SHINOBY'S WORLD SHINCE: SEPTEMBER 30, 1996




エッセイ

エッセイ 2001年7月

 

2001.7.22.
<今日の一言>

家の近くに月・水・金の週3日しかやっていない相川屋という豆腐屋さんがあります。3連休だけ土曜日開店しており、転居3年目にして初めて買い求めました。冷奴の味は予想通りの絶品。地元商店街の奥深さを再認識しました。

三連休

久しぶりに週末の出社もなく、自宅で仕事をしながら少しリラックスした気分で連休を過ごしている。と言っても、どこかに遠出することもなく基本的にはいつもと同じ週末である。

自宅付近で過ごすことの多い週末であるが、いつものパターンは大体決まっている。土曜日であれば昼は最寄り駅近所の「大野屋」というお蕎麦屋さんでとろろそばを食べ、夕方近所の商店街で食材を買い求め、夕食は和食かパスタを料理という一日。

日曜日は朝早く起きて、代官山の渋谷区民プールで1時間ほど泳いで、11時に「ヒルサイドパントリー」のクスクスランチを新聞を読みながら食べて、その後は代官山のFCUKやらエノテカに寄り道して帰る(滅多に買わないが)。そんなパターンが続いている。

旧山手通り沿いにある「ヒルサイドパントリー」(ヒルサイドテラスG棟B1、03-3496-6620 営業時間:11:00-19:30(年中無休))は不思議なお店である。パンを焼いている香ばしい香りが漂うお店。パンの味も、オリーブやラタテュイユの味もぺリエが積んである入り口のディスプレイもすべてが海外にいるような錯覚を覚える。

店の横にカウンターがあり注文した料理を食べることができる。いつ行ってもカウンターで食べている人がいないので一人で占領してのんびりと時間を過ごすことができる。食べるものはいつもクスクスランチ。クスクスにラタテュイユとオリーブカクテル、そしてスパイシーチキンが載っているプレートで、700円。オリーブカクテルは気分で3種類から選ぶことが出来る。ボリュームと満足感、代官山という立地を考えると決して高くはない。

ヒルサイドテラスの地下にあることからなかなか気がつかないお店であるが、一度行くと病みつきになってしまう魅力のあるお店である。

 

2001.7.9.
<今日の一言>

「ユニクロ」「スターバックス」・・・急成長で一気に消費者に浸透してしまった2大ブランドは消費者の感性次第で将来が決まるように思います。脱「ユニクロ」宣言をしたい私の気分は時代の空気を反映しているのでしょうか。

「恋の三要素」

家のソファの横にずっと置いたままになっている日経新聞の夕刊がある。6月23日のそれは7面に歌人の穂村弘という人のエッセイが載っている。この人の名前も聞いたことがないし、文章も読んだのは恐らく初めてであろう。しかしその文章には何故だか心から離れないことが書かれている。

「恋の三要素」というタイトルのエッセイは恋の三要素を<ときめき><親密さ><性欲>だと言う。そして時の経過と共に恋愛では<ときめき>と<性欲>が減り、<親密さ>が増えるという。だから恋は時間の経過は2対1で不利なのだ、と説く。

<ときめき>と<性欲>に関する欲求を他の対象に振り向けなければ取り敢えず恋は続く。でも「この世は一度きり」という呪文が聞こえてくる。「この世は一度きり」だからこひとりの人との<親密さ>を大切に生きるという天使の声は、<ときめき>を見逃したら死ぬときに後悔するという悪魔の声に消されてしまう。つまり今ある恋は将来の恋の<ときめき>にいつかはやられる。その結果恋はいつかは終わるのである。

<ときめき>と<性欲>が消え<親密さ>を残した恋愛対象と友達になれるほど私自身も器用ではない。結果、2対1で負けてしまった自分の気持ちに正直に動くことによって相手を傷つけ、それを見て自分を責める。そしてまた懲りずに<ときめき>を求める自分がいる。もう何十年もその繰り返しである。

<親密さ>が極められればそれは恋が愛に変わることがあり得るのか。永遠の課題である。愛とは相手に対して自己犠牲をどこまで考えられるか、ではないかと思っているが、親密さの究極にそれがあるのかは、未だにわからない。

結局恋に関してわかっているのは<親密さ>の中での恋の終わりは切ないものであるということだけなのである。


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