雑記: 2006年2月アーカイブ

自分の毎日の生活は大きく3つに分類される。

まず会社の仕事である。少なくとも月曜日から金曜日の8時半から5時半までは就業規則で拘束されている。それ以外にも残業や休日出勤もあるし、時間としてはもっとも時間配分が大きいのがこれである。

次に会社以外の仕事、つまり会社以外から収入を得る仕事もある。本や雑誌の執筆や社外の講演などがそれにあたる。時間としてはあまり割くことができないので効率的にやらなければならない。通勤の電車の中でパソコンを使って原稿書きをしていて肩の痛みに悩まされたことがあった。

そしてもう一つがプライベートである。自分一人の時間よりも一緒に話をしたり、ご飯を食べたりといったことが多い。人生を充実させるために必要不可欠なものである。

この3つの時間配分の見直しが今年の重要課題である。つまり仕事の時間を短くし、会社以外の仕事を昨年並みに維持し、残りをプライベートに使うという方向である。とは言っても仕事の質を落とすわけにはいかない。短い時間で同じアウトプットを維持するためにはどうしたら良いのか。いくつかのアイディアを使って試行錯誤をはじめている。

リクルートの雑誌と言えば毎週愛読しているのがフリーペーパーのこれである。木曜日の昼休みになると社員が大量に棚から確保してきてみんなに配っている。私の場合、金曜日の帰りの電車で読むというの週末の定番になりつつある。無料で広告も入っているのであるが、新鮮な情報を手軽に得られるのが良い。果たしてビジネスとして成り立っているのかどうかはわからないが、媒体としての価値は着実に高まっているように思う。

一方同じリクルートのフリーペーパーでもこれは読んだことはない。駅の出口でアメリカンな格好をした人が配っているが、手渡しされることによって何だか価値が無いもののように思えてしまうから不思議である。またディスカウントチケットをつけているお店は価格競争に巻き込まれ、値段に対する顧客からの信頼を切り売りしているように感じる。一時的な顧客獲得のために何かを失っているのである。つまり広告媒体としては麻薬のような存在ではないだろうか。

リクルートの雑誌で最強なのは実はこれではないだろうか。定価500円なのに電話帳のような厚さのカラー雑誌。しかしその中身は広告がほとんどという結婚情報誌である。ウェディングという人生の大きなイベントに焦点を合わせ、毎号特集を組む編集力には体力だけがテーマで特集を続けるTarzan同様すごいことである。

しかしこのゼクシーもいずれ低価格化に向かうのではないかと思う。無料の結婚情報誌が競合として現れる可能性が高いからだ。住宅情報が無料版を配布するようになっているのと同様、いつか無料で街角に少し薄くなったゼクシーが置かれている可能性は高い。

いずれにしてもリクルートという会社。出版社ではない視点から書籍をビジネスとして捉えており、これからまたきっと新しい媒体を開発してくれると期待している。例えば今をときめくLeonに対抗するようなフリーペーパーが出てくるかもしれない。

日本の金利上昇は膨大な国債残高を抱える政府の金利負担を高め財政状態をさらに悪化させるのか。

この疑問に大して中前国際経済研究所の代表中前忠氏は日経新聞で明快に説明をしている(2月21日夕刊7面「十字路」)

政府の負債は700兆円、資産が200兆円として純負債は500兆円。長期金利が1.5%から3%に上昇したとすると7.5兆円の負担増になる。

家計部門は資産1400兆円、負債400兆円、純金融資産1000兆円。金利は現状ほとんどゼロであるが3%に上昇すれば30兆円の利子を産む。このうちの20%は源泉徴収されるから6兆円。さらに24兆円の手取りの利息が消費に回れば消費税がこの5%、1.2兆円となる。合計で7.2兆円となり金利上昇による負担増をほぼ賄う。

ただしこのような計算の前提としては金利上昇の際、銀行が預金金利を市場実勢に応じ引き上げることであるとする。

金利上昇は日本の財政を悪化させるとは言えず、景気回復と共に財政の健全化をもたらすという中前氏のコラムの指摘はわかりやすく説得力がある。

一般に理解されにくいことを簡潔にわかりやすく説明する能力。見習いたいものである。

資産設計のコンテンツを作っていると、価格は必ずしも価値を反映しないことを実感する。

例えば、資産設計の勉強会ビデオ・DVDは3,150円で販売されている。何度でも好きなときに再生できるとは言え平均すれば再生する回数は1回程度であろう。ナゼなら何回も再生する人がいる一方買っただけで満足してしまう人も何割かは存在するからである。

ほぼ同じ内容の勉強会に実際に参加すれば1,000円である。交通費をかけて来る必要はあるが、ライブとして参加することができ、最新の情報を得られ、直接質問もできるというメリットがある。そう考えると勉強会はビデオ・DVDに比べ割安になっているように思う。

さらにWeb上でストリーミング配信になると割安感が高まる。内容は動画配信向けにかなり簡略化されているがここでやっている番組はいつでも無料で観ることができる。

つまり同じようなコンテンツを提供する場合でもビデオ・DVDならコンテンツに対する対価を支払う人が多いが、Web上のストリーミング配信の場合はタダが当たり前と思う人が多いという現実がある。

ビデオ・DVDと動画配信を比較した場合、合理的に考えると買って一度学習してしまえば観なくなってしまうビデオ・DVDを手元に置くよりは一定期間自由にWebで観られる動画配信の方が価値があっても良いように思うが、そうは考えない人が多い。その理由は手元に置いておきたいという所有欲を満たすことに対する価値の有無ということだろうか。

人間の思い込みと言うのは一旦インプットされるとなかなか修正が効かないものらしい。

日経流通新聞(MJ)が発表しているヒット商品番付。これは大相撲の番付のように東西の横綱から順番にランキングをつけているが、この東が東京で流行っているもの、西が大阪で流行っているものだと勘違いしている人がいた。西の横綱に該当商品が無いのは関西の景気が悪いからだと思っていたらしい。

そんな思い込みは大学時代の友人にもいた。老舗のことを「ろうほ」だと思い込んでいた友人である。私が指摘するまで「虎屋はろうほだよね。」と何度も繰り返した。これも前に書いたことがあるが私の母は月極駐車場のことを月極さんが経営する駐車場だとずっと思い込んでいた。あちこちに月極駐車場があるので日本中に土地を持っている大金持ちの人がいると思っていたらしい。

そんな思い違いは人に言われないと自分からは気がつかないものである。まあ、勘違いも言い間違えくらいなら他人に迷惑をかけることもなく可愛いもの。勘違いしている情景を思い浮かべるとつい思い出し笑いをしてしまうのである。

週末に食事に行こうとレストランを予約してみたが、何だかどこも込んでいる。

銀座のSは「お席のご用意は9時半以降になります」ということだったし、その後電話した日本橋のGは予約で一杯。外苑前のTは話中で電話がつながらない。表参道は表参道ヒルズの影響かどこに行っても満席であった。選んだお店が悪かったのか仕方なく銀座に行って歩きながらお店を探してみた。ようやく見つけた燻製とワインというユニークな組み合わせのお店に入った。最近レストランの予約が取りにくくなっているように思う。それも比較的料金の高いお店の方が込んでいるように思うのは気のせいだろうか。

そう言えばセミナーや勉強会の会場の予約も取りにくくなっている。マネックス・ユニバーシティのマーケティング部長は会場探しの達人であるが、最近は半年くらい先までの予約を取らないと心配だと言っている。どうやら人の動きが活発になってきたのであろう。旅行の飛行機やホテルの予約もきっと取りにくくなっているの違いない。

この調子だと事前にスケジュールをしっかり立てないと自分の好きなレストランで好きなものは食べられないことになってしまいそうである。食事というのはその日の気分で考えたいと思っているのだが、そんなことはもう言っていられない。

子供の頃からとにかく紙に何でも書いて勉強するように言われて育ったせいか、未だにその習慣は変わらない。しかしこの手で書くという方法が実は有効なものであるのではないかと年々確信している。

そんな考えから「投資成功ノート」は付録に付いているノートに自分で書き込みをしていくことで資産運用の基本が学べるようにした。またビジョンやミッションは紙に書いて眺めていると実現していく。これは自分の経験から「資産設計塾 実践編」にも書いたことである。潜在意識に強い働きかけをすることで自分の日々の行動に変化が起こり、結果につながると言うわけである。

もう1つ書くことの効用として続けるパワーの源になるというのがある。昨年の正月から一念発起して毎日腕立て伏せと腹筋を続けることにした。せっかくなので手帳に記録をつけるようにしたが、結果としてこの毎日の記録という作業が続けることができる要因になった。毎日手帳に書くことが日課となって空欄になるのが何だか落ち着かないのである。

手書きというのは手間がかかる時代遅れな方法のように思えるが、実はパソコンに入力するデジタルな情報には無い価値があるのだと思う。デジタル時計がどれだけ正確な時を刻んでも、アナログ時計の価値がなくならないのと同じである。

歌人の穂村弘がかつて「恋の三要素」というのを書いていてなるほどと思ったことがある。恋の三要素は<ときめき><親密さ><性欲>。それが時の経過と共に<ときめき>と<性欲>が減り、<親密さ>が増えるという。だから恋は時間の経過は2対1で不利なのだ、という説明である。

最近思う。では「愛」の3要素とは何だろうか?生まれながらに血のつながっている家族であれば家族愛は既に存在している所与のものであり滅多なことではなくならないものだと思う。しかし例えば結婚して夫婦になるような場合、最初から愛がある訳ではなく育てあげていくことになるだろう。そこには何かの要素が必要だ。

この分野は自分の得意科目とは言えないが、自分なりに考えると「信頼」「安定」「距離感」「心地よさ」「相手を思う気持ち」「価値観」といったものだろうか。

例えば生まれながらの家族に対しては「相手を思う気持ち」があり、逆にどんなことがあっても裏切られないだろうという「信頼」や「安定」がある。そしてお互いの「距離感」に違和感を感じない。

これから家族になる人に対してはそれに加えて「価値観」や「心地よさ」が必要であるように思う。一緒になることを強制されているわけではない人が一緒になるのであるから考え方に一致する部分が必要だし、一緒にいることに違和感があってはいる意味がなくなってしまう。

「愛」の3要素は何か?理屈でロジカルに分析できるものではないのかもしれないがもう少しこれからじっくり考えてみたい。

個人のお客様を相手にする商売は客に選択権のある場合がほとんどであるが、逆にお店がお客さんを選別する場合もある。

飲食店で言えば、チェーン店で拡大志向のお店にはお客さんを選別するという発想はない。とにかく一人でも多く店内に入れて単価を上げることがビジネスの利益につながる。

一方で会員制、紹介制のようなお店は一見のお客さんは入れない。京都の料亭などはそんな代表なのだろうが、どんなにお店が空いていても固定客以外は受け付けず、それによる機会損失は考えないのである。

会員制や紹介制にしているのには理由がある。一見でお店にそぐわないお客様が入ってくると店の雰囲気がくずれ、今までのお客様に迷惑がかかるというのが大きな理由であろう。また会員制にすることによって会員のステイタス感をくすぐり、ロイヤリティが高まるという側面もあるだろう。

金融業界でもこのような会員制・紹介制に近いビジネスがある。プライベートバンクやヘッジファンドという業界である。プライベートバンクは金融資産1億円以上の方、というようにお客様を選別してその人たちに最高のサービスを提供する。一方のヘッジファンドは資金の出入りが少なく、運用に口を出さない投資家を選ぶ。

日本の金融業界ではプライベートバンクやヘッジファンドなど「店が客を選ぶ」ビジネスはまだ少ないが今後このような戦略がもっと一般化してくるように思う。金融業界というのはマーケティングに関しては他業態から学ぶことが多いのである。

木曜日から4連休で仕事を離れ、ジムで泳いだり、知り合いの方の新居にお邪魔したり、充実した時間を過ごすことができた。ところが週末に極めてプライベートなことで大きな問題が発生し、一転して胸の底が苦しくなるような状況に陥っている。それまでは順調に進んできたと思っていたことに実は足りないことがあったという事実に気がつくことになったのであるが、そこには今までの自分が投影されているのだと思い知らさせた。

いつも書いていることであるがビジョンとミッションを具体化してそれを実現していくのが自分のやり方である。しかし、今回はミッションとビジョンがクリアになっていても実際の自分の行動パターンであるアクションにズレがあることが問題の根源であるように思った。

例えばあることを成し遂げたいという目標がある場合、そのビジョンが明快なものであってもその実現に向けて何をすべきかという行動が伴わなければならない。具体的な考え方やそれに沿った行動の集大成がビジョンに結びつくようにしていくことは簡単なようで意外に難しい。

昨日経験したことはそんなずっと自分が抱えていた問題が表面化した1つの事象に過ぎないと思っている。何が一番大切か、ということは本人にも相手にもはっきりわかっているのにそれが行動と結び付けられない。例えとして適切かわからないが自分のイメージ通りに体が動かないスポーツ選手の気持ちに似たものがある。本人には理想形があってどこに修正が必要であることが認識されている状態である。後はそれを早く実現することが大切ということだ。

いずれにしても過去を反省することも重要であるが、必要なのはこれから変えていこうという強い意志とそれに伴うアクションである。

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ダイヤモンド社の編集者Tさんから紹介された書籍。

この本を読んでマイクロファイナンスという言葉をはじめて知った。マイクロファイナンスとは無担保の小額融資のことである。バングラデシュのグラミン銀行という金融機関は20年以上にわたって貧困層の小グループに資金を貸し付け、彼らの自立をサポートしたという実績がある。この活動のユニークな点はマイクロファイナンスはボランティアではなくビジネスであるということ。銀行側もリターンをあげているのである。

似たような仕組みは日本で展開できないのだろうか。例えば、自分のお店を開きたい料理人、音楽でデビューしたいと思っているミュージシャン、映画制作の資金集めに苦労している映画監督、独立してネイルアートのお店をはじめたい人。そんな人たちは能力があっても資金が集まらないために夢をあきらめてしまっている。彼らの能力を評価し、小額の資金を提供したいという人は世の中にはたくさんいるはずである。

一芸に秀でた人に投資を行い、同時に彼らが必要としている経理、マーケティング、といったインフラを提供する機能が提供できれば埋もれている才能を発掘できるようになるのではないだろうか。

このようなファンドはその実践例と言えるだろうが、さらに音楽以外のさまざまな分野に広がることを期待したい。そのためには仕組みをより精緻化し、個人が安心して投資できる形にすることが求められる。

マイクロファイナンスが日本でどのような展開を見せるのか注目したいと思う。

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ダイヤモンド社の編集者Tさんから紹介された書籍。

この本を読んでマイクロファイナンスという言葉をはじめて知った。マイクロファイナンスとは無担保の小額融資のことである。バングラデシュのグラミン銀行という金融機関は20年以上にわたって貧困層の小グループに資金を貸し付け、彼らの自立をサポートしたという実績がある。この活動のユニークな点はマイクロファイナンスはボランティアではなくビジネスであるということ。銀行側もリターンをあげているのである。

似たような仕組みは日本で展開できないのだろうか。例えば、自分のお店を開きたい料理人、音楽でデビューしたいと思っているミュージシャン、映画制作の資金集めに苦労している映画監督、独立してネイルアートのお店をはじめたい人。そんな人たちは能力があっても資金が集まらないために夢をあきらめてしまっている。彼らの能力を評価し、小額の資金を提供したいという人は世の中にはたくさんいるはずである。

一芸に秀でた人に投資を行い、同時に彼らが必要としている経理、マーケティング、といったインフラを提供する機能が提供できれば埋もれている才能を発掘できるようになるのではないだろうか。

このようなファンドはその実践例と言えるだろうが、さらに音楽以外のさまざまな分野に広がることを期待したい。そのためには仕組みをより精緻化し、個人が安心して投資できる形にすることが求められる。

マイクロファイナンスが日本でどのような展開を見せるのか注目したいと思う。

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