雑記: 2005年12月アーカイブ

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あるプロジェクトをやっている時の話である。みんなで全体を一緒にやっている時は何だかしまりの無い仕事ぶりだった。そこでメンバーの担当を明確にして、担当者の名前が外部に明示される方式に変更した瞬間、プロジェクト全体が引き締まって仕事がきれいに出来上がる、という経験をした。このことから学んだことは責任を明確化することが担当者に対する大きなプレッシャーになるということであった。

しかしこのようなネガティブな意味だけではなく責任を明確にすると良いことがある。それは自分の仕事であるという意識が、仕事に対する愛着というか所有感のような感情を芽生えさせ、仕事を超えたレベルで完成度を求めるような行動を取ることがあるというケースである。

例えばこの仕事は自分にしかできない、自分だけに任された仕事だ、と思うと誰でも出来て、自分だけがやっているのではない場合と比べ使命感が強くなる。また自分のもの、という意識がプラスに働けば、よりよいものを作ろうという意欲が極限まで高まり、結果として期待以上の成果を産みだしたりする。

誰でも良いからやってくれ、みんなで一緒にやってくれ、という仕事の指示よりあなたにお願いしたい、あなたにしか出来ない仕事をお願いしたい、と言われた方がそのアウトプットは明らかに向上すると思う。

しかしそれが可能になるのはそんな指示ができるような目利き能力が前提となる。それぞれの人にどんな能力があるかを見極めなければならないからである。責任の明確化とは指示する人間の能力を逆にあぶり出すことにもなるのである。

責任の明確化とは目利きをして人とという資源を最適配分することが前提なのである。

今週に入ってミーティングも減りようやく通常の会社生活に戻ってきた。セミナー、勉強会の開催も年内はもう無い。時間をゆっくりと使ってじっくり仕事をすることができる。こんな気分に浸れるのは何だか1年ぶりのような気がする。仕事を時間内に終わらせ6時過ぎには会社を出る。好きなお店に寄って買い物をしてから近所のお蕎麦屋さんでのんびりと一日を振り返り、次の仕事への構想を練る。何だか贅沢な気分である。

しかしよく考えればこれが当たり前の生活ではないのか?毎日が流れるように過ぎ、仕事をやっつけでこなしていく日々。インプットが無くアウトプットだけで終わってしまう毎日。ランチはデスクでコーヒーとサンドイッチで終わってしまう日々。こんな毎日が異常なのである。

朝は余裕を持って起きる。自宅でゆっくりと朝食を摂り、会社に向かう。仕事の段取りを自分で決め、スケジュール通りに時間を過ごす。残業をすることはあっても週に数回はアフターファイブは仕事を離れ、インプットの時間やもう一つの自分のために使う。

そんな毎日を過ごすことに何か罪悪感のようなものを感じる人が多くないだろうか。比較的自由で自分の思い通りに時間を過ごせる私でさえそんな気持ちを持っている。しかしそんな罪悪感を持つこと自体が何か間違っていないだろうか。

色々考える前にまずは実践しようと思う。上司に文句を言われようと部下に冷たい目で見られようが関係ない。可能な限り6時までに会社を出る。そして自分のために時間を使う。週に2回こんな生活をするだけでも年間100回。こんな小さな違いが人生を変えていく。誰かに遠慮しても仕方ない。そんなことをしても誰のためにもならない小手先のゴマカシである。

これからは自分をごまかさない生活をさらに追求してみたい。

人生30数年間、人間関係の基本は相手から何をしてもらえるか、ということがすべてに優先していた。人と付き合う時も相手から何を得られるのか、相手から何をしてもらえるのか、ばかりを考えていたように思う。

それが数年前から相手に何ができるのか、相手に対して自分がどんな貢献ができるのか、を少しずつ考えるようになってきた。相手が喜んでもらえることによって自分が満足する。相手の笑顔を見て自分も満足するような感覚を覚えるようになった。年齢のせいなのか、それとも環境の影響なのか、理由はよくわからない。

そのときは少し考え方が進歩したように思った。でも、考えてみれば所詮2つの考えの根底は同じである。相手が何をしてくれるかを考えることも自分が何かをして相手に喜ばれることによって満足することも、最終的に自分の満足が第一であると言う意味では同じだからである。

例えばボランティア活動はすばらしいことであるが、それが相手からの感謝の気持ちを求めてやっているのであるならばどこかで壁に突き当たるのではないだろうか。自分の厚意を相手が厚意として受け入れるとは限らないし、それを強要することはできないからである。本当のボランティアとは相手の反応など関係なく自分がやりたいと思って活動している人なのである。

それと同じように相手がどう思おうが相手に何かをし続けることが成熟した人間の相手に対する対応ではないかと最近思い至った。相手から見返りを求めて何かをするのではなく自分が本当にやりたいから相手の反応を求めず何かを与える。

そんな心境になれれば自分の考え方次第で自分を幸せにすることができる。ただ問題はそんな高い志のある心境に至ることは自分の残りの人生で可能だろうか、という疑問である。

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クリスマスはお気に入りのここで予約しておいたチョコレートケーキを楽しんだ。レストランではなく家でのんびりと過ごすのがこんな特別な日は一番である。

皆様も良いクリスマスをお過ごしください。

クリスマス前の3連休ということで繁華街は大混雑である。同窓会で3次会まで飲みまくった翌日の金曜日、丸の内・有楽町界隈で買い物をしたが、とにかく人出がすごい。駐車場も満車だらけ、ビックカメラのレジも行列である。代々木公園の有名洋菓子店もケーキを買う人で大賑わいであった。

おそらく寒波が襲っているせいか暖房機器には人が群がっていた。それにクリスマスプレゼントを慌てて買っている人も多いのだろう。込んでいるだけではなく実際に買っている人が目立っている。今日一日ですごい売り上げになっていることだろう。

一方、近所のてんぷら割烹のお店(食いしん坊のカテゴリーに掲載されているお店)は電話してみるとお客さんは少なくガラガラであった。いつにも増して空いている店内で美味しいてんぷらを堪能することができた。

込んでいる場所に行きたくないのであれば人のやらないことをやるのが良い。恐らくこの週末はクリスマスモードで世の中は包まれる。こんな時は和食が穴場である。てんぷらやお寿司をクリスマスに食べる人は少ないからである。

そして来週以降はフレンチやイタリアンはもうピークアウトしているだろう。この時期レストランに行けばゆったりとした席でのんびりと時間を過ごせるのではないかと思う。正月になるともっと空いているのではないか。

人のやらないことをやればスペシャルメニュの高くてまずい料理を出されることも無いし、待たされてイライラすることも無い。日常生活でも人のやらないことをやるのが快適に過ごすための秘訣である。

<業務連絡>マネックス・ユニバーシティ開校記念として「資産設計塾 実践編」と連動した勉強会をここで開催予定です。テキスト付で人数限定ですのでお早めにお申し込みください。
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22日は毎年恒例になった大学の教養学部時代のクラスメイトたちとの忘年会であった。時間はいつも年末、場所はいつもここである。クラス50名のうち30名近くが参加した。卒業後もう20年近く経っているのに毎年たくさんの人が集まってくる。

仕事も弁護士から財務省の役人、独立してライターをやっている人、医学部に入りなおして医者になった人間・・・とバラエティに富んでいる。毎回会って話すことは決まっている。お互いの近況報告をしたり、大学時代の失敗談を何だか毎年繰り返している。お互い顔を見るとすぐに名前が飛び出してくる。そして「変わらないねえ」をお互いに連発している。同じように年齢を重ねているので相対的にはお互いに変化していないのである。

その中の一人、マネックスをずっと応援してくれているT君は「資産設計塾 実践編」を早速読んだ、と本を持参してきてくれた。生命保険会社で運用のプロとして働きながら、自らもアセット・アロケーションを実行して資産を殖やしているという。プロに高い評価をいただきありがたい話である。

この同期会が終わると一年がいよいよ終わりに近づいているのを実感する。自分にとっては激動であった2005年ももうすぐ終わりである。

<業務連絡>
日経マネー2月号(今週発売)の58ページでスペシャル対談第二弾ということでこの方と対談しています。第一弾は藤巻兄弟・・・。連載中のコラムと合わせてご覧ください。
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今年は恐らく景気が回復しているのだろう、と実感するのは忘年会の数が増えてバブリーが雰囲気で開催するものが目立つからである。先週出た某社の忘年会は青山のお洒落なレストランで開催、吉本興業の若手人気漫才師やらテレビでよく見るマジシャンが余興をやり、ビンゴ大会でiPodやら高級ワインやらどんどんプレゼントする大盤振る舞いなものであった(私は何も当たらなかったが・・・)。

今週は月曜日から木曜日までしっかり予定が入った。そんな中週末から少し風邪気味になってしまい、毎日辛い日々が続いている。それなのに火曜日は11時からワインバーで男2人でワインを2本も空けてしまい本日は朝起きると7時半であわてて会社に行く羽目になった。そして夜も忘年会である。

明日は恒例の大学の教養学部時代のクラスメイトとの忘年会がある。ちょっとお疲れモードであるが、後1日ということで何とか乗り切りたい。

そんな中、来月出版される書籍の最終原稿チェックが迫っている。さらに連載の締め切りが今日と来週明けまでに1本づつ、さらに新しい書籍での連載がさらに1本決まった。

結局自分は忙しいのが好きな性格なんではないかと自己分析するようになっている今日この頃である。

45歳のフェス最高だった。

新宿のコマ劇場はほぼ満席。会場に現れたサンプラザ中野さんをはじめとするメンバーははじめからガンガン飛ばしていった。正直言って爆風スランプというバンドのことはあまりよく知らない。日本のロックバンドに対する偏見が当時あったせいもあるが、有名な曲以外は初めて聴くものが多かった。

そんな中、心から楽しめたのはとにかく会場の雰囲気が良いからだろう。お客さんとバンドが一体になって盛り上がっている。みんなで楽しもうという暖かい感覚がビシビシ伝わってくる。素敵なファンを持ったバンドだ。

7年ぶりのライブということで3時間に及ぶ大熱唱。アンコールが3回もあって、3回目の最後はメンバーの挨拶になってしまった。サンプラザ中野さんが2回目のアンコール曲で途中から感極まって歌えなくなった時、彼らのこのバンドにかける思い、そしてそれを支えるファンの懸命な応援、が伝わってきた。ライブで鳥肌が立ったことは何度もあったが、観客として涙を流したのは始めてだ。

それにしても彼らの演奏のレベルは極めて高い。そんな実力がありながらコミックバンドのようにお客さんをエンターテインする。誠実に楽しませようとする真面目なバンド。爆風スランプはそんな人たちの集まりなのある。

独立

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「会社を辞めて独立しないのですか?」と最近聞かれることが多くなった。

そんな中、会社から独立してフリーになった方にお会いした。今までやっていたお仕事を会社組織ではなく自分で事務所を立ち上げ一人で活動するようになったのである。

組織から独立すると自由で良い、というのがその方の実感のようである。確かに時間も自由で、自分の思ったとおりに仕事をすることができ、収入を会社に搾取されることもなく良いことずくめのような気がする。

しかしその自由は仕事を自分が選べる立場にあればこその話である。フリーで仕事をしている人の中には自分が本当にやりたくない仕事を収入のために受けざるを得ない状況の人も多い。それは自由なように見えて実はかなり窮屈な状態なのではないだろうか。

会社にいてもフリーの立場であっても、重要なことは自分のやりたいことをやりたいようにやれる環境にあるかどうかだと思う。組織にいるとつまらないことをいう人もいるが、一方で優秀な人と仕事を共にする中で得られる刺激もあったりする。

組織に所属するから不自由で退屈、フリーだから自由で刺激的、と単純に考えてはいけないと思う。

という訳でそんな自由な環境で仕事ができるうちは会社を辞めるつもりはない。

<業務連絡>
「資産設計塾実践編」は週末には店頭に並ぶ予定です。本サイト経由でのアマゾン購入特典は週末の日曜日に実施しますのでよろしくお願いします。詳細は12月13日のコラムをご覧ください。
ちなみに発売前ですが年末対応ということで増刷が決定しました。
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最近の社会をにぎわせている事件と言えば、株の誤発注問題とマンション建築強度偽装問題であろう。

どちらも毎日マスコミのエモーショナルな報道に違和感を覚えている。彼らのあの取材に対する恥じらいの無さはどこから来ているのだろうか。報道に対する使命感であれば良いが。テレビというメディアの影響力を感じる。

まず株の誤発注問題である。誤発注した証券会社、取り消しできないシステムに問題があった取引所、それに乗じた証券会社、そして強制現金決済させられた個人投資家という4者が関係者である。そして今回はミスに乗じて利益をあげたとされる証券会社が利益を基金に寄付するという話になりつつある。これはどういうことなのだろうか。

例えばプロの投資家が1株売ろうとして2株売ってしまったとしたらどうだろうか。単なるミスで終わりだろう。今回の問題はミスの規模が大きかったということ、そして存在している株数以上の売りが発注できてしまったというところがポイントだろう。つまり規模が小さければ問題にならなかったのである。

しかし規模の大小で対応を変えるというのであれば今後同じような事態が発生した場合どのような態度をとるかの基準を明確にしなればならない。その線引きはできるのだろうか。証券会社がルールに乗っ取り取引して利益を上げたのに政治家の鶴の一声で返上する。火事場泥棒が紳士的な行為かどうかの批判は別として市場のルールとしてどうなのだろうか。

建築強度偽装問題も同じである。悪人顔のマンション業者社長がバッシングされているが、建設に必要な検査を通って施工しているものを販売しているとしたらナゼ批判されるのだろうか。裏で何かつながりがあったというのであればそれはまた別の罪である。施工業者としての責務は法的に正しい方法で建設の許可を取り、できるだけ安いコストで商品供給することである。

問題にされるべきはデータを偽装した会社とそれをチェックできなかった会社である。施工業者はプレッシャをかけたのかもしれないが、それはどこの業界でもあることである。

当事者の注意義務や裏のつながりといったこれから解明すべき点はあると思う。しかしルールの通りやっていたことがある日突然ルール違反だ、と言われることには抵抗がある。決めたルールの中でフェアに競争するのが健全な資本主義ではないだろうか。その上で今回批判されている施工業者や誤発注で利益を上げた証券会社のモラル、品性、常識、センスを問うのが筋である。

日本株が堅調に上昇を続けている。こうなってくると日本経済に対する自信が日本人の間に生まれる。それが今の株高をさらに継続的なものにしている。しかし株式も永遠に値上がりするものではない。どこかのタイミングで他の資産に比べ相対的に割高になれば資金は他の資産に逃げていく。

金や原油の値段も上がっているが、原油は頭打ちになりつつある。絶対に原油でなければできないことというのは限られている。値段が上がれば代替の燃料が登場し需要を調整する。すべては相対的な価格設定であり絶対的なものでは無いのである。

不動産も同じである。収益還元法によって計算される価格によって適正な水準が算定される。最近坪単価20万円で賃貸している表参道のブランドショップがあるという話を聞いたが、どんな商売をするとそれで利益を上げられるのだろうか。希少性があるといっても代替の資産は存在するわけで価格を正当化できるものではない。

そういえば焼酎が最近またブームである。今ではどの店にも本格焼酎が並べられている。南九州の地元で採れたイモを使って作る焼酎がこんなにたくさん東京に供給できるのが不思議であったが、よく聞くと最近は原料を海外から輸入しているという。生産量を増やすには製造方法にも変化があるのではないだろうか。そう思って飲むせいか最近焼酎の味が変わったように思う銘柄がある。気のせいなのか?それとも原料や製造方法の変更によって味が変わってしまったのか?

そんなわけで最近は日本酒を愛用するようになった。福井の酒「福千歳」の無濾過のお酒が最近のお気に入りである。

日本酒なのか焼酎なのか?これもまた相対的なものである。

<業務連絡>
朝、いつも買っているドトールコーヒー京橋店の店長に「セミナーの講師やっていませんか?昨日NHKに出ていましたよ」と声をかけられました。明日の朝から朝食買うのも緊張しそうです。
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最近自分の価値観が昔と比べて変わってきていることに気が付く。例えば刺激よりも安心を、行動よりもリラックスを、変化よりも安定を、外より内を、恋よりも愛を(本当?)、志向するようになってきたように思う。

その理由は様々だろうが、1つは年齢なのだろうと思う。20代、30代には考えられなかったようなことを思うようになってきている自分に気がついて不思議に思うことがある。
「どうして昔はあんなことしていたのだろうか?」と。

もちろん普遍的な感情も持っているが、1年前、2年前、いや3ヶ月前と比べても何かが変わっている。3ヶ月前と今の違いは年齢の問題ではなく環境の問題であろうが。

ネットで自分の名前を検索すると昔の写真を発見することができる。わずか数年前の写真でも随分変わったな、と驚いてしまう。

外見も年齢とともに変わるのは当たり前であるが、それ以上に内面にも大きな変化があるのである。外見も内面もその変化が良い方向であることを祈りたい。

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