■ 「所有とは不幸の始まり」
1998年12月19日の日記を見ると「社長失格」に感動した自分があった。その本はハイパーネットというベンチャーの成功と挫折を描いたものであったが、著者の板倉雄一郎さんに対しては経営者としての尊敬よりも、「いい加減なように見えて自分の譲れないものを頑なに守ろうとする考え方に共感した」ことを覚えている。
最近、ひょんなきっかけで彼が書いているネット上の文章を見つけた。その中のこんな内容にまた共感してしまった。「所有とは不幸の始まり」という彼の持論についての説明である。
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たとえば、分譲マンションを買ったAさんと、同じマンションを賃貸しているBさんがいたとする。ある日、豪雨で雨漏りが発生。このとき、Bさんの心理は「ったくしょうがねぇマンションだぜ」であり、その後の行動は大家に連絡をして修繕を要求することとなる。
一方、Aさんの心理は、「ありぁりぁ〜、僕の資産が目減りしている、大変だぁ〜」 であり、その後の行動は、大枚払っての修理依頼となる。雨漏りならまだ良いが、地震で建物が崩壊したら、Bさんは住む場所も無いが、家賃も無い。一方Aさんは住む場所は無いが、借金は残る。
またこれを恋愛現場に持ち込むと、彼女に大枚払ってプレゼントをあげるとき、彼らは彼女にプレゼントを与えたという彼女に対する身勝手な債権所有者に成りたがり、彼女に振られると「プレゼント買って上げたのにぃー」と嘆く。これまた、考えうる手段によって、相手を「所有」したいという、愚かな発想が原因。
プレゼントあげるなら、彼女の笑顔を想像しながら買い物している自分の幸福感で、投資分の回収とするか、プレゼントを渡したときの彼女の笑顔をもって、投資分の回収とできる範囲でやりなさいと言いたい。
所有を追いかけるより、その瞬間=瞬間を楽しむことが幸せだ。人は、所有を求めるが、所有したとたんに不幸が始まる。所有を追いかければ、追いかけている間だけ、自分をごまかせる。他人はだませても、自分をだますことはできないのに。
僕たち日本人は小さい頃から「貯金しなさい」と言われていたように、所有に幸せがあると、教えられてきた。でもね、所有するなら、「金」より「金を稼ぐ能力」であり、「車」より「車を楽しめる運転技術」であり、「彼女」より「彼女を楽しませることのできる能力」であるべきだと、僕は思う。
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ファイナンシャルプランナーの方に昔聞いた話では、人間の貯蓄行動は親の影響が非常に大きいという。つまり「貯蓄は美徳」という環境で育った人はその考え方に縛られる傾向が強いということだ。
所有とは守るべきものができたという意味で不幸である、という考えに基づく板倉氏の潔い生き方は羨ましいが、生まれてからずっと日本の所有文化にどっぷりと浸りきった人間はどうしたら呪縛から離れ、そこまで達観できるようになるのであろうか。
モノ、お金といった資産だけでもなかなか到達できない所有欲からの開放ができないのに、恋愛にまでそこまで淡白になれる自信は今は到底ない。
<最近の一言> GOING UNDER GROUNDというバンドの「ミラージュ」という曲に不思議な感動を覚えています。言葉で説明ができない気分がこみ上げてくるのです。