日記 1997年11月「越後一人旅」
97.11.24.〜11.29.に行った越後一人旅の日記帳です。
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1997.11.24〜25.(MON・TUE)
夜行列車で出発・佐渡島北端の真更川で宿泊。
東京→(ムーンライト越後)→新潟→(佐渡汽船)→両津→(バス)→中嶋屋旅館泊
高尾山登山を終えて家に戻り、旅行の準備を始める。といっても持っていくものは大したものはない。ただ忘れてはいけないのは時刻表、モバイルギアそしてガイドブックである。夜9時過ぎに家を出て新宿駅へ。新宿駅23:09発のムーンライト越後で新潟へ行くことにする。
休暇の度に一人旅に出ることが多い。会社の人や友人から不思議がられる。よく聞かれるのはなぜ一人旅かという疑問である。
一人旅は不自然だという声は友人の間からはひそかに指摘されていた。
それに対する答えは旅が好きだからというしかない。行ったことのない街にガイドブックと時刻表を持って出かけ、何日かするとそこを離れ別の街に行く。縁もゆかりもない土地にほんの短い時間いただけでも愛着が沸いてくる。そしてそこから離れるときはたとえいい思い出が無くても少し感傷的になる。
スケジュールを決めないで時間を無駄に過ごす贅沢。特にローカル線の不自由なダイヤの中で工夫し一番いいと思うルートを自分で決めていくのはパズルを解いていくようで楽しいものである。東京ではいらいらするバスの待ち時間も旅先では苦にならない。むしろ街を歩いたり考え事をしているうちにあっという間に時間が過ぎていく。
そして旅に出ると時間の概念がなくなる。昨日の朝着いたばかりなのに今日は違う場所にいる。ほとんどの人・風景は2度と出会うことはない。すべてが一期一会である。日常生活は昨日も今日も規則的な時間の流れである。同じ時間に起き、会社に行き仕事をする。そのマンネリを旅は破壊してくれる。
なぜ北国ばかり行くのか
去年は東北、今年は越後である。なぜ北国に惹かれるのだろうか。暗い性格だから。それもあるだろう。実は今回も飛騨高山とか能登半島なんかも候補地として考えていた。北に行く理由はなぜだろうか。一人で行って雰囲気に浸れるからだろう。箱根や伊豆に一人旅をするのは間が抜けている。ヨーロッパに一人で行くようなものである。こういったメジャーな観光地はカップルなんかで楽しく行くリゾート感覚の観光地である。海外の一人旅にアジアが似合うように国内の一人旅には北国が似合うのである。
夜行列車ムーンライト越後の車内はグリーン車のように快適だった。全席指定だが席は半分も埋まっていない。乗客はディズニーランド帰りの高校生、サラリーマン、親子2人つれなど様々。一人旅は私くらいのものであろうか。難点は暖房が効き過ぎで暑いことである。きっとのどが乾きそうなのでウーロン茶も買っておく。車内販売は一切ない列車である。
電車は定刻に静かに出発した。東京の雑踏を見ながら旅に出る瞬間はいいものである。別の空間に行くという気分が盛り上がってくる。買ってきたビールとつまみを食べていると消灯となり、疲れもあってあっという間に寝てしまった。途中いくつかの駅に止まったらしいが寝ぼけていてよく覚えていない。気がつくともう5時近くになっており程なく新潟についた。あっという間で寝不足気味である。堅いシートで寝ていたせいで体も少し痛い。
着いたといっても朝の5時なので新潟駅前は真っ暗で店はどこも開いていない。駅前の東急インのフロントで教えて貰って行ってみたファミレスもすべて5時閉店7時開店である。やはり東京とは違う。仕方がないので街をうろつく。まだ夜明け前ではあるが余り寒くはない。かなり歩いたが結局どこも見つからず仕方なくコンビニで立ち読みをして暇をつぶす。普通なら不愉快なこういった不便さが逆に楽しかったりする。佐渡にいくのにマゾっぽいと馬鹿なことを考える。新潟のファミリーマートで1時間の暇つぶし。
7時近くなり歩いてコーヒーショップを探す。オークラホテル新潟のロビーに入り取り敢えず日程を決めることにする。両津行きフェリーの時間を確認すると9:10の次は12:10だという。9:10に乗りたいと思ったが問題があった。金をおろさなければならない。佐渡に渡ってしまうとキャッシュカードでおろせるか不安である。銀行は9時からだと9:10のフェリーには乗れない。さてどうしようか。
取り敢えず銀行を探しに街に出る。住友信託銀行を発見した。キャッシュコーナーは8:45からだと書いてある。朝食を食べながら待って開店と同時にキャッシュディスペンサーでお金をおろし、慌ててタクシーを拾ってフェリー乗り場へ。何とか間に合った。
佐渡行きのフェリーおけさ丸は1万トン以上もある新しい大きな船であった。2等2060円を買って船室で横になっていると知らない間に眠ってしまった。気がつくとあと30分で両津港である。
佐渡に渡って気がついたが、慌てて新潟でお金をおろさなくても第四銀行はじめ地銀の支店がいくらでもあった。佐渡は歩いて一周できるような離れ小島とは違うのである。間抜けな話であった。
両津についても暖かい田舎の街という感じで日本海の厳しさは感じられない。地元商店街を散策してよし寿司でランチ。にぎり1470円は味がいまいち。佐渡に来たのにとがっかり。店には芸能人の写真やサインがたくさん飾ってある。テレビ東京で御馴染みの顔ぶれである。
13:12のバスに商店街から乗り相川へ。2時過ぎに着いてからバス乗り換えとなる。待ち合わせが1時間半ある。ターミナルは広いが客はまばらである。金山観光の拠点らしいが周りにも何もないさびれた街だった。テレビを見ながらワープロを打つ。ワイドショーは山一とスペースシャトルで持ちきりである。
15:45にバスが来た。岩谷口行きに乗る。乗客は小学生が多い。平日のみ運行と言うことは通学用なのであろう。バスは海岸線の細い道をひたすら走っていく。途中日が暮れると遠くにイカ釣り船の明るい光が見え始める。関というバス停を過ぎると客もいなくなり貸し切り状態になった。終点の岩谷口より先は11月中旬からはバスが運休になる。バスを降りしばらく待っていると中嶋屋旅館の人が迎えに来てくれた。車でさらに10分ほど北に行くと旅館に到着。改装したばかりらしいきれいな宿である。石油ストーブとやかん8畳の畳部屋は新しくきれいである。予想していた鄙びた旅館とは少しイメージが違う。若夫婦が経営しているらしく、奥さんは明るく人なっつこい。
夕食は期待していたが出てきたものを見てかなりがっかり。確かに刺身はあわびイカぶりと美味しかったがそれ以外は団体旅行で食べるような海老フライ・鍋・魚のかす漬けなど。何よりもご飯が美味しくない。古い米らしくのりのようになっていて食べられなかった。客は私ともう一組は工事作業員の人達4人だけ。
どうも一日ちぐはぐであった。新潟駅で朝時間を持て余し、銀行引き出しで間抜けなことをし、まずい昼食そしてまずい夕食。ビールを飲んで早めに寝ることにした。もう一つ不便なことに気がついた。腕時計を忘れてきたことである。私は普段から時計をしない。東京にいるときはそれほど不便を感じなかったが、新潟では不便。やはり旅先では時間が分からないと駄目である。
(本日小使い帳)
電車(新宿〜新潟)5970円
ビールとつまみ260+670+344円
ドトール410円
タクシー970円
フェリー(新潟〜両津)2060円
新聞(日経)130円
寿司(よし寿司)1470円
バス(両津〜相川、相川〜岩谷口)780+1010円
缶ジュース110円
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1997.11.26.(WED)
佐渡北端から南の小木まで移動。小雨で強風。
岩谷口→(バス)→小木(民宿高山泊)
昨日まではどうも調子がよくなかった。新潟の朝から今までわくわくするような時間がなかった。なぜだろう。朝からその理由をずっと考えていた。気候のせいだろうか。佐渡は厳しい自然で吹雪にでもなっていると思っていた。ところが最初の新潟の朝は暖かく、佐渡についてからも寒いと思ったことはまだない。風は強いが去年見た青森の日本海側からみれば温暖だ。観光客だから言える我が儘だがもう少し寒くないと佐渡のイメージにはならない。
そして中途半端に都会なのが旅愁をそそらない。佐渡は公共工事も多いらしく道は整備されている。新しい橋も各所で工事していた。バスターミナルやフェリー乗り場も近代的で鄙びた感じはみじんもない。その一方でもうオフシーズンなので施設の稼働率は低い。寿司屋のねたもフェリーの本数も減っている。来た時期が間違いだったのか。
7時過ぎに目を覚ます。さすがにぐっすりと眠ることができた。朝食を食べ、8時20分に宿から岩谷口まで送ってもらう。8:45の相川行きで昨日来た道を逆に戻る。乗客は年寄りの婦人ばかりである。1時間15分で相川へ。ここで宿根木への行き方を聞く。佐和田というところへ行き、乗り換え。10:20に佐和田着。50分の待ち合わせ。佐和田には伊勢丹ギフトショップという小さな店がある。小さな田舎のバスステーションに一軒だけ洒落た店がポツンとある。そのコントラストが余計に街の寂しさを感じさせる。
11:10のバスで今度は小木に向かう。単調なバスの旅である。雨が少しづつ降ってきたが思ったほどではない。小木には12:15に着いた。両津と並ぶ佐渡のもう一つの玄関である。バスターミナルは古い建物で時代を感じさせる。街は人気が少なく猫がたくさんいる。がらんとした観光案内所で地図をもらい昼食はバス停近くの栄寿司に。中にぎりの大盛りで2200円。昨日の寿司よりはるかに美味しく満足した。まともな食事に少し気分が和らいだ。
宿根木行きのバスは16時までない。まだ3時間ある。聞けばタクシーでも1000円ちょっとと言われ、タクシーに乗った。1420円で民宿高山に到着。まだ2時前である。客は今日は一人だけだ。部屋に入り明日からのスケジュールを考える。
小雨の中外出した。宿根木の古い町並みを見る。ここはノスタルジーを感じる場所であった。舟をつくる材料で建てたという民家は黒い板に釘が打ってある。独特の雰囲気がある。狭い路地に寄り合うように建っている集落は冬の自然の厳しさを示しているようである。
5時過ぎには風呂。そして6時前から食事である。ここも食事は期待外れであった。牡蠣フライ・イカ刺身・そばは美味しかった。特にそばは手打ちのそば粉100%で素朴な味。しかしそれ以外はいただけなかった。東北の日本海側や三陸で味わった味は佐渡にはないのだろうか。民宿に個人旅行で泊まるというのには不向きな場所なのだろうか。
テレビによると高波のせいでフェリーが運休になったという。明日は大丈夫であろうか。予定では赤泊という街で1日2便しかないフェリーに乗る予定である。そんなことを考えているうちに8時過ぎには寝てしまった。
(本日小使い帳)
中島屋旅館9030円
バス1010円+390円+910円
栄寿司2200円
タクシー1420円
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1997.11.27.(THU)
宿根木から小木へ出てフェリーで直江津へ。JRとバスを乗り継ぎ出雲崎へ。
宿根木(民宿高山泊)→(送迎)→小木→(フェリー)→直江津→(JR・バス)→出雲崎(御宿まるこ泊)
朝6時に目を覚ます。雨は上がり暖かい。6時半から食事。納豆・梅干し・味噌汁、、、普通の朝食。7時25分の赤泊行きバスに間に合うように小木まで送って貰う。しかし話を聞いていると赤泊の船は小さく欠航の可能性が高い。しかも13:30の出航である。7時間赤泊で時間を潰し万一欠航になった場合船には乗れなくなる。小木にいれば10:40の船がある。もし欠航になっても両津にバスで行けるので夕方の便で最悪新潟までは辿り着ける。という訳で小木でフェリーに乗ることにする。待合室で3時間暇潰しにすることになった。ただし小木からは直江津にしかいけない。出雲崎を目的地にしているから遠回りになってしまうが仕方ないと割り切る。出雲崎の観光案内に電話してまるこという宿を紹介してもらい予約した。
3時間はすぐにすぎた。フェリーは10:40に出発。結局佐渡島にはいい思い出は作れなかった。期待が大きすぎたからであろうか。気候のせい、宿のせい、理由はわからない。いづれにしても佐渡とはこれでお別れである。
しけているせいで船は大きく揺れ続けた。横になっていないと気分が悪い。2時間半で直江津に到着。1:20になっていた。天気は曇っている。バスでフェリー乗り場からJR駅へ。何もない寂しい駅である。ここから上越線で柏崎へ。途中から列車は日本海沿岸を走る。土底浜なんていうすごい名前の駅があった。曇り空に高い波。やっとイメージしていた新潟の情景に出会えたように思える。30分で柏崎に到着。15:24まで待ち合わせ。街を散策した。といってもここにも特に見るものはない。
上杉謙信のお立ち飯という駅弁を買う。おこわと笹団子が入った戦の時の食事にちなんだ弁当だとか。越後線に揺られながら食べる。越後線はマイナーな路線だが乗客は結構いる。吉田行きは定刻に発車した。出雲崎には20分ほどで着いた。駅からバスで10分ほどで御宿まるこへ。外から見ると古く細長い建物。海岸沿いにあった。もう夕暮れである。海岸は相変わらずしけている。
6時から夕食。久しぶりに感動した。たらばがに、牡蠣鍋に刺身、いくら、焼き魚など。鮭のフライなど東京とは味が違いキングサーモンのような甘さである。今回の旅行で初めて夕食に感動しデジカメに収めた。ビールを飲み、鍋を食べ、いくらごはんを食べていると久しぶりの満足感である。
(本日小使い帳)
高山宿泊代8250円
コーヒー260円
コーヒー110円
新聞(日経)110円
フェリー(小木〜直江津)2060円
バス160円(直江津港〜直江津駅)
JR1110円(直江津〜出雲崎)
弁当お茶1160円
シャンプー309円
バス180円(出雲崎から良寛堂前)
ビール350円
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1997.11.28.(FRI)
出雲崎から海産物買い出しツアーで有名な寺泊へ。越後湯沢に予定変更。貝掛温泉へ。
出雲崎→(バス・JR)→寺泊→(バス・JR)→貝掛温泉泊
6時前に目を覚ます。朝食は7:30から。9時過ぎから1時間ほど街を散策する。細長い家屋は丘の上から見ると面白い。荷物を持って一つ先のバス停良寛堂前まで歩く。時折トラックが通る以外は静かでのどかな街である。バス停でワープロに向かっているとなかなか良い気分である。10:17のバスで出雲崎駅に出る。
10:40のJR各駅停車で寺泊まで行く。今日は寺泊に宿泊する予定である。JR寺泊駅から市場のある街まではさらにバスに乗らなければならない。11:09にバスがやってきた。大町という市場のある海岸沿いについた。平日のせいか人気の少ない街である。今日泊まる予定の宿を見つける。余りにひどい宿なので観光センターに行って別の宿を紹介してもらった。しかしそこも見に行くと余り泊まる気はしない。一旦食堂に入りコーヒーを飲みながら考える。今日どこに宿泊するべきか。別の場所に移動するか。それともここに泊るか。
ガイドブックで新潟の温泉宿を探してみる。貝掛温泉というのを見つける。越後湯沢の鄙びた宿らしい。時刻表を調べると1:50寺泊発のバスで長岡に出れば夕方には到着できそうである。電話をすると部屋は空いているという。値段は少し高いが、寺泊の旅館も1万円以上でたいして変わらない。寺泊宿泊をキャンセルし越後湯沢に向かうことにした。しかし果たしてどんな宿なのだろうか。行ってみないとわからない。意外なことに今回の旅行では温泉に入る機会が今までなかった。初めての温泉宿である。
バスの発車まで1時間。市場の二階にある中央水産の別館で寿司を食べる。松を注文。1200円でうに・いくらまで付いてくる。そして食べ切れない程のボリューム。さすがに買い出しツアーで有名な街だけのことはある。値段の割に味もいい。地ビールを飲み時間ぎりぎりにバスにすべりこみ、今度は長岡に向かう。長岡で各駅停車に乗り換え越後湯沢へ。
越後湯沢は雪がない寂しい街だった。カラフルなお店やペンションが駅前から立ち並ぶが人は少ない。バスの待ち合わせが1時間あったので、日本酒の利き酒コーナーで暇を潰す。5杯500円で試飲をすることができる。
バスは5:40に来た。約20分山を上っていく。
貝掛温泉
バス停で迎えに来てくれたバンに乗り換え橋を渡ると宿に到着である。日本秘湯を守る会会員の宿、しかもホームページを持っている位の宿である。商売上手の気分のいい旅館であった。すっかり日暮れを過ぎていた。一風呂浴びて早速夕食。山菜を中心にした素朴な食事だった。何よりもご飯が旨い。さすが南魚沼郡である。越後湯沢駅で買ってきた酒を飲み風呂に入る。露天風呂から満天の星が見える。宿泊者も少なくのんびりとした良い温泉であった。風呂はほとんど貸切りである。やっと最後にいい宿に巡り会ったという感じである。
(本日小使い帳)
まるこ宿泊代9146円
JR220円(出雲崎から寺泊)
バス420円(寺泊から寺泊大町)
コーヒー350円
寿司+ビール1785円
バス730円(寺泊大町から長岡)
JR1280円(長岡から越後湯沢)
バス420円(越後湯沢から貝掛温泉)
利き酒500円
日本酒1550円
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1997.11.29.(SAT)
貝掛温泉から帰途へ。
貝掛温泉→(バス・JR)→自宅
雨が降っている音で目を覚ます。朝食は8時から。その前にもう一風呂浴びる。荷物をまとめ会計し、9:43のバスに間に合うように車で送ってもらう。最後なので財布の紐が緩み料金は予算オーバーであるが最後だからと納得する。風が強く雨が横殴りに降っている。越後湯沢からあっと言う間に東京である。新幹線に乗って高崎まで行き、そこからは各駅に乗り換え赤羽にでる。あとはJRと京王線を乗りついで自宅に到着。
前半かなり落ち込んだが後半で盛り返した旅行であった。特に最後の2日はスケジュールも思い通りで宿の選択もほぼ予想通りで満足だった。
(本日小使い帳)
貝掛温泉旅館15900円
ビール代1470円
バス420円(貝掛温泉から越後湯沢)
電車(新幹線+乗車券)3030円+1620円
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