SHINOBY'S WORLD SHINCE: SEPTEMBER 30, 1996




エッセイ

2004/08/12 (木)

<リアルタイム日記 7>胆石は4つ、やはりデカかった

摘出した胆石は先生がビンに入れて保存しておいてくれた。今朝それを出してじっくり見てみた。一番大きいのは直径が歯ブラシのブラシ部分と同じくらいある。こんなのを体内に入れながら腹痛と闘っていたのかと思うとゾッとする。これからお見舞いに来てくれる人には見せようと思う(気持ち悪いか)。

昨晩も「ソセゴン」を点滴しながら寝る。鎮痛剤があるうちはぐっすり眠れるが、薬が切れると体が痛く眠りが浅くなってしまう。結局朝6時前に起きてしまった。

今日は採血、レントゲン、検尿と気が進まない検査が多いが、楽しみもある。それはご飯がお粥から普通のお米になることだ。2週間ぶりに白いご飯を食べられる。それだけで何だかうれしい。(7:20)

白いご飯、と思いきや朝食はパンだった。食パンが2枚とジャムやらチーズやら。ちょっとがっかりしたがトースターで焼いて食べるとパンもうまい!

朝にはドレインと言われるお腹に残っていた管を抜いた(これも抜くときにイヤな違和感があった)。レントゲンと採血、検尿も終わり、また点滴生活がはじまる。(10:10)

昨晩痛みが治まらず朝方はあまり寝られなかったせいか、点滴をしながら寝てしまう。昼食が運ばれてきて目を覚ます。

ついにご飯だ!と思うとお昼は何と冷やしうどんであった。また白いご飯はお預けである。

しかし起きたときには点滴も終わり、腕に入れていた太い針も抜いてもらった。これで体に入っている管はすべて抜けたことになる。体内の違和感から開放された!

某社のH社長からお見舞いのお花をいただき、早速お礼の電話をする。働きすぎだからゆっくり休め、とのアドバイス。そう言われても貧乏性にはなかなかできないことである。(12:30)

午後は明日のマネックスメールの原稿作成。手元に参考にする資料が無いので結構苦労する。

お腹の痛みが随分引いてきた。へその横に3cmの穴があるらしい(怖いので見ていない)がそこだけがまだぼんやりと痛い。歩くのも随分楽になった。まだ前かがみで歩くと傷にひびくが。

どうやら退院は土曜日の午前中になりそうである。ようやく終わりが見えてきた。(15:00)

そこに意外な訪問者が3人でやってきた。
休暇中の彼そして若社長と来年就職の友人。いつも明るく前向きな彼らの爽やかな笑顔には清々しさを感じる。胆石の実物を見たいというので早速見せる。手術がどのくらい痛いか説明したら若いのに本当に心配していた。

彼女が来たので彼らは入れ替わり帰っていった。また2人で上海大貧民。今日もまた負けた。5連敗で財布の中身も寂しくなった。

見回りの看護婦さんに、もう点滴がないのでソセゴンはダメと言われる。痛み止めのロキソニンの錠剤なら、と言われたが、HPで調べると胃に良くないようなので我慢することにした。(21:10)

そう言えば、入院直後に取得したtanseki2@hotmail.comは今後はチェックしないと思います。このページの下からメールしてください。

しばらくチェックしない間に、高校以来の友人Y君、前の会社のNさん、D社のSさん、マネープラスのA編集長とSさん、SyncのS君にSM君(体調どうですか?)、早稲田オープンカレッジのOさん、S信託のNYにいるA君、そして同じくNYのKさん、アンカケ・スパ男さんなどたくさんの読者の方、マネックス証券の同僚の方々、他にも書ききれないくらいたくさんメールを頂きました。全員には返事ができなかったのでこの場でお礼申し上げます。

頂いたメールがとても励みになりました。
本当にありがとうございました。
(22:22)


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