SHINOBY'S WORLD SHINCE: SEPTEMBER 30, 1996




エッセイ

日記 1999年3月

 

1999.3.31.(WED)
<今日の一言>

トラブル続き

月に一回位はトラブル続きでうまく行かない日というのがあるものである。「合理的経済人」を自認する私でもこういう時は、日本テレビジパング朝6のマキシーおばさんの占いを参考にしながら行動してしまったりする。

週末に予定している引越しは不動産屋さんの手違いで管理費の値段が間違っていることが判明した。実際は更に3千円高いのだという。今更金額変更は納得いかないと、突っぱねると一年分は先方が差し引くと言ってきた。先方にも悪意があったわけではないが、何だか釈然としない気分である。

不動産物件を見て帰ろうとすると、待ち構えていたかのように雨が降ってきた。傘もコートも着ていなかったので雨宿りも兼ねて「山手」という店でラーメンを食べる。東大裏にあるこの店はラーメン好きの間では意外に有名な店らしい。味噌ラーメンを頼んだ。麺に歯ごたえありツルツルしているという特徴があるが個人的にはツルツルよりはちりちりした麺が好みである。味の水準は高いのだが、今一つ満足度が低い。と思ってよく考えると昼もラーメンを食べていた。2食連続はさすがに飽きるわけである。何だか少し損した気分で店を出ると雨は更に激しく降っていた。

そして家ではメールの受信ができなくなってしまった。「メールメッセージ保存中にエラーが発生しました」というメッセージが出てくる。ぼぶさんのアドバイスによれば、メールの設定が間違っているのでは、ということだが当面はVAIOでメールだけ受信するという変則パターンでしのぐことになりそうである。

 

1999.3.30.(TUE)
<今日の一言>

受取ったメールを読み取ろうとするとエラーが発生してしまいます。

オリックス信託銀行

オリックスの宮内社長にとっては銀行業務に参入することは長年の夢だったに違いない。「銀行にあらず」という意味のノンバンクと差別され、調達に制約のあったオリックスが今や銀行業務を営むようになった。そして、店舗網の少なさを逆手に取って発売したのが高金利の大口定期預金である。

他の銀行が横並びの低いレートを呈示する中でオリックスは新聞広告により低コストで比較的高いレートを出し大口の顧客を集めているという。当然預金保険の対象になっているのでリスクは他行と同じである。

しかしここで疑問なのは例えば0.7%で預金を集めたとしてどうやって運用していくのであろうか。企業向けの貸出しも冷え込み、住宅ローン事業をやっているわけでも無いのである。

やはりグループ内企業に貸し付けているのであろうか。例えばオリックスオートリースが取引先の銀行から資金を借り入れたりするよりオリックス信託銀行で個人の資金を集めた方が低コストになるという理屈なのかもしれない。しかし当然個人の預金と言うことになれば調達の安定性は犠牲になる。何らかのきっかけで個人預金の解約が殺到すれば定期預金と言えども資金は流出してしまうからである。

都銀の横並びレートが低すぎるのか、それともオリックス信託銀行のやっていることに無理があるのか、何だか良くわからないレート設定である。

 

1999.3.29.(MON)
<今日の一言>

かなりずれ込みましたが、いよいよ週末に引越せることになりそうです。

本を書く

Norikoさんが「カイシャの女」という本を出版されるようである。まだ店頭には並んでいないようだけど、何だか面白そうな本ではある。Norikoさんは昨年「ビッグバン時代のネット活用術」 を一緒に書かせてもらったが、それ以降何の執筆依頼もない私に比べ、もう2冊もものしてしまう超人的筆力である。

前の会社の同期に会う機会があった。彼は大学の同期同窓であったが、昨年末に私同様会社を辞め、現在は別の投資顧問会社で債券のスペシャリストとして働いている。彼も最近「債券ポートフォリオの新展開」(きんざい、2600円)という本を出版した。お互いに本を交換しようと久しぶりに会ったが、彼の著書は最初から最後まで彼自身の手で書かれ、責任をすべて彼が負っている。私はといえば共著の端っこに参加しているような具合で、何だか交換というのが気が引ける感じであった。 

そしてもう一冊は「新マーケットの魔術師」(同友館、2800円)である。パンローリングの訳者の方からメールを頂き、早速実物を読ませて頂いている。前編である「マーケットの魔術師」(日本経済新聞社)に魅了された私としてはこの本にもかなり期待をしている。伝説的なマーケットトレーダーにインタビュー形式で迫り、マーケットとは、という本質的な疑問に近づいていく本である。

本を作るというのは大変な作業である。もちろん市場ベースで買ってもらう訳であるから、お金を払う価値のある内容でなければ出版できない。そしてそれを作るのは高度な知識労働であり、締め切りや原稿量など肉体的労働でもある。

私自身文章を書くことは内容に関わらず好きである。ただ人にお金を払って読んでもらえる文章が書けるか、ということでは自信は無い。もう一度本を執筆したい、というのは夢の一つではあるが、いつ実現するのであろうか。

 

1999.3.28.(SUN)
<今日の一言>

アメリカにはアメリカンコーヒーしか無い、自動販売機は屋外には無い、アイスコーヒーは無い、が3つの俗説でしたが、皆ありました。

別居結婚

日経は夕刊と文化面が面白い、というのは常日頃思っていることであるが、最近の土曜日の紙面も新聞社のエライ人達が何とか若者と女性読者をひきつけようとする努力が伝わってくる。

今週は別居結婚の増加というのが取り上げられている。結婚したい30代女性の3割近くが結婚してからも別々に住みたいと思っているという調査があるそうである。近くに住んだりして、時々お互いに会うというのが理想なのだそうである。これはどういうことなのだろうか。

結婚というものに対して過度に否定的になっている私から見れば、なぜ別々に住むのに結婚する必要があるのかという疑問がある。別に結婚しなくても時々好きな時に会う、というのと何の差があるというのだろうか。結婚しなければ離婚という面倒な事態になることもないし、制度のために結婚を続けるといったこともする必要がなくなる。

結婚とはお互いの保険であろうか。だとすれば保険を得る代償として自らの自由を売り渡すことになる。人間は間違いを犯す。だからその間違いをなるべく犯さないようにするために結婚という誓いを立てることを考え出したのだろうか。

それとも好きな者同士なら縛り縛られる関係というのは楽しいからなのであろうか。縛り合いたいと言いつつ、たまには離れたいのから結婚という保険だけ掛けておくってのは何となく良いとこ取りのズルイ方法だと思ってしまうが。

人の気持ちは変るもの、だから結婚が必要だと言う人がいる。私は人の気持ちは変るもの、だから結婚というコミットメントは慎重にしなければならないと思っている。どちらの考え方が正しいということではなく、どう生きるかの問題なのだろう。

 

1999.3.27.(SAT)
<今日の一言>

2千円位の美味しいワインを探していますが、これはと言うものはなかなか見つからないものです。

新宿御苑

新宿御苑の周辺は面白い店が結構あって贔屓にしている地域である。かつては隋園別館という羊の鍋で有名な中華料理店があるくらいであったが、最近はMe−roomというカジュアルなおいしい魚料理のお店ができ、月に一回くらいは通っている。花見の季節になり、新宿御苑に昼間行くときにはAromaというコーヒーショップを愛用している。

いわゆるドトールコーヒーに始まる日本のコーヒー革命の新しい形態なのであるが、ドトールやスターバックスとはまた差別化を図っているようである。コーヒーの種類はスターバックスのように数多い。そしてフード類も充実している。スコーンを頼んでみたが、表面はカリッ、中はフワッとしたいい味を出していた。ホイップクリームをつけて食べると控えめな甘さが丁度良く120円とは思えない。上出来である。

店員に聞くとアメリカのチェーンが日本に進出してきたらしいが、「フランチャイズです」と言うので、「他にはどこにあるのですか?」と聞くと、「まだお店は日本に1つしかありません」とのことであった。

おいしいコーヒーは文化のバロメーターである。コーヒーとミラノサンドAは美味しいが、席が狭い上に煙で肺ガンになりそうなドトール、全席禁煙は良いが、長居する客でいつ行っても席に座れないスターバックス。もっと新しいお店が出てきて競争をし、心地よい空間を気軽に味わえるようになって欲しいものである。

 

1999.3.26.(FRI)
<今日の一言>

花見が楽しみな季節になってきました。

天才

日経新聞の一面には日興証券とソニーがそれぞれネット上でのリテール証券販売を始めると報じられている。よく読むとソニーが設立する会社は外資系証券会社の顧問の人と共同出資とあり、名前を見れば大学のクラスメイトである。

30代半ばにして顧問というのも日本では考えられないが、彼の経歴も尋常ではない。1986年のバブルが始まろうとしていた頃、就職活動の結果、クラスの友人の進路は、司法試験、公務員、金融機関、というのが殆どであった。金融機関の中でも興銀、長銀、都銀上位行に大挙して入社した。

そんな中、彼はまだ日本では名前を殆ど知らなかった外資系証券会社のNYオフィスに就職したと記憶している。大手金融機関に就職した友人が、「スキーの金具の会社に良く似た名前の会社に入ったらしいぜ」と言っていたのを覚えている。日本のエスタブリッシュメントに入ったと勘違いしていた我々から見れば、彼の進路はアウトローであった。

1990年代の前半に日経金融新聞を何気なく見ていると彼の名を見つけた。別の外資系証券のパートナーになっているではないか。同時期日本のエスタブリッシュメントの人達の崩壊が始まっていた。そして今回の報道である。

時代を読み取る能力と実行する勇気。羨ましい生き方の裏には隠された努力があるのだろうか。

 

1999.3.25.(THU)
<今日の一言>

HPをやっていることで、毎日新しい出会いがあります。「はじめましてメール」を送って下さった方、本当にありがとうございます。

ツケ

他の国の民族紛争の解決の為に大西洋を超えて軍隊を出撃させる国があると思えば、片や自国の領域に入った不審な漁船を追いかけて取り逃がす国もある。

果たしてこの国の安全保障は誰が責任を持っているのであろうか。非常な不安を感じている。ミサイルが東京に直接飛んでくるとは思わないが、南に侵攻する時は、日本も同時に攻撃されているであろう。この期におよんでも、平和を守れといっている能天気な政党もある。自分がまともであれば相手もまともだという楽天的な考えである。

戦後の平和教育という訳の判らない無邪気な教えと憲法9条と自衛隊というごまかしの中で問題を先送りにしていたことが、こういった議論をタブー視してきた。しかし国民も馬鹿ではない。ここに来てようやく自分の国は自分で守るしかないということに気がつき始めたようである。しかし早くしないと手後れになるかもしれない。

日本の企業倒産が減っているという。保証協会が保証を付けて、金融機関が運転資金を貸しているからである。大量の保証依頼に協会はまともな審査ができるのであろうか。もちろんこの資金で立ち直る会社もあるのかもしれないが、大多数は市場からの撤退を宣告された会社である。ここで無駄な金を使って延命工作をしても最終的な結論は同じであれば、この行為も単なる先送りである。

ツケはいつかは払わなければならない。そしてツケは溜まれば溜まるほど払う時の痛みは大きいものになる。

 

1999.3.24.(WED)
<今日の一言>

久しぶりの赤ワインは五臓六腑にしみわたりました。

BRIO

週刊現代・ポスト・宝石・朝芸を読まない、かつ漫画も読まない30代半ばのビジネスマンにとってこれが読みたい!と思う雑誌はなかなか無かった。私の場合、SPAから次に移る雑誌が無く、DancyuやPota辺りを買っていたわけだが、これらは読みつけの雑誌というより面白い特集なら買う、という読み方である。実際出来不出来のボラティリティの高い雑誌である。50代の窓際インテリが毎月文芸春秋を読むように自然に買ってしまうような感覚の雑誌は無い物かと思っていた。

BRIOという本日創刊の雑誌は30代の男性をターゲットにしているようである。光文社の発行であるから恐らくGainer卒業世代を狙った紙面である。コンビニで手にとって見たが、クラッシーの男性版のような嫌みのある雑誌である。

親に買ってもらったマンションのある場所と乗っている車と着ているスーツのブランドだけが自慢のような人達の登場する私には縁の無い、興味も無い世界である。そして彼らの勤務先の会社がどこであれ、披露宴のホテルがどこであれ、妻の顔がどうであれ興味はない。親の七光りのような馬鹿っ面ではなくもう少しましな人選はできないものか。

唯一70年代のソウルが聴ける六本木のお店の特集だけは切り抜いて持ってかえりたいようなナイス企画であった。ただここでも昔如何に遊んでいたかを自慢する中年勘違いオヤジが多数登場して興ざめではあったが。

私が求めている雑誌は、バブリーでもなく貧乏臭くもないセンスのある雑誌である。クラッシーの金銭感覚もオレンジページの金銭感覚もどちらも嫌いなのである。そんな雑誌は売れないのだろうか。

とにかく結論としてはBRIOは買う気がしなかった。自分にとってのバイブル雑誌が登場するのはいつのことであろうか。

 

1999.3.23.(TUE)
<今日の一言>

2日続けてお酒を飲まないのは何年ぶりでしょうか。

家はどうする?

まだ正式に決めた訳ではないが、当面都心の小さな賃貸マンションに住むことにしようと最終的に決めつつある。前から一応押さえておいた駒場東大前の東大裏のマンションである。

マンションを今購入することは取り敢えずやめることにした。その理由は、

1.マンションは少なくともここ数年は更に値下がりはしても値上がりは無いと思われ、投機目的で購入するインセンティブはほとんどないと思われること。政府がインフレで国の借金を帳消しにするような事態になれば別であるが、その時は不動産より外貨資産あるいは日本株である。少なくともこれからも実物資産の価格は緩やかに下がっていく。

その中でも住宅は最も上がりにくい。需給で価格が異常に高いレベルにあるが、今後は少子化、農地の宅地化、都心の空洞化で供給が多くなる。明らかに他のものの値段に比べ住宅は高いが、その歪みがこれからも是正されていく。

2.購入するとしても一人用の狭いマンションを買っても将来困る可能性もある。かといって広いマンションを買っても持て余してしまい、ライフステージから考えると中途半端な時期である。人生の中身が決まらないのに器はまだ要らないのである。

3.諸般の事情でキャッシュが少なく、かといって住宅ローンという借金が嫌いなこと。デフレの友達はキャッシュ、インフレの友達はローンである。今まで借金をしたことが無いというのが私の密かな誇りである。(要はケチでものを買わないだけ)

それよりももっと根本的な理由は、今のところ経済合理性を超えて欲しくなるような物件にお目にかかっていないことである。毎日たくさんの織り込み広告が入っている。住宅情報もじっくり読んでみた。でもこころときめく物件は無かった。もちろん余り買う気が無いからなのかもしれないが、どれも似たり寄ったりの没個性である。

経済合理性から言えばこうである。家賃15万円の賃貸で年間支払は180万円。敷金・手数料で2年60万円として、一年で2百万円である。同じグレードのマンションを4千万円で買ってしばらく住んで再び同じ値段で売れたとしよう。仲介手数料は3%で売りと買いで計6%だから240万円である。更に管理費、修繕積立金、固定資産税がかかる。実際は古くなったマンションは(インフレゼロとしても償却分は)当然値段も下がる。こう考えると、一生住むつもりでなければ賃貸の方がコスト、流動性(移りたい時移れるか)、リスク(地震・火事など)から考えてお得なのは明らかである。

 

1999.3.22.(MON)
<今日の一言>

余りの寒さにシャワー派の私もお風呂を沸かして暖まりました。

「もてない男」

ちくま新書の「もてない男」という本を買って一気に読んでしまった。雑誌の書評で面白いと思い、どこの本屋に行っても売り切れでようやく手に入ったのである。小谷野敦という著者は新しい「男性学」を構築している学者である。

最大の興味は恋愛と結婚という問題であったが、これはほとんど触れられていない。ただ一ヶ所「障害を持った子供が産まれたら、協力して育てていこうと誓い合えるような男女でなければ結婚してはいけない。」という著者の考え方には目から鱗が落ちた。

納得できなかったのは、恋愛をしているだけなら何人とでも楽しくやればいい、と田中康夫や上野千鶴子といった人達の行動を認めて、ただしこういった生き方にはリスクがあるとだけ述べている。これにはかなりの違和感を感じた。

恋愛であれ結婚であれ、一度に複数の女性と付き合うことに、私は大きな抵抗がある。もちろん付き合うというのが何を指すのかによるのであるが。食事をしたりお酒を飲むのは許されるとしても(これも各人の基準で異なるだろうが、私は酒を飲む、までが限界だと思っている)、それ以上は結婚していれば駄目だけど恋愛しているのなら他の人とでもOK、という訳にはいかないであろう。それならば法を犯さなければ何をしてもいい、ということになってしまう。恋愛にもモラルはあるのである。もっと好きな相手ができたのなら今の相手と別れてから付き合わなければ失礼である。

著者はかつては「もてない男」だったらしいが、最近はそれなりにもてるようになったらしい。そんな環境下で恋愛をしているだけならOK、と自己弁護しているのならそれこそリスクの大きな主張である。

 

1999.3.21.(SUN)
<今日の一言>

日曜日も夜はドライカレー。いつまで続くかこの中毒。

ユー・ゴット・メール

久しぶりに映画館で映画を見た。もはやピークを過ぎた「ユー・ゴット・メール」というネット恋愛の映画である。ネットで匿名でEメールをやりとりし、次第に気を惹かれるようになっていった二人の関係が、実はビジネス上のライバルであったというありそうに無い作り話である。

メールのやり取りやらセリフのセンスなどニューヨークの自由だけど孤独な乾いた雰囲気とマッチして良い雰囲気なのであるが、音楽が何だかズレている。甘すぎるのである。最終的にライバル同士が惹かれていき、現実の憧れの人がネット上の憧れの人と一致してハッピーエンドという結末なのであるが、これまた何だか腑に落ちない。

メグ・ライアン演じる子供向けの小さな書店の経営者は大資本のチェーン店オーナーに最後までネット上の憧れの人が彼自身であったことを隠され続けているのであるが、最後にその事実を彼から知らされて涙乍らに「あなたで良かった」と感動する落ちになっていた。

しかし嬉しかったのは事実としても最後の最後までトム・ハンクス演じる大資本のチェーン店野郎にいいように操られていた訳で、気の強いニューヨーク女という設定からすれば最後の反応としてはどうにも納得できないのである。

所詮アメリカの映画なんてそんなもの、と言えばそれまでだし、途中までは結構楽しめた。でも終って映画館を出ると見ていた人に「あれはやっぱ、おかしいよね」と聞きまくりたい心境になったのも事実。恋愛の為とは言え、ネットで人を欺いてはいけませんよね、が私のこの映画の感想でした。

 

1999.3.20.(SAT)
<今日の一言>

昼はまた調布まんぼうでカレーを食べました。中毒はまだ続いています。

70年代ロック

最近の洋楽にはとても疎くなってしまった。ラップやヒップホップといったジャンルもまったく聴かないし、そもそもどれを聴いたらいのかわからないのでいつまでたっても音楽のジャンルは広がらない。

基本的にはジャズ・フュージョン系と70年代ロック、そして最近の邦楽のごく一部、というのが私のカバーエリアである。

コルトレーンから入ったジャズはチック・コリアからハービーハンコックとつながりウェザーリポートやパットメセニーに派生した。MJQやジョーサンプルもお気に入りである。

70年代ロックはお決まりのビートルズから入り、いきなりEL&P(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)にとんでしまった。ディープパープルのようなハードロック(!)も聴くが、大半はいわゆるプログレ(プログレッシブロック)である。クリムゾン、ジェネシス、ナイス、ピンクフロイド、UK、エイジア、イエスといったオタクの世界である。

最近CDショップに入って視聴コーナーでボリュームを最大にして音楽を聴くことが多くなったが、また凄いCDを見つけてしまった。ジミ・ヘンドリックスの2枚組ライブ盤である。今更ジミヘン聴いて感動しているようじゃ30年遅い、と言われそうである。「Live at the fillmore east」というタイトルのアルバムは何と1969年の年末から70年の年始にかけてのライブ録音である。しかし、30年前の音とは思えない、センスとドライブ感。とにかくカッコイイのである。

そしてもう一枚はキング・クリムゾンの「The Night Watch Live 1973」というアムステルダムでのライブ盤。クリムゾンはライブははっきり言って余り出来が良いとは思えない。少なくとも今までライブ盤を聴いた限りではスタジオ録音を超える曲はないように思った。このCDもそういう意味では違ったアレンジを楽しむということ以外は余り買う意味は無いのかもしれない。ライブの緊迫感と当時のコンサートの雰囲気はビシビシ伝わってきたが、ジミヘンの圧倒的な存在感には勝てない。とはいっても、そこはクリムゾン。結構このアルバムも気に入った。

また70年代ロックにしばらくはまりそうである。

 

1999.3.19.(FRI)
<今日の一言>

今週は2回も禁酒しましたが、飲んだ量はいつもと変わらないような気がします。

結婚とは

会社の英語のレッスンを受けているグループでイギリス人の先生を囲んで下北沢で飲む機会があった。日本にいるフリーな外国人にとっては下北沢や吉祥寺といった街は心が和むお気に入りの場所らしい。

二次会まであり最後は大変な騒ぎになったのだが、それは参加者のプライバシーにも触れるので敢えて書かない。私と先生以外は女性ばかりだったのだが、話は男女の関係になった。

最近の女性は必ずしも結婚にはこだわっていない。少なくとも私の周りにいる人はそうである。田舎にいけば相変わらず、お見合いで紹介された人と必ずしもベストではないセカンドベストの人生の選択をしている人が多いのかもしれないが、少なくとも都会の若い世代の考え方は変わってきている。

また結婚した後もこだわりがない。もっと良い選択があると判断すればさっさと別の道を探しはじめる。(人のことは言えないが)

つまり形式にはこだわらず、むしろ本当に好きな人と一緒にいたい、というような実質的な満足感を追い求めているように思う。これは私の考えと一致するのでこういう考えが世の中にもっと広がるといいと思っている。

しかしそういった考え方はまだ上の世代の人や田舎の人達には受け入れられているとは思えない。例えば、内縁の妻、というような表現から抱くイメージは隠された愛人という陰気なものである。スウェーデンでは結婚する前に同棲をしてお互いを理解するというのが当然のように行われているという。そして結婚しないまま子供を産んでいる例も多いという。日本では結婚もしないのに一緒に住んでいる、と白い目で見られ、子供ができたりしたら大変な騒ぎである。

結婚という形式を選ぶ必要は無いとしたとしても、問題は子供だろう。別々の道を歩きはじめた親が子供とどう関わっていくのか。私には今のところ考える必要のない問題であるが、世の中が変わったとしても解決するかわからない難しい問題である。

 

1999.3.18.(THU)
<今日の一言>

今日もアルコールは抜きです。今年に入って4日めですが。

治安

NYから一時帰国で帰ってきた前の会社の同期と師匠の3人で会う機会があった。NYはアメリカ景気の好調のせいで非常に治安が良いということである。夜の電車など昔は怖くて乗れなかったが、最近では居眠りしている酔っ払いまでいるそうである。

彼が東京にいた数日の間に酔っ払って電車に乗っていた時、買ったばかりのかばんに袋ごとさしておいたネクタイを盗まれたという。保険があったので実害は無かったそうだが、NYより東京の方が治安が悪いというのもあながち嘘では無いな、と思った。

そう言えば先日朝の通勤ラッシュ時にJRの神田駅で中年の男性サラリーマン2人がホームで掴み合いながら喧嘩をしていた。少しよれたスーツを着た50代位の男性2人が大声で体に触れたの触れないのと、些細なことで朝から罵り合っている。そしてそれを遠巻きに見つめる醒めた他の乗客の視線。殺伐とした東京の風景であった。

お金があれば幸せとは限らないが、お金が無いと人間の心は荒むものなのである。

 

1999.3.17.(WED)
<今日の一言>

世界にある自動ドアの8割は日本にあり、世界にある自動販売機の8割も日本にあり、世界にあるゼネコンの8割も日本にある。酔っ払いのおじさんに教えてもらいました。

利己主義

やさしいのか人と一緒でないと気が済まないのか、日本人の最近の日本の現状に対する話を聞いていると、

日本はこうなるべき

日本のここが駄目

といった全体論が目につく。趣味でそういった意見を考えたり、酒場でガツンと言うのは勝手ではあるが、実際の企業行動や個人の行動までそうなってしまっては全体では何だか間違った方向に行ってしまいそうである。経済学の前提条件は個人が経済合理的に活動するということである。もちろん実際はそんなことはなく、不合理な行動を取るのであるが、それにしても合理的で利己的な行動を行わず、全体のことを考えて予定調和的な行動を取る人が増えると、総批評家現象が起ってしまう。神の見えざる手は多神教になってはうまく働かない。

日本では人のことや国全体のことばかり考えている人が多すぎる。少なくともそういったポーズを取らなければいけないような雰囲気を感じる。一人で抜け駆けしたりすると、自分のことばかり考えて、と後ろ指を差されたりする。

例えばデフレを脱出するために、日本は何をすべきか、よりデフレ環境下で自分の仕事や生活をどう切り盛りするか、を考えて実行すべきではないだろうか。自分の会社が駄目かを語るより、自分の力をどうやったらもっと発揮できるかを考えた方が精神衛生上も良い。

今必要なのは一億総リーチャード・クーになることではなく一億総リチャード・ドーキンス、つまり「利己的な遺伝子」になることである。

 

1999.3.16.(TUE)
<今日の一言>

検索サイトGOOでキーワードを「浜松町」、「台湾マッサージ」にして検索をかけると、1件だけページが見つかるそうですが、それはShinoby's Worldだそうです。

郭 英男

と書いてDifangと読む。78歳でファーストアルバムをリリースした台湾アミ族の音楽家である。彼が昨年出したその「Circle Of Life」という作品をひょんなことから買ってきて聴いている。

一曲めを聴いた瞬間、私のマイブームヒットチャートで3月9日から一位を守っていた宇多田ヒカルを抜いて今やこのアルバムが一番のお気に入りになった。とにかくスケールがでかい。音の大きさに圧倒される。

一種のヒーリングミュージックという分類になるのだそうだが、こういったワールドミュージックのカテゴリーはせいぜいボサノバやサンバ、あるいはサルサ位しか聴いたことが無かった。

アミ族の歌詞のない澄んだ歌声にプロデューサーが音をかぶせて完成したアルバムのようだが、雄大なメロディーが魂を揺すぶる。大きな部屋で周りを気にしないで、いいステレオを大音量にして寝転がって目をつぶりながら聴きたいものである。


ジャケットのおじいさんがこんな音楽を作るのである。しばらくはこっち方面の音楽を色々探して聴いてみようと思っている。

 

1999.3.15.(MON)
<今日の一言>

久しぶりにおいしい韓国料理を食べました。チョンギワ(港区赤坂3−15−2、03−3587−1089)です。

暑い季節

暑いのが苦手な私にとって、これからの数ヶ月が最も暑さに悩まされる季節になる。もちろん8月になればまた夏バテとか言って怠けてしまうのであろうが、取り敢えず勘弁して欲しいのはこれからの季節の通勤電車である。

私が暑がりなのが悪いだけなのかもしれないが、春の通勤電車は暑すぎる。冷房はもちろんのこと入ってないし、空調も止まっているときは、乗客が窓でも開けないと車内はミストサウナ状態である。眼鏡をかけていればレンズは真っ白であるし、湿気でスーツなんか型崩れである。

更に最悪なのは雨の日である。窓を開けようにも開けられず、空調が止められたりすれば一巻の終わりである。

私の使っている京王線も携帯電話の車内使用禁止を大きな声でアナウンスしてひんしゅくを買うくらいなら、もっと乗客に支持されるサービスを実施して欲しいものである。

タイカレー

昨日作ったタイカレーはまだ半分以上が残っているが、これは刺激の激しさから朝、食べようと言う気にはなかなかならない。しかも今回は味にも改善の余地ありということで、全部食べきれるか少し不安である。

タイカレーのレシピについては何通かメールを頂いたが、その内の一通をご紹介させて頂く。

タイカレー いいっすね−。一時期タイ料理に嵌まった時期があってその時の職場の近くにタイ料理屋があったことも拍車をかけほとんどランチはタイカレーという状態でした。うちで作るとどうしてもコクが欠けてしまいます。内藤さんはココナツパウダーを使ったようですがココナツミルクを(缶詰)加えて少し煮詰めると結構こってりします。ただココナツミルクはちょっとクセがあるので好き嫌いはあると思いますが。

これを消すのにさらにトムヤムクンの元を少々いれるという荒業もあります。しかしこれは量がちょっと難しいのです。これで一回家族がのたうち回ったことがあります。高齢者には辛いものがあるようです。香辛料に関しては生のモノを手に入れるのはほとんど不可能なのであの爽快感はちょっと難しい気がします。

生で簡単に手に入るものといったらパクチー(香菜)ぐらいでしょう。(私はこのパクチー大好きなのです。これも高齢者の敵です。)でも乾燥モノでもレモングラスも売ってますので試してみたらどうでしょうか。あと玉ねぎを入れるとちょっと水っぽくなりますよね。水分油分全部吸ってしまうナスは私のお気に入り材料です。

タイカレーの良さは無茶無茶辛いけど後残らないじゃないですか。そこに尽きます。健闘を祈ります。私は満足を得る前にこのメニューが家庭持ち込み禁止になったため以来作っておりません。これはというレシピが出来たなら是非教えて頂ければ幸いでございます。

生の香草とココナッツミルクが鍵になるのだろうか。コクを出すのにはブイヨンを入れてらどうなるのだろうか。興味は尽きない。早速実験してみることにしよう。

 

1999.3.14.(SUN)
<今日の一言>

またモバイル故障しました。電源が切れたままになるのですが、私もさすがに切れました。

タイカレー

タイのカレーというのはインドのものとはかなり味が異なる。カレーの香りより独特の香辛料(ナンプラー)や香草の香りが強く、味も辛いだけではなく、甘かったり、酸っぱかったりと複雑である。インドが香辛料の組み合わせによって香りを楽しむとすれば、タイは調味料によって複雑な味を楽しむという感じであろうか。

遂にタイカレーを作ってみた。市販のタイカレーペーストを油で炒め、鶏肉、玉ねぎ、ピーマン、竹の子などを一緒に炒める。コブミカンの葉と生姜のスライスを入れて、火が通ったらココナッツパウダーを水で溶いてカレーに入れてのばしていく。インドカレーに比べると極めて短時間でカレーが完成した。最後にナンプラーを滴らす。

硬めに炊いたご飯にかけて食べるが、これはかなりの辛さである。汗が吹き出す。しかしお店で食べるのとは違って何かが足りない。味に深みが無いのである。何日か置いておくと味が変るのだろうか。それとも作り方に問題が?

私が今回作ったのはレッドカレーである。イエローカレー、グリーンカレーもチャレンジしてみることにするか。

 

1999.3.13.(SAT)
<今日の一言>

HP更新遅れてすんません。

おもろいメール

友達のIはんからおもろいメールもろうたんですわ。

標準語を読めない関西人がホームページ見るためのソフトですわ。使い方は簡単でっせ。見たいHPの前に「http://210.159.30.200:8080/-_-」を入力するだけでええんですわ。Shinobyはんのページやったら、

http://210.159.30.200:8080/-_-http://www.annie.ne.jp/~shinoby/

と入力すればいけまっせ。ほな、早速楽しんでや。これで関西人のアクセスも増えればええなあ。

 

1999.3.12.(FRI)
<今日の一言>

イタメシを食べましたが、やはり料理は一流、ワインは一流半でした。

「日本は金持ち、あなたは貧乏、何故?」

ターガート・マーフィーの久々の新作(毎日新聞社)。といっても今回は趣向が違う。もう一人の著者と日本人の資産形成について書いた本である。今までの本が日本が如何に歪んだ国家であるかを解き明かしたとすれば、その中で普通の日本人がどう行動すべきかを概念的に説明しているといえようか。

彼のポイントは

1.日本人は国内株式市場という高い手数料と不透明な企業内容の市場で手痛い損失を被り、ほとんど金利のつかない預金で資金を運用している。投資信託もディスクロ、手数料の点では株式と変らない。つまり国内で本物の市場にアクセスすることができない。

2.その点アメリカの株式市場は開かれた極めて効率的な市場であり最も魅力的な投資対象である。

3.しかも米国にはフルサービスでは無い証券会社(ディスカウントブローカー)が多数存在し、コストが低く、インターネットでも取引可能である。

4.どのファンドを買うかはインデックス運用(市場の動きに連動する)のファンドを勧める。9割のアクティブ運用のファンドはインデックスより劣った運用成績である。

5.米国で投資すると言うことは為替が最大の問題になるが、ドルコスト平均法(毎月決まった円金額で購入すること)で買い増せば、円高の時は多く、円安になると少なく買い付けることになる。20年〜30年のスパンで考えれば問題無い。

6.複利の効果を最大限生かすには一刻も早く収入の一割を割いて投資を始めるべきである。(30年間、月に2万円づつ投資し15%で運用したとすると1億2千万円になる。)

といったところであろうか。4.に関しては果たしてインデックスファンドがベストなのかという疑問は残る。アクティブ運用の会社がこれだけ存在していることには理由があると私には思えるからである。

さて、彼の考えに従い、投資を開始するとして、困るのは税金の問題である。海外のファンドを購入するに当たり、脱税疑惑のかからない正々堂々とした投資をしたいものである。

 

1999.3.11.(THU)
<今日の一言>

和食とワインのお店は何件か情報いただきました。ありがとうございます。

間抜けな国

地域振興券という不公平な無駄が実施された。と思ったらニュースの見出しに◇米店に3日で15万円の振興券、運転資金のショート懸念◇というのを見つけた。また新しい作り話かと思えばこれは真剣な記事だった。

地域振興券が配られ、おもちゃ屋や自転車店が家族連れでにぎわった。店先の景気がちょっぴり回復したと思えた。ところが、振興券がどんどんたまり始めて店主が青くなった。換金は少なくとも1カ月先。このまま振興券ばかりになったら、運転資金が持たない。「何のための地域振興券なのか」と店主はおろおろしている。

神奈川県大和市は、7日の日曜日に振興券を配った。市内の投票所を使い、初日だけで対象者の91%にあたる3万8000人の手に渡った。金額にして7億6000万円が市中に流れた。

小田急南林間駅近くの米店は、日曜日もシャッターを開けた。振興券を使うお客はたいして来ないだろうと思っていた。

ところが、配られた初日だけで、振興券による支払いは2万6000円。3日間で15万円を超え、社長の古木豊さん(51)は「大変なことになった」と気付いた。店の9割は現金決済だ。いくら振興券が手元にあっても、ただの紙。「運転資金がもたない」

すぐ市にかけあった。市も危機感を感じたのか、末日締め、翌末日払いを早めるといった。それでも、3月末締めの場合、現金を手にするのは4月16日になる。

知人のたばこ店には、3日間で10万円の振興券がたまった。その主人(52)も気が気でない。「たばこの仕入れは現金だ。予想してなかった事態で、どうしたらいいか……」

大和市の担当者は「検討はしたいが、処理事務を業者に任せているため、これ以上の前倒しは難しい」という。

経済企画庁長官の発言と株式市場の上昇で世の中急に明るい兆しと思っている人も多いに違いない。日経新聞もゴルフ会員権の値上がりだのマンションの契約率の上昇だの、何だか煽り始めているようである。

 しかし何が変ったというのだろうか。銀行は公的資金の申請に伴い相談役を廃止するという。その一方で相談役をしていた人は顧問になるのだという。要は名前を変えるだけで何の解決にもなっていない。官庁が人員削減と称し外部団体へ出向させ、人を移し替えているのと同じで何も変らない。

最近、銀行が力を入れているという外貨預金の金利を調べるとユーロは何と1%台の金利である。しかも為替の手数料は別。金融市場の実勢を無視した暴利である。個人投資家には円の貯蓄しかするなということだろうか。株式や投信も然り。株式は高い手数料と税金を下げることが相場回復の第一歩である。そして透明性のある情報公開が必要である。投資家に魅力ある市場を作るという根本の改革をしないでPKOで無駄金を使う。

企業の合併やリストラの話も多く、変化はしているのだが、今までの枠の中でのもがきでは歪みが拡大するだけである。外的圧力によって創造的破壊に至るまでは変れないのはかっての共産主義国家と同じである。ベルリンの壁はいつ崩れるのであろうか。

 

1999.3.10.(WED)
<今日の一言>

相変わらず宇多田ヒカルとカレー(今週も既に3回)が「マイブーム」です。

こんなお店が欲しい

日本酒を飲む機会がめっきり減ってしまった。さいきんはもっぱら赤ワインである。でも飲んでいる時は酔っている時であるから、いつまでたってもワインの知識は蓄積されない。飲んで美味しいと思い、銘柄を覚えようと思っても、ラベルでもはがしてもらって帰らない限り、翌日には気分が良かった、という記憶しか残っていないのである。

赤ワインを飲むと決めてしまうと料理が限定されてしまう。日本食のお店で赤ワインを出す店というのは限られる。しかもこのようなお店の場合、流行に乗った格好だけの店である場合が多く、結局料理もワインも中途半端でがっかりしたりする。去年の7月に行った「治作」という銀座の店は美味しいワインと美味しい日本食という条件を満たす数少ない店である。

また個人的にはフレンチよりイタリアンが好きなのであるが、イタ飯屋には通常イタリアンワインしか置いていない。イタリアンの前菜をつまみながら、フランスやカリフォルニアの美味しいワインを味わえる店というのには出会ったことが無い。

どうもフランスの赤ワインというと、未だに形式主義にとらわれている店が多いように思う。フレンチのコース料理を食べながら、大きなグラスでワイングラスをくるくる回し、荘厳な雰囲気で味わうというイメージである。あるいはワインバーでウンチクを傾けながら味よりもヴィンテージやらテロワールやらにとらわれてしまうという頭でっかちの姿である。

焼鳥や日本料理と赤ワイン、アンティチョークなんかのイタリア野菜の前菜やパスタをつまみにボルドーのワインをカジュアルに飲む。典型的日本人である私はこういった掟破りの店を求めている。これだけワインバーが乱立していればこんな店が出てきてもいいと思うのだが。

 

1999.3.9.(TUE)
<今日の一言>


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レオナルド・ダ・ッチューノ 作、だそうです。

Sun Will Shine

メールをチェックすると18通のバースデーメールが入っていた。(送って頂いた方、ありがとうございます)半分は誕生日の登録サイトを見て送ってきた外国人の方であるが、心のこもったメールもあったりして何だか嬉しくなってしまうのである。

落込んだ気分の雨の誕生日であったが、そんな訳で気分が晴れてきた。来年の今頃、自分はどこで何をしているんだろう、と考える。そう思いながら、去年も同じ事を考えていたのを思いだす。

 

1999.3.8.(MON)
<今日の一言>

世の中だんご3兄弟だらけですが、宇多田ヒカルも忘れてはいけません。明日発売のファーストアルバムはまだ予約可能なのでしょうか。

AGE35

シャ乱Qのテーマソングで中井貴一と瀬戸朝香が出ていたドラマがあったが、何を隠そういよいよ9日で私もAge35である。

特段これといった感慨は無いが、最近歳を言って「若いですね」と言われると異常に嬉しく感じるようになってしまった。それ自体が歳を意識しているという事なのだが、本当年齢よりは見た目と精神年齢が大切だと思っている。

歳を取らない人を見ていると秘訣はどうやらストレスの管理にあるようである。ストレスを真正面から受け止めるタイプの人は老けやすい。一方自分の価値観が強く、外からのストレスを受け流せる人はいつまでたっても自分のペースを貫ける。こういう人はいつまでも感覚が変わらないのである。

Age35とは自分の意識は別にしても、世間的には世代の変り目である。求人広告を見ていても35歳まで、という制約付きのものは結構多いし、女性と話していても35までなら何とかOK、とほざいている20代女性もいる。

自分では実年齢より見た目や精神年齢で見るべきだ、と思っていても現実はそうはいかないのである。

 

1999.3.7.(SUN)
<今日の一言>

少し花粉症気味なのか、喉が痛くなってきました。

カレー中毒(2)

症状はかなり末期に入ったようである。土曜日は一日カレーを食べないで過ごした。すると禁断症状が始まったらしく、今日はお昼に新宿中村屋でカレーを食べた。

新宿中村屋のカレーと言えば昭和初期からの伝統あるカレーである。子供の頃食べに行ってとても美味しくて感動した記憶があるが、最近は御無沙汰であった。2階のRepasに行くと12時前だというのに既に行列である。ここはカレー専門店という訳ではなく、ラーメンからパスタまで、デパートのお好み食堂の雰囲気である。70年代の日本の雰囲気を残す活気である。

カレーは2種類。インドカリー(1300円)とコールマンカリー(1600円)である。インドカリーはスパイシーでインパクトのある味。コールマンはトマトの酸味やヨーグルトのまろやかさが効いて深みのある味である。どちらもとろけるような鶏肉とじゃがいも以外は固形物は見当たらない。それ以外のものはカレーに溶け込んでしまっているのである。個人的にはコールマンの方が好みである。しかし問題は値段である。いくら伝統ある美味しいカレーとは言え、1人前1600円は高すぎである。値段と質を考えれば敢えて食べる必要の無い店とも言えるのではないだろうか。

夕食は家で作った。レンズ豆を炒めたベーコンと玉ねぎで煮て、カリフラワーとジャガイモを入れてカレー粉で味付けする。簡単なスープであるがこれがまた美味い。気が付けば今日もカレーを2食、であった。

この中毒いつになったら治るのだろうか。

 

1999.3.6.(SAT)
<今日の一言>

新宿のやまやにワインを買いに行きましたが、どれを買ったらいいのかまったくわからず苦労しました。

食べる・飲む

物欲はほとんど無い私にとって、人間としての欲望のほとんどは食と酒に向けられている。最近ではモノを買うのは、パソコン関係を除けば、使っているものが壊れたときだけである。財布と定期入れがボロボロになってきたので、買い換えようと思っているが気が付けばもう10年も使っていた。今着ているシャツは15年前に買ったものだし、靴は11年履いたら底がツルツルになってしまった。腕時計も遂にしなくなってしまった。 

気に入ったものをとことん使うのが好きな上に、人込みで買い物をするのが嫌いなことから傍目に見るとかなりみすぼらしい格好をしている。まあ、10年ぶりに会った友人などは着ているものがまったく変わっていないので驚かれるが。

そんな訳で自分の欲望の対象である、食と酒をテーマに良く行くお店やお気に入りのメニュをまとめて新しいページをつくってみようか、と思いはじめた。

こういったページを作る時悩むのは、皆が知っているお店を載せても面白くないし、かといって本当に気に入っている店は紹介したくなかったりする。すると載せる店が無くなってしまったりする。そして味覚という感覚をどこまで文字で表わすことができるのかという限界もある。

せっかくだから今までの食や酒に関するページとは一味違ったページであれば作ってみようと思っているが、残念なことに未だにアイディアが浮かばない。

 

1999.3.5.(FRI)
<今日の一言>

やっぱり金曜日も昼はJinnahでカレーを食べました。

引用

最近は知り合いの人、知らない人含めて多くの方からメールを頂くことが多くなった。間違えを指摘していただいたり、情報を教えていただいたりと、大変便利で有難いことである。面白い話はこのページに引用して紹介させていただいているが、これが結構トラブったりする。

引用しないで下さい、と書いてあれば絶対に引用したりはしないが、それ以外は基本的に名前や批判・中傷などにならないようにイニシャルにしたり、関係のない部分を省略したりして紹介させていただいている。そしてメールを頂いた方には引用した旨をメールでお知らせするようにしている。

引用されて喜んでいただける方は良いのであるが、本人が特定できないようにしても紹介されるのが嫌な方もいるようでそういう場合は全文削除ということもありうる。しかし厳密に考えれば、もらったメールは何も書いてなければ貰った人の所有物ということになる。それをどう使うかはモラルの問題である。

さて、最近こんなメールを頂いた。まったく面識の無い方である。

SHINOBYさんのこのページにはこのようなメールが毎日来るんだろうなあと思いながら書いています。〜はじめまして。SHINOBYさんのホームページに出会ってから毎日読むようになり、それを遠距離恋愛中の彼氏に教えて彼も毎日読むようになりました。

先週末、会社の研修で彼氏が帰ってきたので久しぶりに一緒に出かけたのですが、そこでは当然SHINOBYさんの話しにもなります。

SHINOBYさんは果たして家を買うのかどうか、話してました。お互いに仕事があり、遠距離恋愛はしばらく続くのでしょう、まいにち2人で読んでいますのでどうぞよろしく。

知らない人同士が私の話をしているというのも不気味であるが、何だかほのぼのする話でもある。この方は会社のメールを使っているらしく、返事を出さないで欲しいと書いてあった。勝手に引用したら怒られるのだろうか。それともまたこれを読んで返事を頂けるのであろうか。HPを毎日やっていて良かったと思う瞬間である。

 

1999.3.4.(THU)
<今日の一言>

寝不足気味です。毎日お酒を飲まないせいでしょうか。

カレー中毒

実は共栄堂に行った前の日も夕食にカレーを食べていた。浜松町にあるジンナー(Jinnah、03−3437−5646)という店である。浜松町には最近いかがわしげな台湾マッサージ、韓国エステといった店が増えたがそういった店が入っている古びたビルのエレベーターに乗るとスパイスの香りが漂ってくる。

5階にある店はインドの人が経営しているようである。開店したばかりだというのに内装は簡素で椅子やテーブルもつぶれた飲食店から調達したような中古品である。その割にきちんと釜があってナンは店で焼いている。

そんな訳で値段は格安で味が良い。昼のランチは680円からあって最後にチャイまで付いてこの値段である。夜はタンドリーチキンやらカレーやらサモサやら頼んでお腹一杯になってもせいぜい3千円位であろうか。客層は外国人や学生風の団体なども多い。料金、内装、味は日本には珍しい感覚で、アメリカのワシントンDCにでもありそうな雰囲気である。

火曜日、水曜日と夜カレーを食べ、木曜日の昼も無意識にJinnahでランチを食べていた。そういえば先週末の日曜日も昼はカレーを食べていた。5日間で4食となる。元々カレー好きではあるが、一種のカレー中毒にかかったようである。こうしてカレーのことを書きながら明日もランチはJinnahに行きたいな、と思いはじめている。

 

1999.3.3.(WED)
<今日の一言>

今週、いや今年2回目の禁酒です。体の危険を本能的に感じはじめたのでしょうか。

共栄堂

仕事を早めに終え真っ直ぐに家に帰ることにした。今日も禁酒である。山手線で神田に向かう道で、突然ひらめいた。「そうだ、神田の共栄堂に行こう!」

神田駅で慌ただしく降りて大手町方向にしばらく歩くと、明かりが見えてきた。共栄堂(千代田区内神田3−4)は昔とまったく変らない姿で営業していた。お店の内装もメニュも昔のままである。

かつてオフィスが大手町にあった頃、昼休みに神田まで歩いてこの共栄堂でカツカレーを食べたものである。大きなラーメンどんぶりみたいな食器にご飯とカレーが並べて盛ってあり、ご飯の上にはコールスローとポテトサラダが載っている。手作りの味で何とも懐かしい洋食の味であった。

今回はメンチカツカレー(950円)にした。前の日の晩もインドカレーを食べたというのにまたカレーである。

女将さんはどうやら顔を覚えていてくれたらしく、しばらく話し込む。共栄堂というのは元祖は神保町のお店でそこで修行したコックがあちこちで店を開いたらしい。最盛期7店あった共栄堂も跡継ぎがいない為に廃業が相次ぎ、今では神保町とここ神田だけだとか。今の御主人も2代目で3代目は今のところいないのだという。

カレーは神保町と似たサラサラとして甘く、後から辛さがやってくる味である。メンチカツは肉がぎっしり詰まった洋食の味。全体に脂っこいのであるが、きちんと仕事がしてあるので気分が良い。水はコップごと冷蔵庫で冷してある。店は清潔感にあふれ、江戸っ子の御主人が「いらっしゃいまし」となまっているのが粋である。

残念ながら夜は7時過ぎで閉店、土日は休みである。今度、来るのはいつになるのであろうか。

 

1999.3.2.(TUE)
<今日の一言>

団子3兄弟はメールを何通か頂きましたが、会社で聞いても子持ち以外はほとんど誰も知りませんでした。

マンション

最近メールを頂く方はマンションに関してか、あるいは団子3兄弟についてというのが多い。団子はまたの機会に書くとして、マンションについての専門家のご意見を引用することにする。まずは不動産関係の方から

マンションですが恐縮ながら私見を述べさせて頂きたいと思います。

モノという点からいうとグレードの高い低いに関わらず、安定感のあるものを作っているのはT急、M井、N村、M菱というところなんですが、(N村って証券の系列の割に正直ベースですよ。)M菱は高級物件しかやっておりません。さすがです。でもマンションと言えばやはり管理が大事ですよね。管理に関して高い評価があるのはT急だそうです。

逆に不安感があるのはHセ○およびMモ○の物件で、社内的にコストコンシャスすぎるが故に仕様はペラペラです。新築に限って言えばMモ○は特に販売がかなり強引で名前を書いたが最後、仕事場にも電話はかかってきます。Hセ○は雑な感じがします。

乱暴な言い方をすればゼネコンが売主になっている物件は管理をよーくチェックした方がいいでしょう。私はD京物件は別に嫌いじゃないんですが(あの外壁はちょっと頂けませんが)一番供給量の多い会社が故にやっぱり物件によってプランや立地にかなり差があるようです。

でも見てるとフツーの人は研究しているとはいえ、自分が住みたいところでそこそこの値段だったり、めちゃめちゃ安かったりするとあまり考えずに買っちゃうみたいですよ。クソみたいなマンションの契約率が結構高かったりします。モノがクソでも逆に地位(ちぐらい)の高いとこの坪単価は今からそれほど落ちないのではないでしょうか。(今が景気の底と見るならば)あとは中古ならばタイムディケイをどう評価するかですよね。

個人的に今、不動産は立地で選べるラッキーな時期かなという気がします。新築からいえば今、立地が良くて普通の仕様だったら結構売れてるそうですから逆にそこら辺の中古は狙い目かもしれないですね。 でも慌てることではないと思いますけど。(一部修正、略)

また友人のS不動産に勤務のI氏からも同じような意見を頂いた。

さて、お問い合わせの「不動産は買い時か?」ですが、新築マンションに限定して私見を述べます。不動産の買い時の判断に当たっては、@物件(立地も含む)が気に入るか、A物件の仕様・設備がいいか、B価格が安いか(今後の動向も含む)、C金利が安いか、D税制は有利か、の5点ぐらいのポイントがあろうかと思います。

1.は個人の嗜好の問題なので立ち入りませんが、不動産は個別性が強いので、同じエリアに立地していても、眺望、日当たり等が全く異なります。現地を見て判断することが肝要です。

2.は5年前の物件に比べて数割、10年前の物件に比べて倍近い進歩があります。床暖房等、標準装備でない設備もありますが、過剰設備とならないようコストと比較考量して判断すれば良いと思います。最近は大手不動産会社の供給する物件はほとんど問題ないと思います。

3.は将来価格はまだ下がる可能性があります。そこで、短期転売利益を目的として入する事はお勧めできません。しかし、景気の底割れがなければ、下がっても1〜2割ではないかと思います。逆に下がらない可能性もあります。気に入った物件に長期間住むのであれば、問題ないかもしれません。

4.は金融業の方が専門だと思いますが、金利は今が底でしょう。金利面から購入している人が大変多くなっているのが実体です。

5.は改正後の新税制はこれ以上は多分望めないものです。所得にもよります。

ということで、結論を言うと気に入った物件が見つかり、長期間住むつもりがあるなら、お買い時ではないでしょうか。(一部略)

経済的に見れば買い場は近いというのが共通する意見と言えるであろうか。とは言っても景気の低迷と、デフレ環境がいつまで続くかは私自身まだこれから当分は厳しいと感じているし、マンションには築年数が経ち、住民の高齢化や空室問題が発生すれば、スラム化リスクもある。また地震リスクもあることだし、結論はなかなか出ない。こういう高額の一点ものは買いたい時が買える時にならないという限界がある。経済合理性だけで割り切れる世界では無いのである。

 

1999.3.1.(MON)
<今日の一言>

くしにささってだんご、3つ並んでだんご

しょうゆぬられてだんご、だんご3兄弟、、、、、、

この時期、これに反応出来る人は流行に敏感な高感度人間か子供のいるマイホーム人間のいずれかだそうです。

酒といっても最近はもっぱら赤ワインである。喉が渇くとビールを飲みたくなるが、それ以外はほとんど赤ワインを飲んでいる。つまみがイカの塩辛でも、枝豆でも日本酒よりワインが飲みたい。それも別に高級なボルドーやバーガンディーのビンテージでなくても1000円前後の冷えていないものなら問題無い。

今年に入ってもう2月経ったが一体今までワインを何本飲んでいるのであろうか。1週間に2本としてもう15本位であろうか。フランス人が一年に何本飲むのか知らないが、恐らく100本位ではないだろうか。この調子で行けば90本とフランス人並みになってしまう。決して肝臓が強い方ではないので、最近すこしやばいと思うようになった。

思い立つとすぐ行動してしまうので、今日はアルコールを控えることにした。今年に入って初めてのことである。(去年1年でも2回位しかなかったように思う)

かつて誰かに酒は時間の無駄と言われ、その通りと思った時期もあった。確かにこうして酒を飲まずにその時間を趣味に費やすのも有益かも知れないが、最近は少し考え方が変わってきている。思うに酒には2つの楽しみがある。酒自体の味を楽しむ喜びと、酒に酔って酩酊することによる快感である。前者は美味しいものを食べるのと同様の喜びである。後者はもしかすると現実からの逃避やストレスの回避が目的なのかもしれない。

酒に溺れ現実から目を背けるだけの酒は無駄である。二日酔いで体を壊すまで飲んだところで根本的な解決にはならない。問題の先送りに過ぎない。こんなことを書くと、酒に頼らなければいられなく状況に追い込まれた人の気持ちなど知らずに呑気に偉そうなことを言っている、と言われるかもしれないが、私は酒をそんなことの為だけに飲もうとは思わない。

おいしく飲む酒を知らないで人生を終えるのは男性が女性を知らないで一生を終えるようなもの、といったら言い過ぎであろうか。


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