SHINOBY'S WORLD SHINCE: SEPTEMBER 30, 1996




エッセイ

日記 1998年9月

 

1998.10.1.(THU)
<今日の一言>

第一勧業朝日JPモルガン投信投資顧問

第一勧業銀行グループとJPモルガンが資産運用業務で提携することになった、と日経新聞の一面で報じていた。いぶし銀の金融機関同士の協力関係という感じで派手さにはイマイチ欠けるが、私が興味を持ったのは新しくできる資産運用会社の名前である。

やはり今までの経緯からして名前をさらに積み重ね第一勧業朝日JPモルガン投信投資顧問とするのが筋ではないだろうか。第一勧業銀行自体そういう伝統を持って名前を変えずにきている。太陽神戸三井がさくらになり、協和埼玉があさひになってもひたすら合併前の名称を守ってきた。

名前を守るというのはそれはそれで一つの見識であるが、電話で自分の会社をどういうのかだけは考えておいたほうがいいのではと他人事ながら心配になる。

無愛想

七厘で炭をおこし自分で焼いて食べる店がある。名前は無愛想という。カウンターとテーブル席があり自分の目の前に運ばれてくる肉や魚貝類を好きなように焼くのである。

すべての材料に下味がついているので焼いたらそのまま食べてもいい。たこはすりごまをつけると絶品。はらみもオリジナルのタレがいい味を出している。そもそもこういった料理は材料の新鮮さが前提である。その点この店は安心して注文することができる。

無愛想という名前の由来は
「美味しい料理と酒があれば店は無愛想な方がいい」
という思いから来ているらしい。


しかし私の知る限り今の所この店は全然無愛想ではない。マスターは人なつっこいおしゃべりな人だった。でもきっともっと有名になれば味にこだわるおやじの風貌になり、店の名前通り無愛想な店になってしまうのであろう。だからなんだか勿体をつけるようで申し訳ないがこの店は余り人には教えたくないのである。

年齢差カップル

ローソンの森高や焼酎の原田知世といったCMの影響であろうか。最近電車の中でよく見かけるのは年齢差のあるカップルである。先日終電間近の電車に男が40代で女が20代のカップルがいた。最初は親子かと思うが手を握り合ったりしてどうも様子が違ったりする。

タブーへの抵抗感が無くなったということだろうか。年齢・家柄・学歴・離婚暦・勤務先・国籍といった概念の垣根が少しずつ下がってきているのであろうか。私が知っている例でも会社の妻子持ちの役員が20代の女性と恋に落ちて、財産も家族も全てを捨ててその女性を選んだというのがある。年齢差は40近い。

この話を会社のアシスタントの女性などにすると
「気持ち悪い」
という反応が返ってくるが、その20代の女性も最初は気持ち悪いと言っていたそうであるから人の心はわからない。

 

1998.9.30.(WED)
<今日の一言>

8時に帰宅し9時就寝、なんだか眠いのです。

ラージ・クマール

第二の人生はカレーショップ「けつの穴」のマスターになりたい(☆空想癖☆のカレーショップ経営を御参照)と半分本気で思っている私はもちろんカレーが大好物である。浜松町にラージ・クマール(3437−0545)というインドカレーの店を見つけたので早速お昼を食べてみた。会社の裏通りの静かな場所に忽然と鮮やかなお店が現れる。

ランチはナンとライス、それにカレー2種類がついたセット(1250円)がお薦めである。カレーは甘口のシュリンプカレーから辛口のチキンまで3種類あって選ぶことができる。

ナンにカレーをつけて食べると気分はインドの高級レストランである。お客が日本人で殆どスーツ姿なので雰囲気までインドとはいかないが。カレーは適度な辛さと強烈なスパイスで私好みの味であった。12時過ぎると行列ができる。狭い店で20人も入れない位なのだから仕方ないか。

カレーとは日本では大衆食である。いつも不思議に思うのであるが日本のカレーが1000円すると非常に高い感じがするのに、インド料理店に行くとなぜか1000円でも抵抗感がぐっと低くなる。ということは同じカレーショップを経営するならインド料理店にした方が商売になるという仮定が成立つことになる。この辺はこれからの研究課題である。

もう一つ気になっているのは神田の駅のガード下にある「バルチックカレー」という店である。史上最強のカレーとか書いてあったと思うがどんな味なのであろうか。

 

1998.9.29.(TUE)
<今日の一言>

今日はだらだらと長く書いてしまいました。

ロングタームキャピタル

ヘッジファンドの老舗、ロングタームが破綻した。資産の4割以上が失われ、銀行の協調融資によって救済されることになるようである。ドリームチームと言われ、ソロモン出身のメリーウェザーをはじめ、マイロン・ショールズ、ロバート・マートンといった、ノーベル経済学賞受賞者が名を連ねるプロの投資家集団がどうしてこんなことになってしまうのであろうか。

ヘッジファンドは金融市場におけるスターである。サーカスで言えば空中ブランコの達人のような存在である。通常であればミスはありえない。訓練と経験を積んだプロだからである。しかしどんなプロであっても例えば空中ブランコの綱の結び目がほどけてしまった時はどうしようもない。いくら平衡感覚に優れた天才でも壊れたブランコには飛び乗ることができない。

今回の事件はこのような事態と同じではないか。これはいわゆるイベントリスクといわれるものである。絶対儲かる不動産投資でも大震災で街が崩壊すれば投資も失敗に終わる。しかしこういったリスクは計量化できないし予測も不可能である。つまり過去の経験が役に立たない世界なのである。

ヘッジファンドの洗練された投資手法とは通常のマーケット環境において確実に儲かる、つまり多くの愚者が気がつかない利益を得る方法を見つけだし、そのポイントに大きくポジションを張って莫大な利益を追及する。過去のリスクに対するヘッジを完全に行ったとしても予期せざるリスクには無力であるということではないだろうか。

頭のいい人がなぜ必ずしも相場では成功しないのか。これは永遠の疑問である。ケインズも相場でやられたというし。

科学的ではないが一つの説明として、これは驕りに対する市場の神の制裁であるとしたら、謙虚さの欠如が相場の致命傷という前の会社の上司の言葉は至言と言えるのかもしれない。

投資顧問会社とヘッジファンドの違いは固定報酬と成功報酬の違いというのが定義であるが、哲学も異なるのではないだろうか。ヘッジファンドが弱い部分を徹底的に攻めるレバレッジをキワードとすれば投資顧問のそれはマーコヴィッツの発見した定理「一つの籠にすべての卵を入れてはいけない」である。

バイオの使い勝手

昔話好きの師匠は出張用にバイオをもう一台買うそうである。

私の買ったC1の使い勝手は快調である。まだ内蔵のカメラは余り使っていないが、ネット関係は一通り試してみた。スマートライトというドキュメント作成ソフトからオリジナルのFTPに接続しHPに直接貼り付けられるのはHPを更新するには非常に便利である。

キーボードタッチはバイオ特有の軽いふわりとした感触で最初は違和感があったが、慣れれば問題ない。ピッチも17ミリで丁度良い。ポインティングデバイスはかつてIBMのパソコンにもついてたのと同じ感覚でタッチタイプのポインターより個人的には好みである。当然マウスも別売りで買えばつなぐことができる。

カメラの性能であるが、これは大人のおもちゃと考えた方がいいかもしれない。何と言ってもフラッシュがないので使えるのは昼間だけである。それにカメラの性能も27万画素で、物足りない。サイバーカードや作曲機能といったヴィジュアル・サウンド面での機能は使いそうにもないお遊び機能である。

インストールすればいいことではあるが、ワードとエクセルは入っていない。特に表計算ソフトは何も入っていないので必要な人には不便かもしれない。モデムカードは内蔵で便利だ。

しかし何と言っても最大の難点は重さである。バッテリーを入れて1.1kgということだがモバイルに慣れた体には少々重く感じられる。だから電車の中でワープロ代わりに使うのであればモバイルのほうが断然有効である。

C1は家と会社の両方でパソコンを使ったり、出張などが多い人には軽量パソコンとしていいのではないかと思う。表面は金属製で頑丈だし、ソニーらしいデザインとマニュアルの工夫などやはりパソコン開発メーカーとは一線をおいた素人受けする細かな心配りが随所に感じられる。20万円前半マシンの中ではお買い得というのが結論である。

ところでAKIさん(メールの返信が戻ってきてしまうので返事できなくてすいません)に教えて頂いた情報であるが、ドコモ用の接続キットでIDOの携帯が接続できることがわかった。わざわざ3万円近くするIDO用のものを買う必要が無いという事になる。といっても動作保証などはされていないだろうからリスクはあるが。私の場合すでにIDOを解約しDocomoに切り替えてしまったので関係無くなってしまった。

 

1998.9.28.(MON)
<今日の一言>

ターザンのダイエット特集、つい買ってしまいました。

同期会

会社に同じ時期に入った同期と1周年ということで1年前に初めて集まった時と同じ店、浜松町の豆腐料理「あたご家」に集結した。一年前というと日記を溯れば昨年の8月28日である。その時のメンバーのうちサマーインターンの学生を除く6名が昔話に花を咲かせた。

1年というのは早い、というのが一致した見解であろうか。当時は前の勤務先のことをつい「うちの会社」といっていたのに、今や「前の会社」と呼ぶようになっている。日系からの転職組がほとんどであるが、外資系の虚像と実像の中に揉まれて逞しく成長している。

昔話と会社の噂話そして後は気の置けない仲間との馬鹿話で、久しぶりに心の底から笑いころげた。何だか知らないがこのメンバー「August joiners」は個性派揃いで面白い。香港から帰ってきた1人が百合油というお土産をくれた。ビンに入っている万能薬でタイガーバームのようなものらしい。ダイエットに夢中になっている酒飲みがいたりもする。自分の秘密の話を皆に説明してくれた人もいた。

一年前に会ったときは一年後誰かが辞めているとは想像だにしなかった。実際このメンバーは全員まだ勤めているが、これから一年後はどうなっているのだろうか。2周年をやるときに全員同じ会社にいるのだろうか。

最後はお店の人が写真撮影までしてくれた。お箸とスプーンのお土産付きである。店を出ると2次会の誘惑が頭をもたげたが、月曜日ということもあり、成長した若者たちは電車で帰路につくのであった。といっても時計は11時を回っていたが。

 

1998.9.27.(SUN)
<今日の一言>

何時間寝ても眠いのはなぜでしょうか。

邦銀のドル調達支援

日経の1面トップは政府・日銀が邦銀のドル調達支援に外貨預託や為替スワップを使ってドル資金を供給するという記事が載っていた。

邦銀は外貨を調達する場合通常外国の銀行からの市場での取引となるが、昨今の金融システム不安から、ジャパンプレミアムと言われる上乗せ金利を数十ベーシス払わないと資金を出してもらえない状態になっていた。

更に最近では多くの邦銀が3ヶ月とか1ヶ月といった短期のドル調達さえ、外国銀行が資金を出したがらないため資金市場においてドルが調達出来ない状況になっているようである。

そこで為替のフォワードを使ったり、クロスカレンシースワップを使ったり工夫をして調達方法を考え出しているようであるが、これらも取引相手から見ればリスクがあることから担保の差し入れを条件にされたり、取引金額にも限界がある。

という訳で遂に預託やスワップを日銀がやることになったようである。まあ預託は以前から「選択」でも報道されていたように存在していたようである。問題はこのような対策が必要なのかどうかである。

邦銀は調達した外貨を何に使っているのであろうか。外貨建てローンの資金にするか或いは外貨建ての債券や株式の運用を行っているのであろう。信用力の無いために資金が調達できない銀行に政府が金を貸してその金を融資や運用に使う。これは民間企業のビジネスとして許されるものなのであろうか。

資金が調達できなければ、貸出しを回収したり有価証券を売却したり、資産の圧縮を行えば良いことではないのだろうか。有価証券もまっとうな債券であれば金利の低下で売却すれば益が出るはずである。貸出しが回収されると国内同様海外でも貸し渋りが起きるからというのが理由であれば、海外で起債ができないような企業向けの融資に限って資金供給を行うといった方策を取るのが筋ではないだろうか。

もう一つ考えられるのは、資産が焦げ付いていて回収できないケースである。不良債権や流動性のない有価証券などに資金が回っている場合、回収したくても資産の圧縮は困難である。しかしこれも国内同様償却を進めるしかないのではないか。ジャパンプレミアムという余計なコストを払っている分、海外不良資産の圧縮の方が喫緊の課題である。

銀行とは信用力をバックに低金利の資金を集め、審査能力を使って優良な投資先に資金を出して収益を上げていく事業である。資金調達ができなくなって政府に資金をもらい、融資先や投資先が腐ってしまっているとしたら、事業としてもはや成り立っていないということを宣言しているようなものである。

海外業務を行う邦銀は果たして10行以上も必要なのであろうか。

 

1998.9.26.(SAT)
<今日の一言>

昼間のどしゃ降りにはびっくりしましたが、Tシャツ短パンでずぶ濡れになるのは意外に気持ちのいいものです。

VAIO・PCG−C1

遂にバイオC1を買ってしまった。どしゃ降りの雨の中、新宿ヨドバシカメラまで出かけ、消費税込みで24万円(でもポイントカードで10%還元)現金払いである。傘も持たずにずぶ濡れになりながら商品だけはビニールカバーで完全防備。

早速家に帰りインストールを開始した。ウィンドウズ98はあっという間に完了である。問題は通信の方だったが、インターネットのブラウザは設定に四苦八苦し、最後はプロバイダーにまで電話をしてようやく完了した。FTPはオリジナルのソフトが付いている。原稿を打ち込みインターネットに送信というコマンドを選択すると自動的にアップされるのは便利でいいのであるが、これも最初の設定に面食らう。

何だかんだで3時間。ようやく一通り使えるようになった。大きさはモバイルギアを一回り大きくした位。ただしバッテリー込みの重量はやっぱり少し重い。モバイルの1.5倍位はあるだろうか。

その代り画面は大きく鮮明。スティック式ポインティングデバイスも使いやすく反応もキビキビしていて気持ち良い。デジタルカメラ内臓で写真もメールに付けたりと色々使えるようであるがこの辺はこれから使い方をマスターしようと思っている。

まあこれだけの性能で20万円そこそこというのは確かにお買い得である。2台目のマシンとしてはベストの一台と言えるのではないだろうか。ちなみにヨドバシカメラには昨日の時点で在庫が5台残っていた。

これで我が家にはパソコンは4台になった。デスクトップと昔使っていたIBMのB5サイズの482マシン、そしてモバイルギアにバイオである。ほぼ1年に1台のペースで買っていることがわかる。いつもパソコンを手に入れる度にこれは最高のマシンだと思う。そして1年も経つと新しいマシンをまた欲しくなってしまう。今回のバイオは果たして何年間持つのであろうか。

 

1998.9.25.(FRI)
<今日の一言>

会社から直帰し、部屋で持ち帰り弁当を食べる金曜の夜というのもマゾヒスティックでいいものです。

携帯電話

今まで使っていたIDOの携帯をDocomoに変えようと会社の近くの携帯電話の安売り店に行ってみた。携帯を交換するのはパソコンとの接続ケーブルの値段の問題「等」を考えてである。Docomoのケーブルは12000円程度だがIDOは3万円近くするというのを聞いたのが直接の理由である。幸い自分の携帯番号を知っている人もあまりおらず、会社やネットで連絡は取れるので問題は無い。

店で聞くとDocomoのデジタルムーバP156という小型の機種が5000円だという。ヨドバシカメラで見たときは1万円近くしていたような記憶がある。随分な安売りなのかもしれないが、それにしてもまだ高いと思って店員に聞くと、お店のメンバーになれば更に割引で3000円になるという。

そして更に畳み掛けるように言う。オリエントカードの会員になれば1500円です、と。カードの発行費用が500円で合計2千円。申し込みをすればその日の内に電話機が手に入る。

ということで現在私の手元にはIDOとDocomoの2台の携帯がある。といってもどちらも殆ど使っていないし、電話がかかってくることも極めて希である。鞄の中にモバイルギアと携帯2台にデジカメ、気分は完全にオタクである。まあIDOの携帯は来週には解約する予定であるが。

これでパソコンも手に入ればインフラは完備する。あとはインフラを使って何をするかである。

 

1998.9.24.(THU)
<今日の一言>

ダイヤの乱れた中央線から流れてきた客で京王線は蒸し風呂状態でした。人の気持ちを貧しくさせるこの貧弱なインフラから早く脱出したいと思いはじめました。

ノスタルジー

ボブべっくさんたちと男4人でケネディハウス・銀座(3572−8391〜3)に行った。最初に食事をしたイタリア料理屋で音楽の話で盛り上がり、その勢いでライブを聴こうということになったのである。

店に直接行くと幸いなことにステージの一番前の席が空いていた。席についてしばらくすると早速ステージが始まる。前回随分前に来たときは後ろの方の席で余りライブの一体感を感じられなかったが今回はお客も大入り、演奏者ものっていて異様な盛り上がりを見せる。

男性と女性のボーカルも演奏しているメンバーもレベルが高く、安心して演奏を聴いていられる。でも上手い人にありがちな手抜き演奏という感じではなく、一生懸命やっている姿につい観客も乗せられていく。

客層は30代後半から50代位であろうか。会社のグループで来ている20代の女性もいるようだった。曲目はこの世代のノスタルジーを掻き立てるものが多い。木綿のハンカチーフ、異邦人、YMCA、勝手にシンドバット、大都会といった歌謡曲メドレーから佐野元春、TOTO、ロックのバラードまで。極めつけはイーグルス・ホテルカリフォルニアである。わかっていても鳥肌の立つギターソロ。みんな、踊っている、歌っている、そして昔の記憶がフラッシュバックする。

音楽というのは不思議に当時の記憶とリンクする。ホテルカリフォルニアを聴くと中学2年生の夏休みの思い出が甦り、昔の歌謡曲はザ・ベストテンという歌番組を思い浮かべ、高校時代の気分になる。

こういったノスタルジーは世代によって対象が異なるものであろう。昔のアニメの話や給食の話なんかと同様、同じ年代の共通の趣味のある人としか共有できないある意味でマニアックな感動である。

 

1998.9.23.(WED)
<今日の一言>

下北沢にはどうして広島風お好み焼き屋さんがあんなに多いのでしょうか。

福田和也

一昨日書いた「本当の目的」には何人かの方からメールを頂いた。あのような拙文に対してさえこれだけの人が反応するということは、こういった問題は現代人の多くの人に共通する悩みではないかと思った次第である。

それはともかく最近この福田和也という人にはまっている。最新作の「この国の仇」を読みはじめた。これもまた刺激的な本である。

子供の人権、自由・人権・民主主義、といった言葉の響きは美しいが実際にやっていることはとんでもないという幻想が今の日本に蔓延している。そういう現代日本の状況に警鐘を鳴らす本である。これら戦後に輸入された概念は本来の意味であれば素晴らしいものであるが、都合のいいように使われる言葉になってしまっていると指摘する。

個性の教育というと人と違うことがすべて個性になってしまう。社会のルールを守らないのも個性、人に迷惑をかけるのも個性と若者がほざく社会。誰にも迷惑をかけていないから援助交際して何が悪いと高校生に言われると反論できない大人。男女平等を声高に叫び学校給食の廃止は女性の社会進出を阻害するという単に弁当を作るのが嫌な人達。

これらのまやかしの詭弁に対し福田氏は剃刀のような言葉で対抗する。その根底にあるのは本当の合理性というものは、非合理を、不合理を認めた上で存在する。合理的にすべてを割り切れると考えるのは浅はかな合理主義だという考え方である。

恥ずかしながらこんな簡単なことさえ今まで気付かなかった自分の愚かさに気づきながら福田氏とはまた違った自分なりの頭の整理をしなければいけないと思った。

礼儀、躾、道徳、世間、国、分、らしさ、恥。福田氏の文章にはこういった今までリベラルに生きてきたと自任する私にとって耳障りな言葉(Buzz・Words)が数多く登場する。もっとはっきりいえば右翼的な言葉とでも言えるだろうか。こういった言葉に反応するようになった自分の心の動きの裏に何があるのか大変興味を持っている。

 

1998.9.22.(TUE)
<今日の一言>

国民の祝日を減らせという日本人は私くらいでしょうか。

餃子職人

浜松町に変な名前の店を発見した。その名も「餃子職人」。といっても職人が餃子を作っているという道場的な雰囲気は微塵もなく、どちらかといえばカジュアルなお店である。

餃子も有名らしいが、お昼のランチは牛トロ丼というのが名物である。どんぶりご飯の上に牛肉の生肉を細かく切ったものとネギが散らしてある。牛肉は冷たいのだが、しばらくたつとご飯の熱でとろっとした感じになる。醤油をかけて混ぜてたべるとユッケビビンバのような味になる。これが750円。

お昼にはミニ餃子というのが100円で供される。普通の餃子3コのサービスである。餃子は職人が作ったというには少し平凡であった。餃子職人というより餃子の母と名称変更した方がいいかもしれない。

実はこのお店テレビで紹介されているのを見たが、浜松町のどこにあるのか判らずにいたら、偶然前を通りかかって発見した。近くにはスカイマークエアラインの本社もある。今話題の長銀系リース会社や関西財閥系不動産会社が地上げした残骸と思われる時間制駐車場の脇でひっそりと営業している。

営業は11:00〜21:30。電話3432−5537。

 

1998.9.21.(MON)
<今日の一言>

ピーター・バ−ンスタイン「リスク」にはまってます。

本当の目的

「何が終わり、何が始まっているのか」で福田和也はベル友の話を持ち出している。ベル友とはポケットベルでメッセージのやりとりをするコミュニケイションのグループのことであるが、本当は友達でも何でもない。ただ単に「おはよう」とか「元気?」といった他愛もない言葉のやりとりをしているだけである。

彼らはお互い顔を会わせたことがない者同士だったりする。極めて希薄な人間関係である。しかしそんなベル友を200人集めようと必死に努力する高校生がいた。そして目標の200人を集めるが、満足感はない。

その内に200人のうちの一人と会いたいと思うようになる。自分を知られるのも嫌だし、相手がイメージと違う女の子だったら嫌だ、と悩むが、最後に会うことになる。そして彼女と会った瞬間、200人のベル友リストは彼にとって何の価値も無かったことに気付く。。。。

彼にとって200人のベル友とは何だったのだろうか。コミュニケイションに飢えた状態を癒すのものだと信じていたのかもしれない。あるいは現実からの逃避。しかし実際にその飢えを満たしたのは200人の希薄な関係ではなく、一人の人間との生身のつながりだった。

この話を聞くと、これと同じ事が世の中でたくさん起きているような気がする。本当に必要としているものを得ようとしないで、何か別のもので摩り替えてしまうようなことが多くないであろうか。子供に自分の夢を託す教育ママ、ありとあらゆる異業種交流会に出席して永遠の自分探しをしているビジネスマン、結婚が人生の最大幸福と信じている適齢期の女性。その真剣さには心打たれるが、こう聞いてみたい、「あなたが本当に求めているものは何ですか」。

毎日自分が求めているものは本当に何なのか。自問自答しなければ世の中を誤魔化しながら生きてしまうような不安に襲われている。

 

1998.9.20.(SUN)
<今日の一言>

ピーター・バ−ンスタイン「リスク」にはまってます。

「何が終わり、何が始まっているのか」

対談集というのは通常冗長でつまらないものである。大半は話にまとまりがなく、論理的な流れが無い(話し言葉だから仕方ないのだが)。途中からは対談者同士の馴れ合いやごますりが鼻についてうんざりするものも多い。

かなり古い本だがデイブスペクターが対談をまとめた「TOKYO裁判」だけは例外的に面白いと思っていた。何故面白いのかといえば赤尾敏、島桂次、笹川良一といった異色の対談相手と対立しているからである。

山田太一と福田和也による「何が終わり、何が始まっているのか」(PHP研究所)は久しぶりに出会った面白い対談集である。取り上げているトピックスの面白さと議論の流れに引き込まれるものがある。

山田太一と言えば不朽の名作「ふぞろいの林檎たち」(ただしパート3以降は迷作)を書いた脚本家。福田和也といえば今売り出し中の論客である。お互いに歩んできた道は異なり、世代も親子ほどずれているが、根本の認識はかなり一致している。

要するに西欧の理性では超えられない何か、が人間には存在し、それをどうやって理性と整合性をつけていくかを考えなければならないという問題意識である。だから論理的に説明のつかないものは「成り立たない」というような議論は呑気すぎる、と批判する。

例えば家族とは取り替えられないからこそ受け入れざるを得ない現実があり、それ故に気付かされたり学んだりする人間の成熟がもたらされるという主張は確かに今の日本の世の中を見ていれば説得力を持つのかもしれない。しかし、それは運命を受け入れよ、とか現実を受け入れることで人間は成長するといった理性とは異なるレベルの理屈になってしまう。

理性を持って物事を考えた上で、それでは解決できない問題が人間にはいくらでもあることを知ったとしてどうやって現実を捉えていくのかという話になると、とたんに歯切れが悪くなる。はっきりとした結論は2人共まだ持っていないようである。結局はプライベートな問題、個人で考える問題という結末になってしまう。

新しい価値観が見つからないからこそ、宗教や思想といったある意味で不合理を包み込んでくれる考え方に傾倒する人が増えているのであろうか。

 

1998.9.19.(SAT)
<今日の一言>

最近急に空が高くなったような気がします。

本当の日記

久しぶりに朝9時過ぎまで寝てしまった。前の日にまた赤ワインを飲み過ぎたからか。やはり休前日は少しほっとするせいか酒量が増える。いつも飲む相手は大体決まっているのだが日によって気分が変る。

そういえば今年の春にロンドンに出張した同僚は、ホテルから日本に電話をしたら、40分で6万円取られたと嘆いていた。早速ばぶさん(何故か文字化けで読めないのです)が師匠のページで紹介していたMCIのコーリングカードをオンラインサインアップする。3週間かかるというから間に合わないかもしれない。ついでにMSNにも加入しておくことにしようか。

テレビを見ているとスカイマークエアラインが就航したと報道されていた。一番機は搭乗手続きに手間取って40分遅れたとか。そんな話も初々しく感じられる。座席は満員だったらしい。こういう会社は応援したくなる。でも一日3往復で飛行機は一機しかないというではないか。故障したらどうするのであろうかと心配。

お昼はコールスローと小松菜のお漬し、それにブルガリアプレーンヨーグルト。朝も食べていないのに余りお腹が空かないのが不思議である。

午後はヨドバシカメラに出かけVaioC1の実物をチェックする。2台展示してあったがどちらも人だかりでなかなか手にとって触ることができない。モバイルの一回り大き目といったサイズで良い感じである。店員によれば来週26日に予約分が入荷するとのこと。楽しみである。

携帯との接続コードがIDOは3万円近くするというのでこの際携帯もドコモに変えようかと思いはじめた。新しい機種で3千円位で手に入る。料金も他の携帯電話と余り変らない程度まで安くなってきた。

夕方両親が調布までやってきた。3人で焼鳥川上に行く。美味しいレバーを食べて、いしもりで蕎麦を食べた。不動産市況と為替の見通しを話し込む。やっぱり日本で一番資産を持っているのは60歳以上の人達である。

 

1998.9.18.(FRI)
<今日の一言>

11月の九州の友人の結婚式はスカイマークエアで行ってみようかと思っています。

体重

タニタの体脂肪体重計を買ってから、毎朝起きると体重をはかるのが日課になってしまった。私は身長が177cmであるから適正体重は65〜70kg位であろうか。

毎日体重の微妙な変化を見るのは結構面白い。酒を飲んでその後深夜にラーメンまで食べたような日の翌日は68kg台まで一日で2kg近く増えることもある。逆に前日昼間にざる蕎麦だけで夜運動したような日の翌朝は65kgまで減ったこともある。短期的には体重の変動というのは2〜3kg位平気で動くものなのである。

しかし1ヶ月単位で見ると、暴飲暴食でもしない限り体重というのは常に一定のレンジの中で動いている。少しくらいダイエットしてもしばらくすれば結局元に戻ってしまう。体の恒常性維持機能というのはしっかりはたらいでいる。

今後の課題は体重をもう少し減らし、体型を維持することである。といっても女性のように矯正下着を着けたりするわけではなく、下腹部と首の周りの脂肪をすっきりさせたいと思っている。お腹がすっきりしていると服を着たときに締め付けられるような嫌な感覚がなくなるのがいい。首周りもYシャツにネクタイという通勤時にきついのは不愉快なものである。

現在の体重は66.6kgである。取り敢えず何とか65kgまで自然に落としたいと思っている。

 

1998.9.17.(THU)
<今日の一言>

バイオC1に関しましてはたくさんのメールありがとうございました。

カフェ・ハイチ

新宿のソフマップの裏に「カフェ・ハイチ」(西新宿1−19−2、3346−2389)という不思議な雰囲気の店がある。ハイチコーヒーを出す喫茶店だとずっと思っていたら、テレビでカレーの美味しい店として紹介されていた。

ハイチカレーとはどんなカレーなのか。ハイチといえばカリブ海の島国ではなかったか。そんな国のカレーとはメキシコ風であろうか、インドカレーと違うのだろうか。

店は地下で入るのは何となく勇気が要ったが、階段を降りて入口を開けると店内は殆ど満席で驚いた。テレビで食べていたドライカレーを頼んだ。そもそもハイチにドライカレーなんてあるのだろうか。

出てきたのは白いご飯に挽き肉のカレー風味のソースが乗っかった一品。余り辛くないというかむしろ甘目である。カレーとご飯は相性が良いが、ソースの甘さがもの足りない。でも変ったスパイスの香りがしてこれはこれで独自の世界を開いているのである。

食後はもちろんハイチコーヒーである。といってもドトールコーヒーがうまいと思っている私にはハイチコーヒーを語る資格はない。面白いのはラム酒が砂糖と一緒に運ばれてくる。これを振り掛けると味がぐっと大人の味になる。

マイナーな店のように見えたが、お店のカードを見ると何と新宿に3店舗、全国に7店舗もあるではないか。ハイチという不思議な言葉の響き、カレーという日本人好みのメニュー、ニッチ戦略としてはなかなかのポジションである。ドライカレーとコーヒーで850円。

 

1998.9.16.(WED)
<今日の一言>

もうすぐHP開設から2年になろうとしています。

パソコン選び

火曜日は祝日だったので昼間、ヨドバシカメラに出かけていった。モバイルパソコン選びの為である。相変わらずリブレットかダイナブックかNECのモバイルMXかと値段と性能を見ながら比較検討していたが、どうもどれもピンとこない。

そんな時、ふとバイオのカタログを見るとバイオC1という機種が目についた。大きさはリブレット1000と同じくらいでデジカメ内臓、キーボードピッチは17ミリ、3.2G、64M、でFaxモデム内臓。まさに究極の一台である。

店員に聞くと入荷は19日でまだ現物は入荷していないという。現物を見てから考えようと思っていたら、既に予約が300台以上入っていて店頭で買うことは当面無理だという。

10月の出張に間に合わないではないか。慌てて取り敢えず予約だけする。事情に詳しい店員が言うにはうまく行けば9月末には入荷しそうだということである。まずは一安心である。

大切なことを忘れていた。予約したはいいが値段を聞いていなかった。また同じ店員に聞くとオープン価格で実売で22万円程度だという。実物を見ないで値段を聞かないで商品の注文をしたのは初めてであるが、300台の受注という言葉に浮き足立ってしまったようだ。

しかし自分が欲しいと思った機種が見つかったような気がして、商品を手にしてもいないのにウキウキした気分である。実物を手に取れるのを楽しみにしている。

 

1998.9.15.(TUE)
<今日の一言>

今回の台風は東京にも影響がありそうです。

皆一緒

国民の祝日になる度に思う。どうして皆で一斉に休むのだろう。無駄だなあという思いである。

海外から帰ってきた日本人はよく日本は人が多いなどという。この狭い国土に1億人以上が住んでいるのだから確かに人は多いのだが、さらに拍車をかけるのが集団行動である。混んでいると文句を言いながら、新しいスポットができると皆で押しかける。

古くはハーゲンダッツやボートハウス、セイラーズにはじまり、最近もお台場ができるとゆりかもめに殺到し、うみほたるだの八景島だの湘南のアウトレットだのとにかく人がいるところに人が寄っていく。本当は込んでいるのが好きなマゾなのではないかとさえ思う集団行動である。

アウトドアブームとなれば皆でRVを買って河原でバーベキューをする。トレッキングブームになると今度は集団で山登りである。休日の高尾山口駅の改札は朝のラッシュ時の新宿駅のような混雑ぶりである。山頂では芋洗い状態の登山客が皆同じように狭い空間に弁当を広げておにぎりを食べている。そんなにしてまで本当に山に登りたいのであろうか。

無理をする必要はないが、個人的には人のやらないことをした方が空いていて気分よくできると思っている。インターネットも早朝にやれば空いていて回線も快適に使える。通勤も7時前に家を出れば電車も空いている。昼食は11時半には行くようにすればまだ店は込んでいない。人気の行楽地には休みの日には行かない。買い物で繁華街に行くときは午前中の空いている内に行く。人込みが苦手で待つのが嫌いな私にはその方が精神衛生上良い。

個人のこうした対策もあるが社会全体がインフラを効率良く使うことを推奨する仕組みにならなければ限界はある。インフラの整備にコストがかかるのであるなら効率的に使う工夫をしなければならないのである。ラッシュ時の運賃を2倍にする、国民の祝日を減らす、通勤時間と通学時間がバッティングしないようにする、限られたインフラを多くの人が分散して使いたくなるように仕組みを考える必要がある。

例えば小田急線や東横線は複々線化の工事をしている。これは解決方法としては方向が違うような気がする。いつできるかわからない工事を進めている間に少子化になり通信技術が発達すれば完成したころには必要無くなるかもしれない。通勤ラッシュの緩和を時間の分散によって実現する方が現実的であると思うが。もちろん一企業でできる話ではなく社会全体の問題であるのはわかっているが。

最終的には一人一人の意識が変ることが根本的な解決と言えるのかもしれない。人が何をしていようと世の中何が流行ろうと自分は自分と思う人が増えれば混雑ともかなりの部分オサラバできる。

 

1998.9.14.(MON)
<今日の一言>

今日もパソコン選びの一日になりそうです。

外資バッシングに気をつけろ

円高になると大変なのは外貨建ての投信を販売していた外資系の投信会社である。特に株式投信になると株は下がるは為替はやられるはで踏んだり蹴ったりである。債券型投信の場合金利は下がっているので為替の損失が問題となるが、債券型の場合投資家は比較的安全な債券と思っていたわけでそういう意味では投資家への対応は難しいかもしれない。

最近「オレが外資系を辞めた理由」だの自称経済評論家の書いた「シティバンクに気を付けろ」といった外資バッシング本が徐々に出回るようになってきた。

日系金融機関をさんざん叩いたあとはいよいよ外資系金融機関のバッシングを始める。このまま円高が続けば週刊誌が外資系金融機関に騙されるな、といった特集を始めるのは時間の問題であろう。今までさんざん外貨預金だ投信だと持ち上げておいて相場が変わるととたんに態度もころりと変える。いつものパターンである。

外資系は人の出入りが一般に激しい。その中には会社に対し不満を持っているものもいるだろうし、誰にとっても完璧な会社というものはなかなか存在しない。つまりいちゃもんつけようと思えば、街のチンピラ同様何とでも言いがかりはつけられる。

もちろん外資系が外資というイメージを利用して商売しているのは事実であり、逆風も受けなければならないのは当たり前といえばそれまでである。しかし外資と日系という単純で表層的な見方では物事の本質を失うような気がしてならない。日系企業の中にも過去の失敗を分析し体制を立て直している金融機関も現れるだろう。一方の外資系であっても、いい加減なマネジメントをしていれば脱落していく。

今回のような市場の混乱は金融機関の振るい落としのための試験だと見ることもできる。危機に的確に対応し、顧客の信頼をより強固にできる組識が長期的な勝者となるのであろう。その時は外資も日系も関係ない。マスコミのステレオタイプな見方による扇動に踊らされては真実を見失う。

 

1998.9.13.(SUN)
<今日の一言>

代々木上原駅前の「正宇治」では和食のような中華が食べられます。

良いとこ取り

アメリカンホームダイレクトのリスク細分型損害保険が派手に宣伝を続けている。きっとあれだけ宣伝しているということは反響もあって契約もそれなりにとれているのであろう。30歳以上の人なら殆どの場合保険料が安くなるという。契約者が同じなら日本の従来の保険は30歳以下の人の事故の支払いを30歳以上の人が負担していたことになる。

アメリカンホームダイレクトは事故率の低い高年齢者に顧客を絞り契約を取っているとしたら良いとこ取りのように見える。しかし問題はこういった営業の方法ではなく、どんぶり勘定で保険料を決めていた日本の従来のシステムである。

ある外資系企業では日系と外資系の顔を使い分けているという。給与水準は日本企業と変らないのに業績が不振となると本社の意向でリストラが急に始まる。チームワークと建前では言いつつ研修もなければ自己啓発に対する理解も無いらしい。外資と日系のこれぞ良いとこ取りである。

普段は男女同権を声高に叫びながら、酒を飲みに行くと「私、女だから割引ね」とのたまう女性がいるらしい(幸い私はまだ出会っていないが)。これも見事な使い分けによる良いとこ取りである。

同じ良いとこ取りといっても許されるものと許されないものがあるようである。

 

1998.9.12.(SAT)
<今日の一言>

久しぶりに深夜の渋谷で九州ラーメンを食べました。

パソコン

師匠がNYからHPを更新しているのを見ていると自分もやってみたくなる。来月おそらく海外に行く機会もあり、これを期にワープロだけではない本当のモバイルコンピューティングをやりたくなってきた。

早速、新宿にパソコンを見に行った。目標はモバイルギアIIのカラー画面である。ヨドバシカメラの新しいパソコン売場は秋葉原も顔負けの巨大な展示場のようであった。店員に相談するとウインドウズCEの場合FTP(HPをアップするときに使うソフト)がシェアウェアでしか提供されていないという。そう言われると何となく不安になる。

そこで私の目に留まったのは東芝のリブレットSS1000である。820gでモバイルギアよりも軽く小さい。ウィンドウズ98対応でFTPの問題はない。問題は価格である。付属品も入れるとやっぱり20万円は超えてしまう。モバイルIIなら10万円前後であるからざっと2倍の出費になる。

そしてキーボードのピッチが15ミリと小さいのも好きになれない。今までのキーボードピッチに慣れているとどうしても大きい方が良いと思ってしまう。更にバッテリーの容量や何やらでどうも今一つ踏み切れない。ということで取り敢えずカタログだけもらってきた。やはりCEよりはウィンドウズの方が良いのかなあと思いはじめているものの最終判断はもう少し考えてからにしようと思っている。

どなたかお薦めの機種をご存知の方いらっしゃいますか?

 

1998.9.11.(FRI)
<今日の一言>

今週に入ってから来週の火曜日が休みだと気づきました。休みが増えるのは嬉しいのですが、何となく悲しい情景でもあります。

合言葉は「元本確保」

株式・為替市場の混乱は続いている。日本の10年国債はついに利回りが1%を割ってしまった。有史に残る相場になることだろう。95年の春に超円高で79円75銭を付けたときのような感慨がある。この不安な市場の動きの中で合言葉は元本確保になってしまった。儲けるより損をしないということが最も大切な投資判断基準になってしまった。

そんな中で為替はとうとう一時128円台までの円高である。前に書いた通り、前の会社の同僚と為替レートのベットをしていた。130円と160円、どちらが先に実現するか。東京時間の午後ドルが急落し一時129円前半まで円は上昇した。私の負けである。160円になるより130円が先に実現してしまった。外貨資産の評価も随分下落した。アメリカのドル高政策は終ったという記事もあった。もう円安は終わってしまったのであろうか。

どうも米国の経済に対し悲観的になり過ぎているように思う。半年前に景気の過熱から賃金インフレが発生する懸念を持っていた一国の経済が、株式が下落した位で揺らぐものなのであろうか。もちろん、経常赤字の問題やエマージングマーケットに対する懸念はドルの弱気材料である。しかし日本の今置かれている問題とどちら深刻なのであろうか。

このまま円高になればなるほど日本の景気は悪くなる。輸出が悪化するからである。これで円高になれば悪化に拍車がかかる。そして今週発表したように日銀は流動性供給を行う。これも円安要因である。9月末にかけて日本企業、あるいは金融機関の危機が発覚するかもしれない。

すべてドル資産ではなく欧州通貨も保有してはいるが、円以外の通貨を減らすつもりはない。円高になれば海外旅行に安く行けると思えばいい。持ち値が130円なら、130円でTCを買ったと思えばいいのである。もっと円高になったら海外に不動産を買えばいい。個人の資産は実需に使えるという特権がある。それに為替は株式とは違い、あくまで相対的な交換価値を示したものである。国が破産でもしない限り通貨が紙屑になることはないのである。

白旗をあげるのは唯一日本の不良債権問題が解決し、日本の景気回復が見え始めたときである。粘り強い男なのか只の頑固者なのか、将来は誰にもわからない。唯一残念なのは外貨を買いたいと思っても資金がないのである。円で借金して個人でグローバルキャリートレードをするようなレバレッジポジションを取る気はさすがにない。

さんま

秋になると食べ物がおいしくなる。今日はお昼に近くの和食の店でさんまの塩焼きを食べた。新鮮なはらわたまで食べられるようなおいしいさんまであったが、定食の値段は千円である。さんまとご飯と味噌汁と付きだしで千円が安いか高いか。たかがさんまでも高級素材になってしまった。

別の店ではさんまの塩焼きを1400円で食べさせる店もあるという。さすがに脂がのっていて本当に美味しいらしいが、食べに行く勇気はない。

野外で炭で焼いて食べる新鮮なさんまが食べたくなってきた。

 

1998.9.10.(THU)
<今日の一言>

モバイルギアIIを買おうかと思案しています。使っている方いらっしゃいますか?

本とネット

出版社の方とお話しする機会があった。最近は出版業は不況であるという。毎日200冊の新刊本が出版され、売れないとすぐ返品されてしまう。知名度のある作家か本当に価値のある本でないと売れないという。

例えば1800円の本なら、果たしてこの本を買うことにより1800円以上の価値があるのか、そういったシビアな目で読者は買う。当たり前のことであるが、本の中身だけでそこまで店頭で納得させられる本というのは少ないだろうし、そんな本があってもその価値が正当に評価される保証もない。

人からお金を頂くという事はやはり大変なことなのである。インターネットでモノ書きをしている人が本を出すということも増えているらしいが、ネットと出版の大きな違いは無料か有料かということである。

例えば個人のHPを有料化したらどうなるのだろうか。例え一円であっても課金されるとしたらヒット数は激減するのではないだろうか。金を払っても見たいHPなど意外に少ないものである。

本には権威性がある。本を出した○○さん、といえば何となくすごい人のように思ってしまう。インターネットにはそれはない。しかし本当の情報はどちらにあるのであろうか。本に書いてあることを信じる人は多いが、意外にいい加減だったり、商業主義で大袈裟に書いてあったりする。インターネットは玉石混交ではあるが、意外に真実はこちらの方があるように思う。

ネットは無料なのにいい情報があるとしたら本の生き残る道はどこにあるのだろうか。

 

1998.9.9.(WED)
<今日の一言>

日銀の金融緩和ですが、実体経済の好転には余り効果はなさそうです。もしかして、これから起こる金融関連の事件の事前対策では、と勘ぐったりしたくなるような唐突さです。

お弁当戦争

会社のある浜松町は社員食堂のあるような会社が少ないせいか、昼になると弁当屋さんが大変な賑わいである。大手のほか弁から地元のお米屋さんがやっているお店まで会社から行けるところだけで10軒近くある。

大体値段は500円前後である。味噌汁付きとかご飯大盛りサービスとか、厳しい価格競争の中で差別化が行われている。あるお店は800円のお弁当を売っているが、魚は築地から仕入れ、丁寧に手作りしているという売りで強気の値段設定にも関わらず繁盛している。

いつも思うことだが、昼食代を50円節約したところで、夜飲みに行くと千円単位のアバウトな計算になるのであるから、少々高くても美味しいものを食べたい。芥川龍之介は人生で読める本の数を計算して余りの少なさに絶望した。私の場合あと何回食事ができるのか計算する。あと40年生きるとして食事するのは40*365*3で4万回位しか無いと思うと絶望はしないが大切にしなければと思ってしまう。

日銀

ところで昨日書いた日銀統計局であるが、日銀窓口部署で以前G長をしていた方やShiraさんから窓口は統計局ではなくて情報サービス局である、とご指摘頂いた。確かに統計データの本の編集をしていたのは統計局であったが、外部照会窓口の方は違ったようで、訂正いたします。それにしても荘厳な建物と昭和30年代の映画に出てくるような天井が高くレトロなオフィス、そして懇切丁寧な窓口の女性。一度行ってみる価値はある場所です。

 

1998.9.8.(TUE)
<今日の一言>

久しぶりに父親と2人で夕食を食べました。ある年齢を過ぎると恥ずかしさを超えて自然に付き合えるようになった自分に気付きました。

日銀統計局

日本の明治以降の統計資料を調べるために神田の日銀本店に行った。統計局の外部照会窓口というところに本邦主要経済統計という分厚い1966年に作られた本があり、これには19世紀の日本の金利、為替、物価、賃金といった情報が集められている。

窓口の人が親切にしてくれるが、データは本の該当ページを調べ、1枚10円のセルフコピーである。毎日何人かの人が調査のために来ているようであるが、1冊しかないハードカバーの資料はボロボロである。

為替レートの推移など見ていると何年にも渡って同じような数字が並んでいたりする。昔ののんびりしていた雰囲気が数字を眺めているだけで浮かんでくる。

過去のデータを調べているのは将来の予想をするためである。しかしこれだけのスピードで世の中が変わっていくのを見ていると、果たして過去の延長に未来があるのか疑問に思う。市場が効率的でない、つまり過去が将来を語りうるという立場に立ってアクティブファンドマネージャーは仕事をしているわけである。その視点で見ても少なくとも過去を未来に当てはめるのは無理がある。過去の一見未来とは関係の無さそうなデータから何らかのブラックボックスでの処理を通して未来を予想する。そのぼんやりとしたブラックボックスがはっきり見えることは永遠にないのだろう。

ただ極めて短期間にしかも限られた分野だけでも「見えた」人になれれば巨富を得るのだろう。ただし自分が「見えた」ことに気が付くこと、そしてポジションを張る勇気、の2つが前提であるが。

ロンドン

どうやら10月中旬から1ヶ月ほどロンドン(あるいは更にNYにも)に出張に行くことになりそうである。今回は結構時間にも余裕があるのでロンドンにいらっしゃる方とお会いできればと思っている。日程が正式に決まるのはまだ少し先になりそうだが、どなたか御都合つくようであればご連絡下さい。

 

1998.9.7.(MON)
<今日の一言>

ヘッジファンドの気持ちがわかる円高です。

大人は大変

「困った上司だめな上司とどう付き合うか」という本がマンデー日経で紹介されていた。本の内容には興味がないが、誰が読むのかには大変興味がある。

上司に不満を持っている人は世の中多い。しかしそれは当たり前ではないだろうか。人間と人間が勝手にグループ分けされてうまくやれといわれて、うまく行く方が珍しい。

困った上司も確かに存在するが、困った部下も同じ位いるのでは無いだろうか。問題は人によって困った人の定義が違うことである。誰にとっても万能な人などいないし、その逆も滅多に存在しない。

人のことを困った人という決め付けをして、こんな本を読んで解決すると思っているような視野の狭い部下の方も結構困った人だったりするのではないだろうか。

濡れる投資家

MS証券のレポートを読んでいたらジョン・メンデルソンという人が「パンパース指標」という投資基準を発表していたという。簡単に言うと投資における買いのタイミングとは投資家が恐怖の余りパンツを濡らしてしまう位の時期が最適であるという理論らしい。

この指標から言えば、ロシアあたりが買いのタイミングということになろうか。さすがに状況がわからない国に投資しようとは思わないが、長期的展望を持てるのであればあれほどの下落はパンパース指標に十分合致する。

 

1998.9.6.(SUN)
<今日の一言>

☆京王線を変えよう☆は本日より削除いたしました。

大人は楽しい

前からMTVでビデオを見て気になっていたエレファント・ラブの「大人は楽しい」のミニCDを買った。こういったラップ系の音楽では電気グルーブの「シャングリラ」以来久々の感動作である。リズムもさる事ながらこの歌詞に心惹かれるものがある。

楽しくないのは子供だかららしい。大人になれば寝る暇もないほど楽しいことだらけ。だから昼間の大人は疲れているのだ。人生面白くない人は早く大人になればいい。といった内容である。(著作権協会に配慮し、歌詞の引用は削除しました。歌詞は歌詞カードでご覧ください。Jさんアドバイスありがとうございます)

ナンセンスな歌詞のように見えて、何か考えさせられる内容。自分はまだ完全に大人の世界には入り込んでいないような気がしてきた。それとも永遠に大人にはなれないのだろうか。まあこの歌詞は大人に対する痛烈な皮肉ではあるのだろうが。

 

1998.9.5.(SAT)
<今日の一言>

最近日記が荒れているとの指摘を受けます。日記は「心の鏡」なのでしょうか。

イジメバイバイ

子供にはイジメはやめようと呼びかけながら、大人の銀行経営者イジメは続いている。確かにこの期に及んでも危機意識の見えない銀行を見ていると怒りを感じる気持ちも理解できないではない。しかし、それは過去の経営者の個人的な資質に原因があるのであろうか。むしろ経営者は決められたルールの中で忠実に仕事をこなした人が多かったのではないかと思う。問題はシステムにあったのではないだろうか。

システムとは何か。かつて、収益状況に関わらず安定配当し、従業員の雇用を守ることが銀行経営者の経営目標とされてきた。とすれば不良債権問題に迅速に対応し、リストラによって収益を向上させるといった経営はこの経営目標からははずれている。そして銀行が情報開示に消極的でそれによって事実が見えにくくなってしまった。こういった状況が長期にわたって容認されてきた日本の経済システムそのものを見直さなければ個人攻撃をしても根本的な問題解決にはならない。

本来株式会社であれば、成績が悪ければ株主からチェックを受けて、経営者失格とされてしまうべきである。ところがそのシステムが正常に作動しなかったのが今回の問題ではないだろうか。銀行経営者は株式会社に本来あるべきではない行動原理を続けてくることにより、自らの立場を守ってきた。勿論、一部の銀行経営者のモラルは問われるべきなのかもしれないが、実際のルールの運営がそのような形になっている以上、それに合せて経営を行うのは極めて合理的な行動だと思われる。

ここに来て急にあるべきルールを適用するといい出した。今まで本来あるべきルールと実際の運営が乖離した状態でやってきたことを棚に上げて、である。銀行経営者の一部にモラルの欠如があったかどうか、はここでは問題の中心ではない。問題にすべきはこういった歪んだルールが今まで維持されてきた、日本の金融システムの欠陥ではないだろうか。

過去に溯ってルールをあるべき姿に急に変更し、旧経営陣にまで退職金の返還を迫ることが果たして今後の日本の資本主義の発展にとって良い事なのかどうか、疑問に思う。

銀行員の高給やリストラが進まない理由など、全ての原因は突き詰めれば1つに行き当たる。それは合理性のないルールをうまく行っているときは放置し、問題が発生すると場当たりでヒステリックな対応をする日本社会そのものの「体質」ではないだろうか。

 

1998.9.4.(FRI)
<今日の一言>

早朝帰宅のため更新が遅くなりました。

和製英語

雑誌の見出しを見ていたら、グローバル・スタンダードというのは日本人が作り出した和製英語だという。ディファクト・スタンダードというのはあるが、確かにグローバルスタンダードとは英語では聞いた事がない。

プレイング・マネージャーというのも日本語では管理者としてだけではなく、自らも業務に直接関与する行動型のマネージャーを指す。しかしこれも和製英語ではないだろうか。英語の意味は遊んでいる管理者という意味にしかとれないが、外国人に通じるのであろうか。

グローバル・スタンダードもプレイング・マネージャーも英語に存在しないのはそもそもそういった概念自体が意味のないものだからかもしれない。グローバル・スタンダードというのはこの世には存在しない。日本人がグローバル・スタンダードだと思っているものはアングロサクソン・スタンダードである。プレイング・マネージャーというのも管理者が実務をするという指示命令系統が混乱する組識形態であり、合理的なものとは言えない。

英語の表現にすることによって何となく正しいもの、欧米の先進的なもののように聞えてしまう。

ところで毎日会社に遊びに来ているような人達は「ウインドウズ」というらしいが、これも和製英語である。漢字では窓際族と書く。

 

1998.9.3.(THU)
<今日の一言>

早めに家に帰り熟睡しました。

雑誌

かつては雑誌を電車の中で読むのが好きでよく買っていた。大学生の頃はポパイ、HDPそれに週刊文春など。社会人になるとDIME、Aera。一時SPAやPotaといった雑誌も愛読していたが、最近は余り雑誌を買わなくなった。

例えばSPAなどは吊り広告の見出しを見れば殆ど内容はわかってしまう。そうすると買う気が無くなってしまう。通勤時間の単なる暇つぶしにしかならない。Potaという雑誌は三〇代のTokyoウォーカーみたいな雑誌だが、創刊当時に比べ取材の質が落ちている。こういった情報雑誌はどれだけマメに知らない店を紹介できるかがポイントである。いい加減な取材で変な店ばかり紹介していると雑誌自体の信頼感が無くなってしまう。

というわけでどうも最近は自分のライフスタイルにフィットする雑誌が無いのである。Tarzanするほど元気でもないし、サライするほど枯れたくも無い。ポストや現代だけは避けたいと思っている。いわんや宝石をや、である。

中学生になって学研の中1コースという雑誌を読んだときの新鮮さ。月刊誌なので表紙が破れるくらい繰り返し夢中になって何度も読んだ。あの時のような興奮を味あわせてくれる雑誌にはもう出会えないのだろうか。

 

1998.9.1.(TUE)
<今日の一言>

AERAの件に関してはご意見色々いただいてます。雑誌の不買運動をするつもりはないので念の為。

外貨

ドル安が進んでいる。ドル円のレートは130円台半ばまで円が急伸し、147円台の高値からは10%近い調整となった。現状は137円台まで戻っているようだが、海外からのファイナンス依存の国アメリカの通貨に対する信任に不安を持つ人が増えているのは事実である。

現状私の持っている資産は半分以上が外貨資産である。幸いにして株式は殆ど保有していないが、債券・預金といったものがドル、欧州、さらにNZ、ランドといった通貨に分散されている。一円の円高で10万円前後の評価損益が動く。

通貨というのはあくまで相対的なものであり、また相場のテーマが何になるかによって売られ過ぎ買われ過ぎという状況が比較的長期に渡って続くこともある。為替でサヤを抜いて儲けようというのはプロに任せればいい話であり、個人投資家は儲けるというより自分の持っている資産全体で損をしないという発想が必要ではないだろうか。

この話はあくまで私の個人的な意見であり、自分の持っている資産について書いていることに留意頂きたい。前にも書いたが、日本人が円ですべての資産を持つのは危険であると思う。国内で自給自足をしているならともかく、輸入品に頼って生活しているのであるから資産の一部も外貨で持っておくべきなのである。ただその比率をどの程度にして、どの通貨で持つのがいいのか。これを自分で考えればいい。

私は今回のNYダウの下落は深刻な世界大恐慌には陥らないと思っている。先進国の協調体制があれば最悪の事態には適切な対策が取られると思っているからである。短期的にエマージングの調整が続き株式が冴えない動きを続けることがあっても、中期的には良い方向に進む。金利が下がり株価が下がれば株はいずれ割安になり、買い手が現れる。

ドルの信任が崩れ、世界の資金がアメリカから逃げ出した場合のアメリカ発の金融パニックを心配する人もいる。確かにその時は円高になるのかもしれないが、このケースでは日本国内も深刻な経済状態になるだろう。円ベースで資産は目減りするだろうが、値下がりした実物資産を買うチャンスは広がると割り切ればいい。

結局は様々なケースを想定し最悪の事態に最悪の結果を招かないようにすればいいのである。今の時点では個人的にはドル安で外貨資産が傷むリスクより金利差と円安、そして資産分散のメリットの方が高いと思っている。もちろん必要があれば資産構成は変更するつもりであるが現状円転しようとは思っていない。


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