SHINOBY'S WORLD SHINCE: SEPTEMBER 30, 1996




エッセイ

2003/01/05 (日)

日本人

新年のせいか日本についてよく考える。昔は日本人であることに恥ずかしさを感じた時期もあった。日本人の屈折した思いがどうしても好きになれなかった。そんな思いがある記事を読んで少し変わった。

購読していない読売新聞が最近勝手に配達されるようになった。その中で5日の朝刊の4面に社会学者の佐藤俊樹が書いている。

日本社会のここ2,3年の変化として(1)特別な国から普通の国に意識が変わった、(2)中央対地方、都市対農村といった対立軸が崩れている、そして(3)モノの豊かさから縁の豊かさへの転換、の3つがあるという。(3)については実感するものがある。

モノの豊かさを求めてきた日本に明らかにモノ以外の豊かさを求める流れを感じる。ブランド品を買いあさったり、いい車に乗ったりするより、コンサートに行って感動したい、趣味の合う友達と豊かな時間を共有したい、家族と団欒したい、といったモノ以外の感動の方が大きく深いということに多くの人が気がつき始めた。お金より、コミュニケーション、ということである。

そして価値観の多様化とそれを受け入れる風土が醸成されつつある。世の中で何が流行っている、何が格好良くて何がダサい、という一般的なトレンドに大した価値がなくなってくる。自分にとって本当に大切なものを自分の尺度で考える。当たり前のことが当然になる世の中である。

かつてアメリカに留学しているとき思ったのは「日本の常識は世界の非常識」ということであった。会社の会議では事前に根回ししたこと以外は勝手に話してはいけない、わからないことを正直に質問をすると怒られる、本当の意見は会議ではなくその後の酒の席で話す、人と違う意見は却下される・・・。

ようやく日本の常識が世界の常識に近づこうとしている。暗い日本の中でのかすかな希望である。

<最近の一言> ホームページのリニューアルは結局昨年果たすことができませんでした。今年こそは、と思っています。


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