雑記: 2006年3月アーカイブ

人間は元来怠け者である。競争が無いとわかれば一生懸命やら無くなってしまう人が多いのは残念ながら人間の本能なのである。

企業経営も同じだ。独占的な地位にあったり、規制で保護されていると経営が甘くなり成長が止まってしまう。日本の産業で発展してきたのは規制の無い業種であった。カメラ、ビデオ、自動車、といった規制の緩い産業は伸び、銀行は護送船団方式で完全に規制されていたが最後は破綻した。

野村證券、三菱商事といった大手企業がネット証券に参入する。これからどんな業界勢力地図になるのかはわからないが、これは既存の大手ネット証券に対しても良いことではないかと思う。

なぜなら、まず競争が激しくなることによってサービスの質の向上が期待できるからである。利用者から見て歓迎できることであるが、企業側から見ても厳しい競争によって企業自身が鍛えられ、より市場に俊敏に対応できる体質を作るチャンスとなる。

そしてもう1つは市場の拡大にはずみがつくということだろう。大手企業の参入によって市場自体への認知と信認が高まり、今まで以上に対面からネット、あるいは預貯金から証券へのシフトが加速するだろう。

競争は挑まれる側から見てもプラスになる歓迎するものとして捉えるべきだろう。

私が関わっている投資教育業界もそのような健全な競争環境に早くなって欲しいと思っている。競争があればきっとこれからさらに成長していけるからだ。残念ながらまだライバルとして目標にしたいと言えるような企業は現れていない。

<業務連絡>
プレジデント2006年4.17号に「ビジネスの10大潮流」をどう予測するか「個人マネー」が掲載されました。

3月27日のフジサンケイビジネスアイに資産設計に関するコラムが掲載されました。
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ずっと買うのを我慢していた書籍を一気に購入した。

「経済的思考のセンス」
「道具としてのファイナンス」
「へんな会社のつくり方」
「ウェブ進化論」
「投資信託選びでいちばん知りたいこと」
「レモンをお金にかえる法」
「食品の裏側」
「マネーボール」

とあまり脈絡の無い買い方であるが、紀伊国屋書店に行って実物を見て気に入った本は思い切って全部買ってみた。

これを静かなお蕎麦屋さんに行って、ゆっくり食事をしながら読んでいくのはなんとも言えない楽しみである。やきみそ、しらすおろし、牛すじ煮込みに季節限定の福千歳の活性山廃純米にごり酒が最高だ。

全部読むのは勿体無いのだが、4冊を並行して読んでいく。さくらも開花し気候も丁度良くなんとも贅沢な時間を過ごすことができた。

1996年9月末からホームページを開始して、もうすぐ10年になる。途中仕事が忙しすぎて更新を中断した時期もあったが、最近もほぼ毎日更新のペースに落ち着いてきた。時には書くことが何もなかったり、正直更新がしんどいな、と思った時期もあったがこうやって振り返ると続けていて良かったことの方が多いように思う。

10年前の最初の頃は1日に30アクセス程度だったのが今年に入ると1月には1日に1万3千アクセスまで増加し、少し落ち着いた今でも6000アクセス程度は毎日続いている。ありがたいことである。

このBlogは私個人が考えていることや興味のあることを勝手に書いているだけである。とは言っても、読み手を意識して書いている内容であるし、自分の日記とは少し違った価値を提供できればと思って毎日頭をひねりながら時間を割いて書いている。

そこまでして何で続いているのか、と言えば楽しいからとしか言いようがない。文句を言われることはあってもほめられることは少ない。リスクがあってコストをかける割には物理的なメリットはほとんど無いのである。楽しいということだけが続ける原動力なのである。

この楽しさが続く限りはこれからも毎日更新をしていくつもりであるが、もしそれが無くなったら?そんな時がいつか来るのか、それともこれからもずっとこのペースが続くのか。10年前の自分に今が予想できなかったのと同じように10年後の自分がどこで何をしているのかはどうありたいかの願望はあってもどうなっているかはまったく予想できない。

24日の日経新聞は男性誌の広告で埋め尽くされた。定番のBRIO、最近何かと話題のLEON、後発のUOMO、さらにLEONの編集をやっていた人たちが創刊したOCEANS(オーシャンズ)と4誌がそろった。それぞれがターゲットを微妙に変えてはいるもののどれも30-40代の男性がメイン読者層である。

素人考えで思うのだがどうして雑誌は競合誌が話し合ったかのように同じ日に出すのだろうか。

男性誌だけではない。週刊文春と週刊新潮はどちらも木曜日。マネー誌は日経マネーもZAIもマネージャパンも毎月20日とそろっている。

確かに発売日のパターンをころころ変えるのは、固定読者もいるから簡単にはできない。しかし例えば、マネー誌であれば日経マネーは20日、ZAIは30日、マネージャパンは10日というように10日に1回の方がそれぞれが実は販売増になるのでは、と思ったりする。発売日が早い方が売れると言うの理屈もあるが、10日発売と30日発売ではどちらが早いかは一概には言えない。30日に発売すれば翌月の10日発売よりは早いとも考えられるからである。

様々な歴史の結果として今の販売日が決まっているのだろうが、同じ種類の雑誌を違った日に読みたい読者はいるはずである。

ナゼ同じ日なのか?雑誌間の暗黙の協調ということ以外に合理的な理由を見つけることができない。

春分の日を過ぎて夜が明けるのがまた早くなってきた。冬の間は朝の早起きが苦痛であるが、最近また早寝早起きの生活リズムを作ろうと努力している。なぜならその方が時間が効率的に使えるからだ。

朝の10分は貴重である。後ろに仕事をはじめる時間が決まっているから緊張感がある。また朝の時間は細切れにすることができる。起きてからシャワーするまで、シャワーしてから出かけるまで、通勤のバスの中、乗り換えた後の電車の中、会社に着いてから始業になるまで・・・と15分単位くらいで時間が分断されている。まとまったことをするには都合が悪いが、たくさんのことを手際よくやるには丁度良い。

逆に夜の時間は冗長である。リラックスしているせいか1時間くらいの時間はすぐに経ってしまう。またお酒を飲むと飲んでいる時間とその後の使い物にならない時間を合わせて4時間くらいは生産性の無い時間の過ごし方になってしまう。楽しい時間でもあるが、もう少し効率的に時間を使いたいと思うこともある。

あまり効率重視で仕事ばかり詰め込んでも限界があるのは理解している。昨年末には電車の中までパソコンで仕事をして背中の痛みが取れなくなってしまった。これはやりすぎである。

とは言え、せめて朝通勤前に1時間の余裕を持つことで毎日の生産性をほんの少し上げるのはそんなに難しいことではない。しかしそんな毎日の積み重ねが1年経てばきっと大きな差になってくるのである。

<業務連絡>
第15回「ワーキング・ウーマンにおくる資産運用のすすめ」
これから証券投資を始めてみたいと思っている方を対象に開催します。今回で15回目となる定番のセミナーです。

日時:3月29日(水) 午後7:00〜午後9:00 (開場 午後6:30)
女性限定、参加費用は500円(飲み物とプチお菓子付)、定員は300名です。
詳しい内容は東京証券取引所ホームページをご覧ください。

インターネットの登場によって個人投資家の取引コストは明らかに下がった。また利便性も向上しいつでもどこでも注文が出せるようになった。電話で取引、あるいは対面での取引しかなかった時代から比べればネットの貢献は大きい。

しかし一方でネットだけですべてを完結させるのは難しい。セミナーや勉強会に多数の人が参加するのはネットでは得られない価値があると感じているからだろうし、コールセンターの無いネット証券というのも存在し得ない。ネットが主役であってもすべてをネットというのも無理のある話なのである。

ネットというバーチャルと対面などのリアルをどう融合させるかが次の課題になるのだと思う。バーチャルだけでは満足度を一定以上高められないし、リアルだけではコスト高でネットの利便性が有効活用できない。

これはネット証券取引だけではない。アマゾンのようなネット書店でもリアル店舗を作ればさらに顧客満足度を高めることができる。ネットで予約した書籍をリアル店舗で実物チェックしてから購入できれば効率的に書籍を手に入れることができる。私のようにアマゾンで書籍を見つけると書店に行って実物を確認し、急いでいる時は書店で購入、急がない時はアマゾンで注文というような使い分けをしている場合とても有益である。

リテイル販売を行っているネット企業のこれからのリアル店舗展開に期待している。

写真撮影のある取材が増えている。明日発売の日経マネーの別冊団塊世代特集やZAI(これは広告)、月末に配布される日経新聞別冊の日経インテレッセ(これも広告)、4月に出るSPA!、旬なテーマ、など写真付きの記事掲載が多い。来週もフォーブス、日経プラス1などいくつかの媒体から取材を受ける予定である。

取材の時は大体、インタビューをはじめている間にカメラマンさんが機材を組み立て、準備が出来ると途中からカシャカシャ撮影を始める。そしてインタビューが終わってから立って場所を変えたり、カメラ目線の写真を撮ったりして終了というパターンになる。たくさんの写真から1枚かせいぜい数枚だけが選ばれる。写真は人間の表情の一瞬を切り取るものであるから、必ずしもその人の印象を表現するものにはならない。

言い訳ではないが、今月掲載のZAIの撮影の時は前日の疲労が顔の表情にしっかり出ているし、日経インテレッセも花粉症のぼーっとした状態で撮影をしたので何だか冴えない顔つきである。

そもそもその程度の顔なんだから、という批判は本人が一番よく自覚している。あまり彫りの深い顔でもないし、イケている顔でもない。だから写真の撮り方によって顔の印象がガラリと変わるのだ。

本当に美しい人、格好いい人は誰がいつとっても写真は本人と変わらない姿で写る。しかしそうではない人にとってはカメラマンのセンスやテクニックが大きく影響を与える。写真を見てから本人に会うと、まったく別人!という驚くべき撮影テクニックの人もいる。でもこれでは写真の意味がない。

だから、別人に写せとまでの贅沢は言わないからせめて本物よりちょっと良く写してくれるカメラマンさんに撮影していただきたいと自分の最近の写真を見る度に思うのである。そんな自分が気に入らない写真なのに、写真うつりが良いですね、なんて言われるとさらに凹んでしまうのである。

会社で組織のマネジメントをしていると、人材は攻める人と守る人がいて、2つの個性の良いとこ取りをいかにするかが経営のキモではないかと思うようになった。

攻める人とはとにかく前に進んでいく人である。新しいアイディアや企画を作り出し、積極的に取り組んでいく。しかしアイディアが先走ったり、きちんとした計画が無かったりすることがあるとトラブルに遭遇したりするタイプである。

守る人とは几帳面で1つ1つのことをしっかりコツコツとやっていく人である。言われたことはきちんとこなせるし安心感はあるが、リスクを取らず、減点主義になりがちで間違えることを恐れて自分の力を100%発揮しようとしない。

どちらにも良い点悪い点があるわけでそれぞれの良い点を引き出し人材を活用するのが経営者の役目なのだと思う。

攻める人にはマーケティング企画や新しいビジネスの開発といったことをやってもらい、暴走しないかどうかをチェックする。守る人には経理や契約書関係といった正確さが要求される仕事を担当してもらい、過剰に細かくならないように確認する。

攻める人だけだと会社が暴走して事故につながるし、守る人だけでは小さくまとまった縮小均衡の衰退企業になってしまう。2つの融合を行いバランスさせるのは簡単なようで意外に経験が必要なものである。

たばこは正直言って苦手である。

かつては嫌煙派として喫煙者を忌み嫌っていたが、最近ではそこまで過激な考え方はしなくなった。たばこを吸うのも吸わないのも個人の嗜好の問題であり、自分はたまたま嫌いなだけと思えるようになったからである。

とは言え食事時の煙はやはり気分が悪い。食事でお店に入りそのお店に禁煙席が無いと、祈るような気持ちで席に着く。隣に喫煙者がこないように願いながら恐る恐る時間を過ごすことになってしまう。最近では全席禁煙で喫煙所が装備されているお店もあるようだがまだ少ない。

喫煙禁煙はお店が指定しない限り、権利とか義務ではなくマナーの話であると思っている。隣でたばこを吸われても文句を言うつもりも無いし、そんな権利もない。

せめてお寿司屋さんのカウンターとお蕎麦屋さんくらいはたばこを控えてもらえないだろうか、というのはたばこを吸わない人間のエゴイズムだろうか。

例えばお昼のランチを食べようとして街を歩いていたら、1,000円の定食と1,200円の定食の2つのお店があったとする。どちらが美味しそうだと思うだろうか。そしてどちらを選ぶだろうか。

毎日買っているスーパーで300円のみかんを売っていた。隣の小さな八百屋さんでは同じようなみかんが250円で売っている。どちらの品質が良いと思うだろうか。そしてどちらを選ぶだろうか。

モノの値段は安ければ良いという訳ではない。まったく同じものであればもちろん安い方が需要が大きいというのは経済の基本であるが、中身が良くわからない場合、同じようなものを違う値段で売っていると値段が高い方が品質が良いと思ってしまうこともある。

値段は安すぎると信頼をなくしてしまうこともある。100万円のダイヤの指輪と50万円のダイヤの指輪。同じ大きさで同じ品質です、と言われても値段の高い信頼できるお店で買う人が多いのではないだろうか。値段に信頼というメッセージが込められている。

投資教育はどうだろうか。3つの株式投資勉強会がある。1つは無料、2つ目は2時間で1,000円、そして3つ目は2時間で1万円。どの勉強会が一番役に立つと「思う」だろう。そしてどの勉強会が「実際に」一番役に立つのだろうか。

人材

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銀行時代の同期とランチをした。彼は数年前に転職し今は外資系の金融機関で機関投資家向けに仕事をしている。

急激な業務の成長に伴い人材を募集しているがなかなかいい人材が集まらないという。良い人材とは専門能力、コミュニケーション能力(語学、理解力、表現力)、そしてシニアレベルになるとマネジメント能力、の3つが必要になる。3つを満たしている人はなかなかいないし、そのような人は引く手あまたなので自分の満足できる仕事を選んでおり転職のインセンティブが低い。また採用側もコストが高くなってしまうからアプローチしにくいのである。

いわゆるエグゼクティブサーチと呼ばれる人材派遣会社からの紹介も多いというが、いい人材は集まらない。結局一番良いのは紹介らしい。知り合いの知り合い、といった人脈で見つかった人材が入社後会社で活躍する傾向が高いという。

高い能力ももちろんであるが、人間としての人格や性格、物事の考え方、価値観といったものが共有できないとチームとして良いアウトプットが出せない。結果としてそのような人は会社を去っていく。このようなヒューマンな部分というのは履歴書を見たり、30分面接したりしただけではわかりにくいものなのである。

人間は機械ではなく一人一人が違っている。骨董品や不動産と同じように「一点もの」なのである。どうやって選ぶのかが会社のビジネスの成功に大きな影響を与える。

それにしても最近は社外で人に会うと皆人材を探しているという。完全に売り手市場に変わってしまったようだ。

子供

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銀行時代の同僚と酒を飲む機会があった。下北沢の明日香というカウンター割烹のお店で2人でしみじみと語り合った。彼も転職組である。外資系金融機関でチームヘッドを勤める重責を毎日感じながら仕事をしている。そんな中で毎日の心の拠り所は子供だという。

「子供は自分の人生を重層的にしてくれる」

彼によれば自分の子供の行動や発言を聞いていると自分の数十年前を思い出すようなことによく出会うという。自分も昔同じことを考え、同じ感動をしていたという感覚を覚えるらしい。自分の今を生きながら、自分の過去を振り返ることができる。2つの人生がパラレルに走っているような経験ができるということだろう。単線の人生よりも複線の人生の方が人生2倍楽しめるというわけだ。

残念ながら自分には子供はいない。弟夫婦の子供、つまり自分の甥っ子を見て、単純にかわいいといったレベルを超えた子供に対する気持ちを持つ自分を発見した。今回同僚の話を聞いてもう一つ子供の素晴らしさを実感したように思う。

現実の子育てはそんなに甘いものではないという反論も聞こえてきそうである。しかし人間のDNAが持っている本能の力を最近とみに実感する。

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