SHINOBY'S WORLD SHINCE: SEPTEMBER 30, 1996




エッセイ

2004/03/26 (金)

フードジャーナリストの信頼性

飲食店の評価は難しい。

食べる人の好み、体調、天気でも変わるし、調理のブレ、食材のブレによっても出来が変わってくる。つまりクオリティにブレのある商品を評価にブレのある人たちがランキングするというあやふやなものである。

しかしそのあやふやさが誰が評価しても否定されにくいという現象になり結果として、誰でもフードジャーナリストになれるという状況を産み出した。

フードジャーナリストの存在価値をどう考えるかにもよるが「自腹で食べに行く人が店のチョイスの参考にするための情報を提供する人たち」と考えると
この人の書いているフードジャーナリストへの批判は的を得ている。

取材対象者と仲良しだと公言する人たちはフードジャーナリストではなくフード・レストラン スポークスマンではないかという批判、覆面でなければ特別料理を出されてしまい正しい評価ができないという批判である。

そしてコストパフォーマンスという視点は自腹で自分の財布を痛めてこそ読者にリアリティを持ってもらえる。

テレビや雑誌で名前を売り、取材の経費で食べ歩き、シェフから特別な料理を作ってもらい、レストラン側に立った評価をする有名評論家よりは友里氏のスタンスの方が私は好きである。

自らホームページで有名フードジャーナリストを批判する彼の強みは自腹で覆面であるということである。しかし一方で彼が書いていることも彼一人の意見であり複数での調査ではない。また残念なことにレポートの文章は表現が凡庸で食のエンタテイメントとしての面白みはない。

そして何よりいくつかの紹介されている店に関し彼の評価と自分が行ったときの感想に大きなズレがあったりする。

友里氏の既存のグルメレポーターへの批判には拍手喝采できても、彼のレストランに対する評価には必ずしも拍手喝采できない。個人の好みの問題だろうが一人の評価ではやはりブレが大きいのである。

複数の評価者が覆面で調査を行うミシュランのようなガイドブックは日本には現れないのであろうか。


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