雑記: 2006年9月アーカイブ
R25は週末の定番雑誌として帰りの電車の中で読むことが多い。ロング・インタビューも面白いし、最初のコラムも意外な知識を得ることができて有益である。
最後のページの隔週連載も楽しみだったのだが、最近は何だかパワーが落ちているように思っていた。そんな中「結論はまた来週」のインタビューの極意は久しぶりの快作だった。
インタビュー歴20年の筆者高橋秀実氏の経験からインタビューの極意は、相手に対する質問を準備した上で、相手に出会った瞬間それを全部忘れることだという。目の前にいる相手の不可思議さ、自分がそこにいることの不可思議さ、そんな事実をまず受け入れると疑問が湧いてくる。それを質問しながら時折準備してきた質問を思い出すと良いらしい。自分が素になると相手の素が見えてくるということだろう。
いずれにしても大切なのは「あなたに会えてよかった」というメッセージを伝えることだという。
これはすべてのコミュニケーションの基本のように思う。誰かと会って話すとき、それが数十年の付き合いのある友人であろうと、一回限りの仕事のお付き合いであろうと、相手に会えてよかったというメッセージを伝えることは礼儀であり、お互いの良い結果を生み出す知恵なのかもしれない。
逆に言えば会えてよかった、と思えないような人には会わない方が良いのかもしれない。自分を無理に作ってみたところで相手にはわかってしまうだろうし、得られるものがお互いになければ、相手に対しても失礼だからである。
この人と会ったら自分は相手に何を与えられるのだろうか。それが明快にならないと会えてよかったという結果にすることは難しい。だから大切なのは誰と会うか、ではなく誰と会わないかを考えることなのだ。人間関係は何人と会った、という量を競うものではないのである。
小雨の中6時に家を出てこの番組の見学にいった。とある企画があってそのために番組制作の雰囲気を見ておこうという意図である。7時からはじまる番組でスタジオ周りは慌しいが、変な緊張感はない。何だかみんな時間が迫っていることを楽しんでいるかのようだ。
7時からの番組は制作方法も面白い。まずディレクターがスタジオの中にいてそこから番組の進行が指示される。ラジオ日経などでは外にいてキュー出しするのが普通だが、スタジオの中の方がノリによって柔軟な対応ができる。実はこのGood Mornig Garageという番組、この時間帯ではJ-WaveやFM東京を押さえる人気No.1なのである。
社長の髪林さんとスタジオの外で雑談していると、7時40分くらいからの番組に急遽生出演することになった。恋のお悩み相談室のようなコーナーであるが、DJの皆さんの本音で暖かいトークがなんとも気持ちよい。この感覚が人気の秘密ではないかと思った。私も思わず、本音トークをしてしまった。
音楽をかけている時、DJのマイクが英語なまりの日本語で私にこう言った「この番組、No.1は楽しむこと、その次に仕事だよ。楽しくやらないと。Life is short.」。
出演者とスタッフが一体になって楽しくやる、そしてそれがリスナーに伝わってみんなが楽しめる。朝からテンションを上げて楽しんで仕事をしている3人のDJ。記念撮影もサービス精神たっぷりだった。
髪林さん、内山さん、DJの皆さん、Webにも紹介していただきありがとうございました!
昨日書いた「コモディティ化」を防止するにはどうしたら良いのか。
その1つのヒントをこの記事に見たような気がする。
山形新幹線「つばさ」の車内販売員である日本レストランエンタプライズの斎藤泉さんは、他の販売員の4倍近い一日平均30万円を売り上げている。その日の気候や乗客の特性に合わせて細かな販売戦略を立てて、効率的な販売方法を編み出していくという努力と工夫によって驚異的な売上を実現してる。
斉藤さんは記事の中では好きな仕事ではない、と謙遜しているが、優れた実績を出すために、ビジネスを突き詰めて考え、実現するための努力と工夫を継続するのは好きだからではないだろうか。なぜなら突き詰めるためにはある程度時間をかけて量をこなす必要があるからだ。苦にならないやりがいのある仕事でなければ、このような努力を続けられないだろう。
このような好きな人と競争すると仕事を収入を得るために漫然とやっている人は絶対に勝てない。仕事に対する情熱と費やす時間に決定的な差があるからだ。斉藤さんは2ヶ月更新のアルバイトで働いているらしいが、「コモディティ化」していない。
好きなことを見つけて深堀する。自分はこの分野では絶対に負けないという限定エリアNo.1のスキルを持てばその他大勢にはならない。後はそれをどうやってマーケティングしていくかを考えればよいのである。
ビジネスパーソンの給与の2極化が進んでいる1つの理由は人材のコモディティ化である。
終身雇用制度が崩れ転職することが珍しくない世の中になってくると、労働市場は流動化して企業から見ると人材の入れ替えがやりやすくなる。必要な人材があれば中途採用すれば良いし、必要ない人材は待遇を下げれば勝手に転職していくことになる。
つまり労働力にも市場原理が働くことになって需要と供給によって給与水準が決まることになり、個人差が広がるのである。
自分と同じような人が多ければ供給が多い人材ということになり需給関係から価格は下落する。これが人材のコモディティ化である。こうなってくると人材としては代替が簡単にできる、希少性の無い人になってしまうのである。
例えば講演会などでのゲストスピーカーの講演料を見てみると同じ1時間の講演なのにある人は100万円、別の人は3万円だったりする。その違いはどこにあるかと言えば特別なルートでお願いしている場合などを除けば希少性だ。100万円の人はその人にしかない価値があって、代替できない。供給が少ないのに人気があるから価格が上昇するのである。
一方3万円の人はその人でなくても出来る仕事をしている。だから値段を上げることができない。他に3万円で同じ仕事をする人がいくらでも探せるので、価格が上げられないのである。
このような人材のコモディティ化を防止するには、自分と同じ人がたくさんいないように差別化するしかない。供給を少なくできるような自分にしかない価値を高めていかなければならないのである。
しかしこの自分にしかない価値というのがまた難しい。なぜなら需要がある自分だけの価値にならなければただの変わり者で終わってしまうからだ。世の中から必要とされる自分だけの価値はどこにあるのか。その答えを見つけるのは簡単ではないが、努力をしないと見つからないのも事実である。
愛用している銀行から今朝、突然Eメールで
【重要なお知らせ】 電子お取引レポート移行のお知らせ
という題名のメッセージが送られてきた。
地球に優しい新サービスが始まりました!ということで何かと思えば最新の取引レポートをWeb上で見られるサービスのことである。郵送で受け取るよりも、数日早く見られる、取引レポートを紛失したり、第三者に見られる不安が解消される、過去の取引レポートをいつでも参照できる、と良いこと尽くめらしい。
だからこのEメールを受領したら、特に手続きしなくてもこの新しいサービスに移行できる、という内容だった。何だか良いお知らせのように見えるが、よく読むと要するに、紙で送っている取引レポートを電子化することになったことを一方的に通知しているのである。
私は毎月の取引レポートを郵送で送ってもらっている。このサービスを今のまま継続したい場合はログインして電子レポートから郵送レポートに切り替えの手続きをしなければならない。
金融機関というのはサービス業という意識の無いところが多い。今回のように自社の都合でルールを一方的に通知して変更する例は珍しいことではない。
しかしそのような自社の都合を「地球に優しい」と誤魔化してしまうメールを送ってくるセンスが気になるのである。日経金融機関ランキングで顧客満足度第1位の銀行としては少しずれていないだろうか。地球にやさしいのではなく、自社にやさしく、顧客に冷たいサービスでは?と突っ込みたくなるのである。
<業務連絡>
昨年この本を出版した時のスタッフが次作に向け、出版と連動させるこのサイトがリニューアルされました。東大、一橋、早稲田、慶応などの学生投資クラブもサポーターとして参加しています。
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日曜日に約10時間の長い研修を受けた。最近話題のこの会社のマネジメント研修で、コミュニケーションにフォーカスしたプログラムであった。
その中で面白い実習があった。7−8人でグループになっての研修であるが、フラフープ(腰で回して遊ぶおもちゃ)を運ぶというものである。部屋の中を数メートルだけ運ぶのであるが、条件は全員の人差し指にフラフープを乗せて一緒に力を合わせて行う。
さてどうなるだろうか?
全員円形に立って、指の上に乗せて歩いていけば数十秒で難なく終わりそうだと想像するが、やってみると5分10分簡単にかかってしまう。
ナゼかフラフープはどんどん上に上がっていくのである。
人差し指の上に乗せると3人でフラフープの位置は固定される。平面は3つの点で1つに決定されるからである。残りのメンバーはその決められた面に指を揃えることになるが、指がフラフープから離れると指を上に上げて合わせるようにする。そうするとまた別のメンバーの指が離れてしまい、指を上にもっていく・・・・。全員の指が固定されることはなくフラフープは上昇を始めるのである。
この研修の目的はお互いにコミュニケーションを取らないで自分に都合の良い行動を取ると、その集合体はおかしな方向に行ってしまうことをメタファを通じて理解させることだろうと思うが、意外な結果に考えさせるヒントが詰まっている。
ではどうするとうまくいくのだろうか?それは今後同じ研修を受ける人もいるだろうからあえてここには書かないようにしよう。
江ノ島にあるこの方のご自宅にお邪魔した。初対面なのにこちらの心の中に自然に入ってくる。最初にまず1枚習字をするように言われ、30年ぶりに墨で字を書くと、赤を入れてくれた。
1時間ほど話を聞いていたのだが、この方は書道家ではなく書を通じた画家であり、カウンセラーであり、コミュニケーターであると思った。字を書くという行為が単なる書に留まっていないエネルギーがある。
子供の頃から書道はやっていたが、社会人になって勤務したのはNTTだった。趣味の書が評判を呼んだので、独立して名刺の名前デザインの仕事をネットでやっていた。最初は1つ1万円で商売をはじめたが儲けようと思ってもあまり儲からなかった。お客さんからのクレームがたくさんあって本当に大変だったという。しかし儲けだけではなく相手の喜ぶことをしてあげるという発想で仕事をはじめたら文句をいうお客さんがいなくなったと。自分のスタンスが相手を変えられることを知ったのだという。
この短い日記を読んでみると彼が考えていることが何となくわかるような気がする。
お会いしてからの帰り道、ポジティブなエネルギーを充填してもらった気分になった。書を通じて何人の人とコミュニケーションしていくのかこれから注目したい。
会社と社員の関係とは微妙なものである。終身雇用制が崩れ労働力が流動化した現在の日本では能力のある社員はより労働環境の良好な自分が気持ちよく実力を発揮できる職場を選択できるようになった。
また仕事の方法も変わってきた。社内で書類とにらめっこしたり、会議で延々と議論をしたりするクローズドな環境では世の中の変化に取り残される。ネットで情報を収集する、社外のネットワークを使って新しい流れをつかむ、といったことができないと蛸壺の中に入ってしまうのだ。
そんな時代にもかかわらず、最近企業の社員に対する規制が厳しくなっているという話を聞く。私用メールを禁止し、上司がチェックをかけている場合や、画像のあるサイトやYahooメールなどへのアクセスを制限したりと会社やら社員へのコントロールをしているらしい。
コンプライアンスや個人情報管理など企業を取り巻く環境の変化がその根底にあるのだろうが、果たしてひたすら制限をかけることが正しい方向なのだろうか。
社員は悪いことをする可能性がある、だから管理しなければならない、というスタンスで押さえつければ、一般に社員のモラール(やる気)は低下する。管理することによって得られる会社のリスク低下と、失われる効率性とやる気。どちらが大きいのだろうか。しかも管理をはじめるとどこまでやってもキリがない。
会社経営とはバランスである。
人生の夢・目標は紙に書いて毎日見ているとそのうちに実現する。何だか怪しげな宗教のようであるが、実体験すると不思議に思えなくなるから面白い。手帳に書いた夢の中で趣味に関することはいくつかあるが、その中でワインとピアノはハードルが高くなかなか始めるきっかけがつかめない。
ピアノは小学校の頃にヤマハの教室に通っていたくらいで、経験はほとんど無い。1年以上前に知り合いの方に紹介していただいた先生がいるのだが、その後レッスンをはじめるタイミングがつかめないまま時間が過ぎていく。そこでこの秋に思い切ってピアノを買うことにした。そして少しずつレッスンをはじめてみようと思っている(できるかな?)。
ワインはワインエキスパートの資格を取りたい、と思っていたがこちらも学校に通うのが億劫で話は一向に進まない。毎回ワインを飲むたびに、ちゃんと勉強したらもっと楽しめるのにと思いながら悔しい思いをしている。
最近ソムリエの人からワインエキスパートよりWSETという資格の方が面白いかもしれませんよ、とアドバイスをいただいた。こんな学校で教えているらしい。これも学校に通ってはじめてみようかと思い始めた(これもできるかな?)。
色々新しいことにチャレンジしようと気分が盛り上がってきたのはやっぱり秋になったからだろうか。気分が盛り上がっても行動しないと始まらないのは資産運用と同じ。人に言っていることを自分も実行しなくては。
