SHINOBY'S WORLD SHINCE: SEPTEMBER 30, 1996




エッセイ

2003/08/10 (日)

メンツと投資判断

人間は自分にとって都合の悪い情報を認めないように行動する傾向があることが心理学の研究で明らかになっている。

●タバコを吸う人ほど、タバコは体に害が無いという意見を持つ傾向がある。

●人気のラーメン店に長時間並んで食べたラーメンは空いているラーメン店より美味しいと感じる。

といった例がある。つまり人間は都合が悪くなった時に自分を正当化させる。これが「認知的不協和」と呼ばれるものである。前者は自分の嗜好が否定されたくないという心理、後者は長い時間並んだ=美味しいから時間をかける価値がある、という判断が否定されるのが嫌だから、という心理である。

資産運用の世界では投資を行うのは合理的な判断に基づいてされる、としている。例えばファンドマネージャーはアナリストの分析に基づきリスクを判断し投資をして収益を上げる努力をする、という訳である。しかしこのようなプロの人たちにも「認知的不協和」による判断の誤りは起こらないであろうか。

自分が買った株が下がると、多くの人はこう考える。
「これは一時的な下げで、いずれ戻るに違いない」。なぜなら自分が「買い」と判断したものが良くない投資、と認・すると「認知的不協和」が発生するからである。

プロの世界ではチーム運用という方法が取られている運用会社も多い。チームでの合議という方法には個人の暴走を防ぐメリットもあるが、「認知的不協和」を助長する可能性はないだろうか。

例えばITバブルの頃、IT企業の将来性と投資を提案した人はITバブルがはじけた後もその提案を撤回するのに時間がかかったのではないだろうか。過去の判断ミスを会社の同僚にさらすことになるからである。合議になることによって個人のメンツがより前面に出てしまいより方向転換しにくくなってしまう。

メンツにこだわる人ほど運用に向かないということからすれば、ベンツに乗ってロレックスの時計をしているような運用者は「認知的不協和」で失敗する可能性がある、ということになる。会社名や肩書きにこだわる人も同様である。

私は運用を仕事にしているわけではないが、人生の失敗を繰り返し、自己を否定することに抵抗感を持たない人が運用では成功する、と言ったら「認知的不協和」を起こさないための「ポジショントーク」と批判されれるだろうか。


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