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エッセイ 1999年9月
1999年夏の終わり
99.9.19.
<今日の一言>
最近前の会社の方からたくさんメールを頂きます。在籍していた時より社内情報通になってしまいました。
風向き
マネックス証券は10月1日に取引受付を開始した。ホームページも一新し、いよいよ本格的な営業を始めた訳である。8月25日の記者発表以降マスコミの取材が殺到し、次第に知名度が上がってくると同時に、周囲の風向きにも微妙な変化が感じられるようになってきた。
マネックスと名乗ってもアネックスとかモネックスなどと間違えられ、何の会社なのか理解すらされていなかったのに最近ではオンライン証券特集では取り上げてもらえるような認知度にまでになった。もちろん昔から応援してくれてきた人もたくさんいるのであるが、かつては見下すような対応だった方から最近になって暖かい対応などされてしまうと何とも複雑な心境である。
マスコミは株式手数料自由化に浮かれ、オンライン証券を持ち上げているが、今回も注意をしなければならないと思っている。昔からマスコミというものを信用していないのである。いずれ何らかの形で上げ足取りのバッシングを行うのは目にみえている。昨日までのヒーローをいきなり奈落の底に突き落とす。それが読者のニーズである限り、報道人としての洞察力より、商業ジャーナリズムが優先する。そしてそれに流される世論というのも移ろい易いものなのである。
ただ、少なくとも今まで応援してくれた友達や知人には、結果がどうであれいつまでも同じスタンスで接してもらいたいと思う。もちろん自分自身も浮かれたり、落ち込んだりせず、淡々と自分の信じた道を進んでいかなければと日々戒めているが。(10.3.99.)
理念
ビジネスでもプライベートでも「理念を持ち続けること」の大切さに気がつくことが最近多くなった。変化の激しい時代にあって、経営方針や生き方などに明快な指針を見出しにい。不透明な時代であればこそ、理念を持ち続けることが、最大の座標軸になるのではないだろうか。
私が考える理念の1つめは、自分が本当に正しいと思うことを常に実行することである。当たり前、と思うかもしれないがこれは結構難しいことである。仕事をしていると、何か後ろめたい気持ちや、誰かの不利益になると判っているにも関わらず、仕方がない、とかしょうがないといった言い訳をして黙認してしまうことがあるものである。これは、都合の悪いことを先送りしているだけであって、将来手痛いしっぺ返しを受けることになる。自分がその時々で偽りなく最善を尽くした、と後からでも納得できる行動を常に続けること。これが大切である。会社の為と自分に言い訳しながら、顧客に不利益な行動をせざるを得なかった企業人など、理念無き行動の典型である。現場でそれを認めるのは勇気が必要であることは理解できるとしても、である。
そしてもう一つの理念は隠し事をしないこと、嘘をつかないことである。これはネットワーク社会になってより重要になったことでもある。情報の透明性が高まり伝達スピードが速まれば、嘘を突き通すのは難しい。そしてそれがバレたときにどのようなデメリットを被るかは、どこかの県警の弁明会見を見れば明らかである。
誰にでも間違いはある。もちろん間違えはしないに越したことはないが。もし過ちを犯した時、それを認めた上でどのようにその先やっていくかを迅速に示す方が、間違いを隠蔽しようとして嘘をつくよりも良い。その時に大切なのは自分が最善を尽くしたにも関わらず間違えてしまったという事実である。手抜きや妥協をして間違えたのでは言い訳はきかない。しかし最善を尽くしてということであれば、世間は何といおうと少なくとも自分は納得できる。
本当に正しいと思う道を全力で進み、それでも間違えたら隠さず素直に事実を認め、誤りを正し、また最善を尽くす。こんな理念を淡々と実行できれば、例え100%の人が理解してくれないとしても、自分自身は満足できるように思う。
99.9.11.
<今日の一言>
忙しくなって洗濯をする時間くらいしかなく、家で料理をすることもめっきり減りました。部屋の中が少しずつカオティックになっていくのがわかります。
顧客満足度
10月1日の取引開始を控え、忙しさにも拍車がかかってきた。9月に祭日が2日もあると言うことさえ、最近知ったが自分とは関係のないことのように思える。
一体毎日何でそんなに忙しいのか?毎日どんな仕事をしているのか?とよく不思議がられるが、やることなどいくらでもある。10月以降のための準備もあれば、お客様からのメールでの問い合わせに回答したり、狭いオフィスの中であるがテンションは高く皆必死に仕事をやっている。
お客様からの問い合わせや質問を見ていると、顧客のニーズというのは千差万別であるということがわかる。ホームページのデザイン一つとってもすっきりした方が良いと言う人と情報を詰め込んだ方が良いという人と分かれる。パソコンやインターネットに対する理解もセミプロ級の人からこれからパソコンを買いたいという人までそのレベルは様々である。
そのような顧客全員のニーズを全て満たすのは不可能であるし、できるとしても莫大なコストがかかり結局は顧客全体の利益にはならない。つまりある程度ニーズの絞り込みという作業が必要になる。
ただ、すべての顧客に共通していることがある。それは信頼感とスピードである。信頼される会社にならなければ、顧客は自分の資産を任せられない。金融機関としての責任である。
そしてもう一つはスピードである。メールの質問に対する回答でも、ホームページの更新頻度であっても、早い方が誰でも満足度は高い。質問に対する答えというのは一刻も早く知りたいものであるし、ホームページの更新は顧客に最新の情報を伝えるという意味では頻度が高い方が低いより良いであろう。
インターネットの特質である、スピードと双方向性という利点を既存の金融ビジネスにどこまで盛り込めるかが、オンライン証券会社の価値を決めるのではないだろうか。ただのディスカウントブローカーというだけではない新たな付加価値を提供できなければマネックスは、競合他社と同じになってしまう。
99.9.7
<今日の一言>
9月に入り秋の気配が急に感じられるようになりました。この時期が一年で一番寂しい季節のような気がします。
根無し草の恐怖
社会人になって10年以上勤務した日本の銀行を辞め、外資系の投資顧問で2年間仕事をし、この5月からマネックス証券で働いている。従業員6000人の会社から100人の現地法人になり、今の会社は15人である。10年前だったら考えられなかったような、仕事本位主義に基づく職業選択の自由を純粋に追求したらこうなった。
結婚生活にもピリオドを打ってもうすぐ1年になる。大きなトラブルがあった訳でもなく、敢えてそこまでする必要が無かったのかもしれないが、より良いお互いのこれからを突き詰めて話し合った結果、こうなった。
やりたいようにやってきたらこんな風になってしまった。どちらの決断にもそれ自体には悔いは無いし、未だに毎日やりたいことがあってそれに向かっていけるのは恵まれた環境だと思っている。
その一方で自分がこのような生き方を続けていくとどうなってしまうのだろうか、という漠然とした不安があるのも隠せない事実である。好きな人間と付き合い、好きな仕事や趣味を思った通りに追求することによって失われるものはないのだろうか。いわゆる根無し草の恐怖というものである。
人間とは軸になる拠り所が無いと不安になるものらしい。アメリカにいる日系人の人は自分が日本人なのか、アメリカ人なのか、アイデンティティクライシスに陥ることがあるという話を聞いたことがある。アメリカ人には日本から来た人と認識され、日本人からは日本社会の閉鎖性を見せられると、自分は何なのだろうという浮遊感のようなものを感じるのだろうか。人間は自分がどこかにどっしりと腰を落ち着けていると思いたいのであろう。
安心とマンネリ、不安と興奮は背中合わせである。5年後の自分は不安と闘いながら興奮を求めているのだろうか。それともマンネリを感じつつ安心を求めているのだろうか。
99.9.5.
<今日の一言>
再開に際し、たくさんの方からメールを頂きましたが、忙しくて返事を書けなかった方もいらっしゃいます。この場でお詫びとお礼を申し上げます。
本当の気持ち
ネットでも実生活でもそうであるが、本当の気持ちが伝わらないもどかしさを感じる事が多い。思っている事が言えないときもあるし、自分ではきちんと伝わっていると思うことが違った意味に取られてしまったりする。コミュニケイション能力の欠如といえばそれまでであるが、何とか解決できないものかといつも思ってしまう。
バーチャルなネットの世界では不特定の多くの人とのコミュニケイションとなる。伝えられるのは文章を通じてであり、情報には限界がある。そして受け手も大量の情報の一部として認識する訳であり、思った通りの意図が伝わるとは限らない。認知してもらうには他の情報との差別化が必要となり、行き過ぎた差別化はセンセーショナリズムに至る。
実生活でのコミュニケイションはワン・トュー・ワンでフェース・トュー・フェースが基本である。相手に対して顔を見ながら双方向のコミュニケイションを行う場合が多い。バーチャルな世界に比べ、情報量も圧倒的に多く、相手の気持ちも理解しやすいはずである。そんな時でも自分の気持ちを素直に伝えるのはかなりの勇気が必要である。しかも相手が理解していないと判断した場合、わかってもらえるまで繰り返し説明し続けるのは根気も要るし、根気があっても相手から拒否されないように納得してもらうのは大変なことである。
コミュニケイション能力とはバーチャルな世界では、ポイントを差別化して簡潔に表現できる能力、リアルな世界では正直な気持ちを繰り返し伝えられる勇気、ではないだろうか。これが最近の結論である。
どちらの世界にも共通しているのは、自分が理解されていると思った時に感じる暖かな気持ちである。
99.9.1.
<今日の一言>
今日と明日の昼間銀座ソニービルのGiant Stepの前でイベントの手伝いをしています。久し振りにスーツを着ることになりそうです。
スーツ
この夏、スーツは結局1種類しか着なかった。というより1つだけ会社のロッカーに入れてあったが、殆ど着なかったというのが正しい表現だろうか。時々、外出の用事があったり、取引先の方とのアポイントがあるとその都度着替えていたが、それも段々しなくなり、金融機関に外出という場合以外は基本的に着替えないのが普通になってしまった。
考えて見れば、ネクタイにスーツというのは非合理的な服装である。もともと高温多湿な気候には合わないスタイルだし、ネクタイとはスカーフが進化(退化?)したそもそもは防寒目的のものだったらしい。日本の夏には本当に似つかわしくない。それに省エネだエコロジーだと騒いでいるのだから、真っ先に廃止すれば良いと思うのだが、慣習を変えていくのは時間がかかるということなのだろう。
毎日Tシャツにジーンズといったラフな格好で会社に行くと精神衛生上非常に良い。通勤の苦痛もかなり軽減される。冷房が切れてしまう深夜に残業していてもスーツでいるよりは楽な気分で仕事が進む。
問題と言えば、一度ラフになってしまうとなかなか元に戻れないということである。おじさんが冬になって一度、股引きをはき始めるとやめれらないというが、それと同じ心境であろうか。
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