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日記 1998年6月
1998.6.30.(TUE)
<今日の一言>
最近自分が躁鬱病ではないかと思うときがあります。今はちょっと鬱状態です。
どっちつかず
競争主義による機会の均等を望んでいるのに、その一方で究極の資本主義社会にはどんな楽しみが待っているのだろうかと疑問に思ってしまう。
感情より理性を重んじる生き方をしたいと思っているのに、人間は結局は一人なのだと割り切っているのに、どうして寂しさを感じたりするのだろうか。
人をとことん利用してやろうと思ったりするくせに、ある時は人には親切にしなければいけないと思ったりするのは何故だろうか。
昨日まで自信をもっていたことに急に自信を無くしたりするのは何故だろうか。
仕事が楽しくて仕方ないのに時々急に一人旅に出たくなるのは何故だろう。
まだまだ煩悩だらけのどっちつかず人間である。
1998.6.29.(MON)
<今日の一言>
気がつけばもう一年の半年が過ぎていきます。早い割には色んなことがありました。
虎の穴VSホルモン道場
目黒駅前の地下にある「ホルモン道場闇市倶楽部」(03−3491−8908)という内臓系の焼き肉屋さんに行った。
名前の通り気合の入ったホルモンを出してくれる。地下に降りていくと煙が沸き上がる店に若者が並んでいる。予約した時間に中に入るとさらに強烈な煙が充満している。関西のホルモン焼きという言葉がぴったりの狭いが活気ある空間である。
牛の脳味噌の刺し身(白子のような味)、牛の睾丸の刺し身(こくのない牛刺しのような味)は愛敬として、焼き物もハチノス、ギアラ、など生焼けでも柔かくてどんどん食べられる。素材が新鮮なせいだろう。炭火に金網を敷いただけのシンプルな道具が闇市の雰囲気である。
店を出ても余韻は残る。とにかく体中が焼き肉臭いのである。煙とたれと肉の強烈なハーモニーが服から体の中から染み出してくる。クリーニングに出してもいい服を着て行くのが会社帰りに行くときのコツである。
虎の穴が至福の時、とすればここは満服の時、という表現であろうか。5000円でお腹は一杯になる。
1998.6.28.(SUN)
<今日の一言>
梅雨と夏、両方来るのは勘弁して欲しいものです。さすがにバテました。
米寿の祝い
父方の祖母の米寿のお祝いが山梨であった。明治43年6月生まれと聞いてももうピンと来ない。かつては頭脳明晰で一族を仕切っていた祖母もさすがに衰えが目立つようになってきた。一族20人以上が実家に集まって盛大に昼食会となった。
塩山の叔父が持ってきたロゼと白ワインを飲みながら思い出話に花が咲く。蒸し暑い日に冷たいワインが心地よい。祖母がかつて出版した歌集をもらい読んでいると、昭和39年のところに
「晴れ渡る弥生の朝の9日に男子大きく産声あげたり」
とあった。これは私のことである。30年以上書き溜めていたという歌集を見ていると祖母の思い出が甦ってくる。
集まったいとこの中には子供がいる人も多い。祖母にとってはひ孫である。彼らが元気に遊びまわっているのを見ていると世代交代を実感する。人生長いようで時間は無い。
1998.6.27.(SAT)
<今日の一言>
髪を切りに行くとお店は超満員。ワールドカップでフランスに行く日本人の数といい、景気が悪くても皆お金は持っているんですよね。
「牛熊の会」
金曜日は久保田さん主催の「牛熊の会」であった。門前仲町から屋形舟を貸切り大宴会である。ぼぶべっく、ベルデ、Noriko、といったネット界の大御所を含め60人以上の大団体だった。
殆ど知らない人同士が同じ舟に乗って酒を飲む。普通ならかなり違和感のある企画も債券ディーリングルームという共通のプラットフォームがあればこそそれほど窮屈ではない。几帳面な幹事の行き届いた段取りで良く出来た団体旅行に参加しているような錯覚に陥る。
一度もお会いしたことのない方の何人かから、「HP毎日見ています」と声をかけていただいた。こちらの知らない人が自分を詳しく知っているというのは不気味なものであるが、「もっと年配の風流オヤジを予想していた」といったコメントを頂いた。やっぱり蕎麦を食べて、一人旅を愛するサライおじさんがこのHPの作者イメージなのかな、と思ってしまう。
宴会の後半はベルデ氏が仕切り、一瞬ベルデの会かと錯覚したが、屋根に登る間もなくあっという間に終ってしまった。歯医者さんの加藤さんからは歯ブラシセットを全員に頂き、佃煮と天ぷらのお土産まで付いて不思議な会は解散となった。
1998.6.26.(FRI)
<今日の一言>
金曜日の久保田さん主催「牛熊の会」は屋形舟で盛り上がりました。
日本長期住友信用信託銀行
住友信託は私が去年の7月まで勤務していた会社である。辞めてちょうど1年で新たな変化に直面するのを外から眺めることになった。
前の同僚や上司の方とは今もお付き合いをさせていただいている。またメールでのやり取りも頻繁に行い情報交換している。今の社長はかつての上司であり新聞紙上で写真を見るのも不思議な気分である。そんな思い入れの部分を排除し敢えてドライに今回の動きを考えてみたい。
住友信託が長銀を「救済」合併すると報じられているが、この2つの銀行にどれほどの違いがあるというのであろうか。片や貸付信託、片や金融債、変動金利と固定金利という違いはあるものの5年ものの商品で長期資金を調達してきた銀行である。メインを持てない限界金融機関としてバブル期にリース・ノンバンク・不動産に融資を傾斜し、結果はこの状態である。
店舗展開も融資先も、業界順位も似た者同士。それが救う者と救われる者に分かれた。しかし救済するといっても自力だけでは助けられない。1+1は2になるだけだからである。
住友信託の狙いは何か。優良債権だけを受取り、公的資金の導入を要請し、リストラと責任問題は曖昧にする。救済という名の下に金融政策当局に恩を売り、経営陣は自分の延命と責任逃れをはかる。更に公的資金の導入を大義名分に従業員のリストラを開始する。もしこのような絵を描いて今回の合併を決めたとすれば、シナリオを書いた住友信託の企画スタッフはかなりしたたかである。しかし市場はそんなことには騙されない。
動かないより動くことは大切であるが、その先に何があるのか見極めない近視眼的行動はただの無謀であり長期的には事態の悪化をもたらす。ゲーテは言っている「行動する無知ほど恐ろしいものはない。」
1998.6.25.(THU)
<今日の一言>
9時就寝、健康的な生活です。
狩猟民族
この日記を見てメールを頂いた方とお昼をご一緒させていただいた。外資系証券会社を経て現在日本でヘッジファンドの販売を機関投資家に行っている会社の副社長さんである。
ヘッジファンドとはご存知の通りその手法はともかく究極的に20%から50%といった極めて高いリターンを目指すハイリスクハイリターン型のファンドである。販売手数料や残高に対してのフィーもその分大きく、通常の投資顧問のざっと10倍以上である。つまり残高が10分の1でも収益は同じと言うことになる。
億単位の収入を稼ぐ人達の話を聞いていると、自分が如何に農耕民族であるかを痛感する。日本人の中でも目先の利く人は80年代後半から金利スワップ・オプションといったデリバティブの世界に入った。当時は参加者も少なく固定金利と変動金利のスワップをやればリスクも少なく莫大な利益が手に入った。今やこんな商売やっているのは邦銀が中心で儲からないと嘆いている。
90年代に入るとマーケットが効率化し、スワップなどで上げられる収益は極端に小さくなった。デリバティブのコモディティー化である。すると今度は仕組み債などの組み合わせ商品を日本の投資家に売りまくり、ここでも莫大に儲けた。
そして今やヘッジファンドを機関投資家に販売する。常に儲かる市場はどこか、収益性の高いマーケットを探して移動していく狩猟民族である。狩猟民族が狙っているのはマーケットが歪んでいる市場である。愚かな投資家がいる市場ほど自分の利益は拡大する。次は日本の不動産マーケットあたりがターゲットか。
同じ金融の世界に身を置きながら市場での債券運用という田んぼで耕し続ける自分と彼らとの根本的な違いに農耕民族の発想の限界を感じた次第である。(15min)
1998.6.24.(WED)
<今日の一言>
中谷彰宏はその著書の多さから「週間中谷」と呼ばれているそうです。
年金と税金
日本のシステムで盛んに議論されているものに年金制度と税制がある。年金は日本が今後急速な高齢化社会を迎えることから給付レベル掛け金をどうするといった議論が行われている。一方税制では法人税の引下げと所得税の累進性の緩和がポイントのようである。
しかし私はもっと根本的な議論を先にして欲しいと思う。それはどちらも正直に払っている人が馬鹿を見るような現状を早急に立て直すことである。
国民年金は30%近くの人が支払っていないという。年金は将来どうなるか不安で払わない方が得だと判断し、国民年金を払わないで生命保険に入っている人がいるわけである。彼らに対して行政が行っていることは説得することだけである。これでは破綻するのは時間の問題ではないだろうか。
自営業者が個人の交際費を経費で落としていることは公然の事実である。何でも領収書をもらいせっせと節税に励む。しかしこれは節税ではなく脱税である。一方サラリーマンは源泉徴収で所得は捕捉されてしまっている。サラリーマンは気楽だと自営業者は言うが、だからといって脱税をすることは正当化できない。
日本悲観論が流行である。日本の構造問題、不良債権、財政破綻、その原因は色々挙げられている。しかし私は最も根本的なことは「正直者が馬鹿を見る社会では誰も正直にならない」ということである。国民皆保険といいながら払わない人に何のペナルティーも無い。経費という自営業者の既得権を無くさなければ不公平感は無くならない。
公平なルールを作り、ルールを守らない人はペナルティを受けるシステムがなければ、真面目な人間までいずれ腐っていく。いや腐る前にいなくなる。
それにしてもこの手の話、もう2年以上も同じ事を書いているように思う。段々書くのも馬鹿らしくなってきた。
1998.6.23.(TUE)
<今日の一言>
昨日はサーバーダウンでご迷惑をおかけしました。
一人
斉藤一人(ひとり、と読む)という方をご存知であろうか。土地成金などを別とすれば4年間納税額が日本一の人である。銀座日本漢方研究所という美容関係の会社の創業者である(らしい)。
彼を知ったのはテレビで総合で納税日本一になりマスコミに追いかけられているのをテレビで見てからである。日本の神社仏閣巡りが趣味と紹介され、安ホテルに泊りながら旅をしている様子に大金持ちとは思えない風流な一面を感じた。
彼が最近出した本が「変な人の書いた成功法則」である。まずはまえがきと目次だけでぐいぐいひきつけられる。そして読みはじめると止まらない妙な面白さがある。宗教の本であるようで、人生訓の本のようで、でもなぜか読んでいて軽やかなのである。
自分の成功体験を書いている割に何か自然体の心地よさを感じるのは何故だろうか。成功体験本といえば大体苦労話と決まっているが、こういった肩の力を抜いて成功する、という新しいタイプの話は新鮮味がある。
不景気だ、失業だ、日本売りだ、と騒がしい世の中にこんな本が忽然と現れること自体変な本ではあるが、少なくとも本屋で立ち読みだけでもする価値がある。
1998.6.22.(MON)
<今日の一言>
雨で寒い一日でした。でも暑がりの私はこのくらいの涼しさが丁度良いと思っています。
小室哲哉と中谷彰宏
小室哲哉といえば今や日本の音楽界の重鎮である。小室ファミリーなるミュージシャン集団を作り上げ、芸能界では欽ちゃんファミリー以来の一大勢力となった。しかしTRF、Globe、華原、と聞いているうちに何となくワンパターンな小室サウンドに飽きがきつつあるのも事実だろう。ワールドカップの公式ソングは今回日本チーム同様こけてしまった。
出版界の小室といえば最近では中谷彰宏であろうか。残念ながら著書は一冊も読んだことが無いが、タイトルを見るだけで中身がわかるような本を次から次へと出しまくっている。面接の達人(通称めんたつ)で就職活動のマニュアル化という流れを作って以来、マーケティングと心理学のニッチのような本が大量に出版されている。
2人の共通点といえば、型にはまった自分なりの個性ある作品を大量に産み出す生産工場的な才能だろうか。小室サウンドは高音のサビとあのピコピコサウンドで一回聞けば彼の作品だと強烈に印象つけられる。しかし作品をたくさん聞いていると結局はどれも似たような歌詞に似たようなサウンドではないかと思えてくる。
中谷本は読んだことが無いので大きなことは言えないが、あなたの考えることはすべて正しい、というようなノリとしては青春出版のビッグトモローに似た路線である。これまた書いてあることはどの本も大した差はないけどつい全部読んでしまうようなものではないだろうか。
ファンを自分の世界に取り込んでしまえば、しばらくは売上に貢献してくれる。音楽と本、世界は違うがこの2人の考えていることや作品の製作プロセス(サビを作って後で肉付け)などは意外に似通っているのではと想像している。
1998.6.21.(SUN)
<今日の一言>
久しぶりに読書の一日でした。
選挙
本日は調布市長選挙と市議会の補欠選挙があった。
しかし当日になっても誰が候補者なのかさえ全然知らない。取り敢えず投票には行ったが、果たしてこんないい加減に投票に行くことは正しい行為なのか。とはいってもいい加減な投票でもしないよりした方がいいのか。悩ましい選択である。
会場に行ってびっくりしたのは市議会補欠選挙は立候補者が定員と同じ数で無投票当選になっていたことである。市議会議員ってそんなに簡単になってしまっていいのだろうか。
どの候補者もきっと変わり映えのしない公約を掲げていることだろう。市民にやさしいまちづくり、安心して住める街、といった曖昧で甘い公約である。これでは結局政党に投票するしか判断基準が無くなってしまう。
一定水準の生活も達成された日本の社会においては、インフラの整備といった利益誘導的な政策を競い合っても有権者の関心を呼ばない。多くの人にとってありきたりな政策提言は実行されるかどうかも担保されておらず、ただの空手形にしか見えない。
投票率を高めるにはどうしたらいいのか。プロジェクト選挙というのはどうだろうか。例えば有識者に政治が近々に解決しなければならない問題(プロジェクト)を3つ挙げ、それらについての具体的な解決策を公約として発表してもらう。そして次回の選挙で公約が達成されたかどうかチェックを行う。
つまり争点を絞り、比較検討しやすくする。1回の選挙であれもこれもと欲張るから争点がぼやけてしまう。そうすると問題が明らかになるまでは現状維持ということになってしまい、政治に関心が生まれない。
人間の記憶できるのは一度に7つまでという。情報化社会で忙しい現代人にとって個別の細かい政策を議論する暇はない。そのために代議士が存在するのである。細かい政策を開示することは必要だが、単純化した政策の提示することも必要ではないか。
「民主主義」というシステムを建前にしているなら愚衆に対する配慮をもう少し工夫してもらえればと思う。
1998.6.20.(SAT)
<今日の一言>
長銀はアメリカへの生け贄として献上されてしまうのでしょうか。
「29歳はキャリアの転機」
ボストン時代のクラスメートが「29歳はキャリアの転機」という本をダイヤモンド社から出版しそのパーティーが友人宅であった。
ワイン通の人達が持ちよった普段飲めないような素晴らしいワインを飲み、10人以上いる子供と遊ぶ。料理好きの友人が手際良く作るつまみに感動しながらボトルは次々に空いていった。
◎Ch. Rausan-Segla '86 (Margaux、Half)
○Ch. Calon-Segur '92 (St. Estephe)
○Ch. Pavie '90 (St. Emilion)
Ch. Trotanoy '88 (Pomrol)
Ch. de Sales '94 (Pomrol)
日本の金融機関から外資系に移ったのが3人、日系金融機関勤務が2名、外資系コンサルティング会社が1名、そして外資を辞めて独立したのが1名の全部で7名が集まった。妻子同伴の人もいたが、昔赤ん坊だった子供がすっかり大きくなってしまったのに時代の流れを感じる。こちらは昔と変らないつもりでも、実は確実に変化しているのである。
数えてみるとクラスメートの3割が転職をしている。より良い環境を求めて仕事をかわっている訳だが、その動機は金銭的待遇ではなく、実力が発揮できるか、そして公平に評価されているかの2点である。29歳でなくても動機と機会さえあればいつでもキャリアの転機なのである。
1998.6.19.(FRI)
<今日の一言>
円高で外貨MMFは100万円以上の壊滅的打撃を受けています。
R社
R社に関してかつてアルバイトした経験のある方からメールを頂いた。
R社については大学4年の時にアルバイトしてたので、ちょっとした思い入れ(?)があります。新大阪駅前の大阪支社には当然何回も行きました。
某企業の就職説明会に偽名で出席しろと言われ、潜入ルポなんてものを書いたりしたら結構認められたりして、学生3人と社員3人で岩手の竜ケ森レックってところに連れていってもらいました。コテージがあってゲストハウスがあって、アーチェリーをしたり、打ちっ放しも行ったことなかったのにハーフ回ったり、テニスしたり、猪鍋食べたり、温泉入ったり・・・ 要は文字通りリクルートされたのです。
「うちでは何かやりたければ自分が社長になって子会社を作れるんだ。絶対やりがいがある。是非一緒にやろう!」なんて言われたのですけど、保守的な私は当然断りました。
その時一緒に言った京大卒入社一期生の当時課長を、数年後新聞紙上に見出しました。確か企画部長か何かになって、事件の責任を取って頭を下げていたのです。因みにそのレクリエーション施設はまもなく名称を変更しました。そう、例の安比高原です。
今から思えば、確かに一味違う会社でした。実にしたたかですよね。事件以降、雑誌創刊広告でも社名はごく小さくしか出してませんでしたが、それだけ雑誌本体の内容で勝負してました。目の付け所が卓越してましたし、トレンドを自ら作りましたよね。なんせ、「じゃらん」に至ってはついに天下のJTBが模倣せざるをえなくなったのですから。
あと一つ。前述の潜入で使った偽名はゼミの友人2人の名前を組み合わせたのですが、そのうちの一人は奇しくもR社に入社しました。しかし残念なことに大変優秀なセールスであったにもかかわらず、いやあったからこそ、過労で入社4年目に急逝しました。これも同社の一面でしょう。
同じ日本人がやっている会社なのになぜこのような特異な会社カルチャーを産み出せるのであろうか。人間は評価システムや人事制度によってここまで変ることができるのであろうか。大企業になってもベンチャー企業的な風土を維持しているのはなぜなのか。興味の尽きない会社である。
そういえばR社にはダイエーが資本を出していたと記憶している。金だけ出させて口は出させない。住友銀行に金だけ出させたゴールドマン・サックスを思い出す。やっぱりここでもアングロサクソン的である。
1998.6.18.(THU)
<今日の一言>
品行方正な生活を続けています。
リーダー
山崎拓政調会長のところへ25歳の女性が深夜出入りしていると、週刊誌が報じ始めた。詳細は読んでいないのでわからないが、一種の女性スキャンダルである。
しかしその報道の仕方はいかにも日本的である。この不況で円安で不良債権処理を行わなければいけない時期にこの男は何をしているのか、というような夕刊フジ的な批判である。
法を犯すことはもちろん許されることではないが、「この男」は一体何をしたというのだろう。もし報道が事実だとして、彼の政治家としての資質と何の関係があるというのであろうか。リーダーとして選んだ男に問題解決に専念してもらう必要があるのに、あげ足取りをしても結局国民にとって不利益になる。天に唾する愚行ではないだろうか。
品行方正で無能な政治家と、私生活に問題のある有能な政治家、私は後者をリーダーとして選びたい。日本の政治に対する無関心が叫ばれているが、有権者・マスコミ共何か大きな過ちを犯しているように思う。見た目の良い政治家をイメージだけで選び、無能だと知ると非難のキャンペーンを始める。これでは真のリーダーは生まれない。
一連の日本失速の中でリーダーシップの欠如が叫ばれるが、一番悪いのはリーダー達ではなく彼らを選んだ国民であり、政治や企業のシステムである。
1998.6.17.(WED)
<今日の一言>
人気の菅直人と人気の出ない民主党。これを菅・民格差というそうです。
ゼクシー現象
広告代理店に勤務している高校の友人からメールを貰った。
仙人を目指して真摯な態度で日記を書いているのできっと読者のリアクションもおおいと思います。読んでいるとどうしても「俺もこんなことを知っているんだぜ。内藤聞いて(読んで)よ。」と薀蓄したくなってしまいます。それを読むのもきっと大変でしょうね。と言いながら、「同感」のお手紙です。
〇じゃらんの件
同じ事がゼクシーでも言われています。結婚式場業界では、「ゼクシー現象」として問題にさえなっています。有料で高い広告費を払いながらゼクシー主導で値下げ合戦に陥っているのです。
創刊当時、読者ターゲットの濃さをみとめ各式場とも有料広告を沢山だしていました。それで確かに客も増えました。しかしあるときよりゼクシーが編集ページで「都内の式場格安パックベスト10」とか「100名を×××万円であげる賢い結婚式の知恵」などという特集を始めました。企画号で値下げ特集が出た後、翌号で高いパック料金の広告を出すわけにはいきません。同業他社の料金を確認し、翌号では各社社内で血のにじむような努力をして値下げをしなければなりません。自由競争といってしまえばそれまでですが、又価格破壊のご時世といってもそれまでですが,率直なところゼクシーは全てを破壊しようとしています。クライアントの粗利が落ちます。収益が減ります。するとゼクシーへの広告出稿料が払え無くなります。出稿できなくなります。客が来なくなります。・・・。
Rと言う会社は、「今」自社の媒体が売れれば良いとしか考えていません。このパラノイアが続きすべての式場の首がしめられたら、きっとRは、ゼクシーを廃刊にして撤退します。そして「使命は終わった」ぐらいの態の良いことぐらい捨て台詞で言うでしょう。そのとき残された式場達はどうしたらよいのでしょうか?
(※ちなみに本当に値下げ合戦をしていても商売人は一般の客の分からないところで絶妙に見積り金額を調整し収益を維持しています。騙すわけではないのですが、結局一般の読者に跳ね返ってくるのです。そうして読者もゼクシーの被害者になります。その手法は、お会いする機会があればご説明します)
彼はR社に問題意識を持っているようであるが、私の見方は少し違っている。結婚式場が値下げ競争に陥るのは大した差の無い似たような式場が過剰に存在するからではないだろうか。そして披露宴という行事自体が無駄と過剰と非効率というバブル以降の日本の社会の縮図を実現していたのではないだろうか。
キャンドルサービスというパフォーマンスは某ロウソク会社が需要喚起のために作り出したアイディアだというし、お色直し、弦楽四重奏、礼服、意味のない主賓スピーチと、過剰の嵐である。
そしてその歪んだ実態の是正を行ったのがゼクシーである。つまりR社は結婚式場潰しというより日本の正常化に貢献した功労者ではないのだろうか。
このR社、従来の日本にある、慣習や非効率をマーケットメカニズムの導入で近代化していくのが得意技である。住宅情報、じゃらん、ゼクシー、とらばーゆ、ビーイング、あちゃら、あるじゃん、すべてマーケット至上主義が貫徹されている。こうしてみているとアングロサクソン資本ではないかとさえ思えてくる。
歴史にもしは無いというが、もしリクルート事件が無ければ日本の各市場に市場メカニズムが導入されるのはもう少し早かったのではと思ったりする。そのうち住宅情報の増刊で、「不良債権情報」位平気で出しそうな末恐ろしい会社である。
1998.6.16.(TUE)
<今日の一言>
塩野七生の「マキャベリ語録」(新潮文庫、400円)を読みました。現代日本のリーダーにも通用する金言が散りばめられています。
再会と別れ
朝から一日、セミナーに出席した。150人近くが集まる9時から昼食を挟んで5時過ぎまでの大規模なものだった。出席者は運用機関から企業の財務部の人まで様々だったが、座席表を見ると、ボストン時代のクラスメートが某アメリカ企業の財務部長として参加していた。1991年に帰国以来殆ど会っていない懐かしい顔である。
私より少し年下の彼女に「財務部長なんて凄いね。」と言うと「全然。だって部下なんて2人しかいないんだから。」。私も課長という肩書きながら部下は一人もいないことを思い出した。人を肩書きで判断してはいけない。
夕方、セミナーが終り地下鉄に乗っていると向かい側に座っていた男性がこちらをちらちら見ている。しばらくするといきなり立ち上がり、「もしかして、内藤君じゃない?」と話し掛けられた。
「中野第7中学で一緒だった、○○です。覚えてるかな」と言われてびっくり。しかしどうしても彼の昔のことを思い出せない。彼によれば、家もすぐ近所に住んでいて同級だったという。名刺を貰って、そのころのよもやま話を少しすると確かに記憶は一致する。
先に電車を降りて貰った名刺を何度も眺めたが、どうしても彼のことは思い出せなかった。週末に卒業アルバムでも見てみようか。
夜は今月オープンしたお台場のグランパシフック・メリディアンで会社の駐日代表の送別パーティーがあった。ゆりかもめに乗るのも初めて。臨海副都心も初めてだったが巨大なバブルの残骸に改めて驚いた。
今の会社に入社したときの面接をして、採用してくれた駐日代表はイギリスに帰る。1年足らずの付き合いであったが、私にとっては初めての外国人のボスということで印象深い。誰かが挨拶で言っていたように別れといっても再会のある別れである。
1998.6.15.(MON)
<今日の一言>
グローバルスタンダードはアメリカンスタンダード
多くの人が指摘するように最近流行のグローバルスタンダードとは普遍的なものでも何でもなく、実はアメリカンスタンダードというアングロサクソンのルールである。
VAR(ヴァリューアットリスク)というリスク管理の概念はJPモルガンが開発した方法であるし、格付機関はアメリカのS&PとMDYが双璧である。世界共通言語は英語であるし、世界共通OSはマイクロソフトが作っている。つまりこの10年はアメリカが世界のルールを牛耳ってきた時代なのである。
ではグローバルスタンダードは永遠にアメリカンスタンダードなのだろうか。そうは思えない。どんなルールにも長所があれば短所もある。より優れたシステムがアメリカンスタンダードに取って代ることは充分考えられる。
アメリカンスタンダードの長所はルールの明快性、欠点は結果が極端であること、であろうか。機会の平等を進めすぎると結果の不平等が極端に発生してしまうのはドルの独歩高、アジアの壊滅的打撃を見れば明らかである。米国では経営者が数百億の年俸を貰う一方で低所得者の賃金は低いままである。
しかしルールに欠点があったとしても、参加者に受け入れられれば善し悪しは別として受け入れなければ仲間に入れてもらえない。悔しかったらより良いシステムを作り布教しなければならないのである。
1998.6.14.(SUN)
<今日の一言>
記念すべきワールドカップ初戦の翌日は新聞休刊日です。
グレーゾーン
自分が作っているホームページという空間は公共のものかそれともプライベートなものか。ある人は気に入ってくれる人だけが来てくれればいい、ここは俺の城である。と宣言していた。しかし自分の城といっても誰でも入れる攻撃に弱い城である訳だし、果たして差別発言でも誹謗中傷でも何でもあり、とは言えないのではないだろうか。
インターネットのような新しいものが出来るとこういった問題が議論になる。それは従来の範疇では区分できないグレーゾーンにあるメディアだからである。この日記にしても、私が私的に書いている日記だとは誰も思わないだろう。かといってエッセイといえるほどのものではない。これもグレーゾーンメディアの産物である。
小学生の遠足の前の日、おやつは1人150円まで、と言った先生に「バナナはおやつに入るんですか?」と聞いていたことを思い出した。
1998.6.13.(SAT)
<今日の一言>
Tanitaによれば私の体脂肪率は17.5%だそうです。
サービス化はローカル化
自分の毎月の支出を見ていると意外にモノへよりサービス産業への支出が多いことに気がつく。タクシーやヘアカット、クリーニングや外食費である。一次産品の価格が下がり、サービスに対する支出が増えるという事は経済が国際化とは逆の方向に進むことを示す。日本は一次産品の多くを輸入に頼っているが、支出に対するそれらの割合が減る。一方で国内で提供されるサービスへの支払いが増加しているからである。
もちろんタクシー代の一部は輸入されたガソリン代であり、外食の材料も輸入品で賄われているものが多い。しかし経済のサービス化は貿易の相対的な比率を引き下げる方向に働く。サービスは人が移動しない限り輸入できないからである。
経済のサービス化とはグローバリゼーションとは逆の方向に働いて行く。これはP・クルーグマンの「良い経済学悪い経済学」で世界経済のローカル化として指摘されていることである。
CNNやインターネットなどを通じて世界中の情報は瞬時に捉えられるようになった。外資系の金融機関が新しい商品を次々に販売している。こういった流れは一見国際化が進んでいるように見えるが、それは資本の流れだけの話である。モノの流れが世界経済に占める比率が低くなっていくとすれば、人々がイメージすることと実際に起こっていることにギャップが生じていゃということではないか。今後、家庭内労働のアウトソーシングが更に進みサービス化が進めばこの流れは大きくなる。
映像メディアの発達はたくさんの物事を瞬時に判断するのには役立つがイメージによって実態が誤解されるリスクを産み出した。わかりやすく先入観に合った情報が受け入れられやすくなるという弊害である。
センセーショナルで口当たりの良いコメントではなく、地味でテレビ受けしないようなところに真実は隠されている。
1998.6.12.(FRI)
<今日の一言>
ワールドカップチケット騒動の勃発で先週まで大騒ぎの「カズ問題」には誰も触れなくなりました。世論なんて所詮そんなものです。
散々
とある銀行が革命的な金融商品を開発した。日経新聞に大きく広告が載っている。
この商品、1年の銀行預金なのに金利が1%以上である。預入額300万円未満の場合「スーパー定期」(店頭表示金利)+1.0% 、預入額300万円以上の場合 「スーパー定期300」(店頭表示金利)+1.0%となっている。 利率は満期日まで変わらない。現在の日本の金利水準を考えれば異常な高金利低リスク商品である。
ただし対象顧客は「60歳以上の個人のお客様に限らせていただきます」となっている。しかも預入限度額は一人1、000万円までである。そして取扱期間は平成10年12月30日までの限定である。
かつて牛の預託商法やオレンジ共済といった詐欺まがいの高配当商品があったが(牛はまともにやっていたところもあったようだが)、今回の商品はどこがちがうのだろうか。それは商品の預金限度額と取扱い期間をみていると何となくわかるような気がしてくる。
政府は2001年3月まで1、000万円までの預金については預金保険によって保護をするとしている。ということは政府が嘘をついたり裏切ったりしなければ、この商品は政府保証付きの預金ということになる。銀行が万一潰れても政府が払ってくれる。つまり1年ものの国債を買うのと同じである。ではこの銀行はこんな商品を作り出したのか。
銀行の仕事の一つはなるべく安い金利で資金を集めることである。安定的な資金が低コストで集まればそれを貸出しや投資に振り向け収益を上げる可能性が高まる。
高コストで小口の資金を集め始めたこの銀行には何が起っているのだろうか。ちなみに商品名は「散々」ではなく「燦々」という。
1998.6.11.(THU)
<今日の一言>
3時間睡眠でさすがにバテています。
「先生」はやめて
出版社の友人の紹介で「ローマ人の物語」で有名な塩野七生さんと食事会をした。テレビで拝見したときは怖くで気難しい方、という印象であったが実際お会いして話してみると強烈な魅力を持ったカリスマ性のあるセクシーな女性だということが良くわかった。塩野先生と呼ばずに塩野さんと呼んで欲しいとおっしゃる。
約20名が参加した食事会は塩野さんは聞き手で各参加者があらかじめ決められたテーマについて話をするという形式で6時から始まった。お店はラ・ベルデ 青山店(港区北青山1-2-3 青山ビル地下1階、3404-0712)。塩野さんの30年来の友人で、ミズタ・エンタープライズを経営する水田泰弘氏のイタリアンレストランだった。
大学教授、官僚、ビジネスマンといった人達が次々に自分の意見を発表し塩野さんや他の参加者が意見を言っていく。食事をしながら「朝まで生テレビ」に出ているような錯覚に陥った。スピーチが全員に回らないうちにもう閉店の11時になっていた。延々5時間ひたすら食事と議論に集中した。
普遍と特殊、民族と人種、民衆とエリート、古代ローマから現代日本まで話題は数千年の時空をかけめぐる。美味しいイタリア料理を食べワインを堪能しながら、横で必死にメモをとる。
酒の勢いもあって、帰り際スピーチのためコピーしてきた自分のHPの一部を塩野さんに手渡してしまった。大ファンであるという父のために著書にサインまで頂き、興奮のうちに家路につくのであった。
1998.6.10.(WED)
<今日の一言>
ダイエットの必要性を感じる今日この頃、Tanitaの体脂肪体重計を買う必要がありそうです。
日記廃人度
日記をHPに晒している人のために日記廃人度というテストがある。30問の質問に答えると日記廃人度がわかるという仕組みである。早速やってみると私は30の質問のうち該当項目が23あった。13個以上は「日記廃人です。手遅れ。」とのことである。23個というのは廃人を通り越した仙人であろうか。
包丁人味平
家の近くの古本屋で「包丁人味平」を買ってきた。かつて少年ジャンプに連載された人気マンガである。主人公の塩見味平が料理の修行を通じて日本一の料理人になるという話であるが、現実ばなれした設定と適度なうんちくがミックスされ、時代を感じる設定もノスタルジーを感じて気に入っている。
実はこの作品が料理の鉄人や美味しんぼの原型となったのではないかと思っている。カレーやラーメンといった料理をテーマに料理人達が対決するスタイルは鉄人そのものだし、料理という一見マンガにしにくいテーマをどう処理するかの基本スタイルはこの作品が完成した。
キャラクターの奇抜さと現実離れした設定によって地味になりがちなテーマを盛り上げる手法である。味平の中では包丁貴族、団英彦というキャラクターがお気に入りである。といっても殆ど誰も知らないであろう。
1998.6.9.(TUE)
<今日の一言>
残業の帰り道、地下鉄の工事現場からラジオ体操の音楽が聞えてきました。彼らにとっては夜の8時が始業時間なのです。
賭け
フランス系の某証券会社では取引先を相手にワールドカップクイズと称してどこのチームが勝ち残っていくかクイズをやっている。サッカーにまったく疎い私はこのクイズではじめてAからHまでブロックがあることを知った。
前の会社の同僚からメールが来た。1ドル200円と100円とどちらが先に到達するか賭けないかという。この賭けは成立しなかった。2人とも200円が先と思っているからである。では120円と180円ではどうか。これも成立しない。結局130円と165円で成立した。私は165円を取った。
一方日本の国債指標銘柄(182回債、現状1.2%)は1%まで下がるかとも聞かれた。これも賭けは成立しなかった。2人とも「下がる」と思っているからである。俗に言う「Same・Side」である。
賭けというのは自分とは逆の結果を考える人がいるからこそ成立する。これは金融マーケットでも同じ事である。140円でドルを買えるのは140円で売りたい人がどこかにいるからである。大多数の人と同じ予想をすれば賭けのオッズは低くなる。金融マーケットでも大多数の人と違うしかも正しい予想をすれば莫大な利益が手に入る。
1998.6.8.(MON)
<今日の一言>
日本の失業率4.1%は米国の統計基準で計算すると6%近くになるといいます。ただしこれには社内失業は含まれていません。
借地借家法
借地借家法が改正される見通しになったが、これには一部の弁護士などが借家人の権利が侵害されるとして反対しているらしい。つまり従来の法律では貸家人が勝手に借家人を追い出すことができなかったが、今回の改正で契約が終了したとき立場の弱い借家人が追い出されることになるからだという。
欧米先進国に比べ貧弱な住宅事情からウサギ小屋と揶揄されてきた日本の住宅であるが、持ち家では122平方メートルと決して貧弱ではない水準である(ちなみにイギリス・ドイツ・フランスは100平方メートル程度で日本より少し狭い)。
問題は借家である。アメリカの118平方メートルは例外としてもイギリス94、ドイツ69、フランス68に対して日本は何と45平方メートルである。つまり日本の借家は持ち家の3分の1程度の広さしかないのである。その理由の一つが借り手に有利すぎる従来の借地借家法にあると思われる。
契約終了後も正当な理由がないと立退きを求められないという現在の借地借家法では賃貸人は安心して家を貸すことができない。故に住宅を供給することを躊躇し、また貸す場合でも立退きの際のことを考えプレミアムを借り手に要求する。したがって値段が高くなり狭い住宅でないと需要がないため広い家が供給されないという悪循環になっている。つまり借り手に有利な法律が結果として借り手の不利益になっているのである。
借地借家法の改正に反対する動きは弱者の救済の名の下に結果の平等が経済的効率を損ねている代表的な例ではないだろうか。年寄りや経済的な問題を持つ立場の弱い借家人は借地借家法ではなく別の福祉政策で保護されるべきであろう。今回の改正が良質な借家を供給するインセンティブになることを期待したい。
1998.6.7.(SUN)
<今日の一言>
P・クルーグマン「良い経済学悪い経済学」は目からウロコの名著です。
じゃらんの功罪
「じゃらん」という雑誌をご存知であろうか。リクルートが発行している国内レジャーの予約をするための雑誌である。目的別に宿や施設の内容と料金情報が大量に掲載されており、今や個人旅行のバイブルである。
箱根や伊豆の伝統的な和風旅館はじゃらんの出現によって商売のやり方が大きく変えられた。超一流の紹介だけで客がとれるような例外的な旅館を別とすれば、旅行代理店からの紹介やパック旅行よりじゃらんに載ることの方が営業成績に大きな比率を占めるようになってきたようである。
じゃらんの特徴は露天風呂付きの宿とか部屋に温泉が付いている宿といった特集をして比較的低価格の旅館の情報を大量に掲載する。リクルートの基本ポリシーと言える読者が必要とする比較可能な情報を効率的に提供するという編集方針である。
しかしこの効率性のための画一化が旅館の経営を圧迫している。露天風呂の無い旅館はどんなにいいサービスでも露天風呂特集には掲載されない。雑誌に掲載されるためには数千万円の投資をして露天風呂を建設しなければならない。
かつての旅館経営はある意味では前近代的であった。客は紹介や口コミでやってくる。値段は聞いても料理が何かや部屋がどんな部屋なのか行ってみないとわからない。食べおわるまで勘定のわからない寿司屋のようなものだった。その不透明性を打破したじゃらんの功績は大きい。
しかし一方でどの旅館も露天風呂に鍵付き時間制入浴、刺し身を中心とした懐石風夕食、といった代わり映えの無い没個性的な宿になってしまった。
露天風呂が無くてもいい旅館はある。安くてリーズナブルな旅館の情報が入ってくるのは良いことではあるが、マスメディアには捉え切れない魅力ある宿が減っていくのはグローバルスタンダードに対応できない銀行が潰れていくのを見ているような寂しさがある。
大蔵省
大蔵省のいわゆるキャリア組に行っていた20代での税務署長への出向を廃止する。世論の批判に配慮したようだが、問題の所在を勘違いしているのではないだろうか。
20代で地方の税務署長に赴任し1年間お遊びをしている現在のやり方は確かに問題なのかもしれない。タレントの一日税務署長ならぬ「1年税務署長」である。失敗しないようなところへ送り出し傷が付かないようにする。そして毎日大した仕事もしないで上座で持ち上げられるような夜の宴会をこなしていても意味はない。(私の認識する内容は誤解が含まれているでしょうか)
官僚に必要とされているのは行政の問題を具体的に把握し、問題を解決していく能力である。むしろ問題を抱えている税務署に派遣し実際に問題解決に当たらせることは必要ではないだろうか。そして組識のリーダーシップと問題解決能力、そして大蔵省の本省では見えなかった現場の実態を把握するのである。その意味で若いうち税務署長で現場に出て苦労することは大切な訓練だと思うが。現場で理想と現実のギャップを肌身で感じる絶好の機会ではないだろうか。
何か批判が起こると表面的な制度変更で誤魔化し根本的な改革を行わない。こういった制度を廃止して表面的な批判をかわそうとする事勿れ主義は未だにまったく変わっていないようである。
1998.6.6.(SAT)
<今日の一言>
また寒くなってきました。花粉症は相変わらずの状態です。
滅びの美学
カズがワールドカップの代表選手からもれたということが、大きな波紋を呼んでいる。私自身サッカーにはまったく興味がない。しかしこういった世間の反応を見ていると、原辰徳や小錦に対する感情に近いものをカズに対して抱く日本人の滅びの美学を感じてしまう。
原辰徳は最盛期には巨人の4番の割に今一つ人気が無かったが、最盛期を過ぎスタメンから外れることが多くなってくると不思議なことに人気が実力の衰えに反比例して上昇した。引退直前には人気は最高潮に達し、引退後はNHKのキャスターからモルツのCMまで大活躍である。
小錦も大関を陥落してからマスコミの注目を集め、人気が沸騰した。これまたサントリーのウイスキーのCMでも大活躍の売れっ子である。
努力と才能によって栄光をつかんだものが肉体的な衰えから衰退していくというスポーツ選手の宿命。その中で必死にもがきながらも表面的にはそういった弱みを見せない潔さ。武士道にも通じる美学が人気を集める。どこかで自分の人生と重ね合わせられる部分があるからであろう。
選手の選考方法の問題や実力についての評価は門外漢でわからないが、ワールドカップの結果がどうであれ「冷たい」「かわいそう」といった感情論で監督を糾弾する風潮にだけはなって欲しくないものである。監督の選手選考に対する批判はワールドカップで勝つという目的に合致しているかという観点でのみ行われるべきである。
1998.6.5.(FRI)
<今日の一言>
何時間寝ても眠くて仕方ありません。
パイレーツ
「だっちゅーの」のギャグで有名になりつつあるパイレーツというお笑いグループをご存知であろうか。女性2人組なのであるが、外見は漫才師というよりグラビアクイーン系のお色気お笑いといった路線である。
といっても黙っていても売れるほど特別にかわいい訳でもないし、バラエティ番組に出ているのを見たことがあるだけで本業(と思われる)お笑いをやっているのを見たことは一度も無い。アイドルとコメディアンのニッチ(すきま)芸人である。
チバレイこと千葉麗子はタレントとしては売れなかったが、パソコンを使うタレントという差別化をすることにより、パソコン雑誌に登場しパソドル(パソコンアイドル)として甦った。山瀬まみはキンチョウリキッドのCMでカッパ姿で川に浮かんでいる。
次から次へとデビューするタレントの中でニッチアイドルの差別化競争は激化の一途である。
定借マンション
東急不動産が東京都江東区に定期借地権付きマンションを建設するという。50年間の定期借地権で土地を借りた上にマンションを建設する。土地の所有権がついているマンションより4割程度安くなる。企業の遊休地の活用では2番目のケースである。
定期借地権が付いていると住んでいて特に問題があるわけではない。そもそもマンションの土地の所有権など大した価値はないからである。50年後の所有権を放棄することによって40%引きでマンションが手に入るなら割安である。4千万円のマンションが2千4百万円ということになる。
最低でも広さは50平方メートル台で価格は2千万円台である。別に今のところマンションを買うつもりは全く無いが、こういった商品が市場に出ると既存の住宅や賃貸市場の価格に影響が出ることが期待できる。
例えてみればビール市場に発泡酒が参入してきたようなものである。外人投資家の不動産の買い上げで不動産価格は底を打ったと言い出している人もいるが、商業用の投資利回りが高い優良物件を除けば底入れとは言い難い。特に住宅地はまだ下がるのではないだろうか。
そもそも日本の住宅は他の資産に比べ割高である。世界の一流料理を食べ尽くし、高級ブランドを身にまとっている人が通勤1時間のウサギ小屋に住んでいるのか。駅前に畑を放置しているような土地の無駄使いが多いからである。普通のサラリーマンが一生真面目に働いてプール付きの一戸建てくらい住めるようになってはじめて住宅価格の正常化と言うことができるのだろう。
1998.6.4.(THU)
<今日の一言>
久しぶりの午前様です。日記は短めでご勘弁を。
送別会
大学時代のクラスメイトがLAに赴任するという事で、久しぶりに同期で集まった。一期一会(港区六本木3−2−24、3583−0622)という閑静な住宅地にあるさかなの美味しいお店で開催された。
大学卒業後10数年、11人が集まったが誰も昔と変らない印象である。意外に歳をとらないものだな、と思っていたが、「周りと同じスピードで自分が歳をとっていると、相対的に周りも歳をとっていないように思えるのでは」という物理学者のようなことを言う奴がいて納得した。
二次会は近くのバーで。帰りは2時過ぎ。道端で「蝶々」になったゲストのLAでの活躍を祈りたい。本人は仕事よりゴルフで活躍するつもりらしいが。
1998.6.3.(WED)
<今日の一言>
相変わらず花粉症で、半日会社を休んでしまいました。
サイゼリア
新興産業のやっている外壁工事に良く似た名前(それは、さいでりあ)だが、イタリア料理のファミレスをやっている会社の名前である。
アナリストジャーナルに社長の講演録が載っているが、飲食業経営者としてはかなり異色の人のようである。
『うまいものというのは湿度温度経過時間といった保管管理が5%、調理5%、素材が90%で決まる。』
『イタリアの素材はトマトにしても赤ワインにしても生命力があるから世界中の人が食べるようになった。ワインは体に良いので血行を促し、愚痴を言わなくなるが、同じ人が日本酒や焼酎を飲むとけんかが多くなる。』
『日本の食文化はイタリアに千年遅れている。』
『吉兆等の料亭では「一組のお客さんのための素材を吟味して作る料理」といっているが、私共はそれよりおいしいものを30分の1の値段で提供したい。』
と発言はなかなか挑発的である。
新宿や京王多摩センターなどに何軒か店がある。最近はお台場にも大きな店が出来たようである。行って見るととにかく安いというのが印象である。少し前に行った時、パスタは400円以下、グラスワインは190円というような値段だった。ワインを飲んでお腹一杯食べても一人2千円はかからない。
吉兆に行ったことはないが、味は吉兆よりは美味しくないことは確かであろう。しかし値段からすれば十分リーズナブルであった。雰囲気もゴージャスとは言えないが、無駄がない作りである。
日本人にとってはワインもイタメシも特別な日の食べ物から、日常的に食べるものへと変わってきた。街角に安いイタメシ屋が広まれば、この会社も日本人のラテン化に貢献しそうである。
1998.6.2.(TUE)
<今日の一言>
ヒット数3万件突破しました。ジャスト3万件めの方、ご連絡下さい。
あれから一年
前の会社の上司と同僚と4人で新宿の「Me.Room」(みーるーむ、新宿2−8−17、5269−6007)で食事をした。S信託を退社した男がオーナーとして開いたお店である。
新宿御苑駅から歩いてすぐにあるこの店はカジュアルな雰囲気で値段もリーズナブルであるが、料理は充実している。どの料理も5百円からせいぜい千円以下であり、オーナーを含めた3人の若者がシェフとして働いている。メニュは週替りとなかなか意欲的。今週の食材対決と称して、テーマを決めてメニュを作っている。ちなみにこの週は茄子、メランザーナがテーマだった。気に入った料理があると客が投票できるようになっていて、ランキングを発表するシステムになっているのも面白い。店員もてきぱきと働いており、不思議な魅力のある店であった。
6月2日は丁度1年前、私が上司に退職を申し出た日である。その上司と前の会社を辞めた人間がやっている店でこうやって酒を飲むというのもシュールな空間であるが、有難いことである。話しているうちに前の会社で起こった様々なことが頭に浮かんできて懐かしい気持ちになった。
しかしこうやって時が過ぎるのは早いものである。一年前は都市銀行が潰れることも大手証券が自主廃業をすることも予想すらできなかった。
自分の中でも社会を見ても変化の大きな一年だった。こういう節目にはいつも考えることがある。来年の今頃、自分はどこで何をしているのだろうか。
1998.6.1.(MON)
<今日の一言>
また花粉症がひどくなってきました。
2番手
日興証券がトラベラーグループと提携することになった。投資銀行を共同で設立して日興証券はホールセールとリテールを分社する方向らしい。詳細はこれから決まっていくのであろうが、最近こういったいわゆるトップではない大手の再編の動きが目立っている。
日産ディーゼルの親である日産もトヨタに次ぐ日本第2位の自動車メーカーである。長銀もSBCと提携したが、これまた長期信用銀行ではIBJに告ぐ2番手の会社である。
経営戦略の教科書(M・ポーター)によれば、企業が一つの産業内で競争優位を持つには、コストリーダーシップをとるか差別化による生き残りを目指すかしか無いという。あるいはニッチ(すき間)市場を探し出すかである。
2番手の会社は革新的な発明でも無い限りコストにおいてトップには勝てない。ということは生き残るには差別化かニッチに特化するしかないはずである。それを理解していたソニーやホンダがそれなりに生き残ったのは教科書通りの結果である。
鉄鋼の2番手、銀行の2番手、デパートの2番手、これからはこういった構造衰退業種の2番手企業の再編が次々発表されるだろう。
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