雑記: 2005年6月アーカイブ

数ヶ月前に某大手財閥系の不動産販売会社の売り出している南青山の高級マンションのモデルルームを冷やかしで見学したことがある。モデルルームを見ているうちに買いたくなるのかな、と思っていたが結局そんな気分にならないまますっかり行ったことも忘れていた。

それからしばらく経って自宅に不動産関係のDMが大量に届くようになった。大半はモデルルームを見学した会社の他の分譲案件のものであるが、興味も無く来たものをそのままゴミ箱にに捨てていた。とはいっても個人情報流出のリスクもあり住所部分のシールをはがしてから、とシールを取ろうとするがこれがうまくいかず何ともストレスである。

送られてくるマンションもまったく関係の無い郊外の物件だったりして何も考えずに送っているのではないかと余計に腹が立ってくる。いつになったらこのDMの洪水は止まるのだろうか。

そう言えば昔別のマンションの見学をしたら、次の週から携帯に執拗にキャンセル住戸の案内が来たことがあった。某大手商社の販売する代々木上原の物件であった。

こうやって営業しないと売れないのにマンションというものがどうしてこんなに大量に供給されるのか不思議である。買う人がいなくならないのはなぜだろう。

住宅には賃貸か持ち家か、という選択に加えマンションか一戸建てか、という選択もある。賃貸マンションという選択をしている自分であるが、送られてきたマンションのDMを見ながらふと思った。他の選択肢を考えることはあるのだろうか?

<業務連絡>
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早寝早起きをするようになった。時間に追いまくられる生活をしていると夜より朝の方が時間の価値が高いことに気が付いたからだ。

例えばこんな生活をしている。5時に起きる。6時まで本の執筆。6時から6時半までトレーニング(腹筋と腕立て)と出かける準備。6時半に家を出る。通勤はバスと地下鉄。バスでは日経新聞を読む。15分でギリギリ読み終える。地下鉄では読書。7時15分に会社に到着。メールをチェックして、手帳で予定を確認。それから約1時間の8時半までにメルマガの原稿や雑誌の原稿を仕上げる。8時半からは通常の仕事。ここからは通常業務になる。

8時半までの時間でこれだけのことができるのである。しかも頭はすっきり、時間は限られているから能率を上げないと終わらないので追い込まれて効率的に仕事が進む。

こんな方法なら仕事ははかどるが、問題は2つある。1つは夕方以降は仕事の能率が一気に落ちること。夕方以降はエネルギーが残っておらず残業を長時間できない。もう一つはこのようなリズムで仕事ができるのは週にせいぜい3日くらいである。毎日こんなことをしていたらモーターが焼き切れてしまう。焼ききれる前に潤滑油を入れておかないとと思ったらたまにはブルゴーニュ産の赤い潤滑油で調整する。

明日は月曜日。またこのパターンで仕事をすることになりそうである。

自分では自分のことを完璧主義者だとずっと思っていた。このBlogを読むと内藤忍という人物は何だか人格円満で仕事を熱心にこなし、いつも人生に真摯に立ち向かっている素晴らしい人間に見えるらしいが、私はそんな人物ではない。むしろ逆である。

人間関係でトラブルを起こしたこともあるし、結婚生活も成功させることはできなかった。仕事も今でこそ天職と思って毎日楽しくやっているがかつては自分が何をしたいのかわからない状態に悩んだモラトリアム期間も長かった。

私の言う完璧主義者というのは要するに形式と実態が合っていないのが許せないというだけで、実態が完璧はどうかは実は関係ないことに気が付いた。例えば仮面夫婦のような愛し合っていない夫婦とか、いやな仕事を我慢してやっているサラリーマンを見るとついその形式と実態のギャップがあることを許せない気持ちになるのである。離婚すればいいのに、とかどうして転職しないの?と思わず考えてしまうのである。

かといって自分の生活が完璧かというと心もとない。気持ちはいつもろうそくの炎のように揺れているし、自分がどうしたいのかはっきりわからないことだらけ。いつも失敗を繰り返し本当に未熟な男を思うことがしばしばである。

人間は不完全であるから間違えるし、失敗するというのが私の持論(言い訳?正当化?)である。そんな不完全なもの同士がコミュニケーションをするわけであるから完璧にものごとは進まない。トラブルを無くし完璧を目指すのが重要なのではなくトラブルを如何に解決できるかが重要なのであるが、そんな器の広さは完璧主義者の私には到底無理なことらしい。

そう言ったら完璧主義者ではなくただの見栄っ張りではないか、と上海出身の彼女に指摘された。

ラジオ(文化放送)の収録でキャリア&マネーアドバイザーをされている方と一緒に仕事をした。その方も本を書いたり講演やセミナーに忙しい毎日をおくっている。

収録した番組はファイナンシャル・ジャパンの岡本編集長と3人でお金について語るというもので短いながら面白い内容だったと思う。ディレクターにもお世辞かもしれないが、今までの収録で最高の出来!と言っていただいた。

それはともかく帰り道にその方と渋谷駅までご一緒した。実は今週、私は忙しさのピークであった。通常業務(いつもポロシャツで仕事していても一応投資顧問会社の代表取締役なのです)、書籍の最終原稿の追い込み、雑誌の締め切り、7月に販売するファンドの取材、セミナー資料の準備などなどで睡眠不足。仕事に追われてイライラしている状態だった。

そんな忙しくて自分の時間がなかなか取れない不満を収録後の電車の中でぶちまけていたらその人はこういった。

「自分の書きたいこと、話したいことを周囲に広げることができて、しかもそれにお金を払ってくれることがいるだけで本当に幸せだと思いませんか?」

その瞬間、ハッとした。

知らない間に自分の恵まれた環境を当たり前だと思い、忙しさについわがままを言ってしまったようだ。最初の本を書いていたときは自分の考えを出版できるなんて、それだけで夢のようなことだと思っていた。セミナーや勉強会も最初にやったときには緊張していたが、講師になるということだけで満足感があったように思う。それがいつの間にか当たり前のように思っている。段々贅沢になっているのだ。

その人は自分の会社でセミナー、勉強会を主宰しており、きっと私より苦労も多いだろう。それを楽しいと言い切る姿に何だか自分が恥ずかしくなった。

彼女の名前は言わなくてもわかるだろう。8月に半日セミナーでまたご一緒することになっている。

ワインを飲む場合も、美味しいものを食べるときも、金融商品を選ぶ場合でも大切なのはクオリティである。質の高いワインは高いだけの付加価値があるし、高くてまずいものは淘汰され品質に見合った価格のものだけが残っていく。金融商品もコストばかりかかる質の悪い商品はいずれ投資家から敬遠される。

自分という商品を相手に売り込む場合もクオリティを相手に感じてもらわなければ受け入れられない。就職の面接、セールスのプレゼンテーション、セミナーでの講師、メールでの対応、すべて相手に何かを提供できないと評価されないのである。

しかしクオリティ以外にもう一つ差別化できるものがある。それはスピードである。例えば知り合いの人に一斉にBCCでメールを出すとする。返信が5分後に戻ってきたらどうだろうか。内容よりもその反応の早さに驚くだろう。

旅行代理店に見積もりを依頼したら一週間かかって詳細なメールが届いた。内容は完璧であってもそこには付加価値がほとんどない。旅行に行きたいというときめきがある時に不完全でも良いからメールが届けば評価は違ったはずだ。

クオリティを補うだけではなくあるときにはそれを超えてしまうのがスピードである。

そんな驚きのあるスピード感を持って仕事もプライベートも過ごしたいと思っているが、偉そうに言うのは簡単でも実際に行動できないのが人間の弱さである。

RSS

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YahooのRSS機能を使い始めたらこれが結構便利で手放せなくなった。

My Yahoo!のRSS(Really Simple Syndication)で、RSSファイルのアドレス(URL)を追加すれば登録したBlogの中で更新されたサイトだけを表示することができる。これを使えばいちいちすべてのお気に入りサイトを見にいく必要がなくなるのである。更新されないサイトは表示されないので見にいったら全然変わっていないということがなくなり効率的である。

ただ問題はいくつかの自分の気に入っているサイトがBlog化されていないのでこの仕組みにのらないのである。例えばこの方この方あるいはこのサイトなどほぼ毎日更新されているのにいちいちサイトにいかなければならない。

早くBlogにならないかと期待している。作成も楽になるし、RSSにも対応をいいことずくめのように思うのだが・・・。

miekouza.gif

会社に今年入った新人たちと飲みに行く機会があった。酒屋さんの2階で営業している八丁堀にある(安くて)有名なワインバーに行った。

ワインの勉強をしたいという新人にワインで見栄をはる方法を説明した。ボージョレーは赤だけど少し冷やして飲むから、「ボージョレー少し冷やして」って言うとレストランで給仕から尊敬されるという話をした。「実はこの話はホイチョイプロダクションの見栄講座という本に書いてあった話で・・・」と続けると何と新人君は「見栄講座」も「ホイチョイ」も知らないというではないか。

世代の違いを感じる一瞬であった。調べてみるとこの本が出たのは1983年。大学2年のころだった。学生生協の書店で偶然発見して、これは面白い!をむさぼるように読んだものだ。家の本棚を探すと出てきました。68ページにちゃんとボージョレーの話が載っている。大学の頃暗記するくらい読んだから今でも覚えているのである。

ホイチョイと言えば「東京いい店やれる店」という名著もあった。これも本棚から発見された。巻頭に書かれている野村のID野球を応用した「デートのノムラ・スコープ」というコンセプトは読んだときに衝撃を受けたものだ。

どちらも今読み返すとデータや時代背景が微妙にズレているのが何とも寂しく、また懐かしいのである。

見栄講座からもう20年以上。世の中は流れるように変化している。

この本がいよいよ最終段階に近づいてきた。編集をやっている渡辺さんとミーティングで話題になったのが、みんなネット取引のパスワードや暗証番号をどうやって管理しているのだろうか、ということだ。

私自身で考えても、新生銀行、マネックス・ビーンズ証券、マネックスFX、Yahoo、会社のパソコン(2台)、家のパソコン、会社の仕事で使うソフト、このBlogの管理画面・・・と大量の「知られたく無いが、忘れたくないもの」がある。かなりの部分は共通としても全部を正確に管理するにはどうしたら良いだろうか。

暗証番号の覚え方としては誕生日ではない覚えやすい数字4桁として
●生まれた西暦
●住所の数字
●語呂合わせ(例えば私なら7110(ナイトー)とか)
●記念日
といった方法がある。

パスワードはアルファベットもあってややこしい。
●住んでいる地名と数字
●ファーストネームと数字
●母親の旧姓と数字
くらいしか思いつかない。

そしてこれらを一覧表にしてMSワードに記載して保存するときにツール機能を使ってパスワードをかければ一応安全かつ確実に保管できると思うのであるがどうだろうか?

もっと良い方法を実践している人、是非教えてください。

物事でも人間関係でもそうだが、はじまらなければ終わらないのではないかと最近思うようになった。
就職するから退職する、出会うから別れる、モノを手に入れるから無くしてしまう・・・物事にはいつか終わってしまうものばかりである。

であれば、本当に大切なものははじめないという選択もあるのでは、という考えが頭に浮かんできた。大人の考え方である。大切なものを得た瞬間からそれを失う時に向けての時間がはじまってしまう。大切なものを得なければ失うこともない。

すべてのものははかないのである。ダイヤモンドは永遠の輝きといっても燃えてしまえばただのカーボン(炭)にすぎないし、藤島親方の最後を見て思ったことはすべてのものには栄枯盛衰と終わりがあるというはかなさだった。

まあ、はかないからこそ大切であり、終わりがあるからこそ精一杯燃焼しなければならない、ともいえるのだが、そのはかなさを味わいたくないという思いは大切なものであればあるほど強かったりする。

こんなことを書いていたら薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」の歌詞が頭に浮かんできた。

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さよならは別れの言葉じゃなくて
再び逢うまでの遠い約束
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終わりもまた次のはじまりのための準備とも言えるのだろうか。だとすれば・・・・。

アウトプットを続けるには必要なものがいくつかある。

まずインプットである。インプットとはいつも会っている人とは違う人たちや自分の持っていないものを持っている人に会って話したりすること。あるいは本を読んで考える時間を持つことだと思う。

最近忙しいせいかアウトプットばかりしていて、インプットする時間がほとんどない。そんな毎日を過ごしていると今度はアウトプットの質も量も低下していくのがわかる。いつもはすらすら出てきた文章が考えてもうまく出てこないのである。

そんなときは思い切ってアウトプットをやめることが重要ではないかと思う。できないからさらに一生懸命というのではなく、できないからやめてしまうのである。するとしばらくしていると何だかまた体の中からアウトプットしたいというエネルギーが湧き出してくる。

アウトプットにはインプットという材料を入れる作業とそれを熟成させる時間の2つが必要である。今の自分を振り返るとどちらも欠けているようだ。

たまには早く会社から帰って、家でぼんやりと何もしないでいたり、仕事を忘れて仲間と思い切り騒いでみたりすることも大切なことだろう。人間は機械ではないから壊れると修理に時間がかかるのである。

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編集者

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週末に自宅で修正した書籍の原稿を編集者の方に手渡した。実は週末に作業をしながら少し不安に思っていたことがあった。それは出版社が本を早く出すことにこだわりすぎるあまり、内容に満足できないままで校了してしまうのではないかという不安である。せっかく良いものを作りたいと一生懸命やってきたのにここで妥協はしたくないと心から思った。

ところが今日午後に修正原稿を渡した時、編集者の渡辺さんも同じ気持ちでいることに気が付いてとてもすっきりした気持ちになった。ミーティングの時に、構成全体を自分で何度も読んでだ上で修正した方が良いと思うことをアイディアとしてたくさん書き出してきたのを見たからである。修正が増えればそれだけ作業は長くなり出版が遅れるにもかかわらず、である。編集者の良識を感じた。

実は渡辺さんは担当になったのが、わずか2ヶ月ほど前で、引継ぎで私の今回の書籍の担当になり、状況がわからない中で一生懸命やってくれている。金融にそれほど詳しいわけではないが、逆にそんな読者と同じ視点からの編集が本のクオリティ向上に貢献している。

6月末の完成を目指しているが、今日の感じでは少し完成が遅れそうである。しかしその分良いものができるのではないかという確信を持てるようになった。

前回の出版でも思ったが、本は書き手と編集者が半分づつ作っているようなものだと思う。どんなに良い内容でも装丁やデータの正確さ、といった仕上げがいい加減だと良いものにはならない。中身は良いのに買う気にならない本というのは実はたくさんある。編集者に恵まれなかった本を見ると書き手に同情する。

編集者の方も本当に良いものを作ろうという気持ちがあれば、その意気込みが書き手に伝わり作品の質は確実に向上する。今日の渡辺さんの誠実な対応を見て、週末までにどんな修正原稿が出来上がってくるのか楽しみになってきた。

最近は仕事で毎日が手一杯。しかも今週は前半体調を崩し、大変であった。何とか週末まで乗り切ったが、土日もマチュアライフ研究所のセミナーと新刊書籍の初稿直しで終わってしまいそうである。

そんな中、最近うれしかったことは雑誌GQの「いま社長たちが読んでいる186冊の本」の中の1冊として「資産設計塾」が選ばれたことである。ネクステック山田社長の5冊の推薦図書の中の1冊入れていただいた。

製造業のコンサルタントをしながら一日に2−3冊を読みこなす読書家の社長に「いつもはコンサルしている僕が、逆にコンサルされた本」とコメントしていただき、この短いセンテンスに痺れた。

本がたくさん売れることはやっぱりうれしいことであるが、アマゾンのカスタマーレビューのコメントやこのようなコメントは本を出すことが単に数字だけではないことに気が付かせてくれる。

2冊目、3冊目を書きながらくじけそうになるとこんなコメントを思い出し、またクリップで留めた原稿に4色ボールペンで書き込みをしていくのである。

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