんな会社なのか本当に納得して入社を決めたのか。そう問い詰められると自信はない。

しかし最近官僚たちが閉塞感を感じているという新聞記事を見て何となくわかるような気がした。記事の中では幹部候補生として期待されていた人が辞めていったり自殺したりしていると報じている。事実はどこまでかはわからないが幹部候補生だから満足するほど人間は単純ではない。そこにはやっていることにたいする意義を見出し自己満足できるが必要である。

どこに進んでいるのか分らない船は如何に安全で快適であってもただ漕いでくれとだけ言われるのはその意義を見出せない。はっきりと全体がどこに進むかわかる組識で自分も同じ方向に力を尽くしたいと思うのは自然ではないだろうか。

「君は青い」と言われた。しかしこの青さを失ったら何が残ると言うのだろうか。

読書

本屋で若林栄四「ドルの復権、円の失速」を見つけた。若林氏といえば1ドル80円をピタリと当てた有名な為替ディーラーである。独特の相場観は何に基づいているのか今一つ良くわからない。本人は直感とも表現しているが。信じる信じないは別として彼の相場観を頭の片隅に入れておくことは決して損にはならない。

もう1冊は「はじめてのテクニカル分析」(林康史著)。本当に初めての人の為の本だった。残念ながら私には2500円の価値はない。

宮城県知事

久しぶりに面白い選挙があった。宮城県知事選挙である。現職の知事が政党からの推薦を一切断り、自民党と新進党が同じ候補者を推薦するという事態になった。しかも政党が推薦したのが元建設省の官僚である。現職知事は勝手連という市民組識に100円カンパで市民選挙を行い、かたや元官僚はゼネコンを始めとする組識を固める選挙をした。

第一に政党推薦を断った現職知事の勇気である。勝てると言う読みがあったとはいえこれは勇気がないとできないことである。

第二に大きな流れの変化を感じる。組織単位の硬直化した選挙はもう限界ということが示された。利益誘導選挙も最終的に自分達の負担になるという当たり前のことが認識されはじめ、有権者が騙されなくなった。

第三に有権者は無関心なのではなく関心を持てる候補者がいなかっただけということが証明された。投票率は前回よりかなり上昇したという。有権者も馬鹿ではない。

この選挙はどうやら現職の勝利となったようだ。宮城という土地で市民派が利益誘導派に勝利した意義は大きい。

 

1997.10.25.(SAT)
<今日の一言>

今日は給料日。手取りが多いと思ったら、財形もしてないし、ボーナスもないという事に気がつきました。冷静に考えなければいけません。

言い訳が良い訳ない

総会屋の利益供与はまだまだ広がる気配である。もう同じ事件の繰り返しなので新聞を読む気もしない。今更取り繕っても仕方ない。間違えたことをしたなら認めて素直に正す。それだけのことを迅速に行うのが企業トップの責務のはずである。

しかし殆どの会社は事件発覚当初は企業ぐるみではなく総務担当者のやったことと責任逃れをする。本当に知らなかったなら管理が甘い経営ということでそれはそれで経営責任問題である。どうせ世間は嘘をついていると見透かしているのだからここはすっきりと「うちは会社ぐるみで利益供与してました」と言い切る位の卓越した経営者はいないものか。

政治家の不祥事では秘書が勝手にやったこと、とはぐらかし企業は社員をトカゲの尻尾きり。これではまともにやろうという気は起こらない。問題はこういったムラ社会では嘘をついてでも立場を守った者が評価される腐った風土である。

嘘をつく人物は人の上に立つことはできない社会にならなければ、この手の言い訳は無くならない。器の小さいトップが多すぎる。

江戸っ子寿司

神田にあるこの寿司屋はすごい。とにかくいつも行列で活気がある。神田に5店舗位あってみんな駅の前で真っ赤な看板だからすぐに見つけられる。

ネタが大きくて安いのが人気の秘密である。うにやいくらはご飯からはみ出しているし、ホタテや穴子もボリュームがある。そして新鮮だ。洗練された寿司とは言えないが1人3千円位で美味しい寿司が食べられれば文句はない。店員も親切で気持ちのいい店である。

この店には景気後退もデフレも関係無い。景気に関係無くいつも繁盛しているし、もともと価格が抑えられているから値段を下げなくても客は呼べる。こんな行列の出来る店があれば客がまったく入っていない店もある。能力のある経営者は景気がどうであろうと客を呼べる店を作っているのである。儲からないのを景気のせいにしてはいけない。

 

1997.10.24.(FRI)
<今日の一言>

禁酒といいながら六本木のアイリッシュパブで飲みすぎました。

JリーグとHP

Jリーグの人気が無くなったのは日本人がサッカーが好きではないから、ではない。チームの急増によるレベルの低下である。芸術でもスポーツでも技術の頂点を極めた質の高いものは見ていて気持ちのいいものである。ムダが無く人間の自然のリズムを感じるのである。

美味いラーメン屋さんが支店を出してから味が落ちた、ということはよく聞く話である。美味しい店の店員は動きに無駄が無い。Jリーグは支店を出しすぎて不味いラーメンを売っているチェーン店のような状態である。

水増しによって質を落とすなら一定のクオリティが確保できるまで量をコントロールした方が良い。リストラを断行するいい機会である。

HPの日記も同じ事があてはまる。毎日日記を書くことにこだわり過ぎる余り書き手も書かなくてもいいようなことを書くはめになる。

元々他人にとって役に立つことなどあまり無い雑文であっても自分で納得している限りそれなりの価値がある。それが書き続けることにこだわるあまり、自分で納得もせずに書き、それが誰からも面白がられないとしたらそれを続けることに何の意味があるのであろうか。

Jリーグを批判するならば自分のこの雑文にもリストラが必要なのでは、とふと思った次第である。

 

1997.10.23.(THU)
<今日の一言>

久しぶりに友人の結婚式の招待状が来ました。もうそんな世代に入ったのだと実感しました。

性格分析

Norikoさんが紹介していた大和総研のHPで性格分析をやってみた。結果は余り見せたくはないが次のように書いてあった。

困難に遭遇したときは他に働きかけ果敢にうってでる外向的な人です。積極性があると いえますが責任を人に転嫁することもあるようです。勝気な性格で他者と競合させると 実力以上の成果をあげることもあり、自己顕示欲の強いところがあります。また気位い が高く自分が評価されていると感じることが最大の満足で、自尊心を満たすことで生き ているようです。よって自分のプライドだけは傷つかぬよう細心の注意を払っています。もう少し周囲にも気を配れるような、キメ細かさも必要かもしれません。  このテスト結果がやや過激に出る傾向があるらしい。がそのほうがかえって面白かったりする。質問は30問で5分もあればできるテストなのでやってみると面白い。この手のテストが好きな人は自分がどんな人かわからない、自分探しをしているような人なのだろうか。星占いにしても性格分析にしても自分で自分の事がわかっていたらやる必要はない。よくわからないから血液型や星座でパターン化して自分を分類することで満足する。納得するのが目的だから単純でわかりやすい方がいいわけである。

金融機関の競争

横並びで景品でしか差別化しなかった銀行が金利で差別かをするようになった。長銀や日債銀、さらには安田信託のベストフレンドなど優遇金利を呈示し顧客囲い込みをしようとしている銀行が出てきた。

しかしよく考えるとこういった銀行は言っては悪いが今まで相対的に悪い格付けにもかかわらず良い銀行と同じ低いレートで預金を集められていた訳である。最近個人顧客までがクレジット選好を始めたことにより仕方なく金利を上げなければ預金が集められなくなったのが実態である。つまり当たり前の世の中になっただけのことなのである。

でも金利を上げれば資金を集められるだけまだましである。クレジットリスクの恐ろしさは一定レベルを越えるとどんなに金利を高くしても資金が集まらないところにある。預金保険機構でさえ100%信用できないのは生保の処理法法を見ていればだれでも思うことである。商売は信用第一なのである。

 

1997.10.22.(WED)
<今日の一言>

最近またネットを始める人が周りに増えてきています。携帯のように爆発的ではありませんが着実に輪は広がっています。

キリンビール

どうもこの会社のCMは鼻について仕方ない。「この国にはラガービールがあります」。だから何だ、と言いたくなる。ちなみに外で飲む時は別として酒屋で自分でビールを買う時キリンを買ったことはここ10年近くない。エビスやハイネケン、最近はスーパーHOPSなどである。この国にはラガービールが無くても私は全然困らない。

天邪鬼なのだろうか。有名人ばかりをCMに使い権威主義的なのが嫌いなのである。某航空会社も同じようなWe are No.1思想を感じてしまう。ただキリンのCMが嫌いだからといってアサヒのスーパードライのCMが好きだと言うほどセンスは悪くないつもりだ。鮮度にこだわっているのはわかるがちょっとクサい。でもあの2番手が何でもありでなんとかシェアアップしようとしている姿は露骨な面白さがある。

酒を飲まなくなったのは最近である。といっても禁酒ではなく飲まない日が増えただけである。飲みたくなくなったと言うほうが正確だろうか。昨日の夜も飲まなかった。

酒を飲まないといいことがある。夜の時間が有効に使えると言うことだ。夕方酒を飲むとその日はもうおしまいである。飲んでいる時間が2時間でも5時間くらい時間を使っている。それだけぜいたくな趣味なのである。

ここですぐ計算を始めるのが元銀行員の悪い癖であるが、1日5時間で1年1800時間である。これは年間労働時間に匹敵する。酒を飲まなければ家の1軒くらい建ったのにとはサラリーマンのつぶやきであるが、金の問題より時間の時間の問題も考える必要がある。

ヘッドハンティング

ヘッドハンティングの会社から電話がかかってきた。私は転職したばかりだと知っていてもかけてくる。前の会社の同僚のことをヒアリングされた。要するに評判を聞きたいらしい。嘘を言っても誰の為にもならないので正直に自分の印象を話しておいた。

話をしているとビッグバンを前に金融機関の求人が多いらしい。そして電話をかけると昔に比べ会ってくれる人が多くなったという。随分環境は変わったものである。

会ってどうするかは本人の自由である。労働市場の流動化は水面下で密かに始まっている。そして自分が知らないところで誰かに評価されていたりするのである。

 

1997.10.21.(TUE)
<今日の一言>

師匠に西麻布で奢っていただきました。それにしてもあの小さな街にたくさんの名店が隠れているのには驚きました。奥の深い街です。

アトムの子

ニコラス・ネゴロポンテの「ビーイング・デジタル」ではないが、インターネットはビットの世界である。一方で本や雑誌はアトムである。同じ文章を書いていてもその価値は違っている。

筒井某がネット上で小説を書き始め購読料(それも数百円)を徴収しようとしたところ申し込んだのは数十人程度だったと聞く。人気小説家であってもネットではこの程度の集客力である。まったく商売としては成り立たない。

グーテンベルグ以降アトムの世界で生きてきた人間としてはアトムでデリバリーされないと価値を認めにくいのだろう。ビットの情報は情報としてアトムと等価値でもアトムとしての形がないと価値を認めにくい。ソフトウェアでもCDーROMに入っていると価値を認めるがオンラインダウンロードなんかだと価値が低いように思ってしまう。ビットを売るためにはアトムのカモフラージュの工夫が必要である。

西麻布

もう昨日のことであるが師匠と西麻布に行った。行きつけの(といっても私は2回しか行ったことない)キッチン5が休みだったので隣の店に入った。入るといきなり炭が真っ赤に燃えている。それを囲むように椅子とテーブルが不揃いに置いてある。意表を突く演出である。

料理も品数は少ないがひねっている。無国籍料理とでも形容できようか。つまみを食べながら軽く飲むのに良い店だと思った。こんな店が潰れないでやっていけるのは麻布界隈にしかない。

続いて軍鶏匠という鳥料理の店。こちらも内装がこぎれいである。鳥には自信を持っているらしく何を食べても美味しい。鍋がおすすめらしいがこれは食べなかった。新しい焼き鳥の名店発見という感じである。ただ値段は少し高め。

最後はお決まりのTo the herbs。今やピザーラがやっていることは誰でも知っている。安いし喫茶店としてお茶だけでもいいというのが良い。

いずれの店も西麻布の交差点からすぐ。あんな小さな街にこれだけの店が集中しているのは驚異的である。

香水

所謂パヒュームですか。これをつけている人は最近多い。これはあの香水だなと分かる人からお願いだから勘弁してと思うひとまで様々である。一般に若者は香りがきつい。

たまに擦れ違いざまとてもいい香りがする人がいる。そんな人に香水の種類を聞くのはやぼなことであろうか。実はどうしても知りたい香りが1つだけある。たまに街でその香りに気が付くことがあるが未だにわからない。

 

1997.10.20.(MON)
<今日の一言>

プレジデント社のO氏の件では何通かメールを頂きありがとうございました。本人に全員連絡させていただきました。

自分の日記が一番面白い

HPを持っている人はナルシストである。ナルシストにも2通りあって自分も認識している自他ともに認めるナルシストと自分では気づいていない勘違いナルシストである。HPオーナーな明らかに前者である。なぜなら本人の口からはっきりナルシスト宣言されるからである。

自分の昔の日記が一番面白いと皆口を揃えて言う。確かに自分の昔の日記を読んでいるとこんなこと考えていたのか、と懐かしくなったりすることが多い。

ナルシストが集まる会の秘訣はお互いの批評をしないことである。自分が一番と思っている人たちがお互いの批評を始めると最終的にはもめ事に発展する。その点金曜日のパーティーはわきまえた人が多く気持ち良く楽しむことができた。大人のナルシスト達である。

痒いところ

誰かがエッセイに書いていたが、美容院で髪を洗って貰うとき「どこか痒いところはございませんか」と聞かれて具体的に指摘できる人がいるのだろうか。実は私自身そんな経験があったがどこが痒いなんて言ったことは一度もなかった。

右のつむじの少し下、とか言われても洗っている人も困ってしまうだろう。ホテルでベルボーイが御用がありましたら何なりとお申しつけ下さいと言ったからといって本当になんなりと申しつける客はいないだろう。それと同じで痒いところ云々というのは単なる枕詞で意味はないものなのだろうか。美容師のマニュアルに書いてあるから残っている慣習なのだろうか。

今度行ったら美容師に聞いて見ようと思っている。「ここが痒いと言われたことありますか?」

 

1997.10.19.(SUN)
<今日の一言>

金曜日の会に出席されたある方との会話「一日どのくらいパソコンに向かわれるのですか?」「起きるとメールチェックして会社でもスクリーン見てますし、電車でも飲みながらもモバイルですからまあ起きているときすべてですね」「・・・・・・」

CFA

日記でお願いばかりしているが、もう一つ書いてみることにする。CFAの試験を受けようかどうしようか悩んでいる。CFAとはアメリカの証券アナリストのことである。

この試験を受けるかどうかの判断材料は2つある。内容自体が役に立つのかということと資格の価値がどの程度あるかの2点である。

日本の証券アナリスト(CMA)の試験は現在では随分改良されているとは思うが私が受験した当時はひどかった。わずか5年ほど前であるが、一夜漬けで適当に勉強すれば運用の仕事をしている人なら簡単に合格できた。そして資格としての価値は???である。

CFAは日本人で持っていることに価値があるのかもしれない。またまともな試験問題が出題されるとすれば勉強をするだけでも十分役に立つ。

最近経済学やファイナンスの基礎をもう一度おさらいしなければいけないという気持ちがありどうせやるなら目標をもってやるのもいいかもしれない。そんな訳で漫然と挑戦してみようかと思っている次第である。

CFA保有者、CFA受験予定者の方情報を頂けないでしょうか。そんなの無駄、とか無理だから最初からやめとけ、とか何でも結構です。よろしくお願いいたします。

 

1997.10.18.(SAT)
<今日の一言>

HP1周年パーティーにお越し頂いた方ありがとうございました。

無糖コーヒー

コーヒーには砂糖を入れないで飲む。というより砂糖の入ったコーヒーは口の中がネバネバして気持ちが悪くて飲めない。ホットコーヒーでもアイスコーヒーでも同じである。

缶コーヒーにも最近無糖缶が少しずつ出てきた。ちょっと前まではポッカしかなかったがUCCやネスレも出している。ところがこれは余り売れていないらしい。

缶コーヒーというのは家では飲まない。半分近くは自動販売機で売られている。要するにあれは普通のコーヒーとは異なったカテゴリーの商品なのである。どちらかといえばオロナミンCのような気分転換に飲むものなのだろう。だから糖分とカフェインで疲労回復をしてくれるような甘い缶コーヒーが売れる。

最近ドトールコーヒーの紙パック入りのアイスコーヒーを買って家で飲んでいる。紙パックのアイスコーヒーはスーパーマーケットなどにたくさん置かれているが、これも無糖は見たことがない。無糖の場合ドトールのようにきちんとした味でないと甘みで誤魔化せないから売れないのだろう。

お店

金曜日の帰りの電車も空いていた。お盆の頃のようである。外食に行っても、普段行列ができている焼鳥屋にあっさりと入ることが出来た。景気が悪いからか景気が悪いとマスコミが騒いでいるアナウンスメント効果か。いずれにしても利用者からすれば空いているのは有り難いことである。

その一方でパークハイアットのNYグリルなど未だに予約がなかなか取れない。オペラシティのイタメシ屋も同じだと聞いたことがある。グルメ雑誌の影響で特定の店に客が集中するようになっているのだろう。

せっかく見つけたお気に入りの店もマスコミで取り上げられ客が押し寄せ入れなくなる。あるいは店舗を拡大し昔の雰囲気が無くなってしまい足が遠のく。これが一般的パターンだが店が発展しても昔の客と新しい客を同時に満足させている器用な店もある。

これはアーティストと同じである。昔からのファンを大切にし満足させながら、マンネリにならないで新しいイメージを拡大していかなければいけない。ユーミンは荒井由美ファンを満足させながら新しいイメージを作り一時成功したが、新しいファンに飽きられまちぶせを歌いながら昔のファンのところへ戻っていった。

今をときめく拡大路線のクイーンアリス、ひらまつといったレストランはこれからどういう道を辿るのだろうか。

 

1997.10.17.(FRI)
<今日の一言>

風邪の話ばかりですいません。随分回復しました。今日はHP開設1周年パーティーです。

HP開設1周年パーティー

7時から銀座スプラッシュで12名で飲み会となった。仕事を終えて慌ただしく駆けつけるとすでに私以外の全員が勢揃い。その内ワゴンさんNorikoさんしか面識がなかったが、たまにHPにはお邪魔していたボブべっくさんはじめ金融、マスコミ、そして現役の大学生まで男11人紅1点の構成。始めてお会いした方が9名の割になぜか違和感がない。均一な集団だからだろうか。

話題は予想通りパソコン、金融、になった。株式をやっている方は個別企業の裏話で盛り上がる。そしてラーメンに話題が変わる。北海道の人はラーメンを余り食べないとか、喜多方の人は朝からラーメンを食べているとか。どこのラーメンということになるとやはり一家言持っている人ばかり。まああっと言う間に3時間経ったがとにかく皆良く喋る。HPを作っている人はおしゃべりという仮説は検証された。

料理を食べながら楽しめるカラオケボックスだったのだが1曲も歌わなかった。こんなの始めてだといったら最近は結構普通らしい。今やカラオケボックスはおしゃべりボックスに変わりつつある。通信にお金を掛ける人が増えているというが、世の中が都会化すればするほど空虚さを埋めるコミュニケイションに対する需要が増加するのは当たり前であろう。

HPオーナーの方とお会いすると次の日の日記が楽しみである。どこを見ても同じような事が書いてあったりすると面白い。こんかいはどんなことが書いてあるのであろうか。

医者

咳がどうにも抜けない。大滝絵画教室も休んでしまい今月の展覧会は結局出品できなくなった。先生に病院に行くように言われ近くの東山病院に行った。

病院と言うと薬臭い待合室で何時間も待たされ診察は3分で要らない薬をどっさり渡されるというイメージがある。健康保険の自己負担が20%になったせいか病院は比較的空いていた。そして10分ほどで診察を受けられた。病院も需要の減少の中競争が激しくなっているのだろうか。

診察に5日分の薬を処方してもらい1330円であった。風邪薬を買っても2千円位はするわけだからまだ病院の方が割安である。健康保険料は国民皆保険でどっちにしろ保険料を払うのが義務だから関係無い。風邪のような一般的な症状なら健康保険は2割負担ではなく3割負担位にしてもいい。病院も本当に必要な人を迅速に診察でき、薬局と病院の役割分担がはっきりする。



 

1997.10.16.(THU)

プレジデント社のO氏

プレジデント社のO氏から突然メールを貰った。来週からロンドン・NYに自己啓発の旅に出ると言う。

彼は月刊プレジデントの編集者であり、また多くの刺激的なゲストを招き定期的に行われる勉強会の代表世話人でもある。編集者としての人的ネットワークの広さには驚愕させられる。

またその風貌から想像もつかない鋭い議論の進め方とたまに送られてくるメールの筆力には一目置いている。そんな彼は海外は苦手だというのも不思議である。

滞在期間は年初までと短期であるが多くのものを学んで来られる事であろう。ちなみにロンドン・NYにお住まいの方、O氏をご紹介できないでしょうか。優しく楽しくそして教養溢れる話好きな人物との出会いはきっと刺激的な時間となることでしょう。

危険

弁護士が危険な商売になった。銀行員も証券マンも危険な仕事になった。何ともやりきれない世の中である。

真面目に仕事をして社会に貢献している人が危険に晒されるのに何の対策も講じなければ真面目にやる人はいなくなる。怨みで人を傷付ける場合防ぎようが無いが、経済的理由で犯罪を犯す人には経済的に割が合わないことを知らせる必要がある。

私は死刑制度に賛成しない。人間誰しも間違いを犯す。裁判官も人間である。死刑にした人はもう戻ってこない。この過ちは死刑制度が存在する限り必ず起こる。しかし例えば人を殺して10年で刑務所から出られるとしたら、10年の受刑とその犯罪に対する報酬を比較し経済的に有利だと思えば犯罪を犯す人が出る可能性がある。1億円くれたら人を殺すという人が存在すると言う事実である。

刑を重くすれば犯罪が激減するとは思わないが、殺人は一律無期懲役、減刑恩赦一切なしにしてもらいたい。こんな素人考え、法曹関係者の方の専門的な反論をお待ちいたしております。

減税

自民党が減税案を出すとか出さないとかでもめている。私は減税賛成派だが、シラー教授に「特段の経済対策が必要なものではない」と言われると論破出来る自信はない。

問題は減税か否かではなくその内容である。例によって住宅減税だの一部の弱者に配慮した内容はもう止めてここはスパっと所得税の累進率の緩和を先行して行って欲しい。そして将来的には使った人にその金額に応じて支払ってもらう消費税の引き上げを行って欲しい。

橋本内閣は倒閣寸前だという。今更自民党や有権者のご機嫌を取っても仕方ない。ここは後世に名を残すことを第一に考え、開き直った抜本的改革を期待したいものである。

 

1997.10.15.(WED)
<今日の一言>

風邪ばかりひいているので困っています。自己負担額も上がった事だし医者に行ってみようかと思っています。

風邪

風邪をこじらせている。鼻かぜが終わったらこんどは咳風邪、さらに熱風邪と散々である。特に不摂生をしているわけでもないし、風邪の感染力が強まったのか、私の抵抗力が落ちたのかどちらかであろう。

自分だけの予定なら勝手に変えて休むことができるが、相手との約束のある仕事の場合そうはいかない。少し無理をしても出かけることになる。

こんな状況でもこの日記を書いている自分にはあきれる。好きでやっているのだから構わないとは思うが。

しかしこんなに立て続けに風邪を引くのは何か理由があるはずだ。一つの仮説はイギリス人との会う機会が増え、彼らがロンドンから運んできた新しい菌に私が免疫がなくてうつされてしまうからではないか。アメリカに留学していたときも最初の年の冬にひどい風邪をひいた。ということは免疫を作るまで我慢しなければならないのであろうか。

 

1997.10.14.(TUE)
<今日の一言>

また違った風邪をひいてしまいました。こんどは喉にくる咳風邪です。

ダイエット

ダイエットと言いながら節食と暴食を繰り返している。拒食症のようである。私の場合ネックは酒とラーメンである。

酒は最近余り飲みたくなくなってきた。日曜日も禁酒しここ2、3週間で4日も飲まない日があった。今年に入ってからずっと飲んでいたことを思えば自分にとってはかなりのペースダウンである。

一方ラーメン好きは直らない。週に2回は食べている。しかも家の近くの江川亭というのが超ギトギト系であるがこれがたまに無性に食べたくなる。食べた後は必ず後悔する所謂まずうま味である。会社の近くのガレージラーメンもとんこつで脂っこい。

家には体重計が無いので正確には分からないが今のところ秋物の去年のスーツを着られるところを見ればあまり変わっていないというところだろうか。

ごっつうええ感じ

ダウンタウンがナイターの突然のナイターの中継で番組が中止されたことに怒り番組を終わらせることを決めたようだ 確かにナイター中継には困ったものである。どこで切るかの判断は難しいのは良く分かるが中途半端に中継が終了するのは困ったものである。少なくとも終わる時間くらい最初から決めるか、中断しないで最後までやるかのどっちかにして欲しい。

ナイター中継はともかくリスクを取ったダウンタウンに拍手を送りたい。最悪すべての番組がなくなるリスクを取ってまで筋を通そうとしているのは正しいか間違っているかを別にしてもあっぱれである。まあ人気があったからできたんだとか傲慢といったバッシングが待っていると思うが負けずに筋を最後まで通して欲しい。

ちなみに私はダウンタウンよりナイナイの方が面白いと思っている。

S信託銀行OB会

平成入社でシリコンバレーに本社のあるインフォメーションテクノロジーの会社に勤めている方からメールを頂いた。今年S信託銀行を辞めて転職したという。

私の知る限り私より後から大学を卒業し私より前に会社を辞めた人は5人と面識がある。総じて転職後の生活には満足しているようである。まあ辞めた手前泣き言を言っていられないというのもあるだろうが。しかし外資系に行くもの、自分で会社を興すもの、実家の後継ぎと退職後の道のりは様々である。

落ち着いたらOB会でも企画して酒でも飲んでみたいと思っている。何か大きなものが見えるような気がする。

すべて外圧

日本の国債が1%台の長期金利を続けている。株は一万七千円割れまで行き年初来安値を更新した。金融政策が効かないときに財政緊縮をしているのだから明らかなポリシーミックスの失敗だ、などと聞いてきたようなことを言うつもりはない。

少し専門的な話になるが国債先物には受渡し適格銘柄というのがある。現在の先物の取引の中心商品は170回台の後半の現物日本国債が受渡し対象として適している。先物を売り建てしている人は最終的には買い戻すか適格銘柄を手に入れて買手に渡さなければならない。

ところが日本の国債は毎月入札をしているため発行金額が全般に小さく、しかも発行金額にばらつき大きい。それに気がついた外資系証券会社が少ない受渡し適格の現物債券を買い占めはじめた。これがスクイーズである。売建てしている人は現物が手に入らない恐怖から買い戻しを始める。すると債券価格は上昇し金利は更に下がっていく。

このスクイーズが始まってから当局は実際にやっていると思われる証券会社にヒアリングをかけたと言う。問題はそんなあこぎなことをする証券会社ではなく、そんな変な発行方式を取っている大蔵にある。自分の失敗を責任転嫁してはいけない。

いずれこうした非効率なマーケットは改められていくのであろうが、悲しいのはこうやって外圧でしか自己変革できないという情けなさである。こんなこと頭の良い役人はとっくに分かっているのだと思うが、問題になるまで機敏に対応しないトロさは官僚システムの限界を示している。

 

1997.10.13.(MON)
<今日の一言>

家の前の道で偶然前の会社の元同僚と出くわしました。彼は私の後輩でしたが、子供を連れて公園で遊ばせた帰りとか。DINKSでフラフラしている自分と別世界の人に見えました。

文筆業

Norikoさんがコラムの心得について書かれているのを読んでなるほどね、って思った。やっぱさー文章ってねちっこく書くんじゃなくてさらりと余韻を残せるようじゃ無くちゃね。自分の文章読んでると何か理屈っぽーいって感じで、限界感じちゃったりするわけ。

だからすっきりした口語体のNorikoさんの真似して書いてみたけど、これってNorikoさんの文章っていうより出来損ないの女子高生の文章みたいでイマイチ。上手く書けなくてすげーくやしー。もうー。(;;)夏目漱石の文章書き写して文章勉強してた人が昔いたけど、それって本当に勉強になるのかしらん。

谷繁よ、お前もか

横浜の谷繁がフリーエージェント宣言で巨人に行きたいと言っているらしい。金にものを言わせる大新聞社系球団は去年の二の舞を懲りずにやろうとしている。本人の希望がセントラルの在京で古田がいるヤクルト以外といえばここしかないので仕方ないのかもしれない。

それにしてもこの一連の選手買いあさりは、バブル時代の成金が香港のエルメスでスカーフを「ここからここまで」と買いあさっていたのを見るのと同じような嫌悪感を感じる。

もし実現したら後は谷繁に清原になってもらうことを祈るばかりである。

我慢

我慢する人が減ってきたように思う。辛抱してとか石の上にも3年などという言葉も余り聞かなくなった。一国の首相が国民世論の反対だけで我慢もせずに長官を更迭したり、民営化すると決めたものをあっさり諦めようとしつつあるのを見ていると、いわんや一般人をや、である。

かくいう私も我慢するというのが大嫌いである。しかし目先の我慢を嫌がる余り、更にその先にある可能性を逃すということが有り得ないであろうか。いつも疑問に思っている。

今までは例えば、苦しい受験勉強さえ我慢すれば、将来はエリート官僚で偉くなって老後も天下りで安心、とか住宅ローンを少し無理して払っておけば不動産の価格も上がるしインフレで給料も上がって最後には楽になる。こんなアリとキリギリスのような話が現実にたくさんあった。しかし変化の激しい時代にはアリが必ずしもいいとは思えなくなってきたのではないだろうか。

今を我慢して将来の期待に賭けるためには将来の明るいビジョンとその実現可能性が高いことが前提となる。我慢しない人が増えたのは我が儘な豊かな世代になったということもあるが、将来に今我慢することによるより大きなビジョンなりメリットがあるという人が減ったことも要因ではないか。

今我慢しても将来そこそこしか違いがなければ今を楽しむ、という考え方は「バカ者」ではなく「賢い若者」の思考法である。

 

1997.10.12.(SUN)
<今日の一言>

紛失したと思っていたお気に入りのスーツがひょんな事から発見されました。物忘れする歳ではないと思うのですが困ったものです。

赤字国債

日本の財政赤字の対GDP比は先進国で最低水準である。そして世界的な財政赤字削減の動きの中で日本が景気低迷しているからといって赤字国債など発行でもしようものなら最悪の財政状態となると聞いた。本当だろうか。

財政赤字の対GDP比は単純に国際比較しても意味が無い。その国の景気の局面により一概に比較できないからである。つまり赤字の構造要因と循環要因に分ける事が必要なのである。

OECDの資料によれば潜在的GDPに比べた財政赤字で比べて日本は特に悪いわけではない。景気回復すればGDPが潜在レベルまで戻り税収が伸び財政赤字の対GDP比は改善する。要するに不景気から脱出してから財政赤字を考えるべきなのだ。

公共投資の問題は効率的に資金が使われていないという点にある。公共投資の再拡大による景気刺激は効果に疑問が残るが、減税による効果は景気回復を通じGDPを潜在レベルまで引き上げるという循環要因の問題解決となり、税収増加をもたらす。

財政再建の呪縛を受ける橋本内閣であるが、今、短期の支出を出し惜しみしては中期の収入を失うというメカニズムをきちんと説明すれば決して国民は公約違反とは言わないだろう。問題は支出するかしないかではない。支出してちゃんと使うということである。今は赤字国債を出して景気刺激すべしという新進党の意見の方が説得力がある。

原宿

ふらりと原宿から渋谷まで出かけてきた。最近いつもスーツを買うビームスに行くと狭い店内はカップルやら友達連れやらで大混雑である。個人消費の低迷とはどこに行ったのだろうかと思うほどの熱気である。

原宿から渋谷に向かう明治通りには新しいブティックがたくさん出来ていた。そして人通りも昔とは比べものにならない。店が人の流れをすっかり変えてしまった。

ところが渋谷の丸井やイン・ザ・ルームはガラガラだった。売れ筋を逃すと客がまったく入らない。一方で周りの小さな若者向けの店は繁盛している。新宿のバーニーズもそこそこ客は入っている。しかし混んでいるのはネクタイなどの小物売場ばかりでスーツ売場は客と店員がマンツーマンになっていた。

このような動きは個人消費の低迷といった循環要因ではなく構造要因である。景気が回復しても気に入らないものはどんなに安くてももう売れない。気に入ったものでもリーズナブルな価格でなければ買わない。ミクロ経済学の需要曲線は価格に対して非線形なのである。

 

1997.10.11.(SAT)
<今日の一言>

一日のんびりと過ごしたいと思っています。

枯れた人

枯れていると最近よく人に言われるようになった。昔はギラッた人と言われたこともあるのに変われば変わるものである。確かに昔の自分の写真を見たりするとバブルの時代だったせいもあるのかもしれないが今と目付きが違う。

といっても別に全てにやる気を無くし年寄りのように引退して余生を過ごしたいと思っている訳ではない。むしろ昔より自分のやりたい事がはっきりしてきたように思っている。何が変ったかといえば物事にこだわらなくなったということだろうか。自分がどうしてもやりたい事は主張するが、結果的にそれが受け入れられなくてもこだわらない。事実を事実として受け入れる潔さのようなものが出てきたように感じる。

欲望が薄れたのだろうか。物質的にどうしても欲しいものもないし、ライフスタイルにも不満は無い。現状を淡々と生きている自分のカジュアルさに気持ちが良いと思っている。

これが極端に走ると世を捨てた菜食主義者のようになってしまうが、今のところそこまで行く気配はない。「サライ」や「アミューズ」を読みはじめたりしたら要注意である。

焼肉屋「さん」

枯れた奴が何で行くのかと矛盾を指摘されそうであるが、我が家では週に1回は焼肉屋(さん)に行くのが習慣になりつつある。家の近くに高麗亭という炭火焼肉の店があり愛用している。

食べるものも殆どきまっている。ビールとカルビ・ハラミ・レバ刺し・豆腐チゲ・石焼きビビンバ・オイキムチである。2人で焼肉を2人前しか頼まないのでいつも怪訝な顔をされる。

最近チゲ鍋というのにはまっている。シジミのダシに豆腐が入り、唐辛子で真っ赤なスープをご飯と一緒に食べる。韓国風味噌汁ぶっ掛けご飯のようで止められない。

レトルトの豆腐チゲというのが発売されたようでCMをやっているがどこにも売っていない。これが手に入ったら焼肉屋さんには行かず家で作ってみようと思っている。

小泉純一郎

行政改革の目玉と言われる郵政3事業の見直しが後退しているようだ。佐藤孝行事件以来世論を慮るのが良いことだと思いはじめた人がよれているらしい。しかし世論を説得していくのも政治家の仕事という小泉純一郎氏の意見の方が私には説得力を感じさせる。

今回の行政改革は端的に言えば既得権益を持つものと持たざるものの闘いである。既得権益を持つ者は弱者切り捨て反対を建前に必死で抵抗をしている。既得権益を強攻策で守れないとわかると今度は泣き落としである。

郵政事業民営化は過疎地の人を切り捨てることになるというが、今や田舎の人の方が都会に住む人より豊かである。広い家に住み、新鮮な野菜や魚を安い料金で手に入れ、自然を堪能している。都会人は長時間通勤ラッシュに揉まれ、狭くて家賃の高い家に住み、休日出かければどこも渋滞と人の波である。

都会が嫌なら田舎に行けばいいではないか、と言われそうだ。そう思っていても田舎では自分にできる仕事が無いから仕方なく東京に居るわけである。今や都会人の方が虐げられているのである。都会人の稼ぎは地方に分配され地方には誰も通らない立派な高速道路や使い道の無い多目的ホールやら、地域センターやらがどんどん建設されている。都心の人がお金を払ってスポーツクラブに行くのに地方では公営だから低料金である。

世論調査によれば郵政事業の民営化は反対が多いと言う。郵便局は確かにサービスは悪くない。郵便貯金の金利も民間金融機関より有利だったりする。しかしそのコストは最終的に財投のコストとなり自分達にツケとして戻ってくる。そのことを知っている人は少ない。

美濃部都政の時、高齢者に無料パスを乱発していた。最終的には自分の住んでいる自治体の財政を圧迫するとわかっていてももらえるものはもらうというのが人間の心理である。それと同様のことが郵政事業でも行われているのである。しかもさらに巧妙に隠されて。

銀行にも責任はある。安心して預金できる銀行が無いから郵便局しか信用できないという人は多い。金融機関はどこも本当の事を言わないから、どんなに研究しても本当の経営状態が分らない。そんなところを信用しろといっても無理な話である。今の日本ではお上が一番信用できると思うのは当然である。

郵便事業を民営化すると郵便料金が全国均一でなくなるから困ると言っている人がいた。全国均一の方が不自然なのであってコストに応じた料金負担をするのが筋である。郵便だって民営化すれば年賀状は20円位にはなるだろうし、新しいサービスが期待できる。低料金で多様なサービスが期待できることはクロネコやTTnetで何が起こっているかを見れば明白である。何をしてはいけないかを考えている役所よりどんなことができるかを考える民間企業の方が郵政省の現在の役割を担うのに向いている。

小泉純一郎は郵政票がなくても当選できるから強気なのだと皮肉る人もいる。しかし有権者の票を失うという事は政治家にとってはたとえ小さくてもリスクである。彼はそのリスクを取って自分の主義主張を通している。郵政3事業の見直しを橋本内閣が成し遂げられなければ厚生大臣を辞めると言った。正論を吐ける数少ない政治家である小泉氏には最後まで正論を吐き続けてもらいたい。

 

1997.10.10.(FRI)
<今日の一言>

夜更かししたせいで日記の更新が遅くなりました。

不適切な発言

テレビでよく不適切な発言がありましたのでお詫びします、とのコメントが出される。明らかにまずい場合もあるが、何が不適切なのかわからない場合も多い。

テレビで「ちんどん屋」といった元連合の会長の発言が「お詫び」されていたが、この言葉は差別用語なのだろうか。「〜屋」というのは蔑視だという論理で八百屋、魚屋も青果店、鮮魚店と言い換えなければいけないのか。かわいい魚屋さんはテレビで歌ってはいけないのだろうか。「〜さん」を付ければ良いという話もあるが。証券会社を株屋と呼んでいる証券不祥事報道番組があったがこれも株屋さんといえばいいのか。

この問題のややこしいのは人が何を不適切な表現と感じるかは個人差があるという曖昧さである。インタビューで「おばあちゃん」と話し掛けられると嫌だという人が結構いるという。親しみを込めて言ったつもりが相手は心証を害している。子供のいない夫婦にお子さんまだですか、と聞くのは親しみを持っているのは良くわかるがやはり差別の一つである。人によって何を差別というかは異なる。だからといって何でも規制すれば単なる言葉遊びになってしまう。言葉を言い換えるだけでは本質的な問題の先送りをしているだけである。

奇麗事かもしないが最後は発言者の人格に行き着くといったら余計曖昧な基準だろうか。毒蝮三太夫が年配者に「ババア」と呼びかけても番組が続いているのは裏にある心情を解しているからだと思うのだが。同じ「ババア」でも電車の中で女子高生に言われたら腹が立つだろう。

本気で人を愛せない人

秋になると感傷的になるのが精神的に脆い私の悪い癖である。寒い日に鍋が食べたくなるように秋になると人肌が恋しくなる。といってもHな意味ではなく、心のふれあいとでも言おうか。人間は(家族がいても)結局1人だという孤独を意識すればするほど何かを捜し求めたくなる。

若者と酒を飲んだ時、傷付くのを恐れている彼らは本気で人を愛したことは無いのであろう、などと勝手な事を考えていた。人を愛するというのは相手の長所短所をすべて受け入れられるという覚悟である。楽しいだけではない。ある時には苦痛を伴う喜怒哀楽すべてを含んだ行為なのである。

かく言う私も若者に説教するほどの人生経験を持ち合わせているわけではない。本気で人を愛することに自信も無いし、将来自分が進むべき道についても明確な絵を描いているわけでない。

選択の幅は豊かさを示すバロメーターだというのが持論だが、豊かさ故に精神的に貧困になることがある。そんなことを最近考える事が多くなった。時代がそう思わせるのか、それともこの位の年齢になると誰しも考えるはしかのようなものなのか。

 

1997.10.9.(THU)
<今日の一言>

会社でインターネットが見られるようになりました。といっても自分のメールアドレスがあるわけではなくブラウズ専門です。

2000年問題

西暦2000年のコンピュータプログラミングの問題はたいしたこと無いと高をくくっていたが、実は今後大変なことになりそうだ。特にメインフレームパソコンでは深刻な問題になるらしい。日本ではまだ騒いでいる程度で具体的な対策はこれからという事になるのだろう。

イギリスから来た人と話していたら今イギリスではかつて作ったメインフレームシステムのプログラムのチェックを行っているという。インフォメーションテクノロジー担当の社員が全社員の10%近くになる会社もあるという。彼らはインドにプログラムを電子メールで送り、現地の安いコンピュータソフト専門家を使ってチェックを繰り返している。

同様のことが今後日本で起こるとすればまずシステム担当者の人材不足が予想される。そして最後は徹夜の突貫工事が始まり何とか2000年に間に合わせるということになるのだろうか。

しきい値

ある一点を越えると急に変化する転換点のことをしきい値という。飛行機の翼にある程度までは力をかけても弾力性があるので戻るが、一定の力を超えるとポッキリ折れてしまうという。

昨日の夜、急に冷え込んだ時、季節の転換点だと思った。暑いと感じていた季節が寒い冬へと変った。突然感じることは他にもある。実家に帰って両親が急に老けたと思うこと。気に入っていたネクタイが急にイマイチだと思い始めること。

これらは急に変ったわけではなく毎日少しづつ続いた変化にある日気がついたためである。青春はいつ終わったと分かるかは終わってしばらくしてからである。

 

1997.10.8.(WED)
<今日の一言>

今年の風邪はしつこいようでなかなか抜けません。皆様もご注意を。

消化試合

プロ野球はペナントレースは優勝が決まり残りの消化試合となっている。こういう時期になるとタイトル獲得の為のせこい行為が横行する。首位打者を取りたいがために規定打席数に達したら試合に出さない。必要も無いのにピッチャーを交代させてセーブを稼がせる。意味のない盗塁。エンターテイメントとしてのプロ意識はまったくない。

ペナントレースの目的はその名の通り優勝を目指しての一年間のゲームである。優勝が決まった今ゲームを続けることには本質的な意味はない。入場料収入が目当てならもっとファンを楽しませる方法は考えられる。優勝が決まった日以降試合はすべて中止し、ファン感謝デーでもやった方がきっと盛り上がる。

そんな消化試合でも巨人戦などテレビで放映するということは興味のある人がいるということなのだろうか。松井がホームラン王をとるか毎日騒ぐなら今期の野村監督の采配についてでもきちんと解説してくれるほうがありがたい。

優勝するかどうかより松井がホームラン打つかどうかのほうが話題になる。大矢が辞めるより長嶋が残留するほうが話題になる。巨人偏重主義と本来の野球の面白さより会社社会の縮図をプロ野球に見出すようなつまらない楽しみ方は歪んでいる。個人人気に留まっている限りいつか相撲の道を歩む危険がある。

社章

社章を付けている人は随分減ったがまだ電車の中で結構見掛ける。なぜつけるのだろうか。社内セキュリティの為かもしれない。身分確認にもなる。

時々社章を裏返しにスーツに付けている人を見掛ける。隠すようなものなら最初から付けない方がいいと思うのだが。裏返しにつけている人を見ると小学校のとき弁当を蓋で隠しながら食べていたクラスメイトを思い出す。人は自分が思っているほど自分のことなど注目していないのである。堂々とつけて欲しい。

寝る人

日本人はすぐ寝る。電車でも会社でも路上でもスーツを着た人が寝転がっていたりする。最近はOLと思しき人でも同じである。朝の電車の座席に座っている人を見れば半分以上は寝ている。その光景は不気味である。

なぜすぐ寝てしまうのか。一つの仮説は日本が安全な社会だからというものである。治安が良くて寝ていても殺されることはない。だから電車でも安心して寝られるのであるという説である。

しかし会議でも寝るのはなぜだろう。その理由も安全という言葉で説明できるかもしれない。終身雇用で雇用の安全が確保されているから安心して会議だろうが、仕事の最中であろうが勝手に寝る事が許されるのであろう。

治安が悪化し企業の年功序列が崩れればそんなどこでも寝る人は減るのだろうか。

 

1997.10.7.(TUE)
<今日の一言>

今日も禁酒しました。これが普通の人の生活なのかもしれません。

シャネルにキティ

渋谷駅の片隅にキティショップがある。サンリオのキャラクターグッズを売っている店らしい。OLやら女子高生やらで大変な人気である。電車の中でも携帯のカバーがピンクのキティだったりしてちょっとしたブームである事がわかる。

一方高校生でも今やシャネル、グッチは当たり前という時代らしい。若い頃からブランド品に身を固める豊かな世代の人達は将来どうなるのだろう。

別に若いうちから贅沢しすぎなどと文句を言おうと思っているのではない。心配なのはそのファッションセンスである。キャラクターグッズにブランド品を合わせるそのセンスの無さが将来どんなセンスになるかと思うと恐ろしい。

昔ニュートラというファッションがあった。オレンジのスカートに緑のブラウスとかとにかくすごい色のセンスだった。このセンスの悪さは一説には高校生の制服にあったという。制服で色彩のセンスを学ぶ機会を逸した高校生が私服に何を着るか悩んだ末あんな色になってしまったというのだ。

言ってみれば東京の町並みと同じである。雑多なものを組み合わせるカオスファッションといえば聞こえは良いが、私には品の悪いものにしか映らない。

天気

これを言うと世田谷の人には嫌がられるが、調布のケーブルテレビの天気予報を見ていると調布と世田谷の天気はいつもほぼ同じである。隣接しているのだから当たり前なのだが。

家を出る時には降っていないのに会社に行くと雨ということがたまにある。同じ東京でも天気が違うことがよくわかる。遠距離通勤の人だと家の付近で大雨だと思って長靴を履いていったら会社で晴れていたなんてこともあるだろう。雨の日に外泊し朝帰り傘をもって電車に乗る。カップルだと恥ずかしい。

天気によって人間の感情なんて左右される。朝晴れた空を見るだけでその日は良い日に思ってしまう。

 

1997.10.6.(MON)
<今日の一言>

ライオンズ優勝で調布の西友・パルコには松崎しげるの声がこだましています。

注意する人

調布駅前は条例により自転車の路上放置が禁止されている。ちょっと離れたところに公営の自転車置き場があってそこに止めるよう指導している。朝会社に行く時線路沿いを歩いているといつも作業服を着た老人が放置自転車にシールを貼っている。この地域は駐輪禁止ですので移動させて下さいというお願いのステッカーである。朝7時前からご苦労様である。

しかしよく考えればその人はボランティアでやっているわけではない。シールだって只ではない。コストが掛かっている。こんな費用対効果で意味のないと思われる事を税金でやっていて良いのであろうか。

日本のこの手のやり方は前にも書いたが村の掟を前提としている。ムラの掟を破らないように皆でお互いに監視しあうシステムである。仲間はずれにされたくないから皆きまりを守る。罰則が無くてもである。

交通安全の標語や電車内での携帯電話使用ご遠慮下さいのアナウンス。どれも善人を前提にした能天気な行動である。誰も安全標語を見て慎重に運転などとは思わないし、携帯を使う人はアナウンスなどお構い無しである。

もうそんな人の善意に期待するような無駄な期待は止めるべきである。電車は携帯が使えないような構造にする、放置自転車は即刻撤去、交通安全の標語など廃止してその分取り締まりを強化する。

世の中いい人もたくさんいるがいい人を前提にした社会にのさばるのは悪い奴等である。そして悪貨は良貨を駆逐する。

ダイオキシン

ダイオキシン汚染が深刻な問題になっている。日本の取り組みは先進国の中でも遅れているらしい。半年位前に杉並病という焼却炉の近くの住民に健康障害が発生する騒ぎがあったがこれはダイオキシン問題だったわけだ。

報道されている行政の対応を見ていると官僚の足して2で割る主義の限界がまた露呈されたことを感じる。何か意思決定する場合いくつかの選択肢を足して間をとるような方法を行う。すると平常時には大きな問題にはならない。利害関係者全員のメンツも立ち納得しやすい。

しかし生命にかかわるような事態ではこのような対応できない。人命尊重が100%優先されなければならないからである。業界団体の立場と環境保護の立場の間を取るような意思決定をするからこういう事態が引き起こされる。

足して2で割るのは誰でもできる。官僚が優秀だといわれるためにはそれを越えた意思決定ができなければならない。優秀な官僚とはそういう判断力を持っていることを指すのではなく、単に言い訳と責任逃れにたけているという意味である。

サッカー

監督が突然解任された。何ともリスクの高い商売でお気の毒である。勝ってなんぼの世界であれば解任もやむなしという論調もわからないではない。

サッカーファンには大変申し訳ないがあえて言わせて貰えば、采配も悪いが選手の能力も無かったということではないか。Jリーグの世界における位置はその程度のものである。加茂監督にも問題はあったのかもしれない。しかし日本サッカーの選手層の薄さを認めたくないばかりに監督をスケープゴートにしてはいけない。

 

1997.10.5.(SUN)
<今日の一言>

雨が降り続いています。外にでる気もせず一日家で静かに過ごすことになりそうです。

第一勧業朝日投信投資顧問株式会社(2)

第一勧業朝日投信投資顧問株式会社に勤務している方からメールを頂いた。

毎日日記を楽しく読ませていただいています。10月2日の日記に当社のことが書かれていましたので、とりあえずメールを送りたくなってしまいました。
おっしゃるとおり、我々社員もこの名称には泣かされています。最初なので電話では「第一勧業朝日投信投資顧問です」としっかり言っています。
<中略>
当社と同日に誕生した、野村アセットマネジメント投信も野村投資顧問の英語名が野村アセットマネイジメントであったので、野村投信信託の名前を残すために「投信」を下に付けたとか。
合併したことを金融業界や法人の方に認知させるためには、逆にこうした単純プラスの名称がよいのかもしれない。投資顧問の顧客は企業法人であり、投信は個人ではなく、販売会社である証券会社である。つくづく個人に眼が向いていない。個人に直接眼が向くようになれば、名称も変わっていくに違いない。
生保や損保は「みらい」とか「あんしん」とか親しみやすい名前を付ける。都銀もやはりリテールバンクなのでいつまでも太陽神戸三井銀行などとは言っていられなかった。投信会社の顧客は個人ではなく販売してもらう証券会社であることがこのようなややこしい社名を残してしまう理由なのであろうか。

投信投資顧問業界も本当に個人投資家を向いた商売を始めればきっとまずは名前から変えていくに違いない。

Bundle

辞書を引くと「束ねる」と訳してある。20世紀の進歩はこのBundleをときほぐすことで達成されたことが多い。アンバンドルは効率化に結びつくからである。

例えばデリバティブと言われるものはBundleされた金融資産を部品に分解した商品だと理解すればいい。デリバティブによって金融商品のリスクを好きなように分解し、必要な部分だけを自由に売買できるようになる。

ヘンリーフォードが開発した分業による大量生産も車を作るという一連の作業をアンバンドリングし、作業行程毎に分業させて生産性を向上させた。

最近の携帯電話の普及、パソコン通信など個人レベルでの通信技術の進歩は人間関係にも同様のアンバンドリングが可能になったことを予感させる。例えば遊びに行くのはこの人と、スポーツはあの人、勉強を教わるのは別の人といった人付き合いの分業を可能にする。あることをするときに一番利益の大きくなる相手を選べる。時間的な制約も利便性が解決する。

しかしT型フォードで開発した分業による効率化が労働者の労働に対する意欲を低下させた。そしてデリバティブの運用担当者は記号を扱うように大量の資金を動かし感覚を最後には麻痺させあるものは巨大な損失を被った。効率化の陰には多くの問題も発生している。

そして人間関係の効率化にも問題はある。それは寂しい人達の増加である。かつては余り多くない人間と比較的密度の高い付き合いをしていた人が通信革命で自分の世界を拡大する。時間や空間世代を超えて多くの人達とコミュニケイションを始める。より深い知識と情報を早く得られるようになる。

しかしその一方人間関係は希薄になる。限られた時間で多くの人に会うのだから当たり前である。そして目的のために集まった集団には人間的感情は余りない。そんな人間関係の積み重ねはいずれ精神の疲れとなって現われる。意味もなく昔から知っているだけの利害のない人間関係のようなものが欲しくなる。ベルトコンベアの労働者と同じ状態である。

その寂しさを紛らわすためにもっと多くの人とコミュニケイションを取ろうとしても状態は悪化するだけである。コンビニに寄っても解決しない。必要なのは意味もなく一緒にいられる友人なり家族なりと過ごす時間を増やす事である。

 

1997.10.4.(SAT)
<今日の一言>

久々にのんびりとした週末を迎えられそうです。

小市民

アクセスカウンターの数字に一喜一憂している自分を見ると嘉門達夫の「小市民ハンドブック」を思い出す。この本には小市民になるためにふさわしい行動が数多く紹介されている。その中の一つで小市民はデジタル時計を見ていて数字が揃うと嬉しかったりするものらしい。駅の記念切符でも平成7年7月7日なんかに切符を売っている。よく考えれば余り意味はない。

一万件を超えた私のカウンターの次のターゲットは012345ではないかと思っている。やっぱり小市民はやめられない。

ブルームバーグ

昔アメリカの証券会社に勤めていたブルームバーグという人がいた。彼は既存の情報端末に不満を感じ自分で金融市場の情報提供サービス会社を作った。それがブルームバーグである。

株式や債券の仕事をしている人には絶対に必要な道具である。植木職人のはさみ、医者の聴診器のようなものである。この端末はキーボードで操作するが、有価証券の価格の推移、利回り計算、発行会社の財務内容等膨大な情報を取ることが可能である。

師匠が会社で全社LANが導入され一斉メールを送って誰がいつそのメールを開けたか見るのが面白い、と書かれていた。ブルームバーグにも同様の通信機能がある。

この機械がEメールより面白いのは名前の検索機能があり、それによって思わぬ人に出会えたりすることである。まあ金融関係の人に限られるが。今の会社に移ってしばらくしてある人から突然「もしかして内藤さんは会社を移られたのでしょうか。もし人違いだったらごめんなさい」といった内容のメッセージが着いたりした。また昔お付き合いがあってしばらく音信不通になっていた人から突然メッセージが入っており。数年ぶりに再会することができた。

もちろん本来はマーケットのニュースや取引の確認などの為に作られた機能である。発明されたものが当初意図されたことと違う使い方をされることがあるのはよくあることである。

「20世紀の崩壊 日本の再生」

たまたま本棚に見つけたピータータスカの本を読み返してみた。5年近く前に書いた本とは思えない内容に鳥肌が立った。このころのタスカ節は絶好調である。

今の日本を予言するような事が書いてある。やくざの抗争、新興宗教の台頭、ディスカウンターの繁栄といった世の中の流れ。財投システム・含み資産経営・持ち合い・労働システムといった日本の強さを支えてきた仕組みの崩壊。そして官僚と政治の旧態システムの崩壊。

不況と恐慌は分けて考える必要があるという。不況は金融緩和によって解決される経済循環であるが恐慌は金融緩和では解決できない。恐慌は資産価格の暴落と家計企業の借金の増加商品市況の低下などを伴うという。

公定歩合が0.5%の国は景気の一時的後退なのか不況なのか。それとも恐慌なのであろうか。

 

1997.10.3.(FRI)
<今日の一言>

風邪はようやく峠を越しました。無理をしないで早めの手当て。相場と同じです。

日経の終り

昔「朝日の終り」という言葉があった。流行情報などが朝日新聞に報道されるころには既にそのブームは去っているという意味である。だから朝日新聞を見て流行に遅れまいとする人は真似をする頃にはその流行は終っていた。

日経でしきりに日本の低金利と景気回復の遅れを取り上げている。イタリアでは昔もっと低い金利があったとか、モノの値段の下落は止まらないとか、倉庫に在庫が溢れているとか言いたい放題である。

一連の報道読んでいると「日経の終り」という言葉が脳裏をよぎる。最近悲観的トーンが更に高まるにつれその確信は深まる。

お祝い

ワゴンさんとHP開設1周年を共に祝う会をすることになった。最初は2人で居酒屋かなんかでひっそりとやるのかと思っていたら何だか結構賑やかになりそうである。まあもし誰も参加希望者が無ければ2人で熱燗とあぶったイカでもつまむ演歌の世界に入るのだろうが。

ワゴンさんは私と同時期に始められたらしいが内容は私など足元にも及ばない充実ぶりである。一緒にしましょうと誘っていただけるだけで恐縮ものである。一連の「HP持っている奴はエライ」論争ではご迷惑をかけたりもした。しかし今となってはあれを見て、俺も作ってやろうという知人まで現われ、良かったとさえ思えるようになった。

今後インターネットは普及を続ける。HPを開設する人も急拡大するだろう。ネット上だけの付き合いもいいけれど一度でも顔を会わせた方のページを見るのもまた違った味わいのあるものである。是非普段直接お会いしたことのない方と話をさせていただきたいものである。ともあれ酒は楽しく飲みたいものである。

政府の赤字

米国CBOが発表した97年の財政赤字は230億ドルで1ヶ月前の予想より110億ドルも減少したという。これは1974年の60億ドル以来の低水準である。92年には2900億ドルだったのだから大幅な改善である。

その主因は企業からの税収の増加である。好調な経済状況から企業収益が伸び結果国家の懐も潤ったという好循環である。財政が好転すれば米国債の発行量は今後当然減少する。国債を買えなくなる恐怖は投資家なら持ちはじめるだろう。

日本では財政再建を貫徹し財政赤字減らそうとしている。出ずるを制するのは当然だが、入ってくるものを増やす方の知恵はあるのだろうか。掛け声だけの規制緩和では自由経済は動かない。そしてそんな国の国債を2%割れても買い求める姿はどこか滑稽である。

 

1997.10.2.(THU)
<今日の一言>

風邪を引いたらしく早めに帰り薬と日本酒を飲んで寝ました。皆様もお気を付け下さい。

大和MRF

大和証券からMRFの宣伝パンフレットが送られてきた。金融ビッグバンにより証券総合口座というのができその一環としてMRFという商品が発売になった。

MRFとはMMFの総合口座付きというイメージでいいらしいが、取り敢えずは公共料金の引き落としもできないしカードの決済もこれから詰めるという。MMFと殆ど変らない利便性である。

商品名は出来たが中身ができていないものを10月1日から売り出しというメンツにこだわって売り出してどうするつもりなのだろうか。ゲームソフト会社を見習って発売延期のお知らせを出すべきではないのでしょうか。

第一勧業朝日投信投資顧問株式会社

10月1日は合併が多かった。その中の一つで面白い名前の会社が誕生した。第一勧銀朝日投信投資顧問株式会社である。3つの投資顧問が合併したらしい。

別にこの会社を宣伝しようというつもりはない。経営内容もまったく知らない。ただ電話をかけたらこの長ったらしい名前をきちんというのか確かめてみたい気がしただけである。「毎度ありがとうございます。だいいちかんぎょうあさひとうしんとうしこもんでございます。」というのだろうか。大変そうである。

取引先にも余りなりたくない。郵便を出す時宛名書きは面倒だ。株式会社まで入れると漢字16文字である。わざと長くしてお客さんに印象付けようとしているのでないなら早く名前を変えた方がいい。本気で印象付けようとしているのならもっと覚えやすい名前にしたほうがいい。

生兵法は怪我の元

風邪を引いてしまった。気持ちが引き締まっていないからだ、等と精神論を振りかざす人はいない。すべて自己責任である。取り敢えず会社を休むほどの大事には至らなかった。

風邪を引いたらとにかく栄養を付けて寝ることである。昨日今日と早めに帰り、熱燗を1合飲みながら野菜、卵、レバーといったものを食べ最後は風呂に入って薬を飲んで、ひたすら寝た。

風呂に入らない方が良いと言う人もいるが、湯冷めさえしなければ入っても問題無いと思っている。今日は更に主食を鍋焼きうどんにして汗だくにして風呂に入り汗を流しベッドに入った。これでよくなるだろう。

風邪は治りかけになると咳が出る。これは風邪のウィルスが次の獲物を狙って移動を始めるからだと思っているのだが素人考えだろうか。

 

1997.10.1.(WED)
<今日の一言>

このHPもようやく1周年を迎える事ができました。これからも宜しくお願いいたします。

エコノミスト

雑誌「エコノミスト」の送付先の住所変更を7月にしていたがようやく今週号から送付先が昔の会社から今の会社に変わった。約2カ月かかった。

エコノミストは素晴らしい雑誌である。週刊誌なのにその内容といったら優れた月刊誌をはるかに上回る。一時的な事件を表面的に取り上げるだけでなく、その裏にある心理を教えてくれる。しばらく読めないのは寂しかった。

「エコノミーオブスピード」という言葉を雑誌で初めて見たのは確かエコノミストだったと思う。皮肉な話である。

公私混同

かつては仕事とプライベートは完全に分ける生活が好きだった。仕事の時間中は集中し終わるとすっきりと仕事は忘れてアフターファイブに好きなことをする。そんな生活が結構気に入っていた。

最近仕事中もプライベートをこなしアフターファイブにも仕事をしたりする、そんな生活もいいなと思うようになった。同時に別のことをしたりするのは結構シナジー効果があると思ったからである。

家で会社のレポートを読む。会社でHPを見る。今までは自分でも許せなかったスタイルを柔軟に受け入れなくてはいけないと思い始めている。

学生の頃ながら族と呼ばれる人がいた。テレビを見ながら勉強したりする受験生などのことである。社会人になってもながら族はいる。むしろながら族でないと仕事は効率的にこなせない。電話をしながらメモを打つ。スクリーンを見ながら上司と話をする。新聞を読みながら今日の予定を考える。シナジーというよりはエコノミーオブスコープでしょうか、しらさん


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