SHINOBY'S WORLD SHINCE: SEPTEMBER 30, 1996




エッセイ

2003/04/06 (日)

幸福とは

「人口減少社会の設計―幸福な未来への経済学」(松谷 明彦、藤正 巌、中公新書)を読んだ。人口の減少が日本をどうするか、についてはかねてからとても興味を持っていた。その疑問をすっきりと整理してくれる価値ある一冊であった。

一般に学者の文章はわかりにくい。まともなことをまともに書くと一般にわかりにくい専門書になってしまう。逆にわかりやすい学者の文章は中身が大したことでない場合が多かったりする。そんな学者の書いた本にありがちなパターンになっていないのが良い。決して名文ではないが淡々とデータを元に日本社会の分析を行っている。

データによれば、日本の労働人口はすでの減少をはじめている。日本は今後30年にわたりマイナス成長しつづける。100年後に日本人は3000万人になる。

そんな中で日本の企業は労働分配率が低いという問題を抱えている。これは無駄な産業が多いからだと言う。非効率な企業の延命は非効率の温存になり、最終的には労働の効率化を妨げる。つまり労働分配率が下がり、労働者の労働時間は短くならない。今の日本でなされている不良債権処理とはまさにこの非効率の温存ではないだろうか。あるべき方向性とは逆のことが行われているのである。

日本においてなぜ非効率な投資が温存されるか、売上至上主義になるか。著者はその理由を戦後出来た年功序列システムにあるとしている。年功序列システムをやめれば非効率をやめる第一歩になるだろう。

そしてもう一つのテーマは人口減少社会で「幸福」を追求するにはどうしたら良いか。本書では幸福の定義を「労働時間あたりの所得が多いこと」としている。つまり効率的な労働をしなければ幸福になれないというのである。GDPの増大ではなく一人一人が豊かに暮らせる成熟した社会を目指すべきだという。

「幸福」になるには日本人の幸福の感じ方が変わらなければ問題は解決しない。人と同じでなければ不安、でもちょっとした差が重要という幸福に対する価値観が日本にはある。そんな箱庭競争社会ではいつまでたっても幸福を感じることはできない。

さらに家族を中心とした社会、年寄りが社会と接点を持てる社会にならなければ社会全体での幸福を感じることはない。年寄りもヒマになったらやることが無くて困るような人ばかりでは「労働時間あたりの所得が多いこと」は幸福の尺度にならないからである。

まず非効率は経営を続ける企業、それを後押しする銀行・政府の動きを変える必要がある。そうしないと幸福な社会にはならない。そして何より、個人の価値感が、ポロシャツの胸のマークがワニなのか、ペンギンなのか、馬なのかを気にするような箱庭競争社会から脱皮しなければ、不幸な日本人から脱却できないだろう。

もういい加減、人と比べてどうかより、自分がどうしたいかを一番に考えてはどうだろう。

<最近の一言>上海ではスギ花粉が飛んでいないらしく花粉症はピタッと止まりました。旅行中薬を飲まなかったせいか帰国後症状が悪化しました。


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